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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第9章 緑魔の影
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9-6 vs明

 シャンモンに操られたGが、なにかを思い切りビルに叩き付けた。

 崩れ残った高層ビル。そのコンクリート製の外壁に大きなヒビが入り、放射状に真っ赤な血液が飛び散る。

 叩き付けられたのは……人間。

 普通であれば……いや、何者であろうと無事でいられるとは思えない衝撃だ。

 だが、叩き付けられた人影はすぐさま動いた。壁にめり込んだ己の体を引き剥がすと、そのまま壁を蹴ってGに飛びかかる。


「明ぁあッ!!」


 小林は叫んだ。

 地下から立ち上がる緑の柱を避け、ようやくたどり着いた戦場。そこで目にしたのは、何者も敵わないとされた巨獣王に、単身、素手で立ち向かう明の姿だったのだ。

 信じられない跳躍力で頭部を覆う装甲に取り付いた明は、装甲の隙間を狙って激しく拳を叩き付けている。

 だがGもまた、以前見たより数段素早い動きで明を払い落とし、それを踏みつけようとしている。間一髪でそれを避けた明は、Gの体を駆け上って頭部へ近づくと、今度は下顎に体ごとぶつかっていく。顎を覆っていた銀色の特殊合金製の装甲が破壊され、金属片が飛び散った。

 人間の力ではない。人間にできる動きではない。

 以前、小林達は明が小巨獣を素手で仕留める場面に出くわした事があったが、その時とも比べものにならない。Gは完全に翻弄され、放射熱線を吐く事も出来ないでいる。

 それほどの素早さとパワーだ。


「な……何やッてんだ……アイツ……何やッてんだよ!?」


 加賀谷が、おろおろとした調子で言った。

 たしかに、とてもではないが手が出せる状況ではない。明を支援する、といって飛び出してきたまではいいが、どうしたらいいものか。

 叫んだ小林も数瞬、呆気にとられたような表情で固まっていた。が、すぐに我に返り、後部座席に向かって叫んだ


「珠夢!! なにボーッとしてんだよ!! 」


「だって小林さん!? こんなの……アルテミスじゃ手も足も出せないよ!!」


「バカ!! 手も足も出せなくたって、臭いだったら出せるだろ!?」


「そ……そうか!! アルテミス!! 明さんを……助けて!!」


 珠夢ははっと我に返ると、両掌を組んで目を閉じた。

 神に祈るようにその場にうずくまった珠夢の体が、薄く発光したように見えた次の瞬間、強い風が上空から吹き付けてきた。その風に乗って、アルテミスから発せられたのであろう、柔らかな匂いが周囲に充満する。

 その匂いに、小林達は何の刺激も感じなかった。

 しかし、風が通り抜けた瞬間、上半身に銀色の装甲を纏ったGは急に動きを鈍らせ、一、二歩よろめいた。

 どうやら人間には影響はないようだが、Gに対してはその行動を阻害するフェロモンであるらしい。


「――――――――ッ!!」


 甲高い叫びが轟き、明の体が高く跳ね上がった。

 Gに出来たわずかな隙を、明は見逃さなかったのだ。

 崩れかけた廃墟を足場にジャンプし、放物線を描きながらGの頭部に達した明は、そのままの勢いを殺さずに体ごと装甲にぶつかっていく。

 小林達が見ているだけでも、同じ場所へ数度目の突撃。もっとも丈夫そうな頭部装甲は継ぎ目から火花を散らし、剥がれ落ちた。

 前頭部がようやく露わになり、わずかにGがたじろぐ様子を見せた。


「ひどい…………」


 珠夢が呟く。

 前頭部が見えるようになって、初めて『装甲』のやっている事が分かったのだ。

 装甲の内側から、巨大なネジが打ち込まれている。ネジは皮膚を突き破り、肉を貫き、骨格にまで達しているのだろう。『装甲』を固定しているそのネジの基部からは、緑色の体液と赤い血液が混ざり合い、滴っている。

 中枢神経を操っているのだろう。額の蒼い宝石には、『装甲』から伸びたケーブルのようなものがまとわりつき、それが侵入した部分からひび割れ、薄緑色に濁っている。

 おそらく頭蓋の中まで侵入しているその『ケーブル』が、Gを自在に操っているのだと分かる。


「たしかにひでえ……いくら巨獣に対してだって、やっていい事じゃねえ……」


 小林が、くぐもった怒りの声を上げる。

 その時、ヘルメット状にGの後頭部を覆った装甲の一部が開き、コクピットから一人の男が顔を出した。


「貴様が……伏見明か?」


 崩れかけたビルの上に立つ明を見据えて言う。

 悔しげに歪んだ顔には、怒りと憎悪が貼り付いている。


「Gを……いえ、僕を返してもらいに来ました」


 明の声は静かだった。


「…………貴様のおかげでGコントロールシステムは、ほぼ破壊された。剥き出しになった人工シナプスにもう一度攻撃を加えられれば、もうGは動かせないだろう……」


「それが最初からの狙いでした。前頭部さえむき出しに出来ればそれでよかった」


「貴様。何をやろうとしているか分かっているのか? 人類が巨獣を征し、すべての生命を制御して、理想的な世界を創り出す機会を、永遠に奪うことになるのだぞ?」


「……シュラインのようなことを、おっしゃるのですね……」


「あんな化け物と一緒にするな。私の目的はもっと崇高だ。巨獣をこの世から消し去り、人類に安寧をもたらす。貴様もGに完全に取り込まれずに済んだだけでも幸運だったと、どこかに隠れていればいいものを……」


「言ったはずです。僕を返してもらいに来た、と。取り込まれるも何もない。あなたの操る『それ』は、僕自身です」


「なるほど。すでに心までGに取り込まれている、ということか……」


「いえ。これは……伏見明としての……僕の意志です」


「そう思いこんでいるだけだと何故気づかん。Gと再融合して、それからどうしようというのだね?」


 シャンモンは嘲るように言った。


「シュラインを……倒します」


「それだけか。くだらん。貴様にはその先の未来が見えていない。もう……消えろ」


 シャンモンが呟くと同時に、Gが素早く放射熱線を放った。

 隙を伺っていたのであろう。熱線は、明の立っていた場所をビルの瓦礫ごと一瞬で熔解しつくした。


「明ッ!?」


 固唾を呑んで見守っていた小林の声が上がった。

 彼等の位置からは、明が放射熱線の奔流に呑み込まれ、蒸発したように見えたのだ。


「これで逆転だ。駆け引きも知らん小僧が、Gの力を得るなど思い上がるな!!」


 シャンモンの哄笑が響く。


「違う。小林さん、あそこ!!」


 珠夢がGを指さした。

 そこには、Gの胸部装甲にしがみつくようにしている明の姿があった。明は放射熱線に呑み込まれる寸前、瓦礫を蹴ってGに飛び移っていたのだ。

 フルパワーの放射熱線であれば危なかったかも知れない。だが、先ほどから放射熱線を使いすぎていた。何度もフルパワーで発射していたせいで、吐き出すべき重粒子が体内にあまりない。しかも、体の動きも鈍くなっている。

 常に全力全開で動いてきたツケがここに来て回ってきたのである。そして上空から放射され続けている、アルテミスのフェロモンも効いていた。

 明は胸部装甲を蹴って、Gの前頭部へと飛んだ。


「ど……どこだ!?」


 明を斃せていない事を察知したシャンモンが、Gの全身を震わせて振り落とそうともがいた瞬間。明は手刀をふるってあおい宝石にまとわりついたケーブル状のシナプスをすべて切断していた。


「た……倒れる!?」


 シナプスを切られた瞬間。Gはスイッチでも切られたかのように、動きを止めた。体を揺すろうとした不安定な姿勢である。Gは、そのままバランスを崩して倒れ込んでいった。

 頭部にしがみついたままだった明もまた、放り出されるようにして地面に叩き付けられていた。



***    ***    ***    ***    ***



「明!! 明ッ!!」


 激しく呼ぶ声に、明はようやく目を覚ました。


「こ……小林……さん? 加賀谷さんも」


「無茶……しやがって。おまえ、地面に叩き付けられて、頭ぐちゃぐちゃだったんだぞ?」


「すみません……なんで、みなさん泣いておられるんですか?」


「お前の怪我……見てるうちに治っちまった。それが、どうしてかわかんねえけど、悔しくてよ……」


「ああ……今更だけど、お前、つらいもの背負っていたんだな……」


「……すみません」


「謝るな。謝る事じゃねえだろう!? そんなことより……俺達と一緒に帰ろう。樋潟司令の命令なんだ。松尾さんも、きっと待ってる」


 小林は軍用車輌の方を振り向いた。

 G奪還の報告のため、広藤が必死で通信機を操っているのを、珠夢が心配そうに見つめている。後部座席には、後ろ手に縛られたシャンモンがふて腐れた顔で座っていた。

 

「さっきから電波状態が悪くて、本部と連絡がつかないんだ。だがよ、Gを取り戻したんだ。お手柄だぜ。これで他のチームが頑張ってくれりゃ、シュラインだって……」


 言いかけた小林の言葉を、広藤が遮った。


「小林さん!! 待ってください!! 樋潟司令から通信です。電波状態が悪くて、よく聞き取れませんが……MCMO本部の建物が、あの植物型巨獣に破壊されたと……」


 それを聞いた明の表情が変わった。


「本部が!? 松尾さんは!? 無事なんですか!?」


「わかりません。そこまで聞けなかった…………」


 軍用車輌の通信機は、今はもう雑音を流しているだけだ。

 明がふらっと立ち上がった。

 

「どこへ……行くつもりだ?」


 明の行く手をふさぐように、加賀谷が立つ。


「分かってんのか? もう……二度と人間の姿に戻れないんだぞ?」


「僕が行かなきゃ……松尾さんが……助かりません」


「行ったって、助かるとは限らねえ。あの植物の根みたいなものでやられたのなら、常識的に考えれば……もう……」


「松尾さんは死んでません。俺が……死なせない」


「だからって、あの森の化け物がおまえ……Gだけでどうにかなるって本気で思ってんのか!?」


 小林が声を荒げて明に詰め寄る。


「どうにかしますよ…………人間の姿のままでいられたって、松尾さんのいない世界で、僕が生きる意味なんてどこにもありません」


 明は、そのままゆっくりと歩き出した。

 その気迫に押されるように、加賀谷は半歩後ろへ下がった。

 軽く頭を下げ、加賀谷の横を抜けていく明の目は真っ直ぐに前を見ていた。その視線の向こうには、倒れ伏したG。

 ベン=シャンモンによる機械装甲は、まだ頭部以外の上半身を覆ってはいるが、その呪縛からは解き放たれたのだろう。ぐったりと瓦礫に顎をもたせかけている。


「だったら!!」


 明の後ろ姿に、小林が叫んだ。


「だったら約束しろ!! もし!! 人間の姿に戻れなくても!! 必ずッ……絶対に生きて帰ってくるって!!」


「……はい」


 振り向いた明は、少し寂しげに微笑み、軽く頭を下げた。


「ありがとう……ございます」


 Gの額の宝石は、人造シナプスを取り除かれ、再び深い碧の輝きを取り戻している。

 走り出した明は、瓦礫を蹴って大きくそこへ身を躍らせた。



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