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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第8章 過去の傷
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8-3 滅びゆく種族

「大隊長殿……少し、よろしいですかな?」


 翌朝、朝食をとりながら幹部級の部下達と調査計画を話し合っているシャンモンのところへ、村長が姿を見せた。


「今、早朝会議中なのですが、それほど重要な用件ですか?」


「……是非に、お願いいたします。できれば……人払いをお願いしたい」


 村長の深刻な表情を見て、シャンモンはあわてて自分以外の人間をその部屋から立ち去らせた。

 だが、方面派遣の小部隊とはいえ、軍の作戦会議を民間人が中断させるなど聞いたことがない。

 部下達は、長老に対しても、それを受け入れたシャンモンに対しても、不満そうな表情を見せた。面と向かって大隊長に逆らう者はいなかったが、あからさまに文句を呟く部下達の声が聞こえなくなるのを待って、シャンモンは口を開いた。


「いったい……どのようなお話しで?」


「はい……じつは昨夜……隊長殿がお抱きになった娘。あれは私の孫娘でございます」


「あ……!? いや、それは……」


 いきなり突きつけられた言葉に焦って、しどろもどろになったシャンモンを、村長は片手を上げて制した。


「責めに参ったのではありません。ただ……こうなってはすべて正直にお話ししなくてはならないと考えたのです」


「……すべて……とは?」


「まずは誤解無きよう申し上げておきますが、この村に巨獣はいない、と申し上げた言葉は嘘ではございません」


「村長……私は、昨夜信じられないものを見た。たしかにあれは、未知の巨大生物だ。しかしあなたはこの村に巨獣はいないと仰る。いったいどういうことなのです?」


「じつは……この村の住人は……厳密な意味で人間ではありません」


「バカな。あなたもお孫さんも、どう見ても人間ではありませんか」


「……隊長殿は、野人イェレンという種族をご存じか?」


「ええ、たしか未確認動物でしょう……雲南省で時々目撃される毛むくじゃらの獣人だとか……」


「彼等は、我々の種族と近縁です」


「我々の種族? ではあなた方は……いったい」


「我々は――――と言います」


「え?」


 突然、甲高い鳥のさえずりのような声を発した村長を、シャンモンは呆然と見つめた。


「これは我々の言葉です。あなた方には聞き取ることも、発音することもできないでしょう。

 純血の――――は、人間のように声帯が発達しておらず、気管に鳴嚢を持っていて、そこで言葉を発しますから。こんなふうにね」


 村長は再び昨夜の女性が発したような鈴の音のような、鳥のさえずりのような、甲高い音を発して見せた。


「私は純血の――――ではありませんから、声帯があります。あなた方が来られた近くの村落の人間との間に出来た、混血児なのです」


 シャンモンは、村長の言葉の意味を理解するのに相当の時間を掛けねばならなかった。

 目の前で自分と会話する老人が、人間とは違う種類の生き物だとはどうしても思えなかったからだ。


「で……では……本当にあなた方は……」


 人間ではないのか? 言外に発した問いを、無言のまま引き受けた村長は、遠い目を開け放した窓外へ向けると、ゆっくりと話し始めた。

 

「我々――――と人間とが分かれたのは、百万年ほど前だと伝わっています。

 その頃は人類も一種ではなく、我々を含めて何種類かが地上にいてそれぞれ繁栄していたのだと、我々の歴史にはあります」


「バカな……そんな説は聞いたこともありません。人類が何種もいたなどと……」


「とんでもない。あなた方人間にも伝わっているはずですよ? 各地に様々な獣人、巨人伝説があるのではないですか?」


 村長の言う通りである。

 神話の巨人伝説などは洋の東西を問わずどこにでもあるし、化石化した人類の近縁種も多く見つかっているのだ。

 古生物学や生物学の知識が浅いシャンモンは知らなかったが、中にはギガントピテクスと呼ばれる、相当大型の人類の化石も見つかっている。

 ギガントピテクスは、身長三m程度の人類の一種とされている。中国、ベトナム、インドネシアなどに分布していたと考えられる絶滅種であるが、もしかするとこの村の住人たちは、その子孫なのかも知れなかった。


「我々はもともと大型の種族でした。

 このあたりの高温多湿の密林地帯に住み、当時から人間と同程度の文化を持っていた。たまに人間や他種族と交わる者もおり……古来、わずかながら混血もあったようです」


「な……なるほど」


「我々には、人間とは大きく異なる特徴が二つあります。

 その一つは先ほど申し上げたように、人間のような”声帯”を持たない事、そしてもう一つは、男女の形態や大きさの差が、非常に大きい事なのです」


「大きさの差?……ま……まさか、あの時の巨大生物は……」


「はい。あれは巨獣ではありません。あれが我々の村の男なのです」


 村長の話はこうであった。

 彼等の遠い祖先は男女ともに身長三~四mの種族であったという。しかし、いつの頃からか男は異様に大きく、女は逆に人間並みに小さくなってきてしまったのだ。大きな男の身長は十数m。小さな女は二mに満たない。

 原因は分からなかったが、力の強い男が有利な生存戦略のせいだという者もあれば、昔からたまにあったとされる、人間との交配によるものだとする意見もあった。

 人間との混血である村長自身も男であるのに体が小さく、その孫娘もまた人間と変わりない体格で生まれたことで、さらに人間との交配を問題視する声が上がっていたのも事実だという。


「どうして……その……異種族である人間との交配が起きるのですか?」


「どのケースも隊長殿と同じようなパターンですよ。

 繁殖期に異性と出会って気に入ると、たとえそれが異種族であろうと交配してしまう……我々にはそんな習性がありまして……しかし、たいていは逆……我々の男が、人間の女性をさらってきてしまうことが多かったのですが」


 人間とは違って、彼等には繁殖期があるのだ。

 今が、ちょうどその時期なのだという。

 本来は、交配相手は本人達の意思とは関係なく、村内での話し合いで決められる。

 個体数の少ない彼等が、近親交配を避けて存続していくためには必要なことと言えるだろう。

 交配可能な年頃になった男女が、村から少し離れた命の泉で待ち合わせをし、そこで結ばれるのだという。


「まさか……その「命の泉」というのは……」


「隊長殿が昨夜、我が孫娘とお会いになった、あの泉でございます」


「つまり……あの時現れた毛むくじゃらの巨獣が、あなたたちの種族の男? そしてお孫さんの本当の結婚相手だった……ということなのですか?」


「仰る通りです。しかし、あの場から孫娘を連れ出してくださって、正直私はほっとしています。相手の男は昨年までに三人の娘を殺してしまっていますから」


「こ……殺したですって!?」


「殺そうと思って殺したのではありません。ただ、男女で体格差があれほどあっては……」


 そう言うと村長は、哀しげに首を振って俯いた。

 あれほどの体格差があっては、交配はもとより通常の共同生活も容易には営めないであろう事は、聞くまでもなかった。


「我々は、滅び行く種族なのです。もう、何年も村に子供は生まれていません」


 その場を沈黙が支配した。

 シャンモンはうなだれた。謝罪の言葉が見つからなかったのだ。

 自分がしでかしたことは、彼等の種族にとって希望の芽を摘んだ事になる。

 最悪、殺されても仕方がない。とシャンモンは思った。

 

「隊長殿。そんな顔をなさらないでください。先ほど申し上げたように、孫娘の件では、逆に御礼を言いたいくらいなのです。我々は強い一夫一婦制で、しかも一度交配した女は、配偶者との子育てが終わるまで発情しません。ですから、これでもう孫は、村の男達に襲われる危険はなくなったのです」


「…………あのたった一度で、もう子供が?……ですか?」


「いやご心配なさらずとも、娘と結婚していただく必要はありません。

 ただ、あなたが生きていてさえくだされば、それで孫は交配可能期を迎える事はない。つまり娘に言い寄る者は現れませんから」


「もう一つお聞きしたい…………近隣の村落を襲ったのは、ここの住民だったのですか?」


「畑は見ての通りの不作でした。それは山の恵みも同じ事で、いつもなら巨大な男達の腹を満たしてくれる獣の肉もなく、果実や野草もほとんど獲れなかったのです」


「保存食があるというのは、村の中を捜索されないための嘘だったのですね?」


「私以外の男を一人でもご覧になれば、その異常さにお気づきになると思いましたので……」


 昨夜見た異形の村人達は、たった数十名しかいなかった。とはいえ、数m~十数mクラスの身長の男達がその半分近くを占めている。

 村の住居の巨大さにも納得がいった。

 部下達が彼等を見れば、巨獣として攻撃を掛けるかも知れない。だが正面から戦う事になどなれば、シャンモンの率いる小隊も大きな被害をこうむるだろう。

 シャンモンは大きなため息をついた。

 これは巨獣事件ではない。太古から住んでいた異種族との、不幸な巡り合わせに過ぎないのだ。

 兵士達の安全を守るためにも、この村の平和を壊さないためにも、なんとかそっと引き上げたいところであった。


「……我々も巨獣を捜索に来た手前、手ぶらで帰るわけにはいきません。しかし……こんな事情をお聞きしてしまっては、あなた方を逮捕するわけにもいかない」


 そんな事をすれば、大陸中、いや世界中から注目され、この村の安寧は確実に乱されるだろう。国家科学省の連中は大喜びだろうが、最悪の場合、この村は地上から無くなってしまうかも知れない。


「見逃していただけるのですか?」


「……幸いな事に、近隣の被害は大きくはない。一個体だけ始末した、という事にすればそれで我々の面子は立ちます。それも骨を回収するだけでいい。

 そう……墓かどこかから十五mクラスの巨大な遺骨を掘り出せませんか?」


「我々は人間に存在を知られぬようにするため、遺体を残しません。

 あの命の泉に食わせてしまうのです。」


「泉に食わせる……ですって!?」


「はい。あの泉には黄金の空飛ぶ竜が棲むと伝えられています。

 どのようなことかは、私にも分かりません。しかしあの池に沈めれば翌日にはもう骨も残っていないのです」


「黄金竜?……それは……巨獣ということでしょうか?」


「さて……それは分かりません。ただ、村が危機に瀕した時、三人分の命を捧げることで、その黄金竜……王龍が現れて、村を救い敵を倒すと伝わっています」


 シャンモンは怪訝そうな顔をしたが、竜伝説など、この辺りには珍しくはない。

 そんなことより、巨獣退治の証拠となるものが無いことが問題だった。


「何か巨獣を倒したとする証拠が必要なのですが……」


 どうしようかと思案し始めたシャンモンを、村長が手で制した。


「実は孫娘の父が……つい最近亡くなっていまして……遺体はまだ泉に持って行っておりません。山腹の洞穴に安置しているのですが……」


 それを聞いてシャンモンの顔が明るくなった。


「それでいい。

 ご遺体には申し訳ないが、森の中へ場所を移してください。

 そして誰か大型の男に、村を襲わせるんです。我々が戦闘中に山火事を起こして、焼け跡から白骨化した遺体を回収すればよいでしょう。死者への冒涜でありましょうが、緊急事態です。ご勘弁いただきたい」


「な……なるほど」



***    ***    ***    ***    ***



「大隊長!! ヤツが森へ逃げ込みます!! 早く発砲許可を!!」


 シン小隊長が叫んだ。

 突然、村へ現れ田畑を踏みにじった毛むくじゃらの巨獣は、シャンモン達に発見されたと見るや、すぐに出てきた森へ姿を消そうとしていた。


「待て!! まだ撃つな。ヤツの行動を観察しろ!! こんなところに出てきた巨獣のルーツを解明しない限り、第二第三の巨獣が現れる可能性があるんだぞ!!」


「しかし!!」


 もちろんシャンモンの言っている事は詭弁に過ぎなかった。

 身長十五mのその巨獣は、囮として出て来てもらっている村の男なのだ。怪我をさせてはいけない。

 シャンモンはもっともらしく望遠レンズのモニターを見ながら、雲南省の動物ファイルと比較検討するふりをしていた。男の姿が充分に森に隠れ、簡単には狙撃できない状態になって、初めてシャンモンは射撃許可を出した。


「よし!! 解析が完了した。攻撃開始!!」


「大隊長!? すでに巨獣は姿を隠してしまいました!! 視認できません!!」


「心配するな。どうやら、この辺りに住むキンシコウなどではなく、大型の類人猿が巨獣化したもののようだ。隣国あたりが、大型類人猿の巨獣化した個体を遺棄したのだろう。

 ということは、このあたりの地形や森林に適した体型をしていないはずだ。見ろ。姿は見えずとも、どこにいるか丸わかりだ」


 シャンモンの言う通り、森林のざわめきが一定の方向へ向かって動いていく。

 どことなくわざとらしい、大きな動きであったが、部下達はそれに気づく様子もない。


「な……なるほど。では、すぐに部隊を突入させましょう!!」


「いや、森林内では銃撃の効果は少ない上に、行動が制限されて危険だ。

 あの樹木が揺れている部分を取り巻くようにして、指向性ナパームを撃て。延焼して山火事にならないよう……そうだな、ヤツがあの尾根に上った辺りで撃つんだ」


「了解!!」


 やがて、森林の一部を囲むようにして火の手が上がった。森林の揺れは大きくなり、それを包み込んで炎が燃え上がっていく。


「どうやら、うまく火で巨獣を囲み込んだようです!!」


「よし。延焼を防ぐための消火隊を投入。巨獣のいる部分は消すなよ?」


 命令するシャンモンの顔に、安堵の表情が浮かぶ。

 それを、殲滅作戦成功のためと思ったのか、シン小隊長も微笑んだ。


「これで、村の方達も安心して眠れますね」


「うむ。作戦本部に連絡を入れてくれ。兵士達も疲れただろう。巨獣の遺体を確認したらすぐ引き上げよう」



***    ***    ***    ***    ***



「ありがとうございました。これで、我々は今まで通りひっそりと生きていくことが出来るでしょう。」


「いえ……礼を言われるほどのことでは……食糧支援は継続しますから、今後は男達が周辺の村落を襲わないようにお願いします。また同様の事件が起きれば、今度は誤魔化せません」


「はい。くれぐれも」


「……それと……ひとつお願いがあるのですが……」


 シャンモンは、ずっと堪えていた言葉を、思い切って口に出した。


「……なんでございましょう?」


「私は……現場にばかりいましたから、この歳になるまで独身です。もし……許していただけるのであれば……いえ、ぜひお孫さんを私の妻としていただけませんか?」


「それは……できません」


 村長は厳しい表情で答えた。

 しかし、そのくらいは予想の範囲内だ。シャンモンにもそれなりの覚悟があった。


「なぜです? あなたたちは厳しい一夫一婦制だと仰っていた。お孫さんはこの先どうされるのです?」


「申し上げたはずです。我々は本来人間とは違う種族なのです。

 普通の言葉も喋れず、生まれる子も私のように普通とは違います。孫と結ばれたあなた様がこの村に残る、ということなら構いません。しかし、町に行くなど有り得ません」


「私は全力でお孫さんを守ります。どうか……お許しください」


「……孫娘はあの夜、大隊長殿を受け入れてしまいました。

 たしかに我々の習俗では死に別れない限り、男女ともに一度受け入れた相手を変える事はありませんから、このまま村に残っても幸福にはなれないかも知れません」


「では尚更です。どうか、お願いいたします」


「しかし……言葉を喋れない孫が、人間の社会で暮らしていけますかどうか……」


「私は軍の関係者です。仮になにか面倒なことが起きても、すべてもみ消すことが出来る。決してご迷惑はおかけしませんから」


「分かりました。大隊長殿は、同胞を騙してまで私達のために尽力してくださいました。そんなあなた様の心を、私は信じましょう」


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