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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第9章 緑魔の影
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9-7 罠

 それまでガラス玉のようだったその眼球に、意志の光が宿った。

 立ち上がり、大きく胸を張って、Gが吼える。

 二度と元に戻れない後悔も、闘いへの絶望も、その運命への悲哀も、すべて呑み込み、振り払って、明の心が吼えていた。

 それでも、今は行く。紀久子を助けに。ただそれだけだ。


「うわっ!!」


 Gの踏み出した一歩の震動に跳ね上げられ、無線機を取り落とした広藤が呻いた。


「ふう……やっぱり……でかいよな」


 加賀谷がGを見上げ、大きく溜息をついて言う。

 天を突く巨体は、四足歩行のバシリスクやコルディラス、地を這うバイポラスなどよりもはるかに大きく見える。

 いや、無数に湧き出してきた巨獣群、昆虫型擬巨獣群のサイズと比較すると、Gは実際に巨大でもあった。

 Gの上半身は陽光を浴びて煌めく。頭部以外はまだ、シャンモンの金属装甲に包まれたままだ。それを振り払う様子も見せずに、Gは歩みを進めている。


「あんなネジで止めた装甲……痛くないのかな……」


 ぼそり。と珠夢が呟いた。

 頭部に固定してあったヘルメット状の装甲の留め具の跡からは、いまだに緑と赤の混じった体液がしたたり落ちているのだ。異常なほどの再生力を誇るGといえど、打ち込まれたネジに常に抉られ、締め付けられていたのでは回復するのもおぼつかないのだろう。


「……痛くないわけねえだろ。ただアイツは……痛みに耐えてでも、あのヨロイを来たままの方が戦えるって踏んだだけだと思うぜ……」


「……ああ。そうかもな」


 加賀谷の言葉に、小林が歯を食いしばった表情のままで答えた。唇の端が切れて、血が滲んでいる。そのまま、Gの後ろ姿を睨み付けるように見つめながら、加賀谷は軍用四駆のダッシュボードを両手で殴りつけた。


「俺は……俺達は馬鹿だ!! なんで止めなかったんだ!! 殴ってでも!! 体を張ってでもよ!!」


 誰もがうな垂れたまま言葉を返せない。

 取り返しのつかないことが起きた。その後悔が、ようやく実感として彼等の胸に舞い降りてきていた。

 明は、もう二度とGから分離することは出来ないのだ。


「くっ……くくくッ!! ふはははははッ!!」


 その時、後部座席に縛られたままのシャンモンが笑い出した。最初はこみ上げる笑いを堪えるように。そのうち、高く声を上げて。


「貴様ぁ!! 何がおかしい!!」


 加賀谷が怒りの声を上げて振り向くと、シャンモンの胸ぐらをつかんだ。

 シャンモンは口元に笑いを残したまま、不敵な表情で睨み返す。


「お前達は、びびってしまったんだよ。あの植物型巨獣を見て、な」


「なん……だと!?」


 加賀谷の顔から怒りで血の気が引いていく。


「人間のバイオマスを使った小型巨獣の群れ。いくらでも繁殖する植物型巨獣。さらには無限のバイオマスを持つ昆虫群。奴らに蹂躙されたこの街を見て、本部壊滅の知らせを聞いて……Gの力なしには、シュラインには絶対に勝てない。それが実感として分かってしまった。だから、自分たちの身を守るために、伏見明を……あいつを生贄に差し出したんだろ?」


「ぐ……この! 貴様が言うかよ!! 貴様が来なけりゃ、こんなことには……ッ!!」


「とんだ言いがかりだな。あのお調子者がGを取り返しに、など来なければ、人類の敵はすべて私が葬ってやっていたさ……」


「やめて!! お兄!! その人を殴っても何にもならないよ!! その人の言う通りかも知れない。私も、怖いもの。この世界が、私達がどうなってしまうのか……怖いもの!!」


 加賀谷の腕にすがりつく珠夢の目からは、涙が溢れていた。


「違う」


 静かな声が響いた。振り向くと、広藤がシャンモンを見据えていた。その目に怒りは感じられない。


「たぶん、違います。僕だって怖い。だけど、そんなことが理由なんかじゃない。

 止めちゃいけない気がしたんです。明さんが自分で決めたことを。僕たちは、明さんを信じてここまで来たんだ。だから最後まで信じる。僕は、そう思う」


 広藤は、シャンモンの目を正面から見据えたままで言い切った。


「ふん。何とでも思っておけばいい。自分の心は自分が一番よく分かってるだろうからな。所詮、人間なんぞ自分勝手なもんだ。だから私は……」


 気圧されたように目を伏せると、シャンモンは誰に言うともなく、ぶつぶつと呟いた。微妙に焦点の合わないその目には、暗い光が宿っている。


「…………おかしい。と、思わねえか?」


 その時、何か考え込んでいた小林が、ぼそりと言った。


「何がだ?」


 思わず聞き返した加賀谷の声に不安の色が混じる。

 広藤が最年少ながら、この中で一番頭が切れる。だが、戦略や直感じみたことについては、小林の方に一日の長がある。それだけに、その言葉には妙な重みがあった。


「俺たちがここへ来るまでに、あれほど地下から伸びてきていた植物型巨獣……は、どうしてGの進路に一本も現れないんだ?」


「そ……そりゃお前……あんなもんでGの侵攻を止められない事くらい、シュラインにも分かっているからじゃないのか?」


 加賀谷が戸惑いながら言う。小林もまた、それ以上は推理しきれない様子だ。その疑問の意味さえ理解できない様子の珠夢は、目を白黒させている。

 だが広藤だけは、しまった、といった様子で額を打った。


「違う。そうじゃありません。止められないまでも、充分に邪魔は出来る。あれほどの速度で増殖できるなら、足止めとして充分使える。それをやらない理由は一つ。シュラインはGにMCMO本部に来て欲しいんですよ」


「ハア? 何言ってる広藤。なんでだよ。なんで呼び寄せるようなマネを……」


「考えられるのは……罠。それしかないでしょう」


 その時、軍用四駆の通信機が急に反応し始めた。雑音混じりの声が、次第に明晰になっていく。


『……ム・キャ……ラー!! 小林隊長!? 聞……えるか!?』


「こちら小林。聞こえてますよ!! 」


『良かった。つながったようだな。こちらチーム・ビーストのオットー少尉だ。』


「どうしました!?」


『Gはどこだ? ヤツが千葉方面に向かったからそっちかと思ったんだが……見あたらないんだ』


 オットーの声は焦って聞こえた。

 核爆発を防ぐため、Gに辿り着く前に捕獲すべく、銀色のバイポラスを追っていることを、小林達は知らない。電子機器も使えず、どこまでも瓦礫の山と化した首都圏では巨大なGといえど視認では容易に発見きない。行き先を見失ったグリフォンは、迷走していたのだ。


「ヤツ? Gなら秋葉原にいましたが、明と合体してMCMO本部……つまり千葉方面へ向かっていますよ」


『何だって!? ダメだ。そっちにGを向かわせるな!! ヤツと接触させてはいけない!!』


「どうしてなんです!? ヤツって何なんですか!?」


『体内に高濃度プルトニウムを蓄えた、銀色の小型バイポラスだ。ヤツはGを核爆発で葬り去ろうとしている!! 』


「罠……これが罠か!!」


『何? 何を言っている!? おい、小林君!?』


 スピーカーから流れて来る声も聞こえないかのように、小林は通信機のマイクを握ったまま、呆然と立ちつくしていた。



***    ***    ***    ***    ***



「珠夢。アルテミスを地上に呼べ」


 通信を切った小林は、静かな声で言った。


「こ……小林さん、どうすんの?」


「俺がアルテミスに乗って、G……いや、明を追う。お前達はここで待機だ。」


「なんでだ!? 俺達も行くぜ!!」


 加賀谷が目の色を変えて小林に詰め寄る。


「最初で最後の隊長命令になるかも知れねえんだ。おとなしく言うこと聞いてくれ。核爆発が起きるかも知れないんだぞ? 爆発を止められるに越した事はないが、万一の時、犠牲は少ない方がいい」


 アルテミスの姿を探すかのように空を見上げた小林に、縛られたままのシャンモンが鼻で笑って声を掛けた。


「ふん。もっといい方法があるぞ? 誰も行かなければ誰も死なない。伏見明は二度とGと分離できないのだろう? あのまま恋人と一緒に死なせてやった方が親切じゃないのか?」


「ちょっと……今の、どういう意味?」


 突然、後ろから声をかけられた彼等は、そのままの姿勢で固まった。

 珠夢は目を見開き、大きく開けた口に両手をあてて声をかけてきた人物を見つめている。

 そこに立っていたのは、チーム・エンシェントの新堂アスカ少尉だった。

 数百m向こうの開けた場所に、アンハングエラが着陸している。巨大な戦闘攻撃ヘリが近くに着陸しても気づかなかったのは、音に敏感な巨獣への刺激を避けるため無音飛行であったというだけではない。

 それだけ、起こった事が重大すぎた。小林達は周囲への注意力が低下していたのだ。


「伏見君が二度とGと分離できない、とかって聞こえたんだけど……あたしの……聞き違えだよね?」


 いつも強気なアスカらしくない表情だ。

 口元には微かに笑みをはり付けているが、すがるようなその目は今にも泣き出しそうに見えた。


「ね? 何とか……言いなさいよ?」


 アスカの声は囁くように小さく、語尾が微かに震えている。

 しかし、その声の小ささが、かえって嘘を許さない。小林も、加賀谷も、珠夢も、広藤も当のシャンモンですら目を逸らしたまま、何も答えられなかった。


「…………まさか……本当なの!?」


 ゆっくり顔を上げた小林は、アスカの目を見ないまま黙って頷いた。


「なんでさ? だったら、何でアイツは黙って行ったんだよ!? 」


「…………松尾さんを助けるため。たぶん……それだけですよ」


「バッカ……」


 アスカは自分の額を両拳でゴンゴンと叩いた。


「あたしは……馬鹿だッ!!」


「え?」


「あたしは……アイツに酷いこと言っちまった。意気地なしって……!! 情けないって……!!」


 その時、周囲に突風が巻き起こった。急に陽光が遮られ、辺りが薄暗くなる。

 巨大なオオミズアオ・アルテミスが珠夢の命を受けて、高空から舞い降りてきたのだ。


「来たか……じゃ、俺は行く。Gにとってあの、匂いを操る植物型巨獣は弱点だ。だけどアルテミスの能力なら援護できるはずだ。……できること、やらなきゃよ」


 話しながら、スーツと一体型のヘルメットを装着する小林の背にアスカが声を掛けた。


「あたしもアンハングエラで出るよ。ミサイルは撃ち尽くしているけど、まだ重機銃くらいは撃てるし、バリオニクスに合体できなくったって、援護くらいできる」


「でも……ご存じないんですか? 高濃度プルトニウムを蓄えた巨獣がGを狙っているんですよ? 核爆発でGを仕留める気なんです。場所は……MCMO本部」


「へえ。だったら尚更、行かないわけにはいかないね。チームメイトも本部に居るんだ。何より、ここでアイツを見捨てたりしたら、まどかにどやされちまう」


 涙を隠しているのだろうか。アスカは眩しそうに空を見上げ、それだけ言うと、アンハングエラに向かって駆け出した。


「よし。行こう」


 アスカを見送った加賀谷が、小林の肩をぽんと叩いた。


「待てよ。だからお前達は……」


「罠が仕掛けられてんだぜ? どんな状況になるか分からねえだろ? だったら、打開策や対応策を考えられる広藤は必要だし、それをアルテミスに伝える珠夢も必要だ。そして、あの植物巨獣を躱して、この車を無事に目的地に届けられるのは俺だけだ」


 加賀谷は胸を張ってそう言うと、軍用車輌にさっさと乗り込んだ。広藤も、珠夢も、何も言わずにそれぞれ座席に滑り込む。


「何より、このオッサンを本部に連行しなきゃよ」


 後部座席を指して言い捨てると、返事も聞かないでさっさと車を発進させる。置いてきぼりを食らった格好の小林は、呆気にとられて見送るしかなかった。後部座席から軽く手を振る珠夢の笑顔からは、これから死地に赴く悲愴感は感じられない。


「よし……待ってろよ明。俺達、お前を死なせねえ!!」


 小林は自分の掌を拳で打った。


“小林。早ク乗レ”


 突然、小林の脳に簡単な思考が届いた。振り向くと、薄水色の巨大な翼を地面に横たえ、アルテミスがこちらを見ている様子だ。


「お前、アルテミス……俺に直接話しかけたのか?」


 その無表情な複眼から、何故か焦れったそうなアルテミスの心まで感じ取れた気がして小林は驚いた。

 生体電磁波。

 感じるのは初めての経験だが、不思議にあたたかい。昆虫の心が無機質だなんて、よく聞く設定だが誰が言ったのか。こいつの心とつながるのなら悪くない。小林はそう思った。


“私ノ命モ、モウスグ終ワル。ダカラ、少シ、チカラガ増シタノダロウ”


「終わるって……お前……」


 広藤から聞いてはいた。オオミズアオは成虫になると食事を一切とらない。その寿命はほんの一週間程度だと。

 何か言いかけた小林は、ぐっと唇を噛んで言葉を呑み込んだ。別れを口にするにはまだ早い。戦いはこれからだ。労りの言葉すら、アルテミスは望んでなどいないはずだ。


「……分かった。行こうぜ、戦友」


 それだけの言葉を漸く絞り出すと、小林はアルテミスの背中に登り、白く長い毛の中に潜り込んだ。


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