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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第10章 HANE
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10-7 救出

「小林君ッ!! 小林君!! バカ野郎!! なんで一人で……ッ!!」


 守里は、ぽっかり空いたシューターの穴に、身を乗り出して小林を呼んだ。

 だが、地獄まで続くかのようなその暗闇の穴は、ゆっくりと閉じ始めた。ほとんどの電源が死んでいるこの建物で、開閉装置だけが生きているのだ。何重にもなったセキュリティとサポートシステムが、虎の子の機動兵器だけは生き残らせようとしているのであろう。

 カードキーを失った今、シューターは二度と開かない。守里は、壁を拳で殴りつけると口を真一文字に引き結んで立ち上がった。


「分かった、小林君。だが、俺は逃げるわけにはいかない。やるべき事をやる!!」


 そう呟くと、守里は入って来た方向とは反対に駆け出した。

 植物体に埋め尽くされた建物内は、窓も見えず、電灯も無論消えている。にもかかわらず、不思議な明るさで満ちている。どうやら、植物体が微妙に発光しているようであった。

 天井から下がる、茶色い根のようなものを掻き分けながら、守里は階段の方へと進んでいった。


“高千穂ぉ!! 貴様、どこへ向かっている!?”


 突然。守里の脳に、生体電磁波が響き渡った。今やクェルクスと化した、東宮照晃の声だ。


「…………」


 だが、その声には一切反応せず、守里は歩を進めていく。

 まるで、目的地が始めから分かっているかのように。

 防火扉を開け、非常階段のあるエリアに辿り着くと、守里は僅かに頬を緩めた。


「やはり……ここは大丈夫だったか」


 MCMO本部を貫く、脱出用非常階段。クェルクスに襲われ、全職員が逃げ出した時、守里もまたここを通って逃げた。

 たとえGが襲ってきても、非常階段だけは崩れない……それほどまでに強固に作られているとは聞いていたが、ほとんど問題なく通行できる。根の侵入もほぼ完全に阻まれていた。


“高千穂ぉ!! そっちへ行くな!! アリどもをけしかけるぞッ!!”


「アリは打ち止めだ。外の群体巨獣用に、使い切っちまったんだろ? もし、いるなら、とっくに出してきているさ。お前ならな」


“ぐ……くっ……じゃあ、蔓で巻き取ってやる。植物体で貴様を押し潰すッ!!”


「それも出来ない。植物は、そう簡単に動物みたいには動けない。それにここには光も水もない。殖やして内部に充満させられるものなら、最初の襲撃でやっていた。違うか?」


 守里の言う通りであった。

 東宮の意識に反し、端々に見える植物体は、風にそよぐかのように、わずかに動いただけであった。いくら異常な増殖力を持つ植物型巨獣といえども、光のない建物内では充分な増殖能を持てないのだ。


“やめろ……来るな・・・!!”


 その悲鳴のような電磁波には答えず、守里は非常階段を上り始めた。

 そのまま一気に数階分を駆け上ると、防火扉を開いて廊下に出た。廊下には、さすがに蔓や根が垂れ下がり、壁もひび割れている。

 ところどころ、床が抜けそうになっている場所もあり、そこを用心して通り抜けた。

 職員の共有スペースの脇を通り、職員の個室プライベートエリアの方へ。

 ようやく彼が立ち止まったのは……紀久子の部屋の前だった。


“開けるなッ!! やめてくれ!!”


 脳内で反響するように、響き渡る東宮の“声”だが、守里は構わず扉を引き開けた。

 そこは、廊下や他の部屋とは、まったく違う様相を呈していた。半透明の茎葉がぼんやりと光って室内を照らし、すべてが薄く緑色に光って見える。 だが、紀久子の使っていたデスクやベッドはそのままであった。

 そして、その天井からぶら下がっていたのは、巨大な“果実”。


「やっぱり……ここにいたか」


“貴様……何故だ!? 何故、分かった!?”


「お前とは学生時代以来……何年の付き合いだっけな? お前は昔っからそうだ。すぐに手を出す女好きのクセに、執着心と独占欲が強くてな。紀久子だけじゃねえ。いつまでも別れた女の子をつけ回していたっけな?」


“ぐ……貴様……や……やめろッ!!”


 守里は、果実に手を掛けると蔓から引き剥がし、懐から取り出したナイフで易々と切り裂いた。中からは、オレンジ色の果汁があふれ出し、柑橘類のような爽やかな臭いが部屋中に充満する。そして、その果実の中心に、まるで胎児のように丸まって眠っていたのは、東宮照晃であった。


「立て。ここから脱出するぞ」


「何故だ……どうして俺を助けようなんて……俺はもう、このまま死ぬ気だったんだぞ?」


 全裸の東宮は、踞ったまま、がたがたと震えながら守里に言った。


「本当はな。心まで巨獣になっちまった卑怯者のてめえなんか、放っておきたいところだ。紀久子を独占するためにシュラインに魂を売り、明君を殺そうとし、俺を殺そうとし、人類の希望をメチャクチャにしやがった……」


「もう……放って……おいてくれれば良かったんだ。今、地下で機動兵器が動き出したのを感じたんだ。あれが動き出せば、もうこの塔は保たない……崩れるんだぞ……?」


 東宮の弱々しい声は、今にも消え入りそうに響く。

 目を逸らしてうな垂れ、俯いた東宮の目からは、涙が滴っているようだった。


「死は覚悟してたってか? カッコ付けたつもりか!? さっきも言ったが、俺はお前なんかどうなってもかまわねえ。だがな、紀久子がこのことを知ったら、どう思う!?」


「紀久子が……だと?」


「そうだ。貴様にシュライン細胞を植え付けたのは紀久子だ。その自分は正常な体になり、東宮、貴様はシュライン細胞に冒されたまま巨獣化し、これだけの事をしでかした上に、自分のことを思いながら死んだなんてことを、知ったら!! 紀久子は自分で自分を許せなくなる!!」


「紀久子が……俺をそんな風に……心配してくれるとでも?」


「勘違いするな。貴様を助けることで、俺は紀久子の心から負担を消し去る。そうすることが、今俺が紀久子にしてやれることだからだ」


「紀久子は……」


「なんだ?」


「俺がこの建物を襲った時、何故か、機動兵器で脱出していった。それを、俺は感じていた。ああ……また逃げられちまった、ってな」


「……そうか」


 紀久子は無事でいる。

 守里は、心の中でほっと胸をなで下ろしていた。


「紀久子を捕まえて、この果実の中で二人、永遠に暮らすつもりだったんだ。だから、逃げられちまったその時に、俺はもう、どうでも良くなっちまっていたのさ」


「立て。来た道を戻る」


 ぶつぶつと言い訳のようにしゃべり続ける東宮を、どやしつけるように立たせると、守里は先に立って歩き出した。


「勝手なこと言うなよ!! 俺は……紀久子を手に入れられなかった俺は、どうやって生きていけばいいッてんだ!? ひとりぼっちでよッ!?」


「バカかお前は?」


 守里は振り向くと、心底呆れた、という眼差しで東宮を見た。


「お前には、両親も兄弟もいるだろう。天涯孤独なんかじゃねえ。それにな……」


 そこで一息区切ると、守里は東宮から目を逸らし、前を見据えた。


「学生時代からの友人も、ここに一人いる。お前の、悪いとこも、良いとこも知っている、追い詰められた時、どんな行動をするかまで読めちまう、腐れ縁の友達がな」


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