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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第9章 緑魔の影
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9-1 緑の胎動

「おいおい!! アレってアルテミスのフェロモンのせいか!?」


 小林は屋根のない軍用四駆ジープの助手席に、仁王立ちになって叫んだ。

 小型巨獣を次々に駆逐していたスズメバチ型の巨獣・ベスパが、目の前でボロボロと空に溶けるかのように消え失せてしまったのだ。

 ボロ屑のように散らばる金属部品が火花を散らし、転がった有機部分の残滓には、小型巨獣どもが群がった。ヴァラヌス型の小型巨獣数体が、腹部や前脚だった部分をくわえて振り回し、踏みにじっていく。


「ち……違うみたい。なんか、どっかから強力なフェロモンが出てるって、アルテミスが言ってる」


 後部座席から答えたのは、珠夢だ。片耳を塞いでいるのは、音を聞かない事で直接脳に語りかけてくる生体電磁波を感じ取りやすくするためだろうか。


「これじゃ俺達、何の役にも立ってねえじゃねえかよ!!」


 加賀谷がぼやいた。

 ぼやきながらも、襲いかかってくる小型巨獣を避けて瓦礫の隙間を縫うように車を走らせる。自分の軽自動車では見せなかった、見事な運転技術である。

 息を吹き返したように襲いかかってくる小型巨獣どもは、つい先ほどまでアルテミスのフェロモンで行動不能に陥っていたはずだ。

 オオミズアオの巨獣、アルテミスは、薄水色に輝く巨体を天空に舞わせ、ジープの周囲を旋回するようにしてついてきているが、そのフェロモンの効果は失われてしまっているようである。


「何で急にコイツら元気になりやがッたんだ!? これじゃあ、奴らをぶっ倒す事なんて出来そうもねえぜ!!」


 だが、加賀谷が言うほど彼等が役に立っていなかったわけではない。

 アルテミスのフェロモンは、サンとカイ、二体のニホンザル型巨獣が瓦礫の下からケルベロス一号機を助け出すまで、ほぼ完全に周囲から巨獣の群れを遠ざけ、あるいは行動不能にした。

 一応の任務を果たした小林達は、そのままシャンモンに乗っ取られたGの追跡にかかっていた。

 だが一度は発見したものの、獅子奮迅のGには近づくこともできないまま、見失ってしまっていたのだ。


「あんなでかいスズメバチ型巨獣を消しちまうほどのフェロモンだと?……おい、珠夢、そのフェロモンの出所だけでも分からないのか?」


「あちこちから出てて場所は特定できないみたい。でもたぶん……地下……だって」


「地下……って……じゃあバイポラスとかってヤツか? アレはチーム・ビーストが片付けてるはずだろ? 雨野さんのチーム・マカクも支援に行ったはずだし……」


「そんなこと、私にだって分かんないわよ!! アルテミスがそう言っているだけなんだもん!!」


 兄の加賀谷に問い詰められた珠夢は、頬をぷうっとふくらませてそっぽを向いた。


「いや、アルテミスにもう少し詳しく聞けってことで……」


 さらに言いつのろうとする加賀谷を、小林が押しとどめた。


「まあ待て加賀谷。臭いが地下からだとしてよ? もし……もしバイポラスとかってヤツのせいじゃねえとしたら…………おい、広藤……たしか昆虫のフェロモンによく似た臭いを出す……植物があったよな?」


「ええ、たしかランの一種がミツバチの警報フェロモンを発して、スズメバチを引き寄せ――――」


 突然。激しい揺れが周囲を襲い、広藤は言葉を切って黙った。

 危険を感じた加賀谷も、慌ててブレーキを踏んで停車させる。


「じ……地震か!?」


「違います小林さん!! あれ!!」


 広藤が進行方向の路面を指さした。


「な……なんだこりゃあ!?」


 地面に縦横のヒビが入っていく。その隙間から姿を見せたのは……緑。

 ツヤのある丸い葉を展開していくその植物は、固いアスファルトを難なく突き破って次々に地上に現れ始めた。そして、槍のように天を突いて伸び続けながら、根元の部分から見る見るうちに茶色く変化し、強固になっていく。


「くそったれ。ドンぴしゃかよ!!」


「何だッてんだよ!? なあ、小林!?」


 大声で悪態をつく小林に、地面を盛り上げた太い根を急ハンドルで回避しながら、加賀谷が怒鳴り返す。


「シュラインとかってヤツの目的は、すべての生命を一つにする事、だろ!? これまで動物だの虫だのばっかしで、植物が無視されてきたのはおかしいと思わなかったのかよ!?」


「んーなバカな!! ヤツは植物まで巨獣化させちまうってのか?」


「正確には『巨獣化』じゃねえんだ。たぶんな。」


「どういう事だよ!?」


「分かります。エンドファイトですね? 動物細胞と植物細胞は根本から違いすぎるから遺伝子組み換えや細胞融合は出来ない。でも、シュラインの細胞そのものを植物細胞に潜り込ませれば……」


 後部座席で手足を踏ん張りながら広藤が言う。振り落とされないようにという名目で、これ幸いと広藤にしがみついている珠夢は、目を白黒させているだけだ。


「エンドファイト……植物細胞と細菌の共生状態か……」


 加賀谷が納得したように頷く。


「何よそれ!? 私、分っかんないわよ!!」


 本来、細胞遺伝学の研究者である小林達や天才の広藤と違って普通の女子中学生である珠夢には、何の事やらサッパリ分からない。


「説明してるヒマはねえ。黙ってろ! 舌噛むぞ!!」


 エンドファイトとは、植物細胞における細菌との共生状態を指す言葉である。シュライン細胞と呼ばれているものは、リケッチア、つまり細菌の一種の性質を持つ。

 ほぼ何でもありの感染力を示す、いや、それを目指して進化してきたシュライン細胞が、植物へその寄生先を求めたところで驚くには値しない。

 しかしそれだけのことで、このような異常な生育を示すとはさすがに小林にとっても予想外だった。


「うーむ。つまり、あのシャンモンとかってヤツが連れてきた昆虫型の巨獣どもは、この植物の発する臭いで分解しちまったってことか?」


 凄まじい集中力と運転技術を見せて、次々と地下から突き上げてくる巨木の群れを躱しながら加賀谷の口調はまるで人ごとのようだ。


「そうなるな。まずいぜ……コイツにシュラインの意思ってヤツがあるなら、アルテミスも操られかねない。おい、珠夢、アルテミスと交信は出来るか?」


「出来るよ……少し苦しそうだけど、フェロモンで周囲に防壁を張るから、もう大丈夫。……って言ってる」


 言われてみれば、先ほど息を吹き返したかのように襲いかかってきていたヴァラヌスやバシリスクの姿は、再び周囲から消えていた。


「いやだめだ。そんなんじゃ役に立たねえ。アルテミスは戦線離脱させるしかない。くそっ!!……俺達も戻るしかないか」


 小林はダッシュボードを殴りつけた。

 彼等唯一の武器であるフェロモンで、上を行かれてしまったのだ。

 自分たちの命を守るだけで精一杯な状態では、物理攻撃力のないアルテミスにできる事などたかが知れている。

 だが、珠夢は眉根を寄せて耳を押さえ、まだアルテミスと何か交信を続けている様子だ。


「え?……何?…………小林さん、アルテミス、帰らないって」


「はぁ? 何言ってやがんだ。ヤツはもう空飛んでる以外に何も――」


「待って!!…………明さんを……援護する?……って……」


「明だと!? アイツ、どこにいるッてんだ!? まさか!?」


「お兄ちゃん!! あっち!! アルテミスについていって!!」


 珠夢の指さした方角には、高層ビルがほとんど見あたらない。すでに破壊され尽くしてしまったのだ。そして山積みになった瓦礫の向こうから、時折蒼白い閃光が届いてくる。

 小型巨獣を相手に発射された、Gの放射熱線の光に違いなかった。



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