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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第11章 海上決戦
91/184

11-1 マーク=シュライン

(ゴミクズどもが、何か企んでいるようだな……)


 シュライン=バシノームスは、いらついていた。

 目の前の銀色の機体には、どうやらかなり強力な兵器が装備されているらしい。

それが何であるかまでは、機械工学の知識のないシュラインにはよく分からない。が、正中線を撃ち抜こうと、バカ正直に正面に回りこんでくるあの動きを見ればそのくらいは分かる。

 乗っているのは、細胞の拡散に利用し尽くした女・松尾紀久子ともう一人、機動兵器のパイロットの女だ。生体電磁波を感知するシュラインには、そこまで分かっている。

 海中では、あの鬼王が。そして上空からは四つ足獣型の機動兵器・スカイクーガーが攻撃を掛けてきているが、大したダメージはない。おそらく陽動、といったところであろう。

 余程、兵器の破壊力に自信があるのか? それとも、自分への恨みを晴らすための特攻バンザイアタックか? どちらにせよ、相手の思惑が分かれば対処の方法はいくらでもある。


(ようやくここまで来たんだ。僕の邪魔はさせない……)


 生体電磁波は、バイオマスが巨大であればあるほどパワーを増す。

 シュラインの目的――世界中の生物すべてを、一つの意思の元に統一すること――には、自分の意思の発信源として、巨大なバシノームスの存在が不可欠だった。

 巨獣細胞を幾つも取り込み、生体電磁波を自在に操ることを覚えたシュラインは、全身の細胞を増幅器アンプとして使用出来るようになっていたが、通常サイズの巨獣では出力が足りなかったのだ。

 ヒドロフィス、パルダリス、アンドリアスの三体の巨獣を利用し、海生生物を可能な限り集めた。そして、三体の巨獣と海生生物のバイオマスをすべて統合して、史上最大の群体巨獣・バシノームスを作り上げることで、ようやくその力を得たのだ。

 その強大な生体電磁波を、張り巡らせた植物型巨獣・クェルクスに発信させるのだ。

 網の目のように張り巡らせた、植物体の根や枝は地上を覆い尽くし、シュラインの意思の発信器となるはずであった。更に、何体かの巨獣を取り込み、中継局としてクェルクスが覆い尽くせない場所をカバーする。

 これで地球全土を覆う、シュライン細胞のネットワークの完成だ。

 各個体に対するシュライン細胞の侵蝕が進めば、もはやシュラインに、操れない生物など存在しなくなる。

 そうすればようやく…………来るのだ。

 争いも、憎しみも、偽りも、裏切りもない世界が。

 そこでは、死も、苦しみも、いや快楽すらも意味を持たない。

 すべてが自分自身であり、永遠に続くひとつの命なのだから。


(母さん…………)


 暗い炎がシュラインの心を焼く。


(今、どこにいる? いや、とっくに死んだか。でも、これで僕の復讐は終わるんだ。僕のような、哀しい思いをする子供は……もういなくなるんだよ)


 シュラインが溜息をつくと、バシノームスの巨体が大きく揺らいだ。

 自分が「こう」なってしまってから、初めて呟く心の声に、シュライン自身もまた戸惑っていた。


(あの日……あの日が、すべての始まりだったんだ……)



***    ***    ***    ***



「まって……母さん……まってよ」


 金髪碧眼の美しい少年が、英語で叫びながら走っていくのを、極東の島国の住人達は振り返り、奇異の目で見つめていた。


 五十年前の東京。

 シュライン……いや、マーク=エメリーは八歳だった。

 母親のフローラ=エメリーは二十五歳。

 八月の終わり。二人は、横浜駐留の米海軍に所属する父親に会うため、日本を訪れたのだ。

 ようやく追いついたマークの頬を、フローラは思い切りひっぱたいた。


「あんたが……ッ!! あんたなんかが生まれて来なけりゃ!! あたしはこんな思いしなくて済んだのよッ!!」


「あうっ……ごめんなさい。母さん!! ぶたないで!! なんでも言うこと聞きますから!! 一生懸命、勉強もします!! バイオリンも練習しますから!!」


「ふん……そんなこと、もうどうでもいいのよ。あたしたちは捨てられたんだから。あんたの父さんは、醜い日本人女の方がいいんだってさ!!」


 ハイスクールの学生だったフローラを妊娠させ、逃げるように徴兵に応じて海外勤務に出かけた夫。

 いや、籍は入れていないのだから、夫とは呼べないかも知れない。

 年に数回送られてくる僅かな仕送りと、簡単な手紙だけの関係。

 それでもフローラは、自分たちは家族なのだと信じていた。

 そんな男に遙々会いに来てみれば、とっくに日本人の妻を得て、幸せな家庭を築いていたとは。

 面談を断られたフローラ達は、横浜基地にも入れずに追い返され、夕暮れまでかかってフラフラと駅にたどり着いた。その時には、彼女の心はすっかり荒んでいたのだ。

 息子への暴力が引き金となったのか、フローラは、突然、狂ったように叫びだした。


「あんたが出来なけりゃ!! ジャックがあたしを重荷に思って逃げ出すこともなかったんだ!! あんた!! あんたさえいなけりゃ!!」


 叫びながら、フローラは何度もマークを打ち据えた。


「ごめんなさい!! ごめんなさい!!」


 泣き喚きながら子供を叩く外国人女性を、物珍しげに見つめる通行人達。

足を止める人が増え、次第に人だかりがつくられる。だが、相手が金髪の若い女である、と見ると、誰も声を掛けようとはしない。明らかに幼子が虐待されている状況ではあったが、言葉も分からないというのに、止めにはいるような者はいないのだ。人々は遠巻きに眺めるだけであった。


『かわいそうに……あんな小さな子を……』


『だれか、あの金髪女に何か言ってやれよ!!』


『バカ。おまえ英語しゃべれんのかよ?』


「ふ……ふん!! 行くよ!! 早く立ちな!!」


 周囲のざわつきにようやく気付き、我に返ったフローラが歩き出すと、マークもよろよろと立ち上がって歩き出した。

 マークの体は、同じ年齢の子供に比べて小さい。

 もともと食が細かったこともあるが、ハイスクールを中退してしばらくは、スーパーのレジ打ちで家計を支えていたフローラが、ホステスを始めてからは、夕食がおざなりになっていたせいであった。

 ガリガリに痩せた我が子をフローラは嫌った。

 マークの成長が悪いことが、まるで自分のせいだと非難されているように感じたからだ。


(少し前は、あんなに可愛く思えたのに…………)


 よろよろとついてくる息子を、冷たい目で睨みながらフローラは思う。

 そう。三、四歳までは、この子が可愛くて仕方なかったはずだ。愛するジャックと自分を繋ぐ、幸福の架け橋。両親の金髪碧眼を受け継いだ、美しい天使。

 そう思えたはずだ。

 それがどうだ。愛するジャックは、黒髪黒目の醜いアジア人に心を移し、美しかったはずの息子は、いつの間にか、死に神のように蒼白く痩せ細っている。


(こんなの……本当の私の人生じゃない。私は、もっと幸せになるべきなのに……)


 重荷。

 新たに結婚相手を探すにしても、行けなかった大学を目指すにしても、子供の頃からの夢であるフラワーアーティストになるにしても、この子だけがいつも足を引っ張る。

 こいつが……この痩せた忌々しいガキさえいなければ…………。

 フローラの心に、邪悪な思いが芽生えた。


「ねえ……マーク?」


 突然優しい声で話しかけてきた母親を、マークは信じられないモノを見る目で見返した。


「なんですか……お母さん……」


 おどおどと首を傾げ、ぎこちなく、自信なさげに母親を見上げる。その上目遣いも、口の端に微かに浮かべた作り笑いも、フローラは大嫌いだった。

 だがコイツと別れられる、と考えれば、それも我慢できる……。


「お母さんねえ……ちょっと寄りたいところがあるの。ホテルに帰る前に、行ってみない?」


 そう言うと、フローラは改札口へ向かってさっさと歩き出した。

 

「あ、お母さん、まって!! 」


 マークは慌てて母の後を追う。

 こんな見たこともない国の人混みに置いてきぼりにされるわけにはいかない。それでなくとも、父に見捨てられ、母に蔑ろにされて、幼いマークの心は不安の塊だった。

 足早に歩く母の腕に、強くしがみつく。

 いつも通り、気持ち悪い、と言って振り払われることを予想していたが、今日の母はそっとマークの肩を抱いてくれた。


「離れるんじゃないよ。こんなところで迷ったって、どうしようもないからね」


 母の思いがけない優しい言葉に、マークは強く頷き、手に力を込めた。

 電車に乗りこみ、いくつか乗り継いで二人が降り立った駅は、先ほどの駅以上に人でごった返していた。


「……ここ?」

 

 マークがおどおどと母親に聞く。

 大きな繁華街のある町なのであろう。マークには読めない四角い文字の下に、ローマ字で「Shinnjuku」と書かれている。


「そうだよ。ついて来な」


 フローラは、慣れた様子で歩き出した。

 この新宿には、一度来たことがあるのだ。自分がホステスをしているせいか、妙に馴染む町だ。

 あのまま捨てたのでは分かりやすい、そう思ったのだ。

 マークは、ひいき目に見ても頭の良い子ではない。が、いくらなんでも、駅の目の前のホテルに帰るくらいの芸当はできるだろう。

 ただでさえ複雑な首都圏の路線を、こうしていくつか乗り継いでしまい、横浜から東京圏内に来てしまえば、言葉の分からないマークが、そう簡単にはホテルに戻っては来られまい。

 しかも、新宿には森がある。

 この都会にわざわざ作った森だと聞く。人気のない森のある公園ならば、目撃者もいないだろう。そこに置き去りにすれば、うまくいけば朝まで見つからない……

 フローラの手は汗ばみ始めた。

 あの角を曲がれば森が見えるはず……


(ホントに子供を捨てるの……?)


 フローラは自問した。

 マークのことは嫌いだ。いや、憎んでいると言ってもいい。彼がお腹に宿ったおかげで、これまで自分が、どれだけ苦労したか。女手一つで必死に育ててきたのも、ジャックと三人、家族で暮らせる日が来ると思えばこそだ。

 その希望も断たれた今、帰国して可愛くもない子供と二人、これまでと同じ苦しい生活に戻っていく理由など…………


「……お母さん。だいじょうぶ? どこか痛いの?」


「え? あ、ううん。大丈夫よ。いつもの頭痛がちょっとしただけ」


 おどおどとした表情で、顔を覗き込んでくる息子に、慌ててフローラは手を振った。

 感づかれるわけにはいかない。

 フローラは覚悟を決めた。目的の森にはたどり着いていないが、ここなら人目も少ない。


「マーク? ここ、いい場所でしょ?」


「うん……素敵な公園だね」


「おなか空いたでしょ? ここで暫く待っていて、なにか……買ってくるから……」


 何気ない風を装って、ベンチに座らせた息子を置いて公園を出る。

 もし後を追ってきても分からないよう、駅とは反対側へ数分歩き、タクシーを拾った。

 反対向きの新宿駅に向かうよう告げたフローラに、運転手は不思議そうな顔をしたが、外国人のことだからと納得したのか、黙って車を発進させた。

 駅にたどり着いたフローラは、大きく息を弾ませて、壁に寄りかかった。

 走ったわけでもないのに息が切れる。鼓動の高鳴りが静まらない。この疲労感は何なのだろう。

 

(捨てた……あたしはマークを……捨てた……自分の子を…………)


 額に噴き出るイヤな汗を拭いながら、フローラはフラフラと歩き出した。

 マークは自分が捨てられたことに、今頃はもう、気付いているだろうか? いや、まだ時間はそれ程経っていない。どうしたのだろうと心配し始めた頃か。


(今ならまだ……)


 そう思って公園の方を見る。


(バカね。何考えてんの。あんな子抱えて、またアメリカに帰るっての? あの汚い町に)


 フローラは大きくかぶりを振って、また改札口を見た。


(あそこをくぐれば、私の本当の人生が始まるんだ。もう一度、一人でやり直せる)


 ふと、気付くと、こちらを見つめている者が何人もいる。

 いくら外国人率の高い東京とはいえ、碧眼の美女である。しかも、逡巡するように立ち止まったり、歩いたりしていればイヤでも目立つ。

 フローラは覚悟を決めて、改札口へと歩き出した。

 その時。甲高いサイレンの音が鳴り響いた。

 一瞬、どこかで火事でも起きたのかと思った。だが、この音は違う。いつまで経っても鳴りやまないこの音は、町中のあらゆる場所から鳴り響いている。

 

『おい!? なんだこのサイレン!? 』


『しっ!! 黙れよ!! 災害速報だ!! 』


 周囲の人々も、何が起きたのか分からず右往左往している様子だ。

 すると、鳴り始めた時と同じように、サイレンはすっと鳴りやみ、代わりに無機質に電子変換された男性の声で、何かを伝え始めた。


『こちらは、日本政府です。防衛庁巨獣対策室よりお知らせします。本日、午後四時頃、東京湾より、大型の巨獣が出現いたしました。巨獣は新宿方面へ向かって進撃中。至急避難して下さい』


 直後に同じ内容の英語のアナウンス。

 アナウンスが終わると同時に、再びサイレンが鳴り始める。

 フローラの背中を、冷たい汗が伝った。



「お母さん…………」


 幼いマーク=シュラインは、一人、公園のベンチで母を待っていた。

 向こうに見える時計は、あれから二十分以上が経ったことを示している。マークは、母はもう帰って来ないような気がしていた。

 あの時、急に優しくなった母。

 しかし、その態度や言葉が嘘だということを、マークは敏感に感じ取っていた。母がああいう態度をとる時は、必ず何か悪いことがある。


「ぼくがいない方が……お母さんは、幸せなのかな…………」


 町中にサイレンが鳴り響いたのはその時であった。

 それまでまばらだった公園内の人通りが、急に増えた。駅の方角へ向けて最短距離を通るために、周囲から集まってきたのだ。

 真剣な表情を見れば、何かあったのは分かるが、日本語の分からないマークは、避難誘導のアナウンスが理解できない。そうでなくとも、反響音とサイレンで広報アナウンスは聞き取れなかった。

 マークはベンチに座ったまま、ぼんやりと人の流れを眺めた。彼等と同じ向きに逃げることも考えた。あのあわてようだ。何が起きたかは分からないが、命の危険がある可能性は高い。

 だが、そうであればなおのこと、ここを離れることは出来ない。


(お母さんが……帰ってくるのはここだから)


 母はここで待っていろと言った。それだけが、自分が唯一この世に存在できる理由だから。

 たとえ何者かに存在を止められるかも知れなくとも構わない。あんな母でも、いないこの世なら、自分は存在していたくなどなかった。


 突然。サイレンの音がおかしくなった。

 鳴り続けていた非常警報のサイレン。甲高かったサイレンが、急に低くなったかと思うと、音がねじ切られたように停まった。

 先ほどからまばらになりつつあった人波は、完全に途切れ、公園の向こう側に見える大通りには、警察車輌の赤い点滅が無数に集まっているのが見える。

 だが、数分後。その警察車輌も一台、また一台と走り去り始めた。

 その時にはもう遠くから、微かな地響きが伝わってくるのを、ベンチに腰掛けたマークは感じていた。規則的な足音ではない。地響きは大きく、時には小さく、不規則に、だが確実に近づいてきているようだった。


(どうしよう……逃げようか……)


 母が戻ってくる様子はない。

 先ほどの覚悟も揺らぎ、恐怖が心の大半を占めようとした時。

 公園の向こうに見えていた二十階建てほどのビルが、何の前触れもなく倒壊した。

 ビルの上部がこちらへ向かって落下し、目の前の芝生にめり込む。あとほんのわずか、こちらに押し出されていたら、マークは潰されていただろう。


「ひっ!!」


 息を呑んで立ち上がる。

 あまりのことに、かえって悲鳴は出なかった。立ち上る土煙を思い切り吸い込んでしまい、少しむせたが、それも瓦礫の向こうから、巨大な黒い影が姿を現すまでだった。


「…………泥?」


 押し潰され、ひしゃげていく建造物の上にのしかかってきたのは、まさに「泥」としか表現のできないモノだった。その泥からは異質なヒダや管、ヒレ、手足のようなモノが不規則に突き出している。

 不定形、というわけではない。だが、統合された意思によって動いているようでありながら、そのアンバランスな姿はマークの知るどんなモノとも違い、あまりにも異質だった。

 そんな怪物が大地をゆっくり這いずりながら、こちらへ向かってきているのだ。


「く……臭いッ!!」


 マークは鼻を押さえて顔を顰めた。

 「異形の泥」からは、ドブのような、それでいて肉の腐ったような臭いがした。漂ってくる、などという生やさしいものではない。噴き出してくる悪臭の勢いは、息がつけないほどである。まるで毒ガスの中に放り出されたようなものであった。


「お母さん……助けて!!」


 瓦礫と得体の知れない泥に、今にも押し潰されそうな恐怖。

 そして、吐き気を催す悪臭に耐えかねて、ついにマークは走り出した。

 だが、道路側はすべて「泥」の塊に覆われている。唯一逃げ込めるのは、公園の奥に広がる森だけだ。マークは広い歩道を避け、木の間を縫うようにして駆けていく。巨木で少しでも「泥」を足止めできれば、と思ったのだ。 だが、高層ビルすら押し倒す怪物である。「泥」の進行速度は少しも衰える様子はなく、落ち葉や木の根に足を取られたマークは、すぐに転んでしまった。


「助けて!! お母さん!! 助けて!!」


 這いずるようにして歩道に出て、再び走り出す。だが、何度目かの転倒で、大きく膝を擦り剥いたマークは、ついに立ち上がれなくなってしまった。


(もう……ダメだ)


 スローモーションの津波のように、「泥」が上から覆い被さってくる。マークは自分の死を予感して目を瞑った。

 だが、その時。


「マーク!! マーク!! しっかりして!!」


「おかあ……さん?」


 目を開けたマークが見たのは、自分に覆い被さるようにして「泥」から守ってくれている母の姿だった。


「逃げて!! マーク!!」


「お母さんもいっしょに!!」


 手を繋いで走り出した親子の上に、「泥」が押し倒した樹木が倒れかかってきた。


「お母さん!?」


 母は背中で倒木を支え、息子を守っていた。


「生きて。マーク……」


 母の顔を血が伝う。

 「泥」の本体が遙か頭上に立ち上がり、二人を押し潰そうとしたその時。


「ボウオォォォォオオオオオ!!」


 くぐもった音が響き渡った。煮えたぎるマグマの音にも似たその音は、「泥」から発せられているようであった。

 自衛隊の対巨獣兵器である、落雷砲サンダーキャノンが到着したのだ。

 用意された二つの電極に挟まれた「泥」こと、登録名称レジストコード「スカム」は高圧電流を全身に流され、ゆっくりと分解し始めた。

 二人の周囲に、悪臭を放つ「泥」の塊が次々に落下し、飛沫を飛ばしていく。

 意思を持つ「泥」であるスカムの体は、その核となった大型海生哺乳類、すなわちクジラの周囲に、幾種類もの海生生物が融合して成立していた。

 その肉体同士をつないでいる「泥」は、様々な微生物の集合体である。

 高圧電流に晒され、そのショックと高温に耐えきれなかった微生物群が死ぬと、スカムの融合状態は解除されるしかない。


「た……たすかっ……」


 だが、マークのその呟きは、途中で掻き消された。

 巨大な咆哮に。

 大型の弦楽器を、高い方から低い方へ、金属の棒で一気に弾き下ろすイメージ。

 空前にして絶後の巨獣王・Gが、強力な敵を感知してやって来ていたのだ。


「キュゴオォォォオオオオオン!!」


「ボウオォォォォオオオオオ!!」


 二体の巨獣の戦いは始まった。

 そして二人は、降り注ぐ「泥」の中に埋もれていった。



「ん…………おかあさん? ……どこ?」


 翌朝。

 マークは、眩しさを感じて目覚めた。

 周囲は泥に埋もれていたはずなのに、なぜか、泥の痕跡は全くと言っていいほど無かった。だが夢ではなかった証拠に、周囲の木々は薙ぎ倒され、開けた視界に映る町並みには、倒壊した建造物も見える。

 その身で倒木を支え、自分を守ってくれていた母は、いったいどこに。

 ふと、上を見上げたマークは、しばらく呆然とし、それからゆっくりと笑い始めた。


「ふふ……くく……あははははは!!」


 自分に覆い被さってきてくれていた母。

 それは、不思議な形をした木だったのだ。

 まるで女性が何かを守るように、覆い被さった姿によく似た木。ただの木。


「僕はバカだった。お母さんは、僕を捨てたんだ。来てくれて、自分の身を挺して守ってくれるなんて、バカげた幻覚を見たんだ」


 マークはふらふらと歩き続けた。新宿駅は無事だったらしい。そこまで来ると、救護隊のテントがあり、食糧の配給も行われていた。

 昨夜の戦闘を、街角の大型ビジョンが映している。

 どうやら、あの後、群体巨獣・スカムはGの放射熱線で跡形もなく吹き飛んだらしい。生物体である「泥」は、本体の死と共に、液状化して流れ去ったと報じていた。

 頭脳が妙に冴えている。

 日本語の報道がすらすらと理解できた。

 今なら一人でアメリカに帰ることも出来そうだ。だが、自分を捨てた母と過ごしたあの家に帰る気にはなれなかった。


(…………もう、一人で生きていこう)


 不自由は感じない。あれほどの目にあった今なら、何でも出来る気がした。

 ふと、足に柔らかな感触を感じ目を落とすと、茶色い子犬がすり寄ってきている。

 マークは思わずしゃがみ込んで子犬の頭を撫でた。


「お前も一人になっちゃったのかい? 可哀想に……一緒に行けたらいいんだけど……僕も自分のことで精一杯なんだ……」


 そう呟きながら子犬に頬を寄せた。


(ああ……君が一緒に行けたら……きっと寂しくないのにね)


 そう思った瞬間。

 子犬と触れていた頬に、異様な感覚が走った。

 何かが壊れる感覚。自分の皮膚に何かが滑り込み、子犬に何かが滑り込んだ。自分と子犬の間にあった、壁のようなモノが、ふっと消え失せたのだ。

 そして、走馬燈のように子犬の記憶が脳に映し出される。


(あ……ああ。そうだ。子犬ぼくは、あんなところで飼われていた。飼い主の家が押し潰されて逃げ出し……ここへ)


 気付いた時、子犬の姿はどこにもなかった。

 だが、マークには理解できた。あの子犬は自分の中で生きている。彼等は一つの生き物になったのだ。


(ぼくは、他の生き物と一つになれるようになったんだ。もしかすると、すべての生き物と一つになれるかも知れない……)


 それからマークは、記憶喪失のふりをして保護された。

 マーク=シュライン、という偽名を名乗り、該当がないまま新しい戸籍は登録された。

 アメリカに帰国したシュラインは、施設で育ちながら、少しずつ、少しずつ、自分に生き物を取り込む実験を続け、大学を卒業する頃には、どんな生物も取り込み、操れるようになっていた。

 だが、父に裏切られた苦痛、母に捨てられた恨みは決して忘れなかった。

 あの時、身を捨てて助けてくれたのだと思いこんだだけに、その失望と悔しさは消せなかった。

 その上、他の生物を取り込むたびに、どんどん明晰になっていく頭脳が、その記憶を風化させることを許さなかったのである。

 シュラインは眠らなかった。

 眠ろうとすると、過去の記憶が恐怖と怒りをともなって呼び起こされ、彼の意識を苛むのだ。だが、群体能力を得たシュラインは、眠らなくても生きていけた。


(……こんな思いをするのは、しなくちゃいけなかったのは、母さんと父さんが一緒にならなかったからだ。僕と母さんが違う人間だからだ)


 明晰になりすぎた思考が、勝手に論理を組み立てていく。

 眠らない、眠らなくてよい夜の時間。その間、延々と考え続ける。

 世界を救う方法を。

 人の哀しみがこの世から無くなる方法を。


(違う人間。違う思考があるから、人は争う。人は悲しむ。すべての人が一つの意思だったら……それができれば、いや、それをするのが僕の使命じゃないのか)


 マークの体内に宿ったスカムの共生細胞は、彼に他の生物との群体化と、ほぼ無限に近い寿命を与えていた。その理想に向かって突き進むために、必要なモノも彼には分かっていた。


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