10-6 正体
「ホキュアアアアッ!!」
カイが叫びを上げる。悲鳴に近いその声は、高いトーンで響き渡り、周囲の瓦礫を震わせた。シルバー・バイポラスは、既に地上に姿を現していた。
その巨大さ以外には、何の攻撃力も持たなかったバイポラスと違い、シルバー・バイポラスは、体表面に無数のトゲを持っていた。
鉄骨の槍で挑んだカイだったが、まるで短針銃のようにまとめて飛んでくる小さな針に、苦戦を強いられていた。わずかなプロテクターの隙間から入り込んだ針は、カイの筋肉を傷つけ、動きを大きく損なわせていた。もし、電磁波遮断装置を兼ねたこのプロテクターが無ければ、カイはとっくに斃されていたに違いない。
だが、シルバー・バイポラスもまた無傷ではない。
体表に何本か突き立った鉄骨の槍が、カイの奮戦ぶりを物語っていた。
『マイカさんッ!? 大丈夫ですか!?』
緑の塔を挟んで、ミルマラクネと対峙するサンがいる。
そのサンの胸部コクピットにいるいずもが、マイカを気遣って通信してきたのだ。
「大丈夫……と言いたいところだけど……少しやばいわね。何なのよコイツ……ッ!?」
操縦するのではなく、電磁波を使って指示を出しながら巨獣と共に戦う。そんな慣れない戦闘方法を、マイカはなんとかこなしていた。関節部に刺さった針によって、少しずつ鈍っていくカイの動きを、マイカはプロテクターに付属する熱線砲やレーザーでカバーしていく。が、それにも限界が訪れようとしていた。
(どうしたらいいの……こっちも……ヤバイ)
カイとマイカの奮戦ぶりをモニターで確かめながら、いずもは、心の裡で呟いた。
サンもまた、ミルマラクネ……クロオオアリとアリグモによって作り出されたと思われる、群体巨獣に追い詰められつつあった。巨獣王・Gの姿をしたミルマラクネは、滑るような動きで地上を移動し、サンの行く手を阻む。 そして口から蟻酸と思われる液体や、糸を交互に吐き出すのだ。
強靱な糸は、サンのプロテクターの動きを抑え、蟻酸が関節部から入り込んで、サンの体表を溶かす。関節部から滲み始めた血は、時間を追うごとにその量を増しつつある。
吐き付けられた糸も、同様に蟻酸で溶けているようだが、大して影響は見えない。つまり、糸は相変わらずサンの動きを縛り付けようとしているのだ。
サンの攻撃は効いている。
Gの姿をしたミルマラクネは、防御力はさほどではないようで、スピードの乗った蹴りや噛み付きが入るたび、頭や腕、胸部までも何度か吹き飛ばされている。だが、すぐに黒い虫の群れが覆い尽くし、一瞬で再生してしまうのだ。サンは疲れていた。今のところは辛うじて動けているが、このままではじり貧だ。
サンの動きに合わせ、装甲に備わった武器で援護射撃しながら、いずもは頭を必死で巡らせていた。
(考えろ。考えろいずも。いくら群体巨獣でも、弱点はあるはずよ。現に、これまでの群体巨獣は、どれも頭部か胸部の核を潰せば、霧散したんだから……)
つまり核の位置が分からない、ということなのだ。
もしかすると、とんでもない位置にあるのだろうか? だが、これまで確認された群体巨獣の核の位置はすべて、本来の生物における神経中枢にあった。
尻尾の先や手足など、末端部位に核を置いているはずはない。そんなことをして、もし何かの衝撃で破壊されたら、即霧散するしかないからだ。
群体全体のコントロールにしても、本来の神経中枢に核があった方が、やりやすいはずだ。だが、それが頭でも胸部でもない、とするならば……
(あっ!?)
いずもは、さっき彼等を襲った尻尾の動きを思い出した。
(二つに割れて……サンを挟み込もうとしていた……何で? 後ろ脚で獲物を抱え込むクモなんているはずが……ないッ!!)
あれが前脚?
とするならば、口のように擬態して糸や蟻酸をはきかけてくる……あれは……。
「サンッ!! 騙されちゃダメッ!! あいつの本当の頭は、尻尾の付け根よ!! そこを狙って!!」
サンは、いずもの指示をほぼ完全に聞き取れる。
正面からつっかけようとしていた動きを寸前で止め、横っ飛びに近くのビルを蹴飛ばすと、その勢いのままGに擬態したミルマラクネの背中へ飛んだ。そして、尻尾の付け根部分へと、腕部装甲を突き出すようにして体当たりしていった。
「キッシャアアアアア!!」
沈黙したまま攻撃を掛けてきていたミルマラクネの、最初の声は、尻尾の付け根から上がった。尻尾に偽装していた前脚二本を、苦しそうに蠢かせ、その間に黒い牙と八つの赤い目を持つ頭部を覗かせて、ミルマラクネはクモの本性を現した。
「擬態が……解けたようね!!」
これまで、二つに割れる奇怪な尻尾の動きと、頭部が急所だという思い込みのせいで、背中に攻撃するという発想自体がなかった。そもそも、本物のGの背中は、堅い背びれと、甲羅と呼んでもいいほどの剛性を持つ強靱な皮膚のせいで、異常なほど防御力が高いのだ。
そんなところをわざわざ攻撃したりはしない。そのせいで、すっかり騙されてしまっていた。
長い前脚を尻尾に擬態。
太い尾の付け根を構成していたのは、牙を収納している“顎脚”だ。
次の二対の脚を重ねてGの足を偽装。
最後の一対は腕に偽装。
そして、Gの頭部のように見せかけられていたのは、ミルマラクネの尾部であった。
「よくも……バカにしてくれたわねッ!!」
擬態を解いて地に這ったミルマラクネを見て、いずもは怒りの声を上げた。
冷静に考えれば、糸を出すクモの紡績突起は一般的に尾部にある。口から吐くクモもいないではないが、例外だ。アリの蟻酸も同じ事。噴出させるのは主に尾部だ。
群体巨獣といえども、部位や器官の構成は元の生物のそれに近いことを、すっかり忘れていた。
「カチッ!! カチカチカチカチカチッ!!」
不快な音が響く。
ミルマラクネが真っ黒な牙を打ち鳴らし、長い前脚を広げ、威嚇の姿勢をとったのだ。
もはや擬態が無意味と悟ったのか、ミルマラクネの姿は大きく変わっていた。
首のように伸ばしていた尾部を縮め、背びれに擬態していた突起は完全に窄めている。
擬態していた時の、ゴツゴツした皮膚の質感はもうない。黒を基調にした体には、ニスでも塗ったようなツヤが現れた。
こうなってしまえば、アリでもクモでも急所は同じだ。頭胸部、もしくは腹部とそれを繋ぐ細い筋肉の線。そこに核があるに違いない。
「サン!! とどめ!! 」
「ホキュアアアアアアッッ!!」
必殺を期してサンが跳んだ。
両肘のガードが回転して、剣のように尖ったプロテクターが腕を覆う。
これを突き刺せば、巨体の割りに小さなクモの頭胸部など、一撃で潰せるはずだ。
しかし、響いたのは肉を抉る鈍い音ではなく、瓦礫に突き刺さるプロテクターの金属音だった。一瞬にしてミルマラクネの姿は消え失せ、サンの攻撃は、またも瓦礫を抉っただけだったのだ。
「は……早いッ!?」
いずももサンも、一瞬ではあったが、完全にミルマラクネの姿を見失った。
擬態をやめ、本来の姿勢に戻ったミルマラクネのスピードは、サンのそれを遙かに凌駕していたのだ。
「ホアッ!?」
次の瞬間。サンは、後ろから羽交い締めにされていた。
全長二百mのGに擬態していただけあって、身長三十mしかないサンよりも、ミルマラクネは確実に大きい。こうなっては、パワーで逃れる術はない。
『ガァアアアン!!』
激しい金属音が響き、サンの頭部装甲に何かが激突した。
獲物を抱え込んだミルマラクネが、その毒牙を打ち込もうとし始めたのだ。
「し……しまった!!」
ミルマラクネは、サンの背後を完全に抑えている。装備した重火器で対応しようにも、その射角から外れているのだ。これが機動兵器ならば、機体表面に高電圧を流して振り切ることも出来る。だが、サンは巨獣だ。そのような能力はない。
『ガギィイイイン!!』
何度目かの牙の攻撃。次第に音が変化しつつある。装甲が変形しているのかも知れない。貫かれれば、サンに毒液が注入される。毒の強さは分からないが、これだけの巨大なクモだ。無事に済むとは思えない。
『ゴガァアアアアン』
「くっ……こうなったら!!」
いずもは、座席の足元から熱線銃を取り出した。
ハッチを開け、手持ちの火器でサンを押さえ込んでいるミルマラクネの歩脚を破壊する。
それしか方法は考えつかない。
「私は……ここまでかもね。でも、サン、あんたは戦って。戦って、生きるのよ?」
呟くと、ハッチ開放のスイッチを押した。
圧力を伴って、外の空気が流れ込んでくる。激しい熱風。黒煙の匂い。
「こんな中で、サン達は戦っていたんだものね。私だって!!」
叫んで、ハッチから降りる、非常乗降装置に足をかけようとした瞬間。
『危なかったな』
聞き覚えのある声が、通信機から流れ出した。
「え!?」
『もう片付けたぜ』
次の金属音は響かなかった。
痙攣しながら、黒くツヤのある脚がサンの体からゆっくりと離れていく。
見上げるミルマラクネの頭胸部は、グリフォンの外部マニピュレータで押し潰されていた。
素早すぎるサンとミルマラクネの攻防に、手を出せずに旋回していたオットーは、彼等が組み合って動きを止めた一瞬の隙を逃さず、後方から特攻をかけたのだ。
グリフォンの機体下部から出る大型マニピュレータは、本来、ベヒーモスへの合体に使うものだが、物を掴むことも出来る。
『てめえら!! これで終わりだと……思うなよッ!!』
オットーの叫びが響いた。
黒い霧となって、大気に散り始めたミルマラクネ。
その体をマニピュレータで掴み上げたグリフォンは、そのまま今度は、黒い装甲の巨獣・カイと対峙するシルバー・バイポラスへとぶつかっていった。