9-8 殲滅作戦開始
「ガッデムッ!! いったい何が起きているんだッ!? ソナーに感ないのか!?」
船体を襲う何度目かの激しい揺れに、ウィリアム教授は悪態をついた。
豊かな白髪は乱れ、白い顔を紅潮させている。温厚な博士が、珍しく激昂しているのだ。
何カ所かから浸水警報も出ていた。送電システムの異常を示すエマージェンシーが灯り、重潜水艦ブルー・バンガードの艦橋は赤い光で染まった。
「推進音その他、相手の音はほとんど聞こえません!! 敵巨獣は海底に張り付いていて、さらに周囲を海生生物の群れが覆っているようです、エコー・サウンダーでも海底との区別が付きません!!」
エコー・サウンダーとは、アクティブソナーの一種で、より正確に海底の様子を見る事が出来る。
基本的に音波の発射方向に密度差のある物体があるか無いかを判断するのだが、シュラインは自分の周囲に高密度で海生生物を群れさせているらしく、本体の位置も大きさもつかめないのだ。
「ぐう……相手の大きさも、形状も、攻撃方法も不明……というわけか」
オペレータの報告を聞いて、ウィリアム教授は呻いた。
「攻撃方法なら予想はつく。我々との戦闘時に見せた、生体爆薬を備えた海生生物……つまり生体魚雷だろう」
艦体を揺るがす轟音の中で、腕組みしたまま立つイーウェン=ズースンレンは、その無表情を変えていない。
艦橋には、チーム・カイワンだけでなくチーム・ドラゴンのメンバーも全員そろっている。
和歌山県沖での海戦を終え、MCMO臨時本部への期間途中、東京圏で小型巨獣大量発生と、シャンモン長官造反の報がもたらされた。
MCMO長官が敵となれば、配下の組織もどこまで掌握されているか分からない。万一の事態に備え、監視衛星からの目を逃れて潜水航行のまま静岡県沖を通過し、神奈川県沖にさしかかったところで、突然、攻撃を受けたのだ。
「この攻撃……シャンモン長官の差し金ではないだろうな?」
「チーム・カイワンは長官直属部隊だ。我々が搭乗している艦を、無闇に攻撃してくる事はあり得ない」
イーウェンには確信があった。これはシャンモン長官ではない。
シャンモンの操るGならまだしも、昆虫群体である擬巨獣部隊には、海中戦が可能なものはいないからだ。だが、そんな余計な事を言うイーウェンではなかった。
「今は……君達を拘束しない。だが、この局面を切り抜けたら、艦を降りてもらいたい」
ウィリアム教授は、苦虫を噛みつぶしたような顔で言った。
「了解した。我々も、ここであなたたちと戦闘状態になるのは不利だからな。鬼核の発進も、我々だけでは不可能だ」
「本当に、シャンモン長官の計画を聞いていなかったのか?」
シャンモン造反の報が入ってから、何度もした質問だ。
擬巨獣軍団を率いて突然降下してきた、というシャンモン長官。今は、Gを機械的にコントロールしているという事までしか分かっていないが、彼等に何の連絡もなく侵攻を開始したとすれば、鬼王を戦力として見ていないとしか思えない。
「信じないならそれでいい。」
イーウェンは短く言って、モニターへと目を逸らした。外部の状況を伝えるはずのモニターには、周囲の環境データと艦体ダメージの表示が目まぐるしく入れ替わっているだけだ。だがサイボーグであるイーウェンの目は、そのデータから周囲の状況を読み取っていた。このままでは、自分たちも艦もろとも沈められかねない。
今、ここで言い争ってみても、意味がない事は明白だった。
そもそも、シャンモンが敵と見なしているのは巨獣すべてとシュラインであって、人類を滅ぼそうというわけではないのだ。チーム・ドラゴンやブルー・バンガードのメンバーとも、戦わないで済むならそれに越した事はない。
(おそらくは……)
イーウェンは裡で呟いた。
(我々の送ったシュライン細胞を宿したネズミ。あのサンプルの研究によって、Gと機械の神経接続システムが確立され、Gアーマー計画が前倒しになったのだろう)
Gアーマー。Gの上半身を覆った、銀色の装甲。
それによってシャンモンは、巨獣王・Gをそのコントロール下に置いたのだ。
シャンモンは、目的のためなら犠牲を厭わない覚悟を持っている。
ヒルによって全滅したあの村から救い出され、サイボーグとして蘇らされたあの日から、その覚悟をイヤと言うほど見せつけられてきた。
救出され、サイボーグ化された村人たちも、役に立たないとみなされれば、容赦なく切り捨てられた。
そう。作戦上、自分たちは切り捨てられたのだ。パワーはあっても制御が完全でない鬼王よりも、昆虫群体を完全に制御した擬巨獣部隊の方が戦力になると、シャンモンは判断したのだろう。
だが、自分たちは作戦に失敗したわけではない。MCMOのすべてをシャンモンが掌握しきれば、自分たちも問題なく迎え入れられるはずだった。
(ここを切り抜けて長官と合流できねば、それもかなわないがな)
しかし、全速で潜水航行中の状態では、ネプチューンや鬼核の出撃は難しい。
対アンドリアス戦で人工知能魚雷を使い切ってしまった今、推進音も出さず、金属反応もない海生生物魚雷を防ぐ手だてはブルー・バンガードにはないのだ。
「ズ……ズウゥン……」
また爆発音が響き、ブルーバンガードの艦体が小刻みに揺れた。
「ふん……シュラインめ、私達の足止めに躍起になっているようだな。東京圏で何か起きているのは確実のようだ」
ウィリアム教授は腕組みをしたまま呟いた。だが、その余裕のある表情とは裏腹に拳は白くなるほど堅く握られている。
「You達が討ち漏らしたパルダリス……ヤツが体勢を立て直して襲ってきたのではナイのカ?」
チーム・ドラゴンのカイン=ティーケンが顔を歪めてイーウェン達を睨み据えた。
その目を冷たく見返したイーウェンは、表情を変えないままで言い返す。
「否定はしない。だが、あの状況だ。敵を完全に倒し切れていない可能性は、お前達にもあるんじゃないのか?」
「何だト!?」
「やめろカイン」
色めき立ってイーウェンに詰め寄るカインの肩を、干田が押しとどめた。
「今は俺達で争っている場合じゃない。イーウェン隊長の言う通り、アンドリアス、ヒドロフィスの二体も、完全に死亡を確認したわけじゃない。もしかすると、すべての巨獣のバイオマスを集約して襲ってきているのかも知れんだろう」
干田の言う事も理解できる。カインは顔を歪めながらも引き下がった。
干田の言う通り、もしもシュラインが三体の巨獣の能力を集約しているならば、相手の戦力は低下しているどころか、むしろ強化されているかも知れない。
ここで争っている場合ではないのはたしかだった。
「…………どんな相手であろうと、巨獣は巨獣。海生生物の塊に過ぎない。全力でたたきつぶすべきだろうな。たとえ非戦闘員を危険に晒し、海域一帯を死の海域に変えようとも、だ」
言い終えたウィリアム教授が、大きく溜息をついた。
「どういう作戦をとられるおつもりなのですか?」
「その前に戦力の確認をしたい。チーム・ドラゴンは三機の能力統合機・『ネプチューン』で出撃。エネルギーとマグナ・ボムの補給はしてある。イーウェン隊長……あなたたちは……」
ウィリアム教授は言葉に詰まった。
目下、MCMOの最強戦力である人造巨獣・鬼王に出撃してもらいたいのは山々だが、チーム・カイワンはウィリアム艦長の指揮下にはない。
その上、シャンモン長官が造反している状況では、彼等は身中の敵といっていい。
「シャンモン長官の命令はなくとも、シュラインを倒す、という点で我々の目的は一致する。当然要請があれば我々も出撃する」
イーウェンは無表情のままウィリアム教授の目を見返した。
「マグナ・ボムと鬼王……か。なら、あなたの考えた作戦もおおよそ見当はつく。閉鎖水域に誘い込んで、マグナ・ボムとサスペンデッドバブルで化学的に殲滅する……違うか?」
マグナ・ボムは金属ナトリウムを利用した、水中爆薬だ。発する高熱もさることながら、副次的に発生する水酸化ナトリウムは、あらゆる水生生物を死亡させる。
そして鬼王の作り出すサスペンデッドバブルもまた、海水を電気分解して作り出した、強アルカリ性と強酸性の二つの性質を持つ。海中をクラゲのように漂う透明な液泡は、それに触れる生物を溶かし尽くす。
「そうだ。攻撃を避けて港に退避すると見せかけ、出来るだけ閉鎖された海域におびき寄せる。そこで水域全体の水質を強アルカリに変えてやれば、生物はひとたまりもない。ここからなら、久里浜港、いや、自衛隊、米軍の協力を得られる場所と考えると長浦港がいいだろう」
ウィリアム教授は不敵に微笑んだ。
横須賀市の長浦港は海上自衛隊の施設に囲まれた港だ。潜水艦の寄港地でもあるため、充分な水深もあり、ブルー・バンガードが湾内で戦闘することは可能なはずだ。また、ここを母港としている自衛艦も多数ある。すぐ近くに米軍基地もあり、支援を仰ぐにも充分な戦力が集っているはずだ。
「バカな。相手の全貌も見えないのに、うまくおびき寄せる事などできるのですか!? 万一、成功したとしても、今のシュラインの能力は未知数です。もしも、ヤツを倒しきれずに暴れられ出されたら、自衛隊施設だけでなく、民間にも大きな被害が出ることに……」
干田が反対の声を上げるのを、ウィリアム教授は片手を挙げて制した。
「我々はここでシュラインを討てなければ、後がない。これしかないんだ。それに、武器、エネルギーもかなり消耗している。湾内にヤツを封じ込めるためには自衛隊及び米軍の支援が必要だろう」
「それはどうかな」
イーウェンが無表情のまま、口元だけを笑みの形にした。
「鬼王は消耗などしていないし、出撃さえ出来れば、一体でも充分シュラインを仕留められる。だが、ヤツの細胞を無駄に飛び散らせないためには、あなたの作戦は有効だと理解した」
見つめ返す、感情の一切映らない眼差し。
イーウェンの本心は誰にもうかがい知る事は出来なかったが、この作戦は、鬼王の協力が無くては成立しない。
イーウェンの冷たいガラス玉のような目と、干田の燃えるような意志を宿した瞳が、一瞬交差した。
「だが、我々はナヴィゲータだ。鬼王の戦闘行動を決めるのはネモ。鬼王自身と言ってもいい」
「作戦通りに動くかは保証できない、ということか?」
「いや、ネモに作戦を理解させる事は出来る。少なくとも、追ってきているシュラインを片付けるまでは、鬼王は協力する事を保証しよう」
それだけ言うと、何もなかったかのように目を逸らしたイーウェンは、くるりと踵を返して艦橋を出て行った。
同じく無表情なジーランとジャネアも、無言のまま続く。
カインは彼等の背中が見えなくなるのを待って、大げさに両手を広げて見せた。
ウィリアム教授も、チーム・ドラゴン隊長の干田と顔を見合わせて、ほっとした表情で息をつく。
所詮、口約束だ。気を許せる相手でない事には変わりないが、鬼王の戦力は当てになる。
「俺達も行くぞ」
石瀬とカインに短く促し、干田も艦橋出口へ向かった。
彼等の機動兵器であるサラマンダーFGとワイバーンEX、そして大破したシーサーペントNEOのコアマシンであるネプチューン。その三機はドッキング状態のまま格納庫に収容されていた。
「頼むぞ。『ネプチューン』に作戦の成否がかかっている。鬼王には気をつけろ」
だが、干田は大きく頭を振った。
「作戦中はヤツらを信じますよ。そうでなくては、勝てません」
堅い後ろ姿を見送ったウィリアム教授は、小さく溜息をつくと艦橋内のスタッフに檄を飛ばした。
「これより、第一種戦闘態勢に移行する!! 」
*** *** *** *** ***
「イーウェン隊長。干田隊長。聞こえるか?」
『聞こえている』
『聞こえます』
艦内通話装置から、それぞれのチームの隊長の声が聞こえた。すでに両チームとも、コクピット内で出撃態勢に入ったまま待機中なのだ。
「本艦はこれより急速浮上。カウント開始から三十秒で海面に出る。それと同時に鬼核とネプチューンは発艦だ。艦を停止する事は出来ない。気をつけてくれ」
『了解』
『了解』
二人の隊長の声が重なる。
「よし、上げ舵四十五度!! バラストタンク排水!! メインエンジン出力全開!! 急速浮上!!」
「カウント開始します。三十、二十九、二十八…………」
女性オペレータの声が響き、浮上までのカウントが開始された。
それと同時に、船体が大きく傾き、船首が持ち上がっていくのが分かる。四十五度の上げ舵は、体感ではほとんど垂直に近い。
『これは……空でも飛ぶつもりですか!?』
干田が叫んだ。ただでさえ破格の出力を誇るブルー・バンガードだ。この勢い、この角度で浮上した場合、船体のほとんどが海面に飛び出すことは間違いない。
ネプチューンと鬼核に、空中で発艦しろという命令もかなりな無茶だが、そのまま海面に叩き付けられれば艦内の搭乗員は無事では済まないだろう。
「現在、本艦は、既に浦賀水道にさしかかっている。作戦には一刻の猶予もないんだ。それに、出撃時には隙が出来る。その際に、シュラインの生体魚雷を防ぐ手だてもこれしかない!! 」
たしかに、高速浮上することで起きる急激な水圧の変化と、後方への水流が邪魔して、生体魚雷は追ってこられなくなったようだ。
このまま空中に出れば、海面に着水する轟音で、しばらくはエコーロケーションは使い使いものにならないだろう。シュラインが、一時的にこちらを見失う可能性は高いはずだ。
「十八、十七、十六…………」
女性オペレータの堅い声が、カウントを刻み続ける。
『しかし!! 船の強度は? 搭乗員の命は?』
「心配するな。これは私の造った艦だ。乗組員の安全は保証するし、その程度では破損しない!!」
「十一、十、九…………」
『わかりました!! 教授、ご無事で!!』
「君達もな!!」
「四、三、二、一…浮上!!」