7-7 バトセラ
「この状況で……更に敵かよ……!?」
オットーは呻いた。
「男が簡単に弱音吐くんじゃないわよ!!」
モニターからマイカの叱責が飛ぶ。
「とにかく、ベヒーモスにあんたが乗りさえすれば、広範囲の敵を行動不能に出来るわ。あの新しく現れた昆虫巨獣どもも、やっつけられるでしょ?」
「やってみなくちゃ分からねえけど……やらなきゃ、やられちまうからな」
オットーは気合いを入れ直すように自分の頬を叩いた。
だが、幸いなことに、先ほどより小型巨獣の数が減って見える。
数㎞前方に降下した、クワガタムシ型の昆虫巨獣に向かって、大半の小型巨獣が移動していった様子だ。
詳細は知らされていないが、どうやら昆虫巨獣たちと小型巨獣たちは、敵対関係にあるらしい。
マイカも少ない弾数を節約して、うまく立ち回りながら小型巨獣を片付けつつある。
チーム・エンシェントの羽田とアスカは、数頭の巨大バイポラスの相手で手一杯だが、そこへもカマキリ型の昆虫巨獣が乱入し、戦局は変化しつつあった。
「早く行って!! 今のうちに、カトブレパスに合体してこのバカ騒ぎを終わらせるのよ!!」
マイカが叫んだ。
「あたしが奴らを引きつけておく!! その間にあんたは『ストーム・アンド・アージ』を使うのよ!!」
カトブレパスの武器である『イーヴィルアイ』は、電磁波や超音波、高周波などを高出力で周囲に発することで、生物の活動を妨害する、特殊機動兵器カトブレパスに搭載されている機能である。
しかしベヒーモスには、更にグリフォンとケルベロスの機能と出力も付加される。
ケルベロス三号機だけでも、合体すれば不完全ながらベヒーモスになれる。そうすれば、イーヴィルアイの強化版である『ストーム・アンド・アージ』を放つことができる。
この乱戦を止められるとすれば、それしかなかった。
多対一の対巨獣戦でもっとも効果を発揮する攻撃法であり、現状には最適といえる。
が、しかし、それをやるにはマイカの乗る二号機を、この戦場に残さなくてはならない。
「ダメだマイカ!! おまえのケルベロスはもうすぐ弾切れのはずだ!! 囮なら俺がやる!!」
「カトブレパスの正規パイロットじゃないあたしは、カトブレパスの制御システムにログインできないの!! それじゃあイーヴィルアイの機能を効率よく使えないでしょ!! 早く言った通りにして!!」
イーヴィルアイは調整の難しい兵器である。
最大効果を発揮するためには、対象の巨獣の性質、大きさ、巨獣までの距離によって周波数や出力を手動で変えなくてはならない。
そのイーヴィルアイをベースにしたストーム・アンド・アージを、もっとも効率よく扱えるのは、カトブレパスの個人コードを持つオットーしかいない。それは、オットーにもよく分かっていた。
言い終わらないうちに、マイカは満身創痍のケルベロス二号機を前方に迫る小型巨獣群へと向けていた。
たしかに、ケルベロス二号機の弾薬もエネルギーも、もはや底を尽きかけている。
それでも、この状況をなんとか打破するにはこれしかないのだ。乏しい弾薬を有効に使って、マイカは見事に迫り来る巨獣群を防いでいた。
機銃で的確に前に出ようとする巨獣を威嚇しながら、要所へグレネードを叩き込む。
前に出てくる個体には、容赦なくパルスレーザーを打ち込んだ。
しかし、多勢に無勢である。しかも小型巨獣は倒れた仲間の屍体を乗り越えて、次々と襲いかかってくる。
マイカは自分の方へ注意を向け、カトブレパスから離れた位置へと移動し始めた。
攻撃を浴びている小型巨獣の群れは、少しずつマイカの動く方向へと誘導されつつあった。
「早くして!! そう長くは保たないわ!!」
「すまん!! マイカ!! すぐに戻る!!」
オットーは、ケルベロス三号機をようやくカトブレパスの前方百mの位置につけると、ベヒーモスへの合体スイッチを押した。
『ドッキング・シグナル確認。これよりベヒーモスへの再合体を行います』
流暢な、しかし無機質な合成音声が流れ、既にグリフォンと合体しているカトブレパスの後方に二つのドッキングポートが開いた。
ケルベロス三号機は左右二つに分かれると、最高速でポートにドッキングしていった。
「早くしてくれ。早く……!!」
ケルベロスのコクピットから、全体の操作が可能になるには、数秒待たねばならない。
すべての外部情報が遮断されるほんの数秒間は、オットーにとっては異様に長い時間に感じられた。
管制システムが復帰した瞬間、モニターに映し出されたのは、すべての弾薬を撃ち尽くし、一際巨大なコルディラスに、上からのしかかられているケルベロス二号機の姿だった。
「うあああああ!! マイカアァァ!!」
鳴り響く二号機の救援要請報。完全に押し潰されるまで、あとほんの数秒もかからない。
オットーの頭に血が上った。
「食らえ!! ストームッ!! アンドッ!! アーーーアアアジッ!!」
血を吐くような叫びと共にベヒーモスの前部がパックリと開き、装甲部分が持ち上がった。
ちょうど箱を開くように内部の機械構造がむき出しになると、そこにはスピーカーのような機構があり、それに囲まれた中央のレンズ状のものが光り輝き始める。
中央のレンズ部分の輝きが増し、周囲全体の建物が微かな軋み音を響かせ始めた。その軋み音は次第に強くなり、すぐに細かな震動で震えているのが分かるようになった。
電磁波、低周波、超音波を同時に発して、複合的に生体の自由を奪い、あるいはダメージを与える兵器、イーヴィルアイの起動だ。
そして更に、ケルベロスとグリフォンのエンジン出力が臨界に達すると周囲の瓦礫や岩が震動を始め、粉々に崩れ始めた。
カトブレパス単体のイーヴィルアイでは起こりえなかった現象である。
二号機にのしかかっていたコルディラスの動きが止まり、次の瞬間、びくんと大きく体を反らせ、横様に倒れた。
もっとも近くでのたうち回っていた、一頭のバイポラスが痙攣し、体から煙を噴き始めた。
電磁波による分子震動で、体内から高温で焼かれているのだ。
「出力……最……大ッ!!」
オットーは三機のエンジンを同期させると、スロットルレバーを一気に押し上げた。
エンジンがさらに唸りを上げ、一瞬ベヒーモスの巨体が赤く光り輝いたように見えた。
次々と地中から現れつつあった小型巨獣達が、地上に出るなりのたうち始めている。力尽き横たわる小型巨獣達を、カトブレパスの中央レンズから発せられたレーザーが焼き貫き、またグリフォンの誘導弾が命中して四散させる。近距離の巨獣はそのまま煙を噴いて燃え出すものもあった。
「なんとか……間に合ったみたいね……」
マイカの声はつらそうだ。
機体は破壊されずに済んだようだが、電磁シールドを施されているとはいえ、近距離でストーム・アンド・アージを受けているのだ。無事とは言い難い。
「ああ……マイカのおかげでどうにかな……それより早く帰還するんだ。その怪我じゃあ……」
言いかけたオットーは息を呑んだ。
地面が大きく盛り上がったのだ。
小山と化した地面がまるで嵐の海のように波打ち、そのうねりの先端に乗っていた二号機は、あっけなく吹き飛んだ。前部を地面に叩きつけられた機体はおもちゃのように二転三転と転がり、瓦礫に激突した。
呆然とその光景を見ていたオットーは、我に返って叫んだ。
「マイカ!! マイカーッ!!」
返事はない。
変形や爆発こそしていないが、搭乗者が無事とはとても思えない。ましてや、先ほどのダメージも抜けていない状況なのだ。
「くそっ!! てめえよくも!!」
オットーはグリフォンの武装であるホーミングミサイルの照準を、大地を割って現れようとしている巨大な生物に合わせた。
地中からわずかにのぞいたピンク色のつるりとした皮膚へ、ミサイルの集中砲火を浴びせる。だが、爆風と煙が去った後も、ピンク色の表皮には傷一つ付いてはいなかった。
これまでのバイポラスとは、どうやら皮膚の耐久力からして違うようだ。
「コイツが本当のマザーか……」
オットーの背中に冷たい物が走る。
これまでの大型個体とも比べようもない巨大さだ。
体を半分も地上に出していないマザー・バイポラスが身じろぎすると、大規模地震クラスの震動が起き、次々と周囲の建造物が倒壊し始めた。
今の戦力で倒せる相手なのか?
オットーがもう一度ストーム・アンド・アージを起動しようとした時、突然通信が入った。
『へええ。でかい巨獣だな。
なあ、ソイツをやっつけてやるから、僕達の仲間になりなよ』
「あ!? なんだぁ? てめえは!?」
オットーはモニターを睨み付けた。
メインモニターに映ったのは、アジア系の顔立ちをした二十代と見える若い男である。
『僕はバトセラのパイロット。シェン=チージェだ……シャンモン長官の直属部隊、と言えば分かるかな?』
「バトセラぁ?」
『上だよ。君の目の前にいる』
それを聞いて目を上げたオットーは自分の目を疑った。
ベヒーモスの周囲は高層ビルに囲まれている。どれも最近流行りの全面ガラスの建造物であったが、その一つに、巨大な甲虫が逆さにとまっていたからだ。
こちらを向く巨大な複眼の下には、草刈り鎌のような形状の黒いキバが、二本生えている。さらに、節のある長く太い触覚が、辺りを探るようにゆっくりと旋回していた。
薄い灰色の硬い前翅が背中を多い、表面には不規則な白い模様が見える。
体長約百mはあろうか。
一定のリズムで首を上下に動かすたびに、キシキシと金属同士をこすり合わせるような不快な音を発していた。
「な……なんだコイツは!? なんでガラス面にひっついてやがる!?」
『だからバトセラだよ。カミキリムシはこういう芸当ができるのさ』
モニターに映った目の細い、青白い感じの青年は、面倒くさそうに言った。
どうやら、頭上の巨大昆虫の胸のあたりに見える、機械構造部分に搭乗している、ということらしい。
着ている服のデザインはオットー自身と同じ、MCMOの正規スーツだ。
しかし、自分の直属の上司である樋潟司令から、昆虫型の巨獣は敵であると連絡が入ったのは、ほんの先ほどのことである。
「仲間になるだと? バカも休み休み言え。お前らがMCMOを裏切って勝手な行動をとってるんだろうが!?」
『僕達は、信念に基づいて正しいと思う行動をしているだけさ』
「信念だと!?」
『僕達の町が巨獣に襲われても、誰も助けちゃくれなかった。
そりゃそうだろう。どこに現れるかも分からないバケモノなんだ。中国奥地の小さな村なんか誰も気づきやしない。人間てのはね、自分たちの周りで何も起きなきゃそれで安心なんだよ』
「何が言いたい!?」
『バケモノを倒すのはバケモノの力しかないってことさ。バケモノをすべて殺したら、そのバケモノの力で世界秩序を守る。それの何が悪い?』
「巨獣はバケモノじゃねえ。中には……心が通じるヤツもいるんだ」
オットーの脳裏に、おとなしいサンとカイの姿、そしてその世話をするいずもの、泣きそうな顔が浮かんだ。
「巨獣をすべて殺す、だと? あいつらだって……俺達と同じ地球の生き物……じゃねえかよ」
『そんなのは、家族や恋人を殺されてから言えよ!! 』
急に激昂したシェン=チージェは悲鳴ともとれるような声で叫んだ。
「ケッ!! 自分達だけが被害者のつもりかよ!?
俺の生まれた町も、家族も、友人も……みんな巨獣に奪われた!! だけど、あいつらを作り出したのは俺達人間じゃねえか!!」
『……へえ。あんた、それでまだ、そんなのんきな事言ってるの?
まあいいや。そのバケモノは片付けてあげるよ。結論を出すのは僕達の強さを見てからでもいいからね』
ビルの外壁にへばりついているバトセラの目が赤く光った。
「な……何をする気だ!?」
『僕達の乗ってる群体巨獣はね。巨獣を改造したんじゃない。メカニックの基本骨格に、無数の昆虫個体を集合させたものなんだよ』
バトセラの背中を覆う硬そうな外翅が開くと、そこにはまるでハチの巣のようにミサイルの弾頭が隠されていた。
『だから、こういう事が出来る!!』
声と同時に、無数のミサイルが一斉に発射され、地上に体の一部を見せているマザーバイポラスの体表に着弾していった。
「な……なんだこれはッ!?」
オットーは呻いた。
ミサイルの一発一発は、大した威力ではない。だが、その発射はいつまで経っても終わる様子がないのだ。着弾の衝撃と噴煙、爆音がいつまでも響き続けた。
一点集中のミサイル攻撃に、さすがのマザー・バイポラスも身をよじって暴れ出した。
バトセラは本来であれば、内臓などの諸器官が占めているはずの体内が、ほとんど武器庫のようになっているのだろう。
『どんな分厚い皮膚でも!! こうなってしまえば……おしまいだねッ!!』
激しい爆発音が続く中、シェン=チージェの声だけが響く。
ビルから飛び立ったバトセラは、ミサイルで破壊されむき出しになったマザー・バイポラスの肉に、その鋭いキバで噛み付いた。
『くたばれッ!! このバケモ……』
だが、シェンのその声は途中で掻き消された。
次の瞬間、オットーが見たのはまるでボロクズが剥がれ落ちるようにして崩れていく、バトセラの生体部分と、火花を散らして爆発する機械構造部分であった。