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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第2章 海底ラボ・シートピア
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2-8 特攻

「これならもう、破られないでしょうね?」


 東宮が心配そうに言った。異常な事態に晒された恐怖のため、顔が真っ青だ。

 無論、東宮だけではなく、どの顔も怯えと憔悴の色が濃い。


「大丈夫だろう。この隔壁は外部水圧にも耐えるように設計されているからな。手術室のドアとは、厚みも密閉度もケタ違いだ」


「そんなことより、これからどうします?」


 干田が、心配そうに八幡に話しかけた。


「これで我々の今いる第三ブロックは孤立した。ブロック内に残っている人たちを集めて、対策と脱出の方策を練ろう。海上への浮動エレベータは接続されていないが、ウィリアム教授の機械工学研究室がある。機械工学研究室では、サンプリングロボット以外にも、深海作業用の潜行艇も開発しているはずだ」


「で……でも、伏見先生をなんとか助けなくては……」


 紀久子の声は苦しそうだ。先ほどシュラインに貫かれた肩の傷はかなり深いようである。


「松尾君はかなり出血が多いな。応急手当をしよう。こちらへ」


「おキクさん、大丈夫?」


 いずもが、心配そうに紀久子の顔をのぞき込む。

 先ほど目覚めてからは、随分と調子が戻ったように見える。シュライン細胞の影響は未知数だが、現状でシュラインに操られるようなことはなさそうであった。


「大丈夫よ。そんな顔しないの。サンが心配しちゃうでしょ?」


 紀久子の言う通り、サンは落ち着かない様子だ。心配そうに紀久子の周囲をうろつきながら、時々歯をむき出すなどして、一同の様子を見ては感情を露わにしている。

 紀久子の応急手当を終えると、八幡達は、ウィリアム教授の機械工学研究室へ向かった。


「君達、いったい何があったんだね? 怪我人だらけじゃないか……それに、いったい何だねこのサルは」


 ウィリアム=テンプル教授は、大怪我をした紀久子や意識のない明、うろつき回るサンの異様な大きさを見て、目を丸くした。

 機械工学のウィリアム研究室の内部には、彼の他に数人の研究者もいた。他ブロックへ救援要請をするため、徒歩で出ようとする彼らを、八幡たちは押し留めなくてはならなかった。


「大変なことになりました。細かい説明は後でしますが……レベル4のバイオハザード事故が発生したとご理解下さい」


 そこにいた全員を集め、八幡が手早く状況を説明する。


「すでに我々の中にも、シュライン細胞の影響を受けている者がいます。しかし、汚染源であるシュラインは第ニブロックに封じ込めました。至急、第二ブロックをすべてのラボから切り離す必要がある。第一ブロックと連絡は取れませんか?」


「いや……実は、先ほどから、まったく連絡が付かないんだ」


 それで徒歩で連絡を取ろうとしたという事らしい。


「何か……ありましたか?」


 ウィリアム教授の暗い表情から、異変を読み取った八幡が問う。


「研究生数人が高熱を出したので、第一ブロックの医務室へ運んだんだ。内線で経過を聞こうとしたんだが……」


 呼び出し音は鳴るが、誰も出ない。こんなことはこれまでなかった。確認に出ようとした時に、八幡たちがやって来たということのようだ。


「東宮君、第一ブロックの様子をモニターできるようにしてくれないか?」


「は……はい!!」


 八幡に言われて、東宮は監視モニターの前に座った。安全衛生責任者のみの知るパスコードを入力すれば、研究室のモニターで他ブロックの状況を見ることができる。

 東宮が映し出した第一ブロックの光景を見て、全員が息を呑んだ。


「死……死んでいる?」


 そこに映ったのは、椅子に腰かけたまま、あるいは床に、意識を失って横たわる研究者達の姿だった。

 いや、研究者だけではない。浮動エレベータのポート前には、制服姿の警備員達も倒れている。


「待て。まだかすかに動いている。全員生きているかは分からないが、全滅してはいないようだ……」


 しかし、今は助けに行く手段はない。干田がぎりっと歯を鳴らした。


「何が……あったのでしょう?」


 いずもが言う。


「ガスや毒物の可能性もあるが……シュラインの言動から考えると、病原性リケッチアの症状が出たと考えるのが妥当だな。本来、患者同士は感染し合わないはずだが……」


「だとすると、これほどの数の患者……抗生物質がまるで足りないぞ」


 石瀬が眉間にしわを寄せた。


「それ以前に、第一と第二の間の隔壁が閉められません。仮にここを脱出して第一ブロックへ移動できても、シュラインと伝染病の脅威にさらされます」


 干田は冷静だ。さすがに緊急事態への心構えは出来ているようだった。


「第一ブロックがダメだとしても……直接、海上基地との連絡は付かないのですか?」


「やっていますが……」


 有線通信は呼び出し音を鳴らし続けているだけで応答はない。


「海上基地もやられたか。とにかく、シュラインを第二ブロックへ封じ込めよう。なんとか遠隔リモートで隔壁を作動させられないのか?」


「た、たしか、こういう時のために、集中管理室システムを他ブロックから操作することも可能だったはずです。やってみます」


 今度は白山が、壁のコントロールボックスを開いて作業を始めた。


「ところで、シュライン教授がどうしてこんなことをしなくてはいけないんだね?」


 ウィリアム教授は、眉根に皺を寄せた。他の研究員達もうなずく。

 突然、訳の分からない事態に放り込まれたことによるパニックと、八幡たちの勢いに押されて様子を見ていたものの、これ以上事情を聞かずにはいられないのも当然だ。


「ですから……彼自身が今回の、バイオハザードの元凶なのです」


 説明しづらそうな表情で八幡が答えた。


「ホワァット? なんだって?」


「もう随分前……そう、彼の話を信ずるなら、約五十年前から巨獣細胞を体内に宿していたようです。しかも、他種の生物や他の人間に自分の細胞を植え付けてあやつり、自身を強化する性質をも獲得しています」


「馬鹿な。いくらなんでもそんなSFじみた話が信じられるか。君達はジャパニメーションの見過ぎでおかしくなったんじゃないのかね?」


 大げさに手を広げ、呆れたように口をへの字に曲げてコメントしたウィリアム教授に、数人の研究員が苦笑しながら頷いた。その雰囲気には全くと言っていいほど緊張感はない。

 突飛過ぎる現実に遭遇すると、人の脳は理解を拒むものである。何かが起きているらしいことは理解しても、危機的状況だとは思えないのだ。


「たしかに荒唐無稽に思われるかも知れませんが、ここでそんな悪質な冗談を言って我々に何か得でもあるとお思いですか?」


「む……それは……」


 ウィリアム教授の表情が変わった。たしかに八幡の言う通り、そんなウソをつく理由はどこにもない。だが、彼等の言うことを丸々信じるにはあまりにも常識の範疇を超えていた。


「だが……君達自身も彼等と同じ病原体に侵されていて、幻覚を見たのではないと言えるのかね?」


 いまだに八幡達の正気を疑うウィリアム教授であるが、それも無理はないと八幡は思った。

 自分自身ですら、己の目で見たことでなければ信じられなかったであろう。肥満体の老人からイヌやネコが分離して美少年に変わったなどと……


「……東宮君、第二ブロックの監視モニターの画面をこちらへ接続できるか?」 


 もはや信じて貰うためには、あの醜怪な姿のシュラインを見て貰う以外にない。第一ブロックをモニターできたのだ。第二ブロックの監視モニターに切り替えるのも出来るはずだ。シュラインにシステムを破壊されていなければ……だが。


「な……なんとかやってみます……」


 東宮が不慣れな様子で、再び監視モニターの操作画面を呼び出し始めた。


「ああっ!? カイ!!」


 モニターに第二ブロックの様子が映ると同時に紀久子が叫ぶ。さっきはかなり優位に戦いを進めていたはずのカイが血まみれになっていた。流血のせいかスピードも半減してしまっている。


「伏見君は!? 伏見君はどこだ!?」


 八幡が必死で叫んだ。

 東宮が監視モニターを左右に振って探すが、視界は狭い。伊成の姿はどこにも見えなかった。


「シュラインが動物を分離して攻撃を始めたようだ。見てください。カイの体に何か食いついている」


 干田の言う通り、カイの体の数カ所に、ネズミやイヌとおぼしきものが噛みついてぶら下がっている。


「OH my GOD!!」


「It’s  not  believed!!」


 数人の研究員から声が上がり、ざわめきが広がった。

 カイの対峙するシュラインの奇怪な姿……ぶよぶよとした肉塊の上に美少年の上半身が乗り、肉塊からは犬や猫の体の部分がでたらめに飛び出している……がモニターに捉えられたのだ。


「どうやら、君達の言っていることは事実らしい。あの化け物が、シュライン教授だというのだね?」


「はい。まだ全体で統制の取れた一個体にはなれないようでしたが、体から分離した他の生物を生体電磁波で操ることもできるのです。彼の目的はG細胞の遺伝子を取り込み、巨獣化してさらに多くの生物を操り、最終的には地球上すべての生き物を一つの群体生命体にすることだと……」


「異種同士で形成される巨大群体というわけか……それではつまり、我々を含めた全員がヤツのターゲット、ということだな?」


「……そうなります」


 そのやりとりを聞いていたウィリアム研究室のメンバーに、再び動揺が広がった。ここでパニックになってはまずい。八幡は両手を広げて彼等を制した。


「待ってください。そう騒がないで」


「Make all quiet!!」


 八幡の声を受けてウィリアムが大声で怒鳴ると、全員が静まりかえった。


「仮にシュラインの細胞に感染しても、リケッチアの急性症状を治療できれば操られることはありません。現に、この雨野君は一度ヤツに操られかけましたが、こうして治っている」


「ソレが演技でないとナゼ分かる?」


 立ち上がって、欧米人特有のクセのある日本語で、八幡に詰め寄ってきたのは、長身の若い男だった。

 百九十センチ以上はあるだろうか。長身のため、羽織ったXLの白衣ですら、妙に短く見える。ジーンズをはいた長い足は、側にいた紀久子の胸近くまであるように見えた。切りそろえられた淡いブラウンの髪は、きつめにカールしている。


「君は?」


「カイン=ティーケン。この研究室の准教授だ」


「君の質問を、証明する手段はない。」


「ホラ見ろ。さっきの説明ダと、ソノ女はcontrolされている可能性がある。少なくとも拘束しておくべきダ!!」


 カインは雨野いずもを指して言うと、八幡に激しく詰め寄った。

 彼の言うことにも一理ある。だが、この状況下で疑い合うような事態に陥ってはまずい。疑心が暗鬼を呼べば、お互いに攻撃し合って自滅することになりかねない。

 ましてやここは閉鎖された深海だ。他ブロックと切り離されてしまった現在、酸素にもエネルギーにも限りがある上、敵であるシュラインには高度な知能がある。

 争い合っている場合ではないのだ。


「もし、彼女がシュラインの影響下にあるのなら、第一ブロックの人達と同様、動けなくなっているはずではないかな?」


「ソレでも、安全を考えレバ……」


「カイン、今はそんなことを言っている場合ではない。まず、ここにいる十数人の人間が、なんとか全員、無事に脱出できる方策を考えるべきだ」


 意図を酌んでくれたのか、ウィリアム教授が横からカインをいさめた。

 いずもがこれから第一ブロックの人々と同様の状態にならないとも、今後シュラインに操られる可能性も無いとも言えない。だが、ここでその可能性に怯え、内乱状態になって自滅する危険に比べれば問題ではない。


「う……」


 その時、軽いうめき声を上げて、明が目を覚ました。緊迫した空気が一瞬ゆるむ。


「明君!? 明君!! 大丈夫?」


 紀久子が傷ついた自分の肩を押さえながら、明の顔をのぞき込んだ。


「何だと? 全身麻酔による手術の直後だぞ。少なくとも半日以上は意識が戻らないはずじゃないのか?」


 石瀬が驚きの声を上げた。


「明君も伏見先生と同じように、G細胞とメタボルバキアの影響下に同時にある。テトロドトキシンにすら順応してしまうような適応力があるなら、不思議ではない」


 明は目を覚ますと、すぐにハッキリ意識を取り戻したように見えた。

 通常、全身麻酔後は、もうろうとした状態がしばらく続くが、そのような様子はみじんもない。


「八幡先生!! 早く、父さん…………父を助けに行かなくては!!」


「まさか君は、事の成り行きを把握しているのかね?」


 八幡は驚いた。明はメタボルバキアの接種手術から、ずっと意識が無かったはずである。シュラインのことを含め、周囲の状況を知り得る状態ではなかったはず。


「はい。体こそ動きませんでしたが……ずっと意識はありました。ぼんやりとですが、目も見えていました」


「……そうだったのか。それもG細胞の……いや、ならば理解できるだろう。今はどうしようもないんだ。伏見君のいるブロックに入るには、シュラインを倒す方策を立ててからでないとダメだ」


「倒すって……どうやってですか!?」


「八幡先生!! 伏見先生が映りました!!」


 紀久子の声を聞いて、全員がモニターに注目した。

 そこには、たしかに伊成が映っていた。その手には、何か棒状のものを携えている。モノクロの画面で分かりにくかったが、それは先ほど干田が施術室で作っていた電気銛のようであった。

 カイの必死の応戦に気を取られ、シュラインは伏見の接近に気付いていない様子だ。体から十数匹の動物を分離して、カイを翻弄し続けている。


「くくくく。どうだい? こうして分離すれば一頭一頭のスピードは、私一人よりもはるかに早くできるんだ。さっさと僕の一部になってしまいなよ!!」


「くらえ!!」


 伏見の叫びがスピーカーから響いた。隙を見て投げつけた乾坤一擲の電気銛は、シュラインの肉塊状の下半身に突き刺さった。


「ぐ……何を……!!」


 繋がっているコードから刺さると同時に電流が流れているのだろう、シュラインの動きが途端に鈍くなり、肉塊が痙攣している様子がモニターでも見て取れた。


「カイ! 大丈夫か!?」


 数匹の動物の突撃をまともに食らって、つんのめるように倒れたカイを、伏見が助け起こした。


「こんな……ものでっ!!」


 苦痛の声を上げると、シュラインは肉塊から動物達を完全に分離し、完全な美少年の姿になった。その足元で一頭の大型犬に電気銛が突き刺さってもがいている。一個体を犠牲にして逃れたのだ。


「ふう……ふう……」


 それでもかなりダメージがあったのだろう。シュラインは荒い息をつきながら助け合うように立つカイと伏見から距離を取って睨んでいる。

 数秒。たったそれだけで息を整えたシュラインは、口元にあの大人びた不気味な微笑を浮かべた。


「確かに君達はよくやったよ。でも、これで僕の勝ちだ」


「なんだと?」


「そのサルは、もう僕の細胞に感染したわけだ。完全に意識を乗っ取るには少々時間がかかるけど……戦闘不能にするには、数分で充分だよ。かなり手こずらせてくれたけど、伏見センセ一人では僕と差し違えることも出来ないでしょ?」


「く……」


「あきらめて、僕の一部になりなよ。そうすれば、何の悩みもなくなるんだ。君達の中のG遺伝子とメタボルバキアも取り込めれば、G本体との融合も可能になるだろうしね」


 シュラインがしゃべっている間、カイは歯をむき出し、怒りを露わにしながらも、手足に痙攣を起こし次第に動けなくなっていく。


「カイ。最期まで人間の勝手で巻き込んでしまって……すまなかったな」


 伏見は、そんなカイの体をそっと撫で、優しく話しかけた。


「な……貴様何をする気だ!?」


 伏見の言葉に不穏な空気を感じ取ったのか、シュラインが警戒して飛び退いた。そして数メートル離れた位置で、再び無言の対峙が始まる。

 その時、館内スピーカーから明の声が流れてきた。


『父さん!! 聞こえたぞ。最期って、どういう事だ!?』


「明!? 明なのか? 意識が戻っているのか?」


『心配で目が覚めちまったんだよ!!……もう少ししたら、俺達が助けに行くから……バカなマネはやめてくれよ……!!』


「最期に、おまえと話が出来るのか。ありがたい」


『だから!! 最期なんて………言うなよっ……!!』


「よく聞け、明。父さんがやってしまったことは罪だ。お前の命を助けるためとはいえ、やってはいけないことをやってしまった。シュラインの罠に嵌ったのも、心に隙があったからだ」


『何言ってんだ!! オレは恨んでなんかっっ……!!』


「ありがとう……だが、罪は罪、償えるチャンスがあるなら、償うべきだ。」


「いったい何をする気なんだい……キミ!?」


 シュラインの目が細くなり、体をたわませるのがモノクロのモニター越しにも見えた。

 何か伊成が行動を起こせば、一瞬にして飛びかかろうという体勢だ。だが伊成のやろうとしていることが見えないため、安易に近づくこともできないでいるようだ。

 一方、明の声を聞いてから伊成は、不思議なくらいの余裕を見せている。


「野暮だなシュライン? 親子で別れの挨拶くらいさせろ」


「ふふ……諦めたということかい? 言っておくけど、僕と融合してしまえば意思もなくなるんだ。取り込ませておいて何かしようとしてもムダだよ?」


『ヤツの言う通りだ。伏見君!! なんとか、逃げるか隠れるかしてくれ!!』


 スピーカーから、今度は八幡の声が流れた。


「八幡先生……すみませんが、そんなことをしても、それこそ、小動物を分離して放てるシュラインには通用しないでしょう?」


『じゃあ、どうしようと言うんだね!?』


「……見ていてくだされば分かります……それより、明!! 聞こえるか?」


『…………ああ。聞こえるよ。父さん』


「お前は、自分が正しいと思うように生きろ」


『父さん……』


「あまり悲しむな。父さんは、一足先に母さんのところへ行くだけだ。母さんとお前のおかげで、本当にいい人生だった。ありがとう」


『…………待って…くれよ……』


「もう思い残すことはない……シュライン、最期だ」


「くくく……どうしようっていうんだい?」


 次の瞬間、伊成はカイを盾にするようにして、いきなりシュラインに背を向けて走り出した。

 突然のことに意表を突かれたシュラインはもちろん、周囲に展開した動物たちも反応できないほどの速度である。

 あっという間に伊成は、数十メートル離れた部屋の前まで来た。


「ここに、あったはずだ」


 掌紋認識装置に手をかざすと、ドアは瞬時に伊成を認識して開いた。部屋の表示には、「DANGER」とある。そして、横のプレートには伏見伊成の名があった。


「防火管理者か……型通りの役職でも役に立つこともあるな」


 自嘲気味に微笑んだ伊成は、室内に入るとドアをロックした。

 室内は一見、のっぺりとした無機質な内装であるが、防爆処理を施した危険物倉庫のようだ。

 その中でもさらに厳重に金庫に入れられているもの。それが目当てのものだった。さらに網膜パターン認識装置に目を押し当てた。


「何をしている!? そんなところに閉じこもっても無駄だよ!?」


 部屋の外では、出し抜かれた悔しさを露わにしたシュラインが、再び動物たちを取り込んで醜い肉塊の姿と化していた。重量を増した体で、このドアも破壊するするつもりなのだろう。

 だが、シュラインがまさに体当たりをしようとした瞬間、ドアは勝手に開いた。そして飛び出してきた伊成の手には、たった今金庫から取り出した円筒形の物体を束ねたものが握られていた。


「ほう……なるほど、地質調査用のダイナマイトというわけかい。だけどそんな少量では、今の僕は殺せないよ?」


 馬鹿にしたような表情でシュラインは嗤った。しかし、その足元をすり抜け廊下に出た伊成もまた不敵に笑う。


「ふん。誰がお前に使うと言った?」


「なんだと?」


「コイツはな、こうするんだ!!」


 伊成は電子式の起爆スイッチをONにすると、それを胸に抱きしめたまま、廊下に点在しているダストシュートに体当たりしていった。

 ダストシュートからのゴミ移送パイプは、チューブの外の海中を通って運ばれる。つまり、もっとも壁が薄い場所だ。以前、そこからの海水漏れで研究所全体が一時避難したこともあるほど、弱い部分であることを伊成は知っていた。


「やめろぉ!!」


 やろうとしていることに気づいたシュラインの、悲鳴に近い叫びが響き、轟音がその余韻を埋め尽くしていった。



「第二ブロック……浸水のようです」


 東宮が沈んだ声で報告した。


「なんてことだ……ダイナマイトで自分の肉体を破壊し、シュラインに取り込まれないようにするばかりか、外壁を破壊して浸水させ、深海の水圧でヤツにとどめを刺すとは……」


 八幡が頭を抱えて、モニターの前でデスクに座り込んだ。


「父さん…………」


 明が呆然とつぶやいた。


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