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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第9章 緑魔の影
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9-5 銀色の悪魔

『五代少尉!! 聞こえるか!?』


「はい!!」


 通信機から流れてきたのは樋潟の声だ。まどかは反射的に背筋を伸ばした。

 メインモニターに顔が出ないところを見ると、臨時本部からの通信では無さそうだ。


「司令、ご無事でしたか。今はどちらに?」


『MCMO本部は崩壊した。今、我々はヘリで横浜米軍基地へ向かっている。そこでオルキヌスを起動させ、臨時本部をそのブリッジへ置く』


 見ると樋潟の言う通り、遙か彼方の海上を西進する数機の輸送ヘリの影がある。

 どうやら司令部のメンバーは、トリロバイトⅡと、バシリスク、ベスパの戦闘の合間に脱出できたらしかった。

 それにしても電波状態が最悪だ。

 紀久子は機体を大きく旋回させ、輸送ヘリにできるだけ機体を近づけた。


「オルキヌス!? まさか、それはあの……」


『そうだ。十五年前、Gを屠った、人類初の核融合反応炉を持つ重装巡洋艦だ』


「……現存していたのですか……最後の力を振り絞ったGの放射熱線で、撃沈されたと聞いていましたが……」


 その事件も、当時は大きな問題として取り上げられた。そのことで、日本近海の放射能汚染問題が騒がれもした。


「たしかに沈没した。だが、核融合反応炉を海中に捨て置くわけにはいかないだろう。米軍によって秘密裏に引き上げられ、改修されていたんだ。あとは、荷電粒子砲の到着を待つだけだ」


 実際、海中から放射能は検出されなかったが、それは艦ごと反応炉が引き上げられていたからということか。MCMOが世界を欺いていた事実に、まどかだけでなく、紀久子も驚きを隠せない様子だ。


「荷電粒子砲の到着!? じゃあ、オルキヌスは完全ではないのですか?」


『そうだ。十五年前のGとの戦闘で、オルキヌスの主武装である電磁加速砲は失われた。新しく設定された主砲は……君達の乗る、そのトリロバイトⅡなんだ』


「なんですって!?」


 まどかは驚愕の声をあげた。紀久子も驚きの表情を隠せない。

 道理で、単体の機動兵器の武装にしては、威力が強すぎ、発射までのタイムラグがありすぎる。だが、これが出力も安定度も高い重巡洋艦に配備されていたら……


『トリロバイトⅡが二機に分離できるのは分かっているな。君の乗るLフレームをオルキヌスのメインジェネレータに連結する事により、荷電粒子砲が装備される』


「どうしてそんな回りくどい事を……」


『従来システムの荷電粒子砲では、威力も速射性も劣るからだ。

 トリロバイトⅡにも核融合反応炉はあるが、オルキヌスとは比べものにならん。ウィリアム教授の開発した小型機動兵器とレーザー加速システムを組み合わせるにはこれしかなかった』


 樋潟は言及を避けたが、米軍との確執もあったのだろう事は容易に想像がつく。

 もともとオルキヌスの開発は、発足したばかりで予算もないMCMOに代わって、米国防総省が主導したと聞いている。秘密裏に米軍基地に配備されていたのもそのせいだろう。


「我々は……どうしたらよろしいのですか?」


『このまま君達も横浜へ向かってくれ。そこで、オルキヌスとドッキングして、海から来るシュラインの群体巨獣を討つ。ブルー・バンガードも間もなく到着するはずだ』


「……了解。トリロバイトⅡは、このまま横浜へ向かいます」


 まどかは、モニターの樋潟に敬礼をした。


「待ってください司令!! サンやカイ……いずもちゃんがどうなっているか、ご存じですか? それと伏見明さんは、どこに?」


 通信に割り込むようにして、紀久子が言った。

 ずっと個室に閉じ籠もらされていた紀久子は、Gがシャンモン長官に乗っ取られた事すら知らないのだ。病室にいたまどかも、司令室からの情報をわずかに聞いてはいたが、各チームが出撃した後の経過までは知らない。


『その疑問はもっともだ。戦況を伝えておこう。チーム・マカクは、チーム・ビーストと合流した。今はともにマザー・バイポラスと戦闘中だ。チーム・エンシェントはガストニアが大破したが羽田大尉は無事だ。アンハングエラの新堂少尉は、独自の判断でチーム・キャタピラーとの合流を図っている。伏見明君は、勝手に司令室を飛び出した。小林君達の報告では、今、秋葉原方面にいるようだ。シャンモン長官の操るGのいる辺りだな』


「シャンモン長官がGを? どういうことです?」


『MCMO本部は、Gを……いや、巨獣を機械的に操作する技術を手に入れたようだ。今、Gはシャンモン長官のコントロール下にある』



***    ***    ***    ***    ***



 まどかたちに一連の説明を終えた樋潟は、通信機を置くと大きく溜息をついた。

 隣に座る八幡教授が話しかける。


「あの機体だけが脱出できた、ということ、そしてそれに乗り込んだのがあの五代少尉と松尾君だったということは、僥倖と言うべきなのでしょうね」


「十五年前、Gを倒した荷電粒子砲を備えた機体ですからね。現状では、シュラインに対する切り札といえるかも知れない」


「しかし……まだ、ブルー・バンガードとは……ウィリアム教授とは連絡がつかないのかね?」


 鍵倉教授が厳しい表情で言う。


「まだです。電波状態も回復していません。距離的にはもうすぐそこまで来ているはずですが……それはシュラインも同じでしょう。おそらくヤツの意識を持つパルダリスを倒すのが最終目標となる……」


 そこまで言いかけた樋潟は、思い出したように操縦席へ向かった。


「GPSの復旧を最優先にするよう、米軍基地の駐留隊へ指示してくれ」


 地上波通信が使えないなら、衛星軌道からの監視データをなんとか利用して状況把握する以外にない。

 樋潟は副操縦士に堅い声で告げ、水平線に目を向けた。

 まだそこには何者の影も現れてはいない。だが、予感が正しければ、決戦の場は海になるはずだ。行き交う船舶の姿も絶えた東京湾は、強い日差しを照り返し、不思議に蒼く澄んで見えた。



***    ***    ***    ***    ***



 地響きを立てて、巨大な肉塊と化したマザー・バイポラスが倒れた。

 超高圧で鉱物油を発射するスクリームカッター。その威力は巨大なマザー・バイポラスを完全に左右に両断していた。

 今度こそ間違いなく絶命している。切断面からは真っ赤な体液が流れ出し、地面に染みこんでいく。凄惨な光景であった。


「か……勝った…………ぜ」


 オットーはシートに身を沈め、大きく息をついた。


『ご苦労……さま……』


 モニターの中で微笑むいずもも、力を出し尽くしたのか、肩で息をしている。


「おい。マイカは? あいつは大丈夫か?」


『勝ったと思ったら、もう恋人の心配? 妬けるわね』


 いずもは口に手を当ててくすくすと笑った。


『だい……じょうぶよ。そう何度も大ケガしてたまるもんですか』


 モニターにマイカの顔が映し出された。

 ヘルメットが外れて髪が乱れているが、どこにも怪我は無さそうだ。オットーは大きく溜息をついた。


「ふう……よかったぜ。でも、これで当面の作戦終了……でいいのか?」


 オットーの疑問ももっともであった。

 電波状態の悪化で、本部と連絡がつかなくなって久しい。

 その上、通信が途絶する寸前にシャンモン長官の率いる擬巨獣部隊が降下し、反乱を明言したはずだ。今更、マザー・バイポラス一体を斃したからといって、状況が終息したと考える事は出来ない。ライヒ大尉の事も心配だ。無事だと聞いてはいるが、確認は出来ていない。何より、これほどの戦闘を繰り広げているにもかかわらず、地上からも空からも支援隊の派遣がないのはおかしい。

 その時、はるか地平の彼方へ向けて蒼白い閃光が放たれた。


『Gの……放射熱線…………』


 いずもの呟きが通信機から流れる。

 中天を真っ直ぐに切り裂く蒼い光条は、見間違えようがない。だが、遠い。十数キロは離れているだろうか。電子機器が沈黙している今、発射地点は特定不能だった。


「とにかく……戦闘が終わってないらしい事は分かった。ベヒーモスはまだ戦える。俺はあそこへ行く」


 オットーがそう告げて、移動モードに変形しようとした時。


『いえ!! 待って!!』


 マイカの叫びが響いた。

 地面に横たわり、痙攣すらしていなかったマザー・バイポラス。その鮮やかすぎるほど真っ直ぐな切断面が急激に萎縮し、蠢き始めたからだ。それは、内部に閉じこめられた何者かが、そこから抜け出してこようとしているかのように見えた。


「バ……バイポラス!?」


 オットーが拍子抜けしたように言った。

 たった今倒したはずのマザー・バイポラス。その断面から現れたのは、またバイポラスだったのである。しかも、そのサイズはかなり小さい。目測で巨大なマザーの十分の一。

 ほんの二十mといったところだ。

 しかも一体のみで、次々に現れる様子はない。それだけならば、数百mはあったマザー・バイポラスに比べると、大した脅威とは思えない敵であった。

 だが、その色彩が異常であった。

 まるで金属製ででもあるかのように、銀色に輝いている。


「ちっ!! 銀色だと? 金属製って事か?? 俺達のメカに対抗でもする気かよ!! 」


 オットーが吼えた。得体の知れない恐怖が背筋を走り、知らずに声が高くなる。

 まさか攻撃が効かないほど硬度を増しているのだろうか? だが、今更こんな小さな巨獣に手間取るわけにはいかない。

 ミサイルを叩き込もうとした瞬間。銀色のバイポラスは身をくねらせて地中へと姿を消した。


『逃げた!? どういうこと!?』


 いずもが叫んだ。てっきり、反撃に出てくるかと思ったのだ。いきなり逃げを打つために出てきた理由が分からない。


『待ってオットー!! 様子がおかしい!! 』


 マイカの声が通信機から流れる。

 激しい震動が大地を揺らし始めていた。その震動は次第にオットー達から離れていく。地下を何者かが高速で移動しているのだ。


『今のバイポラス……地下通路を通っていないのよ』


 オットーはカトブレパスの走査機能をオンにして、連続する震動の向かう先を調べる。


「この方角は……真っ直ぐ、千葉方面へ向かっている」


『これ……どういうこと?』


「分からない……だが……これは……!?」


 やはり、何かある。そう思った瞬間、警報が鳴った。

 電波や電磁波、音波など、様々なエネルギーを使用するカトブレパスには、それに対応するため様々なセンサー機能も付加されている。

 その一つが警報を発したのだ。オットーは計器の表示に目をやって驚愕した。


「アルファ線…………放射線だと? それも二万ミリシーベルト!?」


 その発している場所は、さっきの銀色のバイポラスのいた位置。

 アルファ線……地上でもっとも生物への影響があり、毒性が強いとされる強力な放射線は、計器を信じるなら、まさにその体内から発している。


「どういうことだ!? カトブレパス!! 記録対象のオートスキャン開始。」


 音声入力に従って、カトブレパスのサブモニターに模式化されたバイポラスの画像が映し出された。先ほどの記録が残っているのだ。

 細長い体のちょうど真ん中あたり、その腹部側に、強力な放射線反応が集中している。


「解析結果……高濃度プルトニウム…………」


『どういうこと!?』


 いずもが叫ぶ。


「言った通りだ。あいつの体内には、高濃度のプルトニウムが蓄積されている!!」


『何言っているの!? いくら巨獣でも、生き物よ? 生き物がそんなことをしたら……』


 そう言いかけたマイカは、はっと気づいた。


『今、分かった……だからコイツらは高速で世代交代していたのよ。

 体細胞が癌化する前に寿命が尽きるように!! あんな巨大な姿のままで地下を通って、こんな早く東京に来られるわけがない』


「まさか……小型化して数を増やし、世代交代を繰り返しながら、やって来たってわけか!?」


『ええ……そして首都圏に到達するまでの間に、各個体が土中から放射性物質を摂取し、蓄積して互いに死体を食い合い、わざわざ濃縮したに違いないわ』


『なんのためにそんな回りくどいこと……』


 ようやくマイカの言葉を理解したいずもが信じられない、といった様子で言った。


「この放射線量……いつ体内で臨界が起きても不思議じゃねえ……つまり……」


『それじゃ……アイツは核爆発するってこと!? 何のために!?』


 いずもの声に恐怖が混じった。


「たぶん、目標はGだ。よっぽど息の根を止めたいみたいだな」


 確証はないが、オットーには確信に近いモノがあった。

 今、状況は良くも悪くもGを中心に動いている。シュライン細胞に侵食されないGは、たしかにシュラインにとってどんな犠牲を払ってでも消し去りたい存在であるはずだ。


(くそ……どうしたら……)


 オットーは必死で頭を巡らせた。

 武器はまだある。だが、おそらくバイポラスの体内には臨界量を超えるプルトニウムが蓄積されているのだろう。今更バイポラスを斃したところで、核爆発は止められない。

 それどころか、爆発を加速する結果にもなりかねないだろう。

 万が一、このままGの元で核爆発を起こせば、自分たちはもとより首都圏全体への影響は免れない。爆発する前に捕獲し、影響の少ない場所へ……どこか遠くへ運ぶしかない。

 だが、カトブレパスが合体しているベヒーモスは対巨獣殲滅戦用の機体である。移動といっても基本的に陸上走行しかできない。

 ケルベロスは大破してしまったし、カトブレパスよりは速いがそれでも大した速度は出ない。それに、低空重爆撃機のグリフォンも……


「待てよ……グリフォンか」


 たしかに、低空爆撃用の機体ではある。しかし、それだけに積載している武器、弾薬の量は桁違いだ。それらをすべて下ろせば、本来の出力はかなりなもののはず。カトブレパスとの合体用のアームで バイポラスをつかめば、理論上は成層圏まで飛ばせるのではないか。

 オットーは素早く画面上にソフトを立ち上げて、出力計算を始めた。


「弾薬をすべて放棄した場合の出力計算……あの小型バイポラスの体重を加味して……くそっ!! それでも加速を始めてから成層圏まで七分……たぶんギリギリだな」


 オットーは唇を噛んだ。

 だが、もう他に手は残っていない。


「雨野少尉、マイカ、聞いてくれ」


『何?』


『どうしようっての?』


「ベヒーモスから、グリフォンだけを切り離す。グリフォンならアイツをなんとか捕まえれば、成層圏まで運べるからだ。成層圏なら大気が薄い。核爆発が起きても地上に殆ど影響はないはずだ。で、どうしてもサンとカイにやって欲しいことがある」


『やって欲しいこと?』


「グリフォンから弾薬を抜き取って欲しいんだ。爆発させないようにな」


『無理よ。サンもカイも、そんな細かいことやらせたことないもの!!』


「やるんだ!! やらなきゃ、Gだけじゃねえ!! 間違いなく俺達全員死ぬ!!」


『でも、オットー!! あなたは? うまくアイツを捕まえられたとしても、グリフォンは爆発に巻き込まれるのよ!?』


「大丈夫だ。速度が乗ったら、途中で自動操縦オートコントロールにして、ポッドで脱出するさ」


『……でも……』


 モニターの中のマイカは、心配そうに眉を寄せた。

 その表情を見てオットーが笑う。


「お前が心配してくれるのか? それだけでもやる甲斐があるってもんだ」


『バカ』


『いいわ。やってみる。他に方法は無さそうだしね』


 いずもも覚悟を決めた様子だ。

 サンとカイの知能は高いが、それだけに自分が好まない事はやらない。

 言葉は完全に理解しているものの、ロボットと違って命令したからといって言う事を聞いてくれるとは限らないのだ。


『よし、いいぞ。弾薬を放出する。そっと扱ってくれ』


 オットーの声が通信機から流れた。

 見るとベヒーモスはすでに合体を解き、カトブレパスの上にグリフォンが乗ったような状況になっている。


「サン!! カイ!! あの機体から出てくる弾薬を受け取って、そっと地面に下ろして。上手くできたら、ふたりともパワーショベルで背中を掻いてあげる!!」


 体は大きくてもまだ子供のサンには、重量のある弾薬運びはきつそうだ。だが、カイよりおとなしく、緻密な作業を好むサンは丁寧な仕事に向いている。

 カイは、特に重そうなクラスタ爆弾とおぼしきものを受け取っては、無造作に積み上げていく。

 大型重爆撃機・グリフォンからは驚くほどの量の弾薬が排出されてきた。

 起爆システムを切ってあるとはいえ、強い衝撃を受ければ爆発しかねない。一つでも爆発すれば、すべてが誘爆する可能性もある。

 軽々と弾薬を運ぶ彼等は、それがどれほどの破壊力を持つものか理解してはいないのだろう。サンやカイが乱暴に弾薬を置くたび、いずもの背中を冷たい汗が滴った。


『終わったわ』


 約十分後。

 グリフォンはすべての武器・弾薬を降ろした。機体コンディションを示す画面上の機体重量は、オットーの予測以上に軽い。これならば、あの銀色のバイポラスを充分に成層圏へ運べるだろう。


「よし。行くぜ。お前達は少しでもここから離れろ。成功するとは限らねえ」


 オットーは静かに言うとグリフォンを発進させる。

 巨大な低空爆撃機は、くびきから解き放たれた獣のように凄まじい加速を開始した。


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