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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第10章 HANE
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10-8 成層圏

「マイカ!! そこをどけーッ!!」


 オットーは、シルバー・バイポラスに向けてグリフォンを滑空させた。突っ込んでくる巨大な爆撃機の姿に、慌てたカイがシルバー・バイポラスから離れた。


「ホキュアァアアッ!!」


 激突寸前で体を沈めて躱したカイが叫ぶ。

 オットーは、グリフォンのドッキングアームから、ミルマラクネの残骸を放り、バイポラスの頭部に近い部分に激突させた。

 銀色だったバイポラスの体表面が、一瞬で黒く変わった。

 細かな針状のトゲを一面に生やし、それが陽光に反射して銀色に見せていたのだ。そのトゲの一つ一つに、アリやクモの死体が刺さり、バイポラスを、黒いまだら模様に、醜く変貌させていた。

 このトゲはミミズのそれのように、前後に進むための引っかかりでもあったのであろう。

 トゲを異物で塞がれ、うまく動けなくなったバイポラスは、不様にのたうちながら、それでもGの眠る「緑のドーム」へと進もうと体を伸縮させている。


「Gの傍に辿り着かせるなッ!!」


 オットーは通信機に向かって叫んだ。

 グリフォンは、高速でいったん通り過ぎていた。旋回してもう一度バイポラスへアタックするには、数分は掛かる。緑の塔は目の前。その間、誰かがヤツを抑えなければ……


『ダメ……動いて!! カイ!!』


 だが、通信機からは、マイカの悲痛な声が流れた。

 全身に細かな針を浴びせられたカイの体力は、必死でグリフォンを避けた時点で、既に限界であった。よろよろと立ち上がっては、座り込むのを繰り返している。その動きは、弱り切っているように見えるバイポラスよりも、さらに遅い。


『こっちも……動けないよっ!!』


 悔しそうなアスカの声。

 近くのビルの屋上に着地したまま、アンハングエラは動きを止めていた。その表面に、先ほど霧散したはずの黒い虫達がたかっている。とうとう飛行の出来ない状態に追い込まれたらしい。


『サンッ!! 行けないの!?』


 ミルマラクネを斃したサンも、動ける状態ではない。

 両腕を地面につき、荒い息を吐きながら、悔しそうにバイポラスを睨むだけだ。


「く……っそ……」


 オットーは呻いた。グリフォンの旋回性能は低くないが、とても間に合いそうもない。

 のたのたと蠢くバイポラスが、ついに緑のドームに達しようとした次の瞬間。

 閃光が走った。

 MCMO本部だった緑の塔。その下部を突き破って何かが発射されたのだ。

 重要な構造部分が破壊されたのであろう。塔は支えを失ったかのように、ゆっくりと倒壊し始めた。


「じ……実体弾?」


 塔を破壊した弾は、ドームに達しようとしていたバイポラスを横から薙ぐように吹き飛ばし、少し離れた廃墟のビルに叩き付けた。


「まだ、機動兵器が生きてたってのか!?」


『そーいうことだぜ!!』


 各機のモニターに、得意満面の小林が映った。


「お……お前はっ!?」


『チーム・キャタピラー隊長、小林やすしッ!! 新堂少尉!! チーム・エンシェントのこの機体、お借りしますッ!!』


『それ!……ウチのチームの、機体だっての!?』


『さっき、チーム名でマニュアルが立ち上がったんスよ。ガストニアの後継機らしいです。今、ヤツにとどめを……』


 小林は、主砲の照準をバイポラスに合わせた。

 ガストニアの倍はありそうな口径を持つ砲身が、素早く動いてシルバー・バイポラスを捉えた。


「やめろっ!! 忘れたのか!? 核爆発を起こすぞ!!」


 オットーは声を張り上げた。

 シルバー・バイポラスの体内のプルトニウム濃度は、いつ臨界が始まってもおかしくないのだ。臨界に達すれば、Gに辿り着かなくても爆発するだろう。


『だ……だけどよッ!? このまんまじゃ……どっちにしろ爆発しちまうだろ!? 炸薬弾で木っ端微塵にしちまえば……』


「高濃度プルトニウムを周囲にばらまく気か? こいつは……俺が、成層圏まで運ぶ」


『ゲーリン少尉!? あんた、何言ってるか分かってんの!?』


 経緯を知らないアスカが、驚いた声で言う。

 いずもとマイカは黙ったままだ。


「最初っからそのつもりだったんだ。グリフォンのジェットエンジンには、液体酸素の供給システムがある。コイツはロケットじゃねえが、しばらくなら無酸素で飛べるんだ……」


『そんなの……成層圏に持って行かなくったって!! あんた、死ぬかも知れないよ!?』


 シルバー・バイポラスが現れてすぐであれば、まだ離脱の時間を稼いで、無事生還することも出来たかも知れない。だが、もはやバイポラスの体内プルトニウムは臨界に近い。

 成層圏まで持って行けるかどうかも怪しいものだ。


『オットー!! さっきとは……状況が違うわ。ここから要救助者たちを連れて……逃げましょう……!!』


 絞り出すように呟いたマイカの声は、苦渋に満ちていた。

 だが住民の避難誘導済みとはいえ、ここは都市部だ。逃げ遅れた人も、地下シェルターに避難している人もいるだろう。しかも、放射能の影響は首都圏一帯を襲うことになる。

 ここで核爆発を起こさせれば、確実にたくさんの人が死ぬのだ。


「逃げてどうするッてんだ? こんな危ねえモン……俺達が片付けなきゃ、誰がやるッてんだよ!? 仮に成層圏まで行けなくたって、地上で爆発させるよりはずっとマシなはずだ!!」


『そんな……』


「俺は……イヤなんだよ……もう二度と、俺達の故郷みたいな町は作りたくねえんだ……行くぜ!!」


 オットーの言葉に、いずもは、はっと息を呑んだ。

 彼の故郷。巨獣によって地図から消えた町。ここから自分たちが逃げれば、東京がそうなる。


 態勢を整えたグリフォンが、地上でのたうつシルバーバイポラスを、その金属製のアームで抱え込んだ。

 猛禽がヘビを捕獲したように、だらりと垂れ下がったバイポラスをぶら下げて、巨大な翼が空に舞う。

 機種を垂直に近くなるまで引き上げたオットーは、グリフォンのメインエンジン出力を最大にすると、最高速で上昇を開始した。

 

『生きて帰ってくるのよ!? そうでないと承知しないから!!』


 マイカの叫びが全員の耳朶を打つ。


「分かってらあ!! だけどよ!! 後部スラスターだけじゃ推進力が足りねえんだ!! マイカ!! どうしたらいい!?」


『底部ホバースラスター……両翼の補助スラスターを後方へいっぱいにスライドさせ、全開にして!! それで更にパワーが稼げるわ!!』


 マイカの指示でようやくグリフォンは、予定速度で上昇し始めた。それでもやはり、本来低空爆撃機であるグリフォンでは予定高度に達するにはパワー不足は否めない。

 それでも、ここまで来た以上はやるしかない。やらねば予測不能な規模の核爆発が、東京圏を消し飛ばす事になる。

 上昇を続けながらも、オットーの指はコンソールの上を走り続けた。

 グリフォンに自動操縦機能はついているが、危険状態からの自動回避機能もある。これをなんとか脱出限界リミットまでに解除しないと、高速での垂直上昇を異常事態と認識して水平飛行に戻ってしまうのだ。


「ちくしょう。解除はマニュアルかよ。俺、こういう計算苦手なんだよなあ……待てよ……これじゃあ……」


 オットーはメインモニターにメンテナンス画面を立ち上げた。成層圏までの飛行経路の試算が立ち上がり、未到達のまま墜落するシミュレーションが行われた。


「んな……バカな……」


 オットーは条件を変えて何度もシミュレーションを加えていく。

 そのたびに到達高度はわずかに上昇するが、結局、成層圏まで達する結果は得られない。


「そうか……そういうことか……」


 オットーは静かに呟いて目を閉じた。


『もう自動操縦にしたんでしょ!? 早く脱出して!!』


 その時、雑音混じりの通信が聞こえた。いずもの声だ。


「ああ……それがな。コイツは本来ジェットエンジンでさ……大気圏飛行しかできないんだ。そんで……緊急時のための液体酸素はあるんだけど……供給装置が手動なんだよ」


 いずもは、オットーが何を言っているのか一瞬、分からなかった。

 ジェットエンジンはロケットエンジンとは違い、外部から酸素の供給が必要なのだ。つまり、成層圏より上空までバイポラスを運ぶためには、液体酸素の供給が無くてはならない。


『じゃあ……』


「誰かが成層圏で液体酸素のスイッチを入れなきゃ、大気が薄い場所でエンジンが止まる。そしたら、届かないんだよ。大気中で核爆発が起きれば……地上に影響があるだろ?」


『ダメよ!! そんなの……!!』


 いずもの声が甲高くなる。


「仕方ねえよ。誰かがやらなきゃならねえんだ。あー……そうだ。俺、な。謝っておきたかったんだ。あん時、あんなこと、言うつもりじゃなかったって、な」


『あの時?』


「おまえらのテントでさ……本当は、激励しに行ったつもりだったんだ。

巨獣だからって、シュライン細胞キャリアだからって、気にするな……ってよ。

 でも、一生懸命なおまえらを見ているうちに……なんか腹が立ってきちまったんだ。あんなひでえ境遇なのに、それでもくじけないで、他人のために頑張っているおまえらが、羨ましかったのかも、な」


『今からでも遅くない!! 脱出して!! 成層圏まで達しなくたって……みんな死ぬとは限らないじゃない!!』


 いずもの声は涙声だ。


「……ったく……何で俺なんかのために泣く? そろそろ成層圏だ……どのみち、今更脱出はできねえ。もう通信が切れる。がんばれよ。」


“ヨク、分カッタ”


「なに!? 何なんだ!? こりゃあ……」


 突然通信に割り込んできた“意思”は、まるで耳元で囁かれたかのようであった。オットーは耳を押さえ、誰もいるはずのないコクピット内を見回した。


『アルテミスだ!! アルテミスの生体電磁波……あんたらにも聞こえてるのか!?』


 通信機からの小林の声は、焦って聞こえた。

 アルテミスがどこから話しているのか、まったく認識できていないのだ。


“小林。コイツヲ、空ヘ運ベバ、イイノダロウ?”


 思考波と同時に、グリフォンの機体に強い衝撃が加わった。

 アルテミスの六本の脚が、高速で上昇していたグリフォンのアームから、バイポラスを無理矢理引き剥がしたのだ。

 突然の衝撃でバランスを失い、失速したグリフォンは、アルテミスとの相対位置が急速に開いていく。


「うわっ……!! 何だ!?」


 本来爆撃機であるグリフォンは、自動操縦で水平飛行を開始した。オットーは慌てて操縦桿を起こそうとしたが、すでに追いつける状況ではない。


「ど……どうなってやがる……」


 オットーは、コクピットの窓から、遠ざかるアルテミスを呆然と見上げた。宇宙を映して群青色に変わりつつある空を、真っ白な翼が行く。太陽光を浴びて、明けの明星のように輝きながら。


『待て!! 待つんだ。アルテミスッ!!』


 通信機からは、ようやく事態を理解した小林の叫びが響いていた。



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