11-6 ドラゴンvsバシノームス
遠ざかっていくオルキヌスの反応。
すぐにも追わなくてはならない。荷電粒子砲がGを仕留めてしまった後では、シュラインの細胞レベルでの侵略に抗する術が無くなってしまう。
現状、完全にシュライン細胞の侵蝕を防げているのは、Gだけなのだから。
だが、目の前の巨大群体生物バシノームスは、チーム・ドラゴンのスカイクーガーをすんなりと行かせてはくれなかった。
飛び交う甲殻の破片それぞれが、意志を持って襲ってくる。その指令中枢と思われるバシノームスには、巨大すぎてどの兵器も通用しないのだ。
「ちくしょうっ!! 食らえッ!!」
「待て!! 石瀬!!」
干田が止める間もなく、石瀬はショックアンカーを発射していた。
甲殻の継ぎ目に深々と突き刺さったアンカーには、特殊ワイヤーがつながっている。一気にワイヤーを引きずり出されたスカイクーガーは、暴れるバシノームスに引き摺られて海上に落下した。
コクピットを強烈な衝撃が襲う。衝撃緩和システムがフル作動してはいたが、その衝撃に三人は呻いた。機動兵器でなければ、機体もそのまま大破していたところである。
「く……バカ野郎!! 相手を見ろ!! ショックアンカーなんかで止められる相手か!?」
干田が石瀬を怒鳴りつけた
「すみませんッ!! 俺のミスです!!」
石瀬が悔しげに自分の膝を叩いた。
「オルキヌスは敵。トリロバイトⅡも鬼王もいない。ガルスガルスは五代少尉を追っていった……もう、俺達に大した戦力は残されてないんだ。分離して海上へ脱出できるか、カイン?」
「No。今の衝撃で、システムがDownしている。しばらく分離は無理ダ。攻撃を続行するシカナイ」
だが、最大出力の電撃も、バシノームスの甲殻の継ぎ目の筋肉を収縮させる程度で、その動きに大きな影響は見られない。かといって、これ以上電圧を上げれば、スカイクーガーの稼働能力への影響が大きすぎる。
「干田隊長!! バシノームス、完全に水没しました!! これじゃあ……」
シュラインの意識を失ったせいであろうか。急に海底へ戻ろうと暴れ出したバシノームスに引きずられ、スカイクーガーは木の葉のように弄ばれている。
「最後のアンカーユニットだが、やむを得ん。捨てよう。石瀬、バシノームスの動きを再確認してくれ!!」
接続ボルトが遠隔爆破され、アンカーワイヤーが千切れ飛ぶ。
ようやく機体が制御を取り戻した。
「海中でもスカイクーガーは戦えル。But機動力はネプチューンの足元にも及ばナイ!! 使える武器も、これで無くなッタ」
モニターの視界は細かな泡で完全に塞がれているが、音響センサーには、バシノームスの発する音が捉えられ、一定の間隔で明滅している。その光は、深度を保ったまま沖の方へと移動していることを示していた。おそらく、闇雲にオルキヌスの後を追っているのであろう。
「オルキヌスのグレン艦長がシュラインの意思を持ってから、ヤツの動きから急に知性が見られなくなった。やはり、一度に複数個体が意思を持つ事は出来ないのだろうな」
干田が呟いた。
たしかにその推測は当たっているかも知れない。しかし、だからといって、何も状況は良くなっていない。表面がボロボロに見えても、一向に弱った様子は見られないバシノームスを放っておいては、こうして出撃した意味がない。
もう少しで斃せる、と思っていた。
目の前にあった勝利が一瞬で消え失せた上に、完全に裏を掻かれたのだ。徒労感はチーム全員の上に、重くのしかかってきていた。
その時。カインが何か覚悟を決めたように頷くと、大きく息を吐いた。
「Fu……隊長。北斗。どうやら、切り札の使い時みたいだナ」
そして不敵な笑みを浮かべると、干田、北斗の顔を見渡す。
「Don’t worry!! まだ、手はある。But。この機体とはこれでお別れになるかも知れナイ」
「カイン。どういうコトだ!? 切り札!?」
「私がこの機体の開発者だッテコト、忘れてナイか?」
カインは片目を瞑り、人差し指を目の前で軽く振ると、エンジン出力レバーを押し上げた。
出力ゲージが振り切られ、一気にレッドゾーンへ突入する。
すぐにエマージェンシーコールが流れ、電子音声がすぐに正常値へ戻すように告げる。
「カイン!! 何をする!? ジェネレータが爆発するぞ!?」
「コレまでのパワーは、長時間戦うためのものダ。今、この一瞬だけのためなら、この機体には、もうワンランク上のパワーゲージがある!!」
干田は目を見張った。
レッドゾーンへ突入したはずの出力ゲージ。
だが、そのゲージに今度は、青いメーターが上書きされ、もう一度ゼロから出力が、今度はさっきよりもずっとゆっくり上昇していく。
臨界に達したはずのジェネレータの振動音が急に聞こえなくなり、エンジン噴射口からは、静かな蒼い炎が噴き上がり始めた。
「これは……何故、もっと早く使わせないんだ?」
石瀬が目の前に立ち上がった、新しい操作パネルに目を走らせて言った。
すべてのパワーゲージが一桁違う。この能力なら、あれほど苦戦しなくても済んだかも知れない。
だが、カインは大きく頭を振った。
「このパワーの源は、核融合パルスエンジン。ただし、使えるのは、五分間ダケダ。それ以上は、エンジン構造体が保たナイ」
「五分間……それでも、何も出来ないよりはマシだ。行くぞ!!」
干田は操縦桿を引き上げ、機体を海上へと飛び出させた。
「石瀬、カイン、変形する。ドラゴンだ。スピードもパワーもオーバー気味だ。覚悟しとけよ」
「了解」
「了解」
「いくぞ!! チェンジドラゴン!!」
スカイクーガーが、一瞬で三機の機体に分離した。
干田の乗るワイバーンEXが宙を舞い、サラマンダーFGが水面を駆ける。
二機は海面上にホバーで静止する石瀬のネプチューンを中心にして、背後と上方から、それぞれぶつかっていく。激突と呼んでいいような勢いだったが、機体は見事に組み合わさり、ひとつのシルエットを作り出していく。
変形によって赤が基調となった機体は、古代ローマの戦士のように、肩当てや防具を着けて見えた。人間のようなシルエットでありながら、西洋のドラゴンのような頭部には三本の角があり、後方へ伸びた長い尾状の突起が、無数の関節でうねるように水面を叩いた。
「行けえええええ!!」
そのまま水中に飛び込んだ竜人型機動兵器「ドラゴン」は、バシノームスに向かって魚雷を全弾発射した。
クモが巣を張り巡らせるように、白い泡が四方に散り、バシノームスを取り囲むように着弾する。爆発の衝撃がうねりとなって押し寄せ、巨大なバシノームスを海面付近まで押し上げた。
「トマホーク・クロー展開!!」
干田の声と同時に機動兵器・ドラゴンの両手の内側が開き、折りたたまれていた分厚い刃がセットされる。長すぎる爪のようなそれは、バリオニクスに装備されていたナイフ・クローと似ていたが、刃渡りも厚みも五倍以上はあった。
水中を信じられない速度で加速し、一気に追い抜いたドラゴンは、まさに鉞を振るうようにして、その長大な爪をバシノームスの両眼に叩き付けた。
『キシシシシッ!!』
甲殻の軋む音が、苦痛に悶えるバシノームスの声のように、センサーに届く。
それほどの巨大な刃でも、分厚い甲殻は、わずかにヒビが入った程度であった。
「石瀬!! 重機関銃!!」
「おう!!」
干田が、両腕でこじるようにして、小さなヒビをぐいと押し開く。石瀬はそのわずかな傷口の中に胸部重機関銃の狙いをつけ、ありったけ撃ち込んだ。
弾丸のいくつかは貫通し、中枢部にダメ-ジを与えたのであろう、バシノームスの動きは目に見えて遅くなっていく。
苦痛に悶える巨大なダンゴムシは、ついに再び海面に顔を出し、顔に取り付いたままのドラゴンをふるい落とそうとして、左右に頭部を振りたくった。
「ぐあっ!!」
レバーに掛かるフィードバック負荷に振り回されそうになるのを、干田は必死で堪えている。
緩衝機構が働いていなかったら、その衝撃だけで三人ともミンチになっているだろう。
両腕の構造体が限界を超えて軋み、コクピット内がアラートの赤い光で満たされた。
「カイン!! どうすればいい!? このままでは……」
干田が叫ぶ。
彼等は、核融合パルスエンジンを使用すること自体が初めてなのだ。パワーだけは巨大なバシノームスと互角以上になったようだが、機体重量まで変わるわけではない。
振り回され、海面に叩き付けられればそれまでだ。
もともとこの戦闘には命を掛けている。怖くはない。だが、ここまでやって万策尽きた、では、死んでも死にきれない。
「隊長!! Just moment !! 今……とどめをッ!!」
カインの手がコンソールを素早く走る。
ドラゴンの長い尻尾状の突起がうねうねと蠢き、バシノームスの傷口に向けて真っ直ぐに差し込まれていく。
『キイイイイイイイ!!』
海面上に噴水のように体液が飛び散り、硬直したバシノームスが苦悶の叫びにも似た威嚇音を発した。
「Tail bradeの味はドウダ!! 悪魔め、神に懺悔シロ!! 石瀬!! 右手の高振動Generaterの出力レバーを……Full power!! 」
「これか!? 行け!! 頼む!!」
石瀬が右手元の出力レバーを掴んだ。
重いレバーだ。強い抵抗を感じながら、前方へ押し出していくと、低い震動音がコクピットを包み始め、それが次第に甲高く、激しくなっていく。
始動したのはハイスペック時のドラゴン最大兵装となる、竜吼砲。
それは、尾から発射される最大出力による高速振動波であった。超振動の域にまで達した尾状突起に触れている物質は、分子単位にまで分解される。
だが、それだけでは終わらない。一定方向に集束され、制御機構によって指向性を持たされた振動波は、全長数百mの高周波振動ナイフとなって、相手を切り裂くのである。
『キシシイイイイイ!!』
断末魔の叫びと、高周波振動の音が不快なハーモニーとなって周囲に満ちた。
だが、振動波がバシノームスを両断する寸前。
最後の力を振り絞り、なんとバシノームスは海面に浮かぶ自身の抜け殻に、自分の頭部ごとドラゴンを叩き付けたのだ。抜け殻といえど、数十m四方と巨大であり、硬度はバシノームスの体表とほぼ同じ。
機体を激しい衝撃が襲い、ドラゴンは弾き飛ばされた。
高振動していたテイルブレードは、バシノームスからすっぽ抜け、ドラゴンの機体は水切りの石のように水面を滑っていく。
「だ……ダメか……」
その様子をモニターしていたウィリアム教授が落胆の声を上げた。
ドラゴンを振り飛ばしたバシノームスは、何事もなかったかのようにオルキヌスの後を追い始めていた。先程大きく切り裂かれたはずの頭部には、周囲の抜け殻がバイオマスとなって補強され、既に治りつつある。群体生物特有の恐るべき治癒力だ。
「だが、どうしてもヤツをオルキヌスと合流させるわけにはいかない……」
ウィリアム教授は目を閉じた。
もはや、あのバシノームスに効果的な攻撃方法は残されていない。いや、ただ一つを除いては。現状で残された方法はもう、それしかない。
「ブルー・バンガード全艦乗員に告げる!! これより本艦は巨大グソクムシ=登録名称バシノームスに、特攻を仕掛ける!! 繰艦員を残して全員退艦せよ!!」
マイクに向かって言うと、振り向いたそこには、心配そうな表情の松尾紀久子がいた。
「すまないMiss.松尾。聞いた通りだ。落ち着いたところ申し訳ないが、もう一度トリロバイトⅡで発艦してくれたまえ」
「どうされるおつもりなんです!?」
「バシノームスに突っ込み、この艦のジェネレータを暴走させる。核爆発、とまではいかないが、相当の破壊力があるはず。これで効かないようなら、どのみち斃せん」
「まさか教授は……」
「艦長は艦と共に死ぬのが、世の習いだろう?」
その時、女性オペレータが振り返って叫んだ。
「通信です!! チーム・ドラゴン!!」
『ウィリアム艦長。聞こえますか!?』
「干田隊長!? 無事だったか。心配したぞ。もういい、君達は撤退してくれ」
『いえ。今よりチーム・ドラゴンは、最終攻撃に入ります。俺達の攻撃後に、続けて放射熱線砲を撃ち込んでください』
「最終攻撃!?」
『核パルスエンジンのエネルギーを、リパルサーフィールド発生装置にすべて回し、ジェネレータのフタを開けて、噴出する核フレアを収束させ、ヤツの中枢部に撃ち込みます』
「無茶なことをするな!! そんなことをすれば機体が保たない。しかも、核フレアの射程はいいところ数百mだろう。命を粗末にすることは許さんぞ!!」
ウィリアム教授は、たった今まで自分が特攻しようとしていたことを棚に上げて怒鳴った。
『どちらにせよ、核パルスエンジンの使用限界まであと一分を切っています。もう他に手はありません!! 核フレアがヤツの甲殻を貫通したら、体内に向けて放射熱線砲を!! お願いします!!』
干田は通信を切ると、大きくため息をついた。
ウィリアム教授の言う通り、自分たちはここまでかも知れない。しかも、バシノームスだけを斃したところで、オルキヌスを取り戻す事にはならない。シュライン細胞もすでに生物界へ拡散してしまっている。死に損、という言葉が脳裏に浮かんだ。
(違う。すべての生物を一つの意思にまとめるなんて考えは、絶対に間違っている。たとえ結果が敗北でも……無駄でも、最後まで足掻いてみせてやる。それが俺の意思だ)
思いを呑み込んで前を見る。
波を蹴立てて進むバシノームスは、間違いなく速力を上げている。先行するオルキヌスまで、あと十数㎞。
「カイン、石瀬、すまん。帰れる保証は、ない」
干田の言葉に、カインが微笑んだ。
「Don’t worry 隊長。アイツを倒さなけレバ、人類に未来もナイ」
石瀬も、軽く親指を立てて見せる。
「その通りです。必ず斃して、帰りましょう」
「時間がない。行くぞ」
残り時間は四十秒。
満身創痍の機動兵器・ドラゴンは、本当の最後の勝負をバシノームスに挑むため、真っ直ぐにその後部へと突進していった。