11-2 稼働限界
だが、それにしても…………
(何故……あきらめないんだ……?)
しつこくまとわりついてくる人間どもに、シュライン=バシノームスは、おぞましささえ感じ始めていた。
旋回を繰り返し、ついに正面に回り込んできた、銀色の機動兵器。
自分の背中に張り付いた、獣型の機動兵器。
海中で奮闘を続ける人造巨獣。
そして、それらに指示を出している様子の蒼い潜水艦。
しかし現状、シュラインの計略は、すべて想定範囲内で進行している。
これまで常に作戦を仕掛けてきたシュラインに対して、防衛する人間どもの組織……MCMOの戦略は、すべて後手を踏んでいる。
闇雲に暴れる巨獣を制する戦いとは違うのだ。
巨獣細胞に冒されたせいとはいえ、シュラインは世界クラスの科学者である。その自分が考えた戦略通りに巨獣達は動く。動いた結果、多くの機動兵器が沈黙し、群体巨獣どもを手中に収め、Gは倒れた。
すべて目算通りに進行している時点で、彼等の敗北は決したようなものだ。
そのくらいのことは、彼等にも分かっているはずなのに、である。
もし何の作戦もなく、ただ立ち向かってこようとしているのなら、よほど指揮官が無能なのか、それとも……
(G…………ヤツの力にまだ期待している、ということか)
ここまで進めておきながら、すべて掌の上、とは言い切れないただひとつの不安要素。
たった一個体で、恐るべき力を発揮する巨獣王・G。そして、その頭脳となっている伏見明。
それが、人間どもの希望、となっているのであろう。
だが、Gの……いや伏見明の意志には、大義と呼べるものはない。
生命の究極とは何か。
地球生命体はどう進化していくべきなのか。
果てしない思考の繰り返しの中で、シュラインの辿り着いた崇高な理想と正義が分かっていないのだ。
何をそんなに執着しているのか、女の名を連呼し、あらゆる事態に感情で対処しているだけの浅薄な若僧など、さかりのついたイヌと変わらない。
シュラインは自分の心に、伏見明に対する嫌悪、いや憎悪といってもいい感情が湧き上がるのを感じていた。
(愚民の象徴のような餓鬼だ。ああいう人間が、これまで世界を……この地球を食いつぶし、腐らせてきたんだ)
だが、Gの力は侮れない。
すべての生物はシュライン細胞の侵蝕を受けることで、生体電磁波で操れる。ただ唯一の例外が、巨獣王・Gなのだ。
いまだ正体がよくつかめない細胞内共生微生物・『メタボルバキア』。
それと共生状態にある生物は、どうやら異種細胞の侵蝕から完全に護られるらしい。だが、メタボルバキアとの共生が確認できたのは、今のところGと、それに融合する伏見明だけだ。シュラインの操るその他の巨獣どもには、メタボルバキアはいなかった。
だからこそバイポラスにG抹殺指令を与え、土壌中からかき集めさせたプルトニウムで、明もろとも消滅させることを企んだのだ。
しかしその計画は、Gを守ろうとする小林や守里、アルテミスによって未然に防がれたようだ。いくら友人とはいえ、多くの人々を死に追いやった異形の怪物・Gと一体化した明を、命がけで守ろうとする者がいるなどとは、シュラインにとって思いもよらないことだった。
(だが、ヤツの生体電磁波はもう感じられない。既に死んだか? まあたとえ目覚めても、その頃には、すべてが僕の意思の元に動き出す。すべてが敵となった地球上で、ヤツが生き延びることはない。この勝負は、すでに詰んでいるはずだ……)
植物型巨獣・クェルクスにその強力な生体活動を利用して、電波攪乱を行わせたのは、群体巨獣を制御下に置き、人間どもの抵抗力を削ぐためであった。そして……バシノームスの核となる自分がいれば、日本はすべて掌握できるはずである。
(しかも……僕には切り札もある……アレが僕の支配下だと知った時の、ヤツらの顔が見てみたいね……)
シュラインは裡でほくそ笑むと、目の前の機動兵器群に目を向けた。
(そろそろ……コイツらにも消えてもらおうかな)
*** *** *** ***
「ジーラン、ジャネア。シナプスを接続しろ。ネモのサポートを開始する」
「了解」
鬼王のナヴィゲーションルーム。
イーウェンの命令で、二人は目の前の制御盤からコードを引っ張り出し、先端にある金属端子を自分の首筋に突き刺した。
そこに、人造皮膚で覆われたジャックが隠されていたのである。
どうやら、人間の頭脳を接続することで、ネモの演算能力を更に高めることができるらしい。
「しかし隊長。さっきから、ネモが作戦の成功確率を変えません。この作戦……大丈夫なのでしょうか?」
ジーランが、少し不安そうな目をイーウェンに向けた。
だが、イーウェンはいつも通り、まったく表情を変えようとはしなかった。
「八十二パーセント……か。たしかに、かつて無い低さだな。だが心配するな。どんな作戦にも不安要素はある。この場合、最後のとどめを、普通人の乗る機動兵器に任せなくてはならないことが、最も大きな不安要素だというだけのことだ」
「そうよ。彼等がしくじったら、鬼王が直接とどめを刺せばいい。鬼王にはそれが出来ることを、あなたも知っているでしょ?」
ジャネアが真っ直ぐに前を見つめたまま、押し被せるように言う。
目をすうっと細め、口元にはアルカイックな笑み。これまで見たことの無かったそのジャネアの表情を見て、ジーランはサイボーグになって初めて、背中に冷たい感覚を感じた。
「ジャネア……おまえ……」
「ジーラン!! 始まるぞ!!」
何か言いかけたジーランを遮って、イーウェンが叫ぶ。
ナヴィゲーションルームを強い震動が襲った。水深三百mまで潜った鬼王が、水面へ向けて一気に生体魚雷を放ったのだ。
体表を覆う黄金の鱗、その一枚一枚が剥がれ、生き物のように動き出して、水面を目指す。白い泡の線を引いて、まるで水中に蜘蛛の巣が張り巡らされていくかのように、数十発の生体魚雷がバシノームスの脚の間に吸い込まれていった。
巨大ダンゴムシとでも言うべきバシノームスは、背中を堅い甲殻で覆っている。
だが、何十対もの脚が蠢く腹側は、柔らかな筋肉が露出していた。
そこへ魚雷を叩き込まれたのであるから、ダメージは大きい。ブルー・バンガードを追うために、体を伸ばし、節くれ立った脚を複雑に蠢かせていたバシノームスは、急に動きを止めた。そして、すべての脚を内側に巻き込むようにして背中を丸めていく。巨大なバシノームスの動きによって、海中は白く泡立ち、乱流が巻き起こる。鬼王も激流に巻き込まれて、翻弄された。
突然の爆発に驚いて、体を丸めようとし始めたのだ。
オオグソクムシは陸上のダンゴムシのように、体を丸めて防御姿勢をとる。それを予測したネモが、この作戦を立案したのである。
大きく揺れるナヴィゲーションルーム内で、イーウェン達は動じる様子はない。
「よし、ヤツが球形になるぞ。予定通りだ」
鬼王は、流れになるべく逆らわず、最小限の動きで、バシノームスから一定の距離を保っている。
ネモによるシミュレーションはイメージ化され、すでに三人の脳に送られてきていた。
球形の防御姿勢になれば、防御力は著しく向上するかも知れない。だが、バシノームスの攻撃力もまた著しく低下するはずだ。しかも、泳力を失ったバシノームスは沈むしかない。
これほど巨大なバシノームスだ。一度丸まってしまえば、そう簡単に泳ぎ出すことも出来ないはずだ。
これによって海上のトリロバイトⅡが、荷電粒子砲の発射態勢にはいるまでの時間を稼ぎ、その間に鬼王も、最大攻撃の態勢に入る。
丸まったバシノームスが、海底に着底するまでの僅かな時間。
その間に、すべては決する。下に回り込んだ鬼王が、最大攻撃でバシノームスを海面まで押し上げるのだ。
波打つように泳ぐバシノームスの正中線を貫くのは難しいが、球形に丸まったバシノームスの中心を撃ち抜くのは容易い。いかに堅い甲殻でも、荷電粒子砲なら関係なくとどめを刺せる。
そのはずだった。
「何ッ!?」
次の瞬間、イーウェンは思わず叫んでいた。
丸まったまま沈んでいくはずのバシノームスの体が、突然、前後真っ二つに割れたように見えたからだ。だが、ただ割れたのではない。頭部が二つ見える。ちょうど上下に前半身が二つ重なるような状態だ。球形の防御姿勢のバシノームスと、体を伸ばしたバシノームスの二体が現れ、そのまま浮上し始める。
「分身したというのか!? どうなってる!? ネモの判断は!?」
「不明です!! 鬼王、作戦変更!! このまま攻撃準備に入ります!! 耐ショック体勢指示!!」
轟ッという音が鬼王の全身を揺らした。
「バカな。こんなところで、重力共振砲を使う気だってのか!? 周り中水だらけなんだぞ!?」
ジーランが思わず叫んだ。
行うはずだった最大攻撃は、ケリドラを斃したクロスアタックビーム、その出力アップ版であるギガクラスターである。拡散するビームは水中で威力を減じられるが、発射の際に発する膨大な熱量は、海水を気化させる。
都市一つを焼き尽くすほどの熱量である。一瞬で気化した水は水蒸気爆発を起こす。
その威力で、バシノームスを海上まで吹き飛ばす予定だったのだ。
水中で重力攻撃を行ったことはない。その場合、いったいどういう結果を生むのか全く分からない。
「鬼王の稼働限界時間も近づいています。水中でのギガクラスターでは、ヤツに与えられるダメージが少ない、と判断したようです」
「ちっ……もう最終攻撃に出るしかない、ってわけか」
イーウェンは思わず舌打ちした。
鬼王を起動させてから、既に十分以上が経過している。ここまで長く鬼王を稼働させたのは初めてだ。
どうやら鬼王は水中では稼働時間が長いらしい。水中が、有機群体ユニット・ヒュドラの本来の生息地であり、エネルギーの消耗が少ないせいらしい。
だが、それにしても戦闘状態で長く稼働させすぎた。これは、ナヴィゲーターとしてのイーウェン達のミスだ。
「やむを得ん。このままネモに任せ、攻撃態勢に入る。重力震に備えろ」
「……トリロバイトⅡとスカイクーガーには?」
「通信の必要はなかろう。重力共振砲で斃せればそれでよし。斃せなければ、そのまま荷電粒子砲を撃ち込んでもらう。戦闘空域にいて貰わなくては困るからな」
イーウェンは冷たく言い放つと、正面のモニターを睨み据えた。
バシノームスと一定の距離をとって沈みながら、鬼王の紅金色に輝く体表が、次第に赤みを増していく。
「ヒュドラの自転エネルギー……臨界まであと三十秒です」
「可能な限り、発射角を大きくとる。破壊力は多少落ちるが、海上までバシノームスを吹き飛ばせる」
イーウェンの言葉と同時に、モニター上で計算が行われ、重力共振砲の有効範囲が拡大した。
「総員、耐ショック姿勢をとれ。発射するぞ」