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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第9章 緑魔の影
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9-9 バシノームス浮上

 横須賀沖の海。

 青く輝く海面を真っ二つに割って、それよりも更に蒼い船体が突如姿を現した。

 穏やかな海面を、白く泡立つ海水を引き摺りながら、ブルー・バンガードの船首は空へと立ち上がっていく。

 船体が半分以上海面から出ても、まだ重力に逆らって立ち上がり続ける。その船体の両翼にある外部フロート状のふくらみが、まるで翼でも開くかのように展開した。


「鬼核、発進!!」


「ネプチューン、発進します!!」


 展開したフロート内の空洞から、饅頭型の銀色の機体と、赤と青のストライプに彩られた人型の機動兵器が飛び出す。空へと駆け上る巨大潜水艦から、抜け出した二機の機動兵器は、それぞれ左右に分かれて着水した。


 艦尾まで水面に飛び出したブルー・バンガードは、ゆっくりと巨体を傾け始めた。


「着水するぞ!! 衝撃に備えろ!!」


 ウィリアム教授が叫ぶ。艦内を十数秒間、落下感が襲い、次いで激しい衝撃がやって来た。だが、海面を白く泡立たせた潜水艦は、そのまま海面を滑るように前進を続ける。


「右前方へ向けて一番から七番まで魚雷発射!! 発射と同時に面舵!! 長浦港へ向かう!!」


 着水の衝撃で泡立つ海面に何があるのか、海生生物を操るシュラインといえども把握しきれないはずだ。

 音響誘導を切った魚雷群は、ブルー・バンガードのダミーだ。

 海面に現れた無数の音源を前に、シュラインは戸惑うに違いない。


「鬼王、起動!!」


 ブルー・バンガードの行動を待ってイーウェンが言った。

 すべての動力を切って、海中をゆらゆらと沈んでいく銀色の饅頭・鬼核。

その周囲に透明度の高い海域が突然現れ、ゆらめくように人造巨獣・鬼王の姿を形作る。

 集まってきたのは、生体ユニット・ヒュドラである。

 周囲の海域に溶け込んでついてきていた、腔腸動物群。鬼核からの指令波を受けて、集合・離散するのだ。銀色のアームが展開され、透明だった巨獣は、紅金色の鱗を持つサイボーグ巨獣となった。

 鬼王は、浮上航行に移行したブルー・バンガードを追いかけるように、海中を進み始めた。


「鬼王はブルー・バンガードを守るようだな。囮が沈められては作戦どころではないからな」


 イーウェンが人ごとのような口調で言う。

 彼等は鬼王に乗り組んではいても、操縦しているわけではない。

 『ナヴィゲータ』と自称する彼等は、作戦に必要な情報を、鬼王の意志決定存在である『ネモ』に知らせること、そして、緊急時対応だけが任務なのだ。

 作戦のすべてをインプットし、ネモとのディスカッションを終えた今、彼等にすべきことはほとんどないのだ。


「サスペンデッドバブル展開しました!!」 


 ジャネアの声が鬼核のナヴィゲーションルームに響き渡る。

 海水を電気分解して生成された、強酸性と強アルカリ性の無色透明の泡が、ブルー・バンガードを守るように、その半径百m程度の位置に配置された。

 生物膜で形成されたこの泡は、目視でもレーダーでもエコーロケーションでも認識できない。

 鬼王を構成する半透明の腔腸動物・「ヒュドラ」の触手によって海中に配置された『生体浮遊爆雷』は、パルダリス戦の時には、突撃してくる生体魚雷をほぼ完全に防ぐ事が出来た。

 だが、今回は高速航行中である。

 海中に浮かぶ見えない強酸と強アルカリの毒の泡は、作られる端から後方へと流されていく。


「もうかよ!? 早すぎねえか?」


 ジーランが叫んだ。


「ネモを疑うな。ネモは作戦をすべて理解した上で、この行動に出ているんだ」


 イーウェンは微かに口元を歪めて言った。相変わらずの無表情だが、その微かな笑みには、余裕が感じられる。


「あとは、チーム・ドラゴンの連中がヘマをしなければ、勝てる」


 そう呟いた瞬間。

 後方で着水音が響いた。海面にチーム・ドラゴンのネプチューンが降り立ったのだ。

 ネプチューンは、ワイバーンEXの後部スラスターを全開にして、ホバー走行を始めた。少しずんぐりした印象の人型兵器は、水面を滑るように進んでいく。


「チーム・ドラゴン!! 流れていくサスペンデッドバブルに触れるなよ!!」


 イーウェンは叫んだ。

 鬼王は潜水しているが、その声はネプチューンの通信機にハッキリと届いた。

 どうやら本体を構成している腔腸動物群・ヒュドラから伸びた透明な触手は、海面へと伸びて電波通信を可能にしているようだ。


『早すぎル!! もう、そんなものを作り出してやがるノカ!?』


 カインがモニターの中で悪態をついた。


「いや、これでいい。鬼王はたぶん、シュラインの注意をサスペンデッドバブルに引き付けているんだ。石瀬!! 触れないよう、前方へ回り込むぞ!!」


『了解!!』


 干田の指示に、やはりモニターの中で石瀬北斗が答える。

 チーム・ドラゴンの三人が搭乗する人型機動兵器・ネプチューン。その主制御は石瀬、火気管制をカイン、武器制御と統合指令を干田が司っている。

 ネプチューンは、最高速で浮上航行するブルー・バンガードの右前方につけた。

 鬼王は左後方の水中を、追尾する形だ。


「エコーに反応!! 海底から何かが無数に上昇してきます!! 」


「くそっ!! やはり魚雷なんかには騙されなかったか!!」


 ウィリアム教授が叫ぶと同時に、ブルー・バンガードの後方でいくつもの水柱が上がった。

 鬼王の発生させたサスペンデッドバブルに触れた、生体魚雷が自爆したのだ。


「反撃しますか!?」


「いや、構うな!! 防御と攻撃はチーム・カイワンとチーム・ドラゴンに任せて、前進に専念しろ!!」


 ウィリアム教授の指示が飛ぶ。

 反撃は湾内に入ってからでいい。逃げているように見せかけつつ、あとたった数キロ、引き付けながら湾内に誘い込むことが出来れば、作戦は八割方終了したようなものだ。


「本部は!? 樋潟司令との通信はまだか!?」


「首都圏一帯の電波状態が悪いようです。さっきから呼びかけていますが、通じません!!」


「むう!! こんな時に!!」


 ウィリアム教授は歯がみした。

 すべての通信を遮断して潜水航行中であったため、現状が全くつかめていない。今更作戦変更は出来ないが、勝手に立てた作戦で、自衛隊施設のみならず、民間まで危険に晒すわけにはいかなかった。


「アクティブソナーに感!! シュラインが海底から離れて速度を上げたようです!!」


「何だと!? くそ……すぐに形状と大きさの確認を!! 」


 シュラインは海底を離れ、本格的に追ってくるようだ。だが、本部との連絡が付かないままで、湾内に逃げ込んで良いものか。ウィリアム教授は逡巡した。


「依然、海中に高密度で海生生物の群れが存在していて、シュライン本体の大きさは正確にはつかめません……でも、これは…………こんな……」


「いったいなんだ!? 作戦行動中に不明瞭な発言は控えたまえ!!」


 言い淀んだ女性オペレータに、ウィリアム教授が怒りの声を上げた。


「は……はいっ!! 申し訳ありません!! では報告します!! ……海生生物のノイズを取り去った、巨獣の推定全長は……約五百m!! 全幅は百八十m以上です!!」


「な…………!?」


 ウィリアム教授は息を呑んだ。

 五百m規模の巨獣は、これまで確認された事はない。しかも、そのサイズで、ブルー・バンガードに追いすがってくる運動性と、素早い反応速度を持つということは、ただ大きくなっただけの生物ではない。おそらくは群体型巨獣だろう。

 この作戦が成功すれば、湾内の海水そのものが毒へと変貌する。そうすれば、相手は水生生物だ。どれほど巨大であろうとも生きてはいられまい。

だが、鬼王もネプチューンも、生体魚雷への応戦で手一杯だ。このまま湾内に入る前に捕まってしまえば、作戦も何もあったものではない。

 早急に応援を頼む必要があった。


「くそ!! まだ通信はつながらないのか!?」


「ダメです!!」


「シュライン!! 海面に姿を現します!!」


 ブルー・バンガードの後方、約二千m。海面が急に盛り上がり、そしてその中から平たいドームのような形状をしたものが姿を現した。

 つるりとした外観、横に真っ直ぐ走った継ぎ目のような形状は、巨大な人工構造物を思わせる。

 だが、それが人工物などではなくシュラインの本体である証拠に、その灰青色のドームは波を蹴立てて、ブルー・バンガードに追いすがって来た。


「石瀬!! スカイクーガーに変形して離水だ!! 上空からシュラインの全貌を見る必要がある!!」


「了解!!」


 干田隊長の命令を受けて、石瀬北斗は、変形スイッチを入れた。海上をホバー走行していたネプチューンの背部ジェットに火が入った。歩脚が胴体にくっつくように折りたたまれ、両脇からワイバーンEXの、三角形の主翼が展開する。

 出力を上げて、一気に離水したネプチューンの姿は、既に人型機動兵器ではなく翼を持つ四つ足の獣に似ていた。

 スカイクーガーと呼称されるこの変形モードは、高速移動、空中戦用のモードなのだ。

 このモードでのメインパイロットは干田である。

 主制御を受け取った干田は、機体を大きく右に旋回させた。


『こ……コイツは…………なんだ!?』


 石瀬の呻きが通信機から響いた。

 それほどまでに、眼下に広がっていた巨体は、想像とかけ離れた姿だったのだ。

 パルダリス、ヒドロフィス、アンドリアス、どれも比較的細長い、内骨格型の巨獣だった。だが、この姿はそのどれとも違う。

 全体は長さ約六百m、幅約二百mの平たいドーム。そのドームが規則正しく十ほどの節に区切られ、幅六十mほどの体節で全身が構成されている。最後尾の節だけは海中にあって分かりにくいが、平たく団扇状になっていて、それで水を掻いて前進しているようだ。


『ビッグサイズ……Pill Bug……イヤ、Giant isopod……Bathynomusなのカ……?』


「バシノームス…………つまりグソクムシか。日本近海ならオオグソクムシだな」


 カインの言葉に、納得したように干田が頷いた。

 グソクムシは、海底に住むダンゴムシの仲間である。深海に住み、海底に沈んでくる様々な生物の死体などの有機物をあさっている海の掃除屋だ。

 シュラインは海底でグソクムシにシュライン細胞を植え付け、三大巨獣のバイオマスを食わせて、一体の巨大な群体巨獣を作り出したに違いない。


『干田君。ヤツの形状は分かったかね?』


 メインモニターに心配そうなウィリアム艦長の顔が映る。


「画像を送ります。」


 干田は、短い返事で画像を転送した。それを見たウィリアム艦長の顔が曇る。


『なんてことだ。グソクムシを擬巨獣化しおったのか……』


「おそらく、死体となったヒドロフィスやアンドリアスを餌にして、海底からオオグソクムシをかき集めたのでしょう」


 だが、のんびりと会話しているヒマはない。体を大きく縦にくねらせ、海水を掻き分けて進む怪物のスピードは、浮上航行する潜水艦・ブルー・バンガードよりも明らかに速い。実際のダイオウグソクムシのそれとは大きく異なる、まるでカニの歩脚のような異様な形の脚を前に伸ばし、今にも追いつきそうな勢いである。


「このままでは、ブルー・バンガードはヤツに追いつかれます。スカイクーガー単独でヤツを足止めします」


『いかん。ヤツは巨大すぎる。危険だぞ!!』


「…………このまま艦が捕まれば、作戦どころではありません。カイン、ショックアンカーの準備は出来るか!?」


『いつでもOKダ』


「よし。ヤツの背中に降りるぞ!!」


 スカイクーガーはもう一度大きく旋回すると、巨大なグソクムシ=バシノームスの上へと降下していった。


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