7-8 ベヒーモスVSマザー・バイポラス
「な……何が起きたんだ!?」
オットーはベヒーモスの外部センサーをすべてONにすると、周囲を探った。
しかし、なんの反応もない。
「新たな巨獣による攻撃も、メカも……遠隔攻撃も……無し? それじゃあ……」
目の前で蠢くマザー・バイポラスの巨体を、あらためて眺めた。
バトセラのミサイルによる集中攻撃で、肉片が飛び散っていた傷口が、もう塞がりかかっている。恐るべき代謝速度で再生しつつあるのだ。
内側からぐちゃぐちゃと盛り上がってくる肉は、あっという間に組織として形をなしていく。
その傍には、たった今まで有利に戦闘を展開していたはずのバトセラの残骸が転がっていた。いや、正確にはバトセラの機械部分の残骸だ。シェン=チージェが、あれほど得意げに自慢していた昆虫群体部分は逃げ失せたのか、散ってしまって影も形もない。
マザー・バイポラスは、まるで水中で泳いでいるかのように、ずるずると地面を割って蠢いている。長大な体は、もはや視界のほとんどを埋め尽くしているような状況だ。このサイズもさることながら、バトセラを分解した、不可解な攻撃の正体が分かるまでは、うかつに手が出せない。
不安を感じたオットーは、通信機に向かって叫んだ。
「大尉!! 羽田大尉!! そちらの状況はどうです!?」
『ゲーリン少尉か!? 先ほどの君の特殊攻撃のおかげで、小型巨獣はすべて倒した。
バイポラスもあと二匹!! 時間の問題だ。できればそちらと合流したいが、昆虫型巨獣が我々の邪魔をしている!! コイツは手強いぞ!!』
「昆虫型巨獣!? そいつには人が乗っていませんか!?」
『人が? そんな風には見えないぞ!! こいつは……素早すぎる!!』
羽田の声は、かなり切羽詰まった様子だ。おそらく戦闘に集中しはじめたのだろう。
これでは支援を望むのは難しい。オットーは通信の継続を諦めた。
(しかし、人が乗っていない……? じゃあ、さっきのバトセラってヤツは何だったんだ?)
頭の中を疑問が渦巻くが、ゆっくり考え込んでいるヒマはなかった。オットーは改めて地下から現れた超大型の巨獣・バイポラスをにらみ据える。
それにしても大きい。これまでの個体とは桁違いである。
まだ前半部しか姿を現してはいないようだが、その直径だけでゆうに三十mはある。
目が皮膚に覆われた黒子のようになっていて、こちらを認識しているとは思えないのに、臭いによるものか音によるものかは分からないが、真っ直ぐに向いた頭部は確実にこちらを狙っている。
「貴様……ここから一歩も通さねえ!!」
オットーはベヒーモスを前進させ、動かないケルベロス二号機を庇うようにして立ち塞がった。中には意識を失ったマイカがいるのだ。
ベヒーモスがこれ以上後退すれば、マイカはケルベロスごと踏みつぶされるかも知れない。
しかしどうやら、目の前の巨大なマザー・バイポラスにはミサイル攻撃もストーム・アンド・アージも効かない様子だ。
しかも、直接攻撃を仕掛けたバトセラが分解されてしまった事を考えると、接近戦も避けた方が無難だろう。
なんとか他の武器で倒すしかない。
オットーは現在使えるベヒーモスの兵装を確認した。
「ミサイル……炸薬系以外の兵器は……」
グリフォンに搭載されている、ミサイルや爆雷はほとんど使用可能だが、先ほどのバトセラの集中攻撃が効果が無かった事を考えると使えない。
「熱線砲と電撃端子……あと、スクリームカッター……くらいか」
それらはカトブレパスの兵装であった。
熱線砲はイーヴィルアイを発射する中央の光波集束レンズから、赤外線領域に固定されたエネルギー波を目標点に集める兵器だ。
電撃端子はコード付きの銛を二本相手に撃ち込み、二極間に高圧電流を流してショックを与える。海底での攻防で明がシュラインに対して使用した兵器でもある。
スクリームカッターは、カトブレパスの油圧回路を流れている難燃性、難分解性の鉱物油を高温、高圧で発射する、いわば油の水鉄砲だ。
だが、500mpaという超高圧で噴出する油の威力は、水鉄砲などという生やさしいものではない。
レーザー光線のような細さの油は、金属でも石でも、また柔らかい綿やスポンジ様のものであっても、瞬く間に切断してしまう。
しかも仮に仕留め損なったとしても、体内に残った油は異物となって組織を圧迫し、死に至らしめる。射程が百m程度と短く、動く相手では照準が合わせにくいのが難点ではあるが、至近距離から打ち込めば、どんな巨獣でも倒す事の出来る巨獣専用兵器なのだ。
悲鳴すら切り裂く高圧の刃。それがスクリームカッターである。
「……こいつを使うしかねえ。いくらでかくても中枢神経系に叩き込めば、倒せるはずだ」
脳から体の正中線にあたる、脊椎生物共通の急所。
脳、脊髄などの神経系が必ず通っている体幹をスクリームカッターで切断すれば生きてはいられない。切断しきれなかったとしても、注入された油は組織を浸潤、圧迫する。どれほど代謝が早かろうとも、簡単には再生できないはずだ。
「まずは、地中から追い出すしかないか」
攻撃に失敗してまた地中に潜られては、体幹に狙いをつけられない。
熱線で威嚇して怒らせて地上に出し、襲ってきたところを電撃端子で動きを止める。その上で頭にスクリームカッターを撃ち込む作戦だ。
だが背後にマイカの乗るケルベロス二号機を庇った状態では、身動きがとれない。怒って襲いかかってきたマザー・バイポラスを避ける事はできないのだ。
「いくぜ!!」
オットーは熱線砲の照準を、敢えて頭部ではなく、離れた場所に見えている背部へ集中させた。
熱線が命中すると、そのたびにビクッと震えながら、マザー・バイポラスは少しずつ地上へとその前半身を見せ始めた。
「よぉし……逃げるな……よッ!!」
叫んだ次の瞬間、機体の両サイドから発射音が鳴り、空気圧で発射された電磁銛がマザー・バイポラスの両脇に突き刺さった。
送電ワイヤーを引きずった電磁銛は、着弾と同時に高圧電流をバイポラスの体内に送り込む。それで麻痺させた後、スクリームカッターでとどめを刺せばいい。
だがしかし。
「うわあっ!! コイツ……ッ!?」
その巨体には電圧がまったく足りなかったのだ。
電気ショックを受けたマザー・バイポラスは、麻痺するどころか、全身をくねらせて暴れだし、ベヒーモスへと突進してきたのだ。
避ける事は可能だったが、そんなことをすれば、背後のケルベロス二号機が破壊されてしまう。
「ちく……しょうッ!! やるしかねえか!!」
オットーはベヒーモスを後部駆動輪で立ち上がらせ、巨大バイポラスの頭部へとマニピュレータによる直接攻撃を敢行した。
バトセラの事もあって接近戦は避けたかったが、そうも言ってはいられない。ベヒーモスの外部マニピュレータで頭部を両脇からはさみ込むと、押し返すために駆動モーターの出力を全開にした。
ベヒーモスに合体した際の機動力は、カトブレパス単体のそれを遙かに凌いでいる。
しかし、四肢を構成するはずのケルベロスが一機しかないのだ。なんとか突進は受け止めたものの、ベヒーモスはじりじりと後退し始めた。
「これ以上てめえなんかに……好き勝手させるわけには……いかねえんだよ!!」
オット-は叫ぶと、ベヒーモスの後部を変形させ、尾にあたる位置の構造を地面にめり込ませた。
つっかえ棒になった尾で支えられたベヒーモスは、ようやく踏みとどまった。さすがに、重量が十数倍はあろうかという巨大バイポラスを押し返すまでには至らないが、ここまで接近できれば充分であった。
「よし……このままッ!! スクリームカッターァァアアア!!」
叫んでオイルの噴出口をマザー・バイポラスの頭に押しつけた瞬間、横合いからの強い衝撃を受けたベヒーモスは、バランスを崩して転倒した。
「な……こいつらッ!?」
ストーム・アンド・アージが解除され、のたうっていた小型巨獣が数匹、動きを取り戻していたのだ。ベヒーモスの脇をすり抜けるようにして飛びかかってきた、数体の小型巨獣を防ぐ手段は、オットーには残されていなかった。
噴出した油のビームは、マザー・バイポラスの頭部を外れ、飛びかかってきた小型のヴァラヌス一体を前後真っ二つに切り裂いた。
周囲に血飛沫が舞う。
残る数体の小型巨獣は、仲間の死体を踏み越えて、ベヒーモスの機体に爪を立てた。
邪魔者がいなくなったマザー・バイポラスは、ベヒーモスのつっかえが外れて、真っ直ぐにケルベロス二号機へ向かっている。
「ちくしょうッッ!! 待ちやがれッ!!」
オットーは叫んだ。
だが、ベヒーモスを取り囲む小型巨獣の群は、簡単には突破できそうもない。
モニターに映し出されているのは、異形のバシリスクだ。足の数が明らかに六本以上ある。どうやら、粗製濫造の小型巨獣どもは、もはや遺伝的にもおかしくなっているらしい。
足の数のぶん、ということだろうか。他の小型巨獣と比べて異様に大きいその六本足のバシリスクが、ベヒーモスのコクピットにのしかかってきた。からみつく長い尾。モニター画面に、大きく開いた真っ赤な口がアップになって、オットーは絶望の呻き声を上げた。
「くそッ!! ここまでか!!」
オットーはすべてを諦め、目を閉じようとした。
だが、次の瞬間、異形のバシリスクは弾け飛び、モニター画面から姿を消した。
何者かが横合いから体当たりしたのだ、とオットーが理解するまでには数秒を要した。
「な……何があったんだ……? あれは!?」
オットーは自分の目を疑った。異形のバシリスクは断末魔の痙攣をしている。
それを上から押さえつけ、鋭い剣のような突起でとどめを刺しているのは、漆黒の装甲を身にまとったニホンザルの巨獣、カイであった。
『危なかったわね』
「あ……お前は……?」
いきなり通信を受けて、オットーはとまどう。そういえば、彼等の装甲にはコクピットがあった。巨獣に乗る、という感覚にはどうにも馴染めないのだ。
『雨野いずもよ。忘れたの?』
あきれた表情のいずも。
振り返ると、カイより一回り小さな白い影が、擱座したケルベロス二号機を抱きかかえている。
『大丈夫。マイカさんは無事みたいよ』
いずもがモニターの中で、ウィンクして微笑んだ。
二号機をマザー・イポラスの進路から救い出したのは、白い装甲を着込んだニホンザルの巨獣、サンであった。サンは遮蔽物の陰にケルベロスの機体をそっと横たえると、コクピット部分を強引に引きはがし、マイカを救出している。
巨大なニホンザルであるサンは、手が器用だ。
柔らかそうなサンの手に優しく包まれたマイカは、ぐったりとして意識はないように見えたが、どうやら、無事らしい。サンは自分の装甲のコクピット部分を器用に開けると、そこにマイカをそっと座らせた。
『チーム・マカクはこれより、チーム・ビーストの支援に入ります』
マイカの無事を確認したいずもは、堅い表情に戻るとオットーに告げた。
「なんで……俺達を助けてくれるんだ? あんなこと言っちまった俺を……?」
オットーはあの時いずもに、面と向かって『信用できない』と言い放ったのだ。『後ろから攻撃するかも知れない』とまでも。
『私の意志じゃないわ……この子達……サンとカイがどうしてもあなたを助けたいって聞かないのよ』
「俺は……俺の故郷を……幸せを奪った巨獣が嫌いだ。そいつら、分かってねえんだ」
『違う。この子達は賢いの。自分を本当に嫌ってる人を助けたりはしないわ』
オットーは言葉に詰まった。
故郷を奪った巨獣は憎い。だが、サンやカイ、ましてやいずもに何の罪もないことくらい、オットーにも分かっていた。本当に言いたかったのは……あんな言葉では無かったはずだ。
それでも、今はその言葉を呑み込むしかない。
しかしもし、この戦いを生き残れたら……伝えさせてもらえるならば……
「勝手にしろ……いくぜ!!」
オットーの叫びと同時に、ベヒーモスの後部のジェットエンジンが火を噴いた。マザー・バイポラスは、まださっきの勢いのまま、のたのたと前進している。
重爆撃機グリフォンの持つ、過剰とも言える出力が、ベヒーモスの巨体を一瞬で、そのマザー・バイポラスの目前まで移動させた。
そのまま巨大な頭部に体当たりすると、半月型に開いた切れ込みのような口の中に、スクリームカッターのオイル噴出口を押し込んだ。
「これでもう……外しやしねえ!! あの世に……行きやがれッ!!」
「----------!!」
マザー・バイポラスの声にならない断末魔が響き渡った。
糸のように細い超高圧のオイルは、マザー・バイポラスの口の中から頭部を断ち割り、そのまま体をも真っ二つに切断していった。




