10-3 擬態
「ふう……何も出来ないまま、待つってのはつらいね」
アスカが大きく溜息をついて言った。待つ、というのは正直、常に最前線で戦ってきたアスカの性に合わない。
同じ性分のオットーが、僅かに顔をほころばせた。
「俺よりせっかちなヤツがいるんだな。だが、彼等が成功してくれなければ、グリフォンもあんたのヘリも飛べないんだぜ?」
「そうね……飛べるようになったら……その分、やらせてもらわなくっちゃね」
その時、アスカの顔色が変わった。足元をかすかに、ほんのかすかに何かが揺らしたのを感じたのだ。
「…………ねえ? この震動……気のせいじゃ……」
「地震? いや……まさか」
オットーも呟く。
だが、気のせいではなかった。その時には、震動は周囲の瓦礫をも揺らし始めていた。もはや疑いようもない。地震のような揺れは、更に激しさを増してくる。すでに震度にして三~四といったところか。
地底を巨大な何かが移動しているのだ。ついに核物質を抱え込んだシルバー・バイポラスが、到着したに違いない。
「くっ……彼等は!?」
見上げると、遙か数十mの高さで、守里がロープでようやく降下を開始したばかりだ。
不幸中の幸い、と言ってもいいのだろう。柔軟な樹木に覆い尽くされたMCMO本部棟は、この震動をさほど上階に伝えてはいない様子だ。
だが、あれではどう短く見積もっても、紀久子の救出に、あと数分はかかる。その間に、バイポラスがここへ現れないという保証はなかった。
オットーはすぐさまヘルメットを被ると、グリフォンへ向かって駆け出した。
「どうする気なんだい!? 飛び立ったって、羽アリどもにすぐにやられちまうだけじゃ……」
「だからって、ここでボサッとしてられるかよ!! グリフォンには緊急用の液体酸素が装備されている。短時間なら、吸気無しでも飛行できる。出来ること、やらなきゃよ!!」
「たしかにね」
アスカもアンハングエラへ向かって駆け出した。
「どうすんだよ!? ヘリに液体酸素なんざ積んでねえだろ!?」
「ミサイルが左右で六基装備されてる。あれなら、着陸状態でも発射できるはずさ。ビルの屋上に着けて、そこで固定砲台になってやるさ」
「ミサイルか……いきなり核爆発を起こさせる……なんてのはごめんだぜ!?」
「心配しないで。無闇に撃ちゃしないよ!!」
二人がそれぞれに機体のコクピットに収まった時、瓦礫の山を踏み分けて、金属の鎧に身を包んだ、二体の巨獣が姿を現した。
「サン!! カイ!! やっぱりおまえら来ちまったのか!? マイカ!! 雨野少尉も乗っているのか? 来るんなら早く来いよ!! 今まで何やってたんだ!!」
オットーは叫んだ。核爆発が起きるかも知れないこの場所に、出来ればマイカ達に来て欲しくはなかった。
だが、器用な手指を持つ巨獣、サンとカイの登場は正直言ってありがたい。
『文句言わないの!! あたし達が地上から攻撃を掛けていたから、バイポラスもすぐにはここへ来れなかったんだから!!』
ヘルメットの通信機から、怒ったようなマイカの声が流れる。
やはりマイカも、サンの胸のあたりに搭乗している様子だ。
見ると、サンとカイの手には、二十mほどの太い鉄骨が握られている。どうやら、どこかの建造物の骨組みを分解して作り上げた簡易の槍、というところらしい。それを地面に突き刺し、バイポラスを牽制していた、というところだろう。
「Gは、あの植物ドームの中に捕まってる!! もしかしたらもう殺されちまったかも知れねえんだ。今すぐお前達の力で何とか助けられないか!?」
『そうもいかないのよ!! 油断すると……ホラ!!』
カイの手にした鉄骨が一閃し、何かを空中で叩き落とす。それは、地中から勢いよく飛び出してきた、小さな生物のようだった。
「う……なんだこりゃ……人間……じゃねえのか!?」
グリフォンのモニターで、その生物を拡大したオットーは呻いた。地面に叩き付けられ、潰れてしまってはいるが、それは、服を着た人間のように見えた。
「私達も最初はそう思ったけど、違うの!! これは……虫なのよ!!」
いずもが叫ぶ。
モニターでズームインしてみて、ようやくアスカ達にも分かった。たしかに、この生物は人間ではない。
体型は一見人間のようだが、よく見ると手足の間に小さな手が二対、しかも指のない手にはトゲのようなものが生えているのが見える。服のように見えたのは、体表を変化させたものらしい。何より、口元は縦に二つに裂け、目のあるはずの位置には、赤いホクロのようなものが八つ並んでいるだけであった。
「こいつら、かなり強力な粘着糸を出すの。最初は人間かと思ったから……ふりほどくのに一苦労だったわ」
「擬態……ってわけか。シュラインの野郎……いよいよ、なりふり構わなくなってきやがったな!!」
『取り込んだ人間の姿を模しているとしたら……複雑だけどね』
いずもがモニターの中で顔を顰める。
たしかに、現在首都圏を席巻している巨獣、および擬巨獣の体は、取り込まれた有機体……生物の体で作られているようだ。この大都市でもっとも多いバイオマスは、人間以外にない。
「言ってる場合じゃねえ……こいつらを全滅させなきゃ、世界中がこうなっちまうんだ!! 」
『そう……ね。何とかしなきゃ』
あの緑のドームの強度は不明だが、サンとカイは道具が使える。どちらか一体でもGを救出することは出来るだろう。だが、シルバー・バイポラスを近づけさせないためには、サンとカイ両方の力が必要だと思えた。
「グリフォンには武器がねえ!! 今、あの緑のドームを破ってGを助け出せるのはお前達だけなんだ。頼むぜ!!」
その時、いずもが決心したように口を開いた。
『分かったわ。サンがGを救出する。トート少尉!! なんとかカイだけでアイツを押さえて‼ オットー。あなたはあたしの援護を頼むわ、あの小さな擬態生物を近づけさせないで。たのんだわよ?』
「お……おう……」
モニターの中でウインクしたいずもに、しどろもどろになったオットーは、顔を赤くしてそっぽを向いた。
その表情に、マイカが冷たい視線を向ける。
『あんた……意外に惚れっぽいのね?』
「そそ……そんなこと言ってる場合じゃねえだろ!? 行くぜ!!」
オットーは液体酸素のスイッチを入れ、グリフォンのエンジンを全開にした。だが、その次の瞬間、飛び立とうとしたグリフォンの目の前の瓦礫が、大きく弾け飛んだ。
コンクリートの破片が、垂直離着陸用のノズルに当たって、機体が大きく揺らぐ。
「くっ……もう来ちまったかよ!?」
瓦礫の隙間から、バイポラスの見慣れたつるんとした頭が顔を出した。
だが、この頭は見慣れたピンク色ではなく、銀色である。
『約束通り、カイが押さえるわ!!』
マイカの声が流れる。と同時にカイが動いた。
腰をかがめ、流れるような動きでバイポラスと緑のドームの間に割り込む。ここに来るまでの道中で、マイカとカイは、かなり呼吸が合ってきている様子だ。
「待てマイカ!! なんだありゃあ!!」
クェルクスに占拠された、MCMOの本部棟。
すべてもを緑に覆われ、巨大な樹木のようになったその樹皮の隙間から、人間に似たあの生物が、わらわらと這い出してきたのだ。
そして、お互いに組み合わさり、一つの巨大な形を作り出していく。
カイの背後にわだかまる影。
このまま何ものかが現れれば、カイは挟み撃ちされてしまう形となる。
「核になる生物がいなけりゃ……擬巨獣にはなれねえんじゃなかったのかよ!?」
『言ってる場合じゃないわ!! サンがコイツの相手をします!!』
いずもの声は冷静だ。
緑のドームを手で引き千切りかけていたサンは、不機嫌そうに仕事を中断すると、黒い影の前に立ちはだかった。
『オットー……コイツって……』
その場にいた全員が息を呑んだ。
いずもも、マイカも、オットーも、そしてアスカも。
ロープで降下していた高千穂も。そのロープを保持していた小林さえも。
「G……じゃねえのか?」
黒い虫達で形作られたその姿は、まぎれもなく、巨獣王Gであった。