9-2 vsハイメノパス
「何だ!? 一体何が起こっている!? 貴様ら、応答しろ!!」
Gの後頭部のコクピット内。
先ほどから、電波状態がおかしい。通信が思うようにできないのだ。その焦りからか、Gとの脳波連携までもうまくいっていない。
Gと直結していたはずの視覚から、周囲の情景が急速にぼやけつつあった。
シャンモンは、焦った様子で周囲をまさぐり、いくつものサブモニターを立ち上げた。
航空機としての機器も備えたこの「Gアーマー」なら、外部カメラで周囲の情報を得る事も可能だが、瓦礫と煙に覆われた都市の視界は悪く、見通しが効かない。
これなら、Gの感覚に直結していた時の方が、よほど分かり易い。シャンモンは大きく首を振ると、あらためてGと視覚を共有した。
しかし、そうやっても半径数キロ圏内には、共に降下したはずの七体の群体巨獣の姿は見えない。数度蹴散らした小型巨獣どもの姿も、同様に見あたらない。
その時。
吹き上がる黒煙を割り、大気を低く震わせて、一体の昆虫型巨獣が現れた。
シャンモンの操るGの目の前に着地したのはハイメノパス。
目の覚めるような薄緑色をした、カマキリの群体巨獣であった。
機動兵器と戦ってきたのであろう。その鎌状に特化した前足には、なにかの砲身と思しき、銀色の機械部品が抱え込まれている。
「ナングァン少尉!! 貴様は無事なのか!?」
シャンモンに操られたGは、ゆっくりとハイメノパスに歩み寄った。
いかに電波状態が悪いとはいえ、これだけ近ければ通信は聞こえているはずだが、ナングァン少尉からの反応はない。
「ナングァン? どうした?」
おかしい。シャンモンの背を不快な感覚が駆け抜けた。上官である以上に、彼等の生殺与奪の権利を握っているシャンモンを無視することなど、考えられない。
「おいッ!! 返事をしろ!!」
不審に思ったシャンモンが再度声を掛けた途端、Gの上半身を包む金属装甲に衝撃が走った。
周囲に激しい火花が散る。
金属と高周波ブレードが激突した際に生じる、特有の甲高い音が響いた。
ハイメノパスの鎌状の前脚が、素早い動きでGの頸部を狙ってきたのだ。
「貴様!? 裏切るつもりか!? ならば、もう一度死んでもらうぞ!?」
臆したか?
シャンモンは思った。
彼等のやろうとしていることは、全人類への宣戦布告だ。世界を敵に回すくらいなら、シャンモン一人を止めた方が良い……そう考える者がいてもおかしくはない。事実、ここに至るまでに、考えの違う幹部や役員を数多く更迭、失脚させてきたのだ。
だが、ここまで来て裏切り者が出るとは思わなかった。
脅しをかけている余裕はない。戦力が減るのは痛いが、たった一体でも裏切りを許せば、次々に裏切りは伝染する。掌握しているはずのMCMOという組織そのものが敵となるかも知れない。
シャンモンは、躊躇わず手元の赤いボタンを押した。
ナングァンの生命維持システムのスイッチである。ヒルの群体巨獣・ゼイラニカに襲われ、体の各部を欠損した彼等は、サイボーグとして蘇った兵士なのだ。
その欠損部分を補完している機械構造は、外部コントロールで停止、あるいは爆破する事が出来るようになっていた。
シャンモンは彼等を死への恐怖、巨獣への恐怖で縛り、MCMOとも人民解放軍とも違う思想を持つ、私兵として育てていたのだ。
昆虫型の群体巨獣は、その質量の半分近くが機械構造である。
人造の核となっているコクピットのナングァンが死ねば、その形態すら保てはしない。
急に動きを止めたハイメノパスを憎々しげに見やると、シャンモンは吐き捨てた。
「ふん。身の程を知るんだな」
シャンモンは、ハイメノパスに背を向けた。
何故か昆虫群は散っていかないようだが、放って置いても害はないだろう。機械部分のみ後で回収し、新しいパイロットを乗せれば、いつでも復活させられる。
こんな事をしている場合ではないのだ。早く小型巨獣を殲滅し、首魁のシュラインをあぶり出さねば……
そう思って周囲を見渡そうとした瞬間、再びシャンモンを、強い衝撃が襲ってきた。シートから床に叩きつけられそうになったシャンモンは、あわてて姿勢を直し、振り向いた。
「……バカな!?」
両鎌を振りかざし、Gの背中を闇雲に切りつけていたのはハイメノパスだった。
シャンモンは手元の生命維持装置のスイッチを確認した。間違いなくナングァンの生命維持装置はカットされている。ならばハイメノパスを操っているのは一体何者なのか。
しかもこの衝撃……想定しているハイメノパスのパワーを明らかに上回っている。
首筋へ叩き付けてきた鎌状の前足を、両腕の装甲で辛うじて受け、シャンモン=Gは数歩たたらを踏んで後退した。
再び激しく火花が散り、あの甲高い不快な超振動音が周囲に響く。
「う……くそ!!」
シャンモンは悔しげに呻いた。
このままだと続けて攻撃を受けかねない。Gの纏っているチタニウム合金の装甲は、高周波ブレードを防げるが、それにも限度がある。何度も同じ箇所に攻撃を受けては、貫かれる恐れが無いとは言えないのだ。
「く……放射熱線!! 撃てえッ!!」
シャンモンの叫びと同時に、何の前触れもなく吐き出されたGの全力の熱線が、ハイメノパスを正面から捉えた。
頭部と鎌状の前脚の一部が一瞬で蒸発し、胸部装甲の内側が剥き出しになる。
「な……どういうことだ……?」
コクピットのあるはずの胸部装甲。
だが、そこにあるべき機械構造らしきものは無かった。そこにはただ、ハイメノパスを構成する昆虫が黒い塵のようにわだかまっている。
「いったい……何が起きているんだ……」
メガソーマが消えた時のように、今度こそボロボロと崩れ去っていくハイメノパス。シャンモンは、Gのコクピット内でその様子を呆然と見つめていた。
*** *** *** *** ***
『新堂少尉、聞こえるか? こっちは戦闘不能だ。あのカマキリ型の巨獣に、砲身もマニピュレータも、何もかも持って行かれちまった』
ガストニアの援護のため、上空を旋回し続けるアンハングエラ。
その操縦席でアスカは、羽田の声を聞いている。
「砲身を!? 隊長は、ご……ご無事ですか!?」
狭隘地での戦闘となったため、アンハングエラがほとんど戦闘に参加できなかったのが悔やまれる。
崩れ残ったビルの隙間を縫うようにして戦うハイメノパスの動きには、戦闘ヘリであっても追いつけるものではなかった。
しかし人の操る巨獣が、ああまで生物的な動きが出来るものだろうか?
あれともう一度戦え、と言われたら……
気味が悪いほど素早いハイメノパスの動きを思い出して、アスカは背筋を凍らせた。
『大丈夫だ。ガストニアのボディは炭素繊維の複層装甲のせいか、攻撃を通さなかった。どうやらヤツの鎌も高周波振動しているようだな』
触れるものすべて断ち切る高周波ブレードも、同じ方向に振動してエネルギーを相殺する柔軟な炭素繊維の複層装甲は、切り難い。
だが羽田の声には悔しさが滲む。性能差は歴然とはいえ、敗北という結果は受け入れがたいものだ。
『ガストニアは、戦闘どころか移動も脱出も容易には出来そうにない。だが、状況が終息したわけではない以上、アンハングエラに撤退してもらうわけにはいかない。新堂少尉。チーム・ビーストかチーム・マカクと合流できないか?』
「通信状態が最悪なのです。原因がシュラインか、シャンモン長官の乗っ取ったGかは不明ですが、強力な電磁波異常が首都圏全体を包んでいるようです」
たしかに通信状態はよくない。肉眼で見える範囲にいるガストニアとアンハングエラの通信ですら、時々雑音が入って乱れるような状態だ。
『それでも、アンハングエラ一機で作戦行動は無理だ。とにかく味方戦力と合流を図ってくれ。私は何とか脱出を試みる』
「やってみます」
アスカは全周囲モニターを限定視野情報に切り替えると、戦闘の振動や音のある方角へ方向を定め、モニターの倍率をどんどん上げていった。
通信が使えない以上、こうして肉眼で確認する以外に方法はない。
「あ…………あれは!?」
前方約三キロ。
瓦礫の山と化した小さな建物の上に、佇む人影を見つけてアスカは息を呑んだ。
殆どの人がシェルターなどへ避難したはずのこの都市で、外にいる人間がいる。そのことだけでも驚きだが、どうやら人影は、小型巨獣の一体と戦っているようなのだ。
「なんて……動きなの……」
黒い人影は、どうやらコルディラスタイプの小型巨獣を相手にしているらしい。
翻弄するように素早い動きで周囲を駆け、ジャンプしてはコルディラスの額の一点に体当たりのようにぶつかっていく。
アンハングエラが到着するまでほんの数十秒。
その間にコルディラスは広い路上に横倒しになり、末期の痙攣を始めていた。どうやら人影は、コルディラスの額を素手で貫いたようであった。
アンハングエラを近くにあった公園らしき場所の平坦地に強引に着陸させると、アスカは佇む人影に駆け寄った。
戦っていた人影は……アスカの知っている顔であった。
「あんた……伏見明!? どうしてこんなところで一人で戦ってんだい!? 」
「…………」
「Gをシャンモン長官にとられたから……? まさかあんた、そんなことで勝てると思ってるワケじゃないんだろ? シュラインって奴に……」
アスカは明の行動が理解できなかった。
今、MCMOは満身創痍と言っていい。羽田隊長のガストニアは戦闘不能である。
ケルベロス一号機は瓦礫の下。仮に助け出されていても、戦える状態にはないだろう。
隊長を欠いたチーム・ビーストの他の二人は、バイポラス相手に奮戦中のはず。
チーム・マカクのサンとカイの動きは、アスカは把握できていないが、この状況でどれほどの戦力となるのか。
そしてパイロットとしては再起不能のまどか。
無傷なのはチーム・キャタピラーと、アルテミスだけのはずだが、彼等はもともと戦闘向きではない。
チーム・ドラゴンとチーム・カイワンを乗せたブルー・バンガードが戻れば違った展開もあるだろうが、あの鬼王を操る連中が樋潟司令の言う事を聞くとは思えない。
そして、一番不気味なのがシュラインの動きだ。
マザー・バイポラス、小型巨獣の群れ、先ほど通信で発生が伝えられた植物型の侵略生物、しかもパルダリスは鬼王と痛み分けだったという以上、更なる力を持って迫ってくる可能性もある。
どう考えても、味方は手詰まり。
このままではシュラインかGを操るシャンモンに、いいようにされてしまうだろう。
「……すみません。じっとしていられなかったものですから……」
明は、詰め寄るアスカと目を合わせないまま、頭を下げた。
「あんた、勝手に司令部を飛び出したと思ったら、自棄になって暴れてたってわけかい!? この意気地なし!! 見損なったよ!!」
「でも、今、俺にできることはこれくらいしかないんです……放って置いてください」
力なく呟く明からふっと目を逸らし、アスカが吐き捨てるように言った。
「……まどかも可哀想だよ。こんなしょうもない男に惚れちまったなんてさ!!」
「え……!?」
意外すぎる言葉に明は顔を上げ、初めてアスカの顔を見た。
アスカは怒りと悲しみの入り交じったような、複雑な表情で明を見つめていた。嘘や冗談を言っている顔ではない。
「ああそうさ!! あの子は……あんたが好きになったんだってさ!!」
「そんな……いったいどうして……?」
「……あんたが逆境の中で!! 懸命に生きて!! 自分のやるべき事を果たそうとしている!! その姿に感動したんだとさ!! …………だけど……今のあんたは!!」
「そうですね。俺に、そんな資格はないです。まどかさん……いえ、五代少尉にお伝えください。伏見明は、つまらない男だった。忘れてしまった方がいい……って」
明はそう言い捨てると、アスカの反応を待たずに振り向き、走り出した。
「……ったく……情けない」
アスカは明の姿を追わなかった。
だから気づかなかったのだ。
その拳の異形に。形はさほど変わっていない。だが、その表面のツヤ、色合い、骨張った様子。それは今、明が斃したコルディラスの装甲に酷似していた。
(これでいい……まどかさんの思いは意外だったけど、これで諦めてくれる。それに、僕がどうしようもないヤツだって事は、きっと松尾さんにも伝わる。そしたら、あの人も悲しまないでくれる……)
明は瓦礫の山の間を、飛ぶように駆けた。
涙はこぼれなかった。不思議に昂揚した感覚がある。
自分の心もまたGと同じ、戦いを欲する巨獣となってしまったのだと明は感じていた。
戦う力を得るため、小コルディラスを十数頭、素手で屠ったのだ。
リニアキャノンや特殊徹甲弾すら弾く、コルディラスの生体装甲と同じ、いやそれ以上の強度を持つ拳を、短時間で自分のものにするにはこれしかなかった。
行く手には、青白い閃光を放つ巨獣王の姿がある。シャンモンに操られたGの咆哮が周囲に響く。
Gは今、放射熱線でカマキリ型の群体巨獣、ハイメノパスを葬ったところであった。
(さよなら……小林さん、加賀谷さん、広藤君、珠夢ちゃん、五代少尉…………そして、松尾さん)
巨獣王を見下ろせる高層ビルの上。
「―――――――――――ッ!!」
今にも崩れそうな廃墟と化したビルの屋上に立ち、明は吼えた。
人の声ではあり得ない。
野生の獣の声。雄叫びであり、遠吠えであり、威嚇音でもある声。
高く、低く、そして長く。
人との決別を告げ、戦いの開始を告げるその声は、戦いの炎に引き寄せられ、遠巻きにGを見つめていた小型巨獣の群れをもすくみ上がらせた。
「なんだ?」
声を聞き、異様な気配を感じたシャンモンは高層ビルを見上げた。
一瞬。何かの影が陽光を遮る。
人影だ。装甲を施されたGの頭部に、何者かが飛び移ってきたのだと気づいた時には、既にGの頭部装甲が破壊された事を告げる警告灯が、コクピット内を真っ赤に染めていた。