11-4 オルキヌス参戦
鬼王のギガクラスター。
その起動には、生体ユニット・ヒュドラの細胞内電流による生体レーザーを使う。
ケリドラを両断し、骨まで焼き尽くしたクロスアタックビームと同じ、光学兵器に分類される生体レーザーだ。
鬼王の額には、人工のレーザー発振器が露出している。コアマシン、鬼核に直結したそれを、ヒュドラ細胞の起こした高圧の生体電流で作動させるのが、クロスアタックビームである。
だが、ギガクラスターはこの発振器を用いない。
無数のヒュドラが、個体回転数を上げて自身の屈折率を変化させ、胸部に疑似レーザー発振器を作り出す。
生体レーザー発振器は瞬時に作り出される使い捨ての器官であるだけに、エネルギー変換効率はは高くない。だが、細胞内電流を直結し、そのまま使うことで、出力そのものはクロスアタックビームの数十倍となる。
複数箇所から発射された高出力レーザーは、低い収束率を補うために、一点に向け、集中して照射される。対象物の一点に集中した高エネルギーによって、対象物は一時的な核融合反応を起こす。そこから生じた超高熱が、周囲のすべてを焼き尽くす。
それがギガクラスターなのである。
ブルー・バンガードにとって僥倖だったのは、ギガクラスターの発射後、そのエネルギー収束、そして核融合反応の開始までにタイムラグと、一定の距離が必要なことであった。
そのため、海面上にあった艦橋は、ほとんどダメージを受けずに済んだ。
だが、レーザー出力だけでも周囲の海水を一瞬で蒸発させるほどの熱量である。
熱せられ、体積の膨張した海は、周囲の冷たい海水とせめぎ合って荒れ狂い、ブルー・バンガードは木の葉のように揉まれた。
「くっ……ダメか……」
ウィリアム教授が呟いた時、メインモニターの色合いが一瞬にして変わった。
灼熱の光に包まれようとしていた周囲の景色が、急に元に戻ってきたのだ。
「な……何があった!?」
「大量の液体窒素弾頭が、周辺海域に撃ち込まれました!! これは米海軍……通信コード、202。特装艦オルキヌスです!!」
*** *** *** *** ***
突如参戦してきた、白と黒のカラーリングの巨大な戦艦・オルキヌスは、バシノームスへ向けて全力で砲撃を開始していた。
その船体が、発射するミサイルの黒煙で霞むほどの猛攻撃である。
ただでさえ巨大な標的だ。しかも、オルキヌスの兵装は、あらゆるハイテクノロジーを駆使してコントロールされている。苦しがって暴れるバシノームスの急所である目や、その他柔らかそうな腹部、甲殻の継ぎ目に、的確に着弾していく。
だが、シュライン=バシノームスも、ただやられているだけではない。砕けた甲殻の破片を、周囲にミサイル状に発射し始めていた。
破片といえども各々が生物の塊・群体である。それが、流線型に変形し、体内にため込んだ海水を高圧で噴き出し、空中を飛んで襲ってくるのだ。
だが、命中率は高くない。速度もミサイルの数分の一。
所詮、空気中に出たことのない海生生物で作られた、しかも急造のミサイルである。
ほとんどがブルー・バンガードの周辺に落下して水柱を立てるだけであり、生体爆薬の生産も間に合わないのか、辛うじて命中した破片も、ほとんどが軽い金属音を立てて砕け散っていく。
「悪あがきに近い攻撃だな。力尽きかけている証拠だ。たたみかけろ!!」
ブルー・バンガードの放射熱線砲が火を噴く。
ウィリアム教授は勝利を確信していた。
そこへ、転進したスカイクーガーの砲撃も加わり、一度は離脱したトリロバイトⅡも攻撃を加えていく。
先ほどまでは周囲を旋回するのみで戦闘に加われなかったガルスガルスも、高速で掠め飛びながら、巨大な爪と嘴でバシノームスの体表を抉っていった。
だが、その総力戦のさ中、鬼王だけは、呆然と佇むかのように、空中に静止したまま、その様子を見守っていた。
「…………どういうことだ!? 何故……ギガクラスターが効かない!?」
イーウェンは呆然と目前の様子を眺めていた。その目に映るのは、いまだ動きを止めないバシノームス。
能面のようだったイーウェンの顔に、怒りと疑念の色が浮かぶ。
目の前に起きていることは、想定外なのだ。
最大攻撃である重力共振砲ほどの直接的破壊力はないにせよ、ギガクラスターは核融合反応だ。
それも、自分自身の構成物質を材料にしての核融合。いかに巨大であろうとも、それは生物に耐えられるものではないはずだ。
撒き散らされる放射線。
死の海と化す東京湾。
焼き尽くされる沿岸の都市。
ブルー・バンガードはおろか、トリロバイトⅡも、スカイクーガーも……鬼王以外のすべての戦力を巻き込み、犠牲にしたとしても、シュライン=バシノームスはこの世から消え失せ、戦いはすべて終わりを告げるはずだったのだ。
イーウェンは、その覚悟でギガクラスターを放った。
いや、勝利のために鬼王がそれを放つことを容認した。
なのに、体表をボロボロにしながらも、巨大グソクムシは生きている。しかも、その動きに弱った様子は微塵も見られない。
周囲を飛び交うMCMOの機動兵器群にも、何の影響もない。
「ギガクラスターが成功していない……ネモが計算ミスをした……とでもいうのか!?」
「違います!! 隊長……これを見てください!!」
ジャネアがメインモニターに、先ほどの攻撃状況を再生し始めた。
鬼王の胸部が集積したエネルギーで光り始める。生体レーザー発振器が臨界に達した瞬間、そこから放たれた光の束。
しかし、そのギガクラスター発射の刹那、割り込むように着弾したものがあった。
ブルー・バンガードを救うために放たれた、オルキヌスの液体窒素弾だ。
レーザーが集中した光の玉がはじけ、熱から辛うじて守られたブルーバンガードがこちらを向く。
だが、何かがおかしい。
「待て。もう一度だ。今のシーンをスローモーションにしろ!!」
再び同じ様子が、今度はゆっくりと再生される。
それを見て、三人は息を呑んだ。
「バカな!! あの特装戦艦……どういうつもりだ!?」
たしかに液体窒素弾の一部は、ブルー・バンガードを守るように、その周辺で炸裂している。が、無数に撃ち込まれていく液体窒素弾の大半は、バシノームスの中枢部付近の海面に降り注いでいる。
生体レーザーの高熱に晒された直後、瞬時に冷やされたことで、濃密な蒸気が空気中で凝結し、分厚い霧を作り出してしまっている。
その霧が、ギガクラスターのいわば着火剤となるレーザーを減衰させてしまっているのだ。これでは核融合反応は起こらない。
霧は一瞬の後には消え失せているため、肉眼では何が起きたか確認のしようもない。
本来、いかに液体窒素といえども、この程度の量では、ギガクラスター自体の熱量に対抗できるものではない。
それゆえに、ウィリアム艦長達は気付かず、一瞬とはいえチーム・カイワンも、いや鬼王の中枢であるネモでさえ、何が起こったのか把握できなかったのだ。
それは、ギガクラスターを放った鬼王にしか、確認も記録もできない映像であった。
「どういうつもりだあの艦!? 俺達にケンカ売ってやがんのか?」
ジーランが怒りを露わにして、立ち上がろうとする。
「落ち着け。よく考えてみろ。液体窒素弾の弾速では、着弾まで数秒以上掛かる。ギガクラスター発射のタイミングを知っていて、その前に発射しなければ、こんな芸当は出来ない。ケンカを売る、どころじゃない。あの艦は鬼王の動きをすべて把握している……」
「まさか……盗聴!?」
“盗聴っていうかさ。スパイなんだよな”
「な……なんだと!? 貴様、シュライン!?」
“正確には、シュラインの一意識に過ぎないんだけどね。”
ちょろり。と姿を見せたのは、小さなネズミ。
あの時、イーウェンが捕らえたものと同じような子ネズミだ。
“一匹だ、なーんて言ったつもりは一度もないんだよねー”
三人の脳に、嘲るようなシュラインの生体電磁波が響き渡る。
「こんなチビネズミが……なんでこんな出力で話せるッ!?」
“君達、割と頑張った方だから教えてあげるよ。ご想像通り……オルキヌスと本体の中継をしているからさ。”
「つまり、あの艦が出てきて初めて、盗聴器としての役割を得たってわけか。それで、どうする気だ!?」
“どうもしないさ。これでこの体の役目は終わったんだ。君達にも、あの厄介な機動兵器にも退場して貰うだけさ”
そう言い残すと、子ネズミ=シュラインは、またするりと機械の陰に隠れてしまった。
「クソッ!! 待て!!」
立ち上がって追いかけようとするジーランをイーウェンが止めた。
「やめろ。アレ自体は何も出来ないだろう。捕獲は後だ。我々にはまだやることがある」
「隊長!! もう鬼王の稼働限界時間です」
ジャネアの報告の直後、警報音が鳴り響き、彼等のいるナヴィゲータールームの照明が、急に緑から赤に変わった。
「鬼王の稼働解除が始まる。どうやら我々の戦いはここまでのようだな」
イーウェンの言葉とほぼ同時に、鬼王を構成する有機ユニット、ヒュドラ達がそれぞれの体に透明度を取り戻し、一斉に鬼王から離脱し始めた。
鬼王の表面は薄く透けるようになって剥がれ、まるで巨大な雨粒のように、ぼとぼとと海へ落ちていく。同時に鬼王そのものの高度も下がっていく。鬼王の核となっていた銀色の饅頭型メカ・鬼核は、単体では重力制御が出来ないのだ。
むき出しになった鬼核は、海面に落下する寸前、機体下部からの噴射でなんとか空中に留まった。
「ギガクラスター発射の影響で、電波状態は回復していないはずだ。通信は出来ない。すぐに鬼核をブルー・バンガードに向けろ!! 伝えなくてはいけない。オルキヌスは――――」
イーウェンが言いかけた次の瞬間。
鬼核のナヴィゲーションルームは突然の炎に包まれた。悲鳴を上げるヒマも、脱出するヒマもなかった。
どこからか放たれた小型ミサイルの直撃を受けたのだ。鬼核には、戦闘に耐えうるほどの防御力は持たされていなかった。いかにサイボーグといえども、その高熱には耐えきれようはずはない。
イーウェン隊長以下、チーム・カイワンのメンバーは、一瞬で蒸発した。