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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第7章 首都決戦
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7-5 そして地上戦

「ふう……」


 チーム・キャタピラーの四人を見送った樋潟は、ため息をついていすに座り込んだ。


(良くない状況だな。どうも戦局が、予想外の方向に進みすぎている……)


 今のところ、矢継ぎ早に起きる事態に対応するので精一杯だ。泥縄式の対症療法ばかりで、とてもではないが戦略に乗っ取った有効な手を打てているとは思えない。

 気づけば、司令室から明の姿も見えなくなっていた。


「戦力が限られているとはいえ……戦闘訓練も受けていない民間人に、いきなり実戦に出てもらうしかないとはな……」


 敵であるシュラインの目的は聞いている。

 すべての生物にシュライン細胞を組み込み、すべての生命を一つの意思の元に従え、争いのない世界を創ること……それ自体が悪かどうかは分からない、と樋潟は本音では思っていた。

 自我そのものが無くなるわけでないことは分かっている。それなら政治思想や宗教とどこが違うというのか? 争いのない世界……それはもしかすると理想郷なのかも知れない、と。

 それほどまでに、戦いに倦んでいたのだとも言える。

 だが、それでもなお負けるわけにはいかない戦いだ、とも思っていた。理想のためかは知らないが、すでに多くの人命が失われているのだ。

 シュラインの思惑通りに、すべての生物がシュライン細胞に侵食されればどうなるのか、科学者でない樋潟には、正直ピンとこないのも事実だ。だが、少なくとも今まで通りの人間社会は営めなくなるに違いない。


(たとえ我々の進む方向が間違っていたとしても、巨獣を管理し、社会秩序を保つのがMCMOの役割であり理念だからな……)


 どっちが悪かは、この先の歴史が決めてくれるだろう。そう思いながら、樋潟は一人、自嘲気味に微笑わらった。

 大きく伸びをして椅子に座り直すと、堅くなった背中の筋肉が軋んだ。そういえば朝から立ち通しである。痛む背中をさすって、また大きく伸びをした時、またオペレータから声が上がった。


「樋潟司令!! チーム・エンシェントの羽田大尉から定時通信です。『定時報告。作戦開始から三十分。バイポラスの出てくる様子はありません』とのことです」


「そうか。引き続き待機と伝えてくれ」


『……司令。待ってください』


 その時、メインモニターに深刻な表情の羽田大尉が映し出された。


「何だね?」


『通信でそちらの状況は把握しています。こちらは、まだ何の動きもありません。我々チーム・エンシェントに、ライヒ大尉の救助に行かせてください!!』


 ライヒ大尉からの通信は途絶えたままだ。

 自衛隊の救護部隊が向かっているが、崩落箇所にはすでにたくさんの小型巨獣の姿が確認されている。小型とはいえ、それらを倒すには手間がかかる。なにより大規模な崩落に巻き込まれたケルベロス一号機を救出するまでには、更に時間がかかるだろう。

 この状況では、ライヒ大尉は重傷を負っている可能性もある。

 羽田大尉の乗る超大型重戦車・ガストニアは小型火器も装備している上に、大型マニピュレータも付いている。

 小型巨獣を倒して、瓦礫の下からの救出作業を行うのに、これほど適した機体もないだろう。

 しかし、樋潟は羽田の提案を退けた。


「ダメだ。ケルベロス二号機と三号機が地下からバイポラスを追い出して来た時、とどめを刺せる戦力が無くなってしまう」


『トンネルは崩落して巨獣の数は不明!! こうなっては、バイポラスが作戦通りに追い出されてくるかどうかも分からないではないですか!?』


「君が言っていることは分かる。だが、あの小型巨獣は何故、どうやって出現したと考えているのかね?」


『何を仰りたいのです!?』


「彼らを産み出すほど、巨大なバイポラスが地下に潜んでいたら、どうする? と言っているんだ」


『そ……それは……』


 樋潟の言葉に羽田は口ごもった。

 たしかに何故、地下で小型巨獣が増殖していたのか、シュラインのねらいは何なのか、まだ全く見えてこない状況で、敵の動きに右往左往して戦力を分散するのは愚の骨頂だ。


「いわばマザー・バイポラスとでもいうべき超巨獣がいるとすれば、もしそいつを倒せなければ、さらに被害は広がるぞ!?」


 状況は変わったが作戦が中止になったわけではない。

 地下からバイポラスが出現する可能性がある以上、ライヒ大尉の救助に戦力を差し向ける余裕は無いのだ。

 その時、司令室内に警報が鳴り響き、女性オペレータの一人が振り向いた。


「ケルベロス二号機の侵入した丸の内方面に異常振動検知!! 何かが出てきます!!」


「やはり出たようだな。羽田大尉、チーム・エンシェントは丸の内方面に移動の上、攻撃態勢を維持!! 巨獣・バイポラスを確認次第、攻撃開始!!」


『了解!! 現場へ急行します!!』


 同じ通信を傍受していた羽田は、地下から現れようとするものへと頭を切り換えたようだ。

 現れるものが何なのか、いまだ分からないが、やはり、小型巨獣以外の何ものかが、マイカ達の働きによってあぶり出されてきたと考えるしかないだろう。


「羽田大尉。相手の習性も弱点も不明だ。慎重にいきたまえ」


『司令の推測された通りの化け物だとすれば……かなり手強い相手でしょうが……地上に出てきた時点で奴の勝ちはありません』


「健闘を祈る」


 たしかに羽田の言う通り、地上に出たバイポラスは、どれほど大きかろうが、恐ろしい敵ではないはずだ。

 放射熱線のような特殊攻撃も確認されていないし、薄い皮膚はほとんど無防備であろう。しかし、地下から多くの建造物を破壊し尽くしたパワーは侮れない。しかも出現地点は当初の予想とは、大きくずれてしまっている。

 樋潟は赤い光の点滅するモニター上の地図を見ながら、首を傾げた。


「巨獣は生き物です。それに相手の能力も習性も不明なのです。こちらの予想外の動きをしても不思議はありませんよ」


 釈然としない様子の樋潟司令を見た八幡教授が言った。


「予想を……大きく裏切られることにならなければいいのですが…………」


 呟くように答える樋潟の顔には、焦りとも恐怖ともつかない表情が滲んでいた。



***    ***    ***    ***    ***



「ったく……ネズミ一匹いやがらねえ……拍子抜けだぜ」


 オットーはぶつぶつと文句を言いながら、一人地下深くを進んでいた。

 

「通信できない以上……予定通り進むしかねえか」


 その頃、ライヒ大尉は小型巨獣の急襲を受け、マイカは複数のバイポラスと戦闘していたのだが、オットーは知るよしもない。


「……壁?」


 地下に侵入してから約3キロメートルほどの地点。

 ケルベロスのコンピュータに記録されているルート図では、そこから先は長い直線トンネルになっているはずであった。

 しかし、そこには塗り固めたような壁があるだけだ。


「おかしいな」


 オットーは呟いた。確かにおかしい。

 掘り広げられ、破壊されているとはいえ、かろうじてつながっていた鉄道のレールがその壁際で断ち切られたように止まっている。

 つるりとした壁の材質や、白っぽい色合いからしても、非常に脆そうだ。

 だが、情報収集力に優れたカトブレパスとは違って、ケルベロスには最低限の探査システムしか搭載していない。

 音波探査で分かったのは、壁の材質は何か柔らかい物質であるということだけだった。


「この壁……壊してみるか」


 オットーはケルベロスの最小火器装備である、機銃バルカンを壁に向けると正面に向けて乱射した。


「う……わああああ!!」


 壁全体が動いた。

 トンネル全体を強い震動が襲い、ケルベロスは転倒した。細長い形状の戦車であるケルベロスは、転倒すると自力では起き上がれない。

 オットーは、上下逆さまになっていく外の様子を見ながら戦慄していた。


「巨獣の……体だったのかよ!?」


 壁だと思ったのは、想像も付かないほど巨大な巨獣の皮膚だったのだ。

 機銃バルカンの銃弾を受けて、白い壁は半透明の体液を噴き出しながら蠢いている。


「ま……まずい!!」


 トンネルが崩落し始めたのだ。

 転倒したケルベロス二号機の上に、コンクリート塊がいくつも落下して激しい衝撃を与えていく。


「このまま埋もれちまったら……」


 オットーの脳裏に、初めて死への恐怖が浮かんだ。

 だが、カトブレパスと違ってケルベロスの外部マニピュレータは強力ではないし、ホバー推進装置もない。転倒したままでは武器も使えない。

 オットーが覚悟を決めようとした時、いきなり通信機から声が飛び出してきた。


『オットー!? 無事!? 返事しなさい!!』


「マイカ!? マイカか!? どうしてだ? なんで通信がつながるんだ!?」


『バカ!! あんたの目の前にいるからよ!!』


 オットーが目を凝らすと、たしかに土煙の向こうに自分の乗るケルベロスと同型の二号機が見えた。壁となっていた巨獣が移動し、その向こうには広大な地下空間が広がっているのだ。

 マイカはレーザーを乱射している。その相手は全身が白く、視界をふさぐほどに巨大なのっぺりした巨獣だ。長さだけでもケルベロスの十数倍はありそうに見えるその巨獣は、しかしレーザー攻撃に怯え、後退しつつあった。

 どうやら、レーザーのような光学兵器が苦手のようだ。

 痕跡器官となったホクロのような目に、マイカが正確に当てているせいもあるだろう。

 巨獣を後退させて、近づいてきたマイカの二号機は機銃で瓦礫を破壊した。

 機体を押さえつけていた瓦礫が無くなると、転倒していた三号機は支えを失って再び転がり元に戻った。


「相変わらずいい腕だ。助かったぜ。それにしても……コイツが例のバイポラスなのかよ!?」


『そのうちの一匹ってとこね。気をつけて。どうやら東京の地下は巨獣だらけよ』


「なんだって!?」


『いいから手伝って。あんたもレーザーで目をねらうの。分かった?』


 マイカは武器を細かく選択して器用に操りながら、自分の来た方向へとバイポラスを押し戻していく。


「だけどよ!! このままコイツを押し出すってのか?」


『そうよ!! とにかく地上まで追い出すの!! チーム・エンシェントがとどめを刺してくれるはずよ。コイツで最後の一匹なんだから!!』


「最後って……もう何匹も追い出したのか!?」


『五匹目!! 無駄口叩いてないで攻撃して!!』


 オットーがあわてて攻撃を開始すると、押し込められつつあった狭い穴から這い出ようとしていたバイポラスは、あわてて引っ込んだ。

 その穴に機体を突入させ、さらに砲撃を浴びせていくと白い壁状のバイポラスの背中がどんどん奥へと逃げていく。


『助かったわ。もう弾切れが近かったのよ』


「マイカ、G細胞弾頭は使ったのか?」


『とっくに使ったわ。それでやっと一匹斃して……反撃の糸口がつかめたってわけ』


「しかしこんな……なんで数が増えてんだ!?」


『私に聞かれたって分かんないわよ。そろそろ地上よ!! 状況分析は後!!』


 バイポラスの皮膚でふさがれていた視界が急に開けたかと思うと、眩しい太陽光が目に飛び込んできた。


「こんなに地上近くだったのかよ!?」


『私がコイツらに遭遇したのが、地下に入ってほんの数百mの場所だったからね』


「隊長は!? まだ地下なのか!?」


 だがオットーの問いに答えたのはマイカではなかった。


『ライヒ大尉は瓦礫の下だ』


「羽田大尉!?」


 オットーの目の前のモニターに現れたのは、チーム・エンシェントの羽田晋也隊長であった。


『大破したケルベロス一号機に閉じこめられているらしい。現在、自衛隊の救助部隊が活動中だ』


「なんですって!? それで無事なんですか!?」


『不明だ。だが、通信はまたつながったらしいから、命に別状はないと思う』


「ふうう…………そうですか」


 オットーは安心して大きくため息をついた。


『それより悪いが、手を貸してくれ。君たちが追い出してくれた連中は、思ったより厄介なんだ』


 チーム・エンシェントの羽田とアスカは、地下から追い出されたバイポラス達に攻撃を加えていた。マイカが追い出したバイポラスは全部で五体。どれも百メートル級の大きさである。

 数が多いとはいえ、地上に出てしまえばバイポラスは、さほど恐ろしい敵ではないはずだった。

 しかし、羽田の操る重戦車・ガストニアの主砲も、攻撃ヘリ・アンハングエラの重機銃も致命傷を与えることができないでいる。攻撃されると体表から半透明の体液を噴き出すバイポラスはその体液が緩衝材の役割を果たし、砲弾を逸らしてしまうのだ。

 向こうから攻撃はされないものの、こちらの攻撃も通じない。

 バイポラスVSチーム・エンシェントの二機の戦いは、膠着状態に陥ってしまっていた。


『しかし羽田大尉。ケルベロスの兵器もほとんどが炸裂弾か質量弾です。レーザーで威嚇は出来ても……奴らに致命傷を与えるならカトブレパスの特殊兵装でないと……』


「カトブレパスならグリフォンとともに既にスタンバイしてあるはずだ」


 つまり、本来バイポラスを追い出すはずだった区画に発進状態で待機させてあるのだ。

 だが、その場所と現在位置は大きく離れてしまっている。


「マイカ!! こうなりゃそこまで行って、カトブレパスとグリフォンに乗り換えるしかねえ!!」


『そうだけど……簡単には、行かせてくれないみたい』


「なんでだよ!?」


『バカ。周りを見なさい!!』


 マイカに言われてメインモニターで周囲の状況を見たオットーは息を呑んだ。

 ほぼ破壊され尽くした都市。

 その吹き飛ばされ、崩れ落ちた瓦礫の下、ぽっかり穴の空いた黒い空間に、何か動くものが見えたのだ。

 ライヒ大尉の警告した通り、あらゆる地下施設から無数の小型巨獣が姿を現したのである。その形状はやはり様々であり、敏捷なヴァラヌス、擬態能力を持つバシリスク、装甲に覆われたコルディラス、芋虫のようなバイポラス……さらにそれぞれの中間型などであった。


「いったい……何匹いやがる!! ……シュラインは東京をどうしようってんだ!?」


 廃墟の街に蠢く無数の小型巨獣。

 オットーの叫びは、小型巨獣達の発する無数の唸りや威嚇音に掻き消されていった。



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