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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第10章 HANE
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10-1 vsクェルクス

(松尾さん……もう少しで、そこへ行きます。待っていてください……)


 G=明は、MCMO本部へ疾駆していた。

 以前見せたあの、前に倒れ込むような走り方で、距離にして二十キロ以上を、休まず走り続けている。

 上半身を覆う金属の鎧は重くはないが、骨にまで達した装着金具が、体を揺らすたびにギシギシと締め付けてくるのは不快だった。


 明は、これまでにないほどGと一体になっている自分に気づいていた。

 何故、自分は合体してしまったのか? 二度と人間の姿には戻れないというのに。

 松尾さんを救うため? 仲間のため? 人間の社会を守るため?

 いや、そうではない。

 自問しつつそう思う。

 どれも理由には違いない、が、すべてではない。

 自分はGだから。

 それが、一番しっくり来る理由であるように、明は思った。

 Gと一つになるたびに感じていた、底なしの闇。

 数万年の孤独。

 怒りと、破壊と、殺戮の歴史。

 一度も愛されたことのない魂。

 あのたとえようもない孤独感、あの闘争の記憶、そして、何よりそれらを無感動に、無自覚に受け入れていた『G』。

 十五年前、荷電粒子砲を口内に撃ち込まれた、自分の死の記憶すら、その凍り付いた魂に、何の痛痒も感じさせなかった。

 だが今のGは、明という『感情』を手に入れた。手に入れることで、Gもまた変わったのだ。

 その『感情』は、『怒り』以外の思いを持っていた。

 孤独を哀しむ心を、持っていた。

 生命の意味を、知っていた。

 そして、他者への思いやり、いたわりの心、信じる心……愛を知っていた。


(俺は、Gの欠けていたパーツだった。俺達は、別のものなんかじゃない。ひとつの命なんだ)


 明と一つになることで、Gに芽生えたもの。

 それは、生きる意味を求める心だった。

 何故、今生きて、闘うのか、その理由を彼はもう知っていた。


(すべてを終わらせるんだ。そして、還るべき場所へ……還る……)


 それが、自分のやるべきことなのだと、運命なのだと、深い部分で理解している。

 だが、その決意を鈍らせる激しい思いもまた、明の心を大きく占めている。

 人間として、生きてゆきたい。

 彼等とともに。愛するあの人とともに。

 その激しい思いを、燃え上がるGの闘争心で、無理矢理封じ込める。


(どのみち、闘わなくちゃ誰も救えないんだ。それに、もう元には戻れない)


 思いを振り切るように、走る速度を更に上げた。

 これまで、動かしたことのない速さについて行けず、肉が、骨が、悲鳴を上げている。

 不死身の巨獣王とはいえ、とっくに限界を超えているのだ。

 明は、Gの肉体を酷使し、痛めつけることで、自分の中から人間としての思いを消し去ろうとしていた。



***    ***    ***    ***    ***



 これまでにない高速で、移動し続けるG。

 廃墟を蹴散らして進むGの頭の上を、アルテミスは大きく旋回した。


「アルテミス!! Gは!? 明はまだ見えないのかよ!?」


“トックニ、追イツイテイル”


「バッカ野郎!! 早く言え!!」


 小林は叫んだ。

 アルテミスの背中は、綿毛のような柔らかい毛で覆われている。一m近くある毛に埋もれてしがみつく小林には、下界の様子は全く見えないのだ。


“視覚情報ヲ、直接送ル”


 その途端、小林の脳裏に周囲の様子が浮かんだ。

 それは、まるで自分が直接空を飛びつつ、眺めているかのようであった。


「う……わっと……お前、こんな芸、持ってたのかよ!?」


“明ハ、アソコダ”


 小林の体に急に慣性力が掛かる。アルテミスが大きく旋回したらしい。

 脳裏で大きく傾いた視界の中、左斜め前方に走り続けるGの姿が映し出された。


「見えた!! おい、アルテミス!! 俺の思考を中継して、明に伝えられないか!?」


容易タヤスイ”


「よし。いくぞ。うまく伝えてくれよ」


 小林は必死で、心の中で明へ呼びかけた。

 自分たちもまた、MCMO本部へ向かっていること。小林達だけではない、アンハングエラやグリフォン、サンとカイも、明=Gを援護するためにやって来ること。

 だが、地中を体内にプルトニウムを蓄えたバイポラスが進んでいること。地上を行くGよりは遅いが、確実に近づいているはずだ。

 そしておそらく、それは紀久子を人質に取った罠であろうということ。


(ヤツは、地中を進む核ミサイルみたいなモンだ。あんな都市の真ん中で核爆発が起きたら……たくさんの人が死んじまう。お前だけの問題じゃねえんだ。頼む明、止まってくれ!!)


 祈るように両手を組んで念じる小林の脳裏に、突然、明の声が響き渡った。


“だったらなおさら、俺は行きます。そいつが到着するより早く、松尾さんを助け出し、植物巨獣を焼き払う”


「な……明、お前…………」


 小林は絶句した。

 まるで耳元で言われたかのように、はっきりと聞こえたその思考波に、明の強い覚悟を感じたからだ。

 だが、覚悟を感じたのは、その言葉に、ではない。

言葉と同時に一瞬見えた、明の思考ヴィジョン。

 鮮烈に閃いた、言葉とは違う映像イメージ。その中でGは、バイポラスを抱き締めるようにして海に飛び込み、全力の放射熱線と強靱な肉体で核爆発を完全に押さえ込んでいた。

 たしかに、それなら核爆発の影響は最小限に抑えられるかも知れない。東京湾は死の海と化したとしても……だが。


「ふっざけんな!! そんなマネしたら、いくらGだって死んじまうんだぞ!! それこそシュラインの思うつぼじゃねえか!!」


“見えちゃったんですか……仕方ない。でも、皆さんがいてくれるから、俺がいなくなった後のことは心配していませんよ。それに、これは俺にしか……Gにしかできないことです。”


「くそっ!! アルテミス!! 今の、お前にも見えたんだろう? どうしたらいい? このままじゃ、爆発は止められない!!」


“ダメダ小林。モウ着イタ”


 小林の脳裏に、再び周囲の様子が映し出される。

 瓦礫の山と化した町並みの向こうに、緑色の塔が浮かんでいる。

 植物型巨獣・クェルクスに覆い尽くされた、もとのMCMO本部だ。

 すでに到着したアンハングエラとグリフォンが、その周囲を旋回しているのが見える。


「くそぉっ!! これじゃオレは、何の役にも立ってねえじゃねえか!!」


 小林の叫びを生体電磁波として聞きながら、明は心の中で謝った。


(すみません、小林さん。でも、もう他に手はないんです)


 時速二百キロを越えていたGがそこへ到達するのに、数十秒と掛からなかった。

 巨大な緑の塔の前に到着したGは、姿勢を低くすると、足を踏ん張りブレーキをかけた。

 瓦礫が弾け飛び、周囲に砂埃が巻き上がる。数万tともいわれる巨体が、高速で走ってきていきなり止まったのだ。

 もうもうと噴き上がる砂埃の中から、ゆっくりと立ち上がるG。

 その額の宝石は、哀しみの蒼から、鮮やかなエメラルドグリーンへと変化を遂げていた。

 残された右目が、強い意志を宿して輝く。

 明が失った左目の視力は、Gとなっても回復してはいないのだ。


“よく来たなぁ!! 伏見明!! いや、今はGって呼んだ方がいいのか?”


 突然、生体電磁波で自分の名を呼ばれ、明は面食らった。


“この思考波は……まさか……東宮さん!?”


 たしかに感じたことのある思考波だ。だが、シュライン細胞には冒されていたとしても、東宮は人間だったはず。その生体電磁波は、植物型巨獣。クェルクスから発信されている。


“そうだ。オレだよ。紀久子もここにいるぜ? 見ろ。”


 緑色の塔の中程。

 ちょうどGの顔と同じくらいの高さの位置に、一人の女性が縛り付けられていた。

 俯いた顔、体に巻き付いたツル状の植物体で、全身は見えない。

 意識を失っているらしく、紀久子の思考は感じられないが、人間の数万倍の能力を持つ嗅覚が、それが松尾紀久子だと告げていた。

 Gの口から、思わず低い唸り声が漏れる。


“松尾さんッ!? 東宮さん……どうして……こんな酷いことをッ!!


“見ろ。今のオレの体を!! 自由に身動きも出来やしねえ!!”


 MCMOの本部棟であった緑の塔。

 その表面に密生した、つややかな深緑の葉が、東宮の邪悪な思考に合わせるかのようにさわさわと揺らいだ。

 日本政府に保護、隔離されていたはずの東宮が、どうしてそうなったのかは分からない。

 だが、植物型巨獣・クェルクスに、組み込まれてしまった彼の肉体は、もはや本体がどこに存在するかも分からない有様だ。


“だがよ? お前を殺せば、オレは自由になれるんだ。殺されてくれよ、オレのために!!”


 邪悪な思考波に押されるように、一歩後退ろうとした明=Gは、それが出来ないことに気づいて振り向いた。後方はすでに、緑の壁に覆われている。

 壁はGの目の前にも立ち上がり始め、周囲を高く囲んでいく。


“植物だから何も出来ねえ、なんて思ったら大きな間違いだぜ? 増殖力だけは、ハンパねえんだ!!”


 思考波と同時に、地下から伸びたツル状の植物が、Gの下半身に巻き付いた。

 ツルは、Gの体を締め付けながら伸びてゆく。柔らかい黄緑色だった茎が、あっという間に太く、茶色い木質へ変化し始めた。

 巻き付かれ始めた腕を振り回したGは、そのツルが弾力と繊維質に富み、簡単には引きちぎれないことを理解した。


“無理に引っ張らない方がいいぜえ? そのツルはあらゆる植物の強靱さを兼ね備えてるんだ。ワイヤーなんかより、よっぽど強いぜ”


 東宮の、勝ち誇ったような思考波の響く中、Gを囲む緑の壁はどんどん高さを増し、ついには空を覆い隠してしまった。

 ドーム状の緑の檻に、捕らわれてしまった格好である。


“こんなことをしても、Gは死なない。八幡先生の治療を受ければ、あなたも元の人間に戻れるかも知れないんだ。こんな事はやめて、松尾さんを解放してください!!”


“どうかな? オレも研究者の端くれなんでねえ……こうなっちまった体が、元に戻るなんてあり得ねえ事くらい分かるんだよ!! お前が、このままおとなしく死んでくれるってんなら、紀久子は助けるさ。バイポラスの核爆発もさせないでおいてやる”


“どうする気なんです!?”


“簡単な話さ。オレも紀久子も、シュライン様の理想のままに、すべての生命と共に一つの存在になる。お前はここで死ぬ。それだけだ”


“……そんなこと……松尾さんが喜ぶとでも思っているんですか!?”


“バカだなお前。女なんてのはな、状況を作っちまえば流されるんだよ。最初は無理矢理でもな。第一、シュライン様は最強だ。俺達に選択肢なんかねえんだ”


“そんな理由で……松尾さんを、あんたなんかに渡すわけにはいかない!!”


“哀れだな、伏見明。お前が必死で救ったところで、紀久子はお前の元には帰って来ないんだぜ? アイツは高千穂守里のものなんだ”


“ちがう!! 松尾さんは一人の女性だ。誰のものでもありはしない!! 松尾さんにとって高千穂さんが大切な人であるなら、高千穂さんの存在も含めて、俺は守る!!”


“おーおー。ご立派な考えだねえ。まあ、そんな綺麗事はどうでもいいさ。もうあと、数分でお前も死ぬことだしな”


“な……んだって?”


 その時、ようやく明は、自分の思考がまとまりにくくなっていることに気づいた。


“もう、体が上手く動かねえだろ? 植物ならではの攻撃だぜ。この植物体ドーム内のガス交換を行って、急激に酸素濃度を低下させているのさ”


 言われている間にも、呼吸が速くなり、意識が朦朧としてきた。視界が歪み、吐き気がする。


“く……くそっ!!”


 右目に怒りの炎が灯り、サンゴ状の背びれが蒼白い光に包まれる。

 その途端、東宮が力を加えたのであろうか、縛り上げられた紀久子がかすかな呻き声を上げ、その声は分厚い緑の壁を通過して、Gの聴覚に届いた。


“おっと、放射熱線は吐くなよ? 吐いたら、紀久子も一緒にふっとんじまうぜ? いや、その前に、オレが握り潰しちまうかもなあ?”


 Gは、口元まで出かかっていた光の束をかみ殺し、背びれの蒼白い光も、数回瞬いて消滅した。

 明の意識は急速に遠のきはじめ、Gがその場に膝をつく。

 ツル植物に巻き付かれた上半身が、支えを失ったように、力なく前に傾いだ。


“Gといえども生き物だからな。しかし、呼吸しないで海底に十五年もいた化け物を、低酸素の空気を呼吸させるだけで、ここまで簡単に殺せるとは思わなかったけどな”


 東宮の思考波が、エコーがかかったように脳内を反響している。

 薄れゆく意識の中で、最後の力を振り絞って、呟くように明は思考波を送った。


“やく……そくは……まもれよ…………”


“約束? ああ、紀久子は助けるって話か? それとも、核爆発させないって話か? どっちもオレにはどうしようもねえな”


“な……に……?”


“説明する必要はねえな。だが、安心して死ねよ。お前は、世の中に必要ない命なんだからさ”


 嘲るような、嗜虐的な思考波を感じながら、明の意識は暗い闇に吸い込まれるように失われていった。


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