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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第7章 首都決戦
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7-4 アルテミス出撃

「樋潟司令!! 六本木駅周辺で、巨大な土煙が上がっています。大規模な崩落が起きた模様!!」


「何!? そうか……地下をあれだけ掘られれば、時間の問題だったと言えるが……被害状況は?」


 女性オペレータの報告に、樋潟は冷静な表情を崩さずに答えた。

 驚くべき事態ではない。いくらバイポラスが地下施設を利用して移動しているとはいえ、掘りやすい場所を掘り拡げ、地下構造物を破壊し続けていけば、広範囲にわたる落盤が起きるのは必然と言えた。

 最初の被害地である六本木周辺、つまり住民の避難が殆ど完了した場所で起きたことは、僥倖と言えなくもない。


「被害報告はまだ入っていません……え? 司令!! ケルベロス一号機から通信です!!」


「一号機!? ライヒ大尉からか!? 地下とは通信不能の筈……とにかく繋いでくれ!!」


『し……司令……よかった。繋がったのか……ケルベロス……一号機より報告します』


「ライヒ大尉!? 何があった!?」


 ケルベロス一号機からの通信は、音声だけで画像が繋がらない。

 それだけでも異常であるのに、ライヒ大尉の声は途切れ途切れで苦しげに聞こえた。


『地下では……バイポラスが産んだと思われる小型巨獣が……無数に……増殖しています。ヤツらが地上に出てくれば、大変な事になる。すぐに……すぐにチーム・マカクに撤収命令を……』


「小型巨獣? 地下で増殖だと!! どういうことだ? 大尉? ライヒ大尉!?」


 だが、樋潟の呼びかけに答えることなく、通信は切れた。


「すぐにGPSで確認!! ケルベロス一号機の位置は!?」


「わかりました!! 六本木……落盤のあった場所です!!」


「落盤のせいで地下と通信がつながったわけか。

 いや、もしかするとライヒ大尉は落盤に巻き込まれる危険を冒してまで、この情報を伝えてくれたということかも知れん……」


「GPSがケルベロスのコンディション情報を送ってきました!! やはりケルベロス一号機は瓦礫の下です。自力での脱出は困難と思われます!!」


「すぐに地上の自衛隊救護班に出動要請!!」


 樋潟は、振り向いて別の通信士に命令を下した。

 その様子を眺めながら、隣に控える八幡が不思議そうに首を捻っている。


「しかし小型巨獣だって?……地下の様子はモニターできないが……」


「いえ、待ってください!! 陥没エリアで動体反応。これは……ヴァラヌスです!!」


 膨大な量の土煙が、ようやく収まりかけている陥没現場。

 回復した監視カメラの映像には、瓦礫の山に覆われた窪地が広がっている惨状が映し出されていた。

 そのむき出しになった壁面から体をひねるようにして十mクラスのヴァラヌスが姿を現しつつあるのだ。

 しかも、一カ所だけではない。壁面にあるいくつかの開口部のすべてが蠢いている。

 一見しただけでも、十カ所以上の穴から小型巨獣が這い出ようとしているのが見えた。

 見ているうちに先ほどのヴァラヌスが完全に穴から這い出した。のたうちながら壁面を落下したヴァラヌスは、陽の光を浴びて体を揺すり、大きく伸びをしている。


「こ……これが小型巨獣の群れか!?」


 オオトカゲの巨獣・ヴァラヌスが這い出てきた穴。

 そこから更に、別の巨獣のものらしき吻端が突き出されているのを見て樋潟は戦慄した。


「何をやっている!! もう一刻の猶予も無い。すぐに雨野少尉に撤収を指示してくれ!!」


「はい!!」


 呆然と画面を見つめていた女性オペレータは、あわててチーム・マカクをコールし始めた。



***    ***    ***    ***    ***



「もう少しよ。もう少しだから頑張って!!」


 いずもは、漆黒の装甲を纏ったニホンザルの巨獣・カイの胸部装甲にある指令席にいた。

 彼女が外部スピーカで必死で励ましているのは、保育園のスクールバスの子供達である 。

 カイの持ち上げた瓦礫の下から、苦痛を訴える声が聞こえてくるのだ。

 顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、それでもいずもは必死で救出活動を続けていた。



***     ***    ***    ***    ***



「司令!! チーム・マカクから応答ありません!! 電波状態は悪くないはずですし……何度も呼びかけているんですが……」

 

 女性オペレータが困り果てたといった表情で振り向く。

 確かに通話機能はONになっているにも関わらず、いずもからの返事が聞こえてこない。

 だが、息づかいや衣擦れの音だけは聞こえてくる。通信を敢えて無視しているとしか思えない。

 樋潟司令は、通信機に向かって叫んだ。


「雨野少尉!! 聞こえているんだろう!? すぐにそこから撤収しろ!!」


 樋潟の激しい口調に、ようやくいずもが応えた。


『…………どうしてです!? この瓦礫の下にはたくさんの人たちが埋まっているんですよ!?』


「ライヒ大尉が、命を賭して伝えてくれたんだ!! 

 地下ではバイポラスが掘り広げた空間には、無数の小型巨獣が繁殖している!! 重火器を持たないサンとカイでは、小型巨獣の群れには対応できない。命令だ!! すぐに戻れ!!」


『できません!! 目の前に助けを求めている人々がいるんですよ!? 私……見捨てられない!!』


 いずもの声は悲鳴に近かった。

 被害者の救出活動は始まったばかりと言っていい。

 しかし機動力とスピードでサンとカイに勝る重機など存在しないため、驚くべき早さで救出が進んではいた。

 既に、数百人の人々を瓦礫の下から助け出していたが、掘っても掘っても現れる負傷者と、それに数倍する遺体に対面して、いずもの心は限界に達しようとしていたのだ。

 いずもの乗る、カイの胸部指令席からの映像は、司令室にも送られてきていた。

 カイのものと思われる、黒い装甲に覆われた巨大な腕が持ち上げた瓦礫。

 その下には、原型をとどめないほどひしゃげたバスが見える。

 車体の横腹には、黄色い児童マークと保育園のロゴが見え、その窓からはみ出した小さな腕には、既に血の気がなかった。

 しかし、何人かは確実に生きている。集音マイクは更に奥からの泣き声、苦痛の呻き声までも拾っているのだ。

 果たして何人が埋まっているのか? そして何人が生き残っているのか?

 もしもここで救助を中止すれば、間違いなく助からない人の数は増える。


「気持ちは分かる!!

 しかし、今、重要な戦力である君たちを失えば、シュラインに勝てなくなるかも知れんのだ!! そうなればもっとたくさんの人が死ぬんだぞ!? 命令だ!! 撤収せよ!!」


『目の前の救える命を見捨ててまで、つかむ勝利に何の意味があるんですか!? これは、巨獣から人々の生活を守るための戦いなんでしょう!?』


 そのやりとりをじっと見ていた明は、目を瞑り、大きく息を吐いた。

 Gなら……瓦礫の撤去も小型巨獣への応戦もできる。それに放射熱線なら、小型巨獣くらいは一撃で斃せるだろう。サンやカイほどスピードはないし器用でもないが、パワーも対攻撃性も勝っているはずだ。

 しかし、それには明がGと再び融合しなくてはならない。

 それは人間の姿を永遠に捨てることを意味していた。

 今は、明に命令は出ていない。

 黙っていれば、今しばらくは人間の姿のままでいられるのかも知れない。

 だが、しかし。


(シュラインとの戦いはまだ続く。俺がGと融合しないままで、この戦いが終わることは……おそらく、有り得ない。なら……いつこの姿を捨てても……同じだ)


 どうせ人の姿を捨てなくてはならないのならば、一人でも多くの人命を救うために、そして仲間であるいずもを助けるために決断した方がいい。

 明は心を決めた。


「俺。出ます」


 小さな声でぼそり、と一言、しかしはっきりと言って、そのままふらりとドアへ向けて歩き出した。


「待て!!」


 鋭い声が上がり、小林が追いすがってきた。そして明の肩に手を掛けて、強引に下がらせた。

 そして、目を丸くして小林を見つめる明に言い放った。


「俺達が行く。おまえはここにいろ」


「……小林君、どうするつもりだね?」


 八幡教授が驚いたような表情で言う。

 アルテミスは蛾の巨獣である。飛行能力には優れているとはいえ、狭い場所では小回りもきかない。その上爪も牙も飛び道具もない。

 ほとんど直接的な戦闘力を持たないのだ。


「無数の小型巨獣の群れに対応しきれないのは、おそらくGも同じだと思います。

 でも……アルテミスのフェロモンなら、一度に複数の巨獣を行動不能にできる。ここは僕達にやらせてください」


 小林の代わりに、広藤が答えた。その真剣な、いやむしろ鬼気迫るような表情に圧されるようにして八幡も黙った。

 広藤も明がGとして出動する、ということの意味をよく理解しているのだ。


「いいな明。今、おまえが行ったってなんの役にも立ちゃしねえんだ。絶対に出るんじゃねえぞ?」


 さらに、加賀谷に後ろから肩を叩かれ、明は目を伏せた。

 彼らのやりとりの間、目を瞑り腕組みをして考え込んでいた樋潟が、顔を上げて言った。


「よし、分かった。小林君、指揮を頼む。チーム・キャタピラー。出動!!」


「了解!!」


 命令を受けて、小林、加賀谷、広藤が駆けだしていく。珠夢も一瞬遅れてその後を追ったが、ドアのところで立ち止まって振り向いた。


「明さん…………絶対に行っちゃダメだよ!?」


 小さく息だけでささやくようにしゃべった珠夢の声は、G細胞で聴覚の活性化した明以外には、聞き取れなかった。



***    ***    ***    ***    ***



 チーム・キャタピラーは、専用の軍用車両に乗り込み、臨時本部を出発した。

 軍用車両とはいっても、4WDを銀色に塗装しただけのものだ。車体には、緑のチームマークとロゴが描かれている。

 両側に瓦礫の積み上がった廃墟の街を、チーム・マカクのいる都心部へ向けて疾駆する。

 運転席には加賀谷が座り、助手席では珠夢が祈るように目を閉じ、両手の指を組んで手を合わせていた。

 小林と広藤は、後部座席で後方の空を仰いでいる。


「……来たぞ」


 小林が珠夢の肩を叩いた。

 リアウィンドウを通して見える空は、抜けるように蒼い。

 その蒼空を、遙か後方からゆっくりと漂う雲のようなものが、ふわふわと小林達を追ってくる。

 しかし近づくにつれて、それが雲などではなく、巨大な翼を広げた生物であることが分かってきた。

 そのはねの色は純白ではなく、透き通るような薄い青を含み、自ら光でも放っているかのように蒼白く輝いている。稲妻のような薄い茶色の翅脈は、金色に陽光を反射している。

 美しきオオミズアオの巨獣・アルテミス。

 翼開長は三百mにもなろうかという巨大蛾である。

 アルテミスはその体内で、数種のフェロモンを合成して発することが出来、その組み合わせで他の生物を忌避させたり、惹き寄せたり、また場合によっては行動不能に陥らせたりも出来るのだ。


(アルテミス……地下にたくさんの人が閉じこめられているの。でも、地下で生まれた巨獣たちが狙っている……おねがい!! その人達を助ける間、巨獣達をおとなしくさせて……!!)

 

 アルテミスはミクロネシアの巫女の血を引く珠夢の思念を生体電磁波として感知し、それに応えることができる。

 いったん通り過ぎたアルテミスは大きく旋回すると、四人の乗る移動用車両の上空を一定の距離で回り始めた。


「珠夢ちゃん、アルテミスにもっと具体的なイメージを送るんだ。

 フェロモンを放出する場所、対象となる小型巨獣の姿、助けて欲しいサンとカイの位置も。そうでないとチーム・マカクの行動まで阻害してしまうフェロモンを出すかも知れない」


「うん。分かった」


 広藤のアドバイスに、珠夢が素直に頷いた。

 モニター上の作戦配置図を見ながら、再び珠夢が祈り始めた途端に、上空をゆっくり飛んでいたアルテミスは急に方向を変えて、小林達の進行方向、西の空へと飛び去った。


「うん……うまく伝わったみたい。すぐに行くって」


「よし。これで状況が終息すれば、明がGと融合しなくてもよくなるな」


「馬鹿……まだ、バイポラスを斃せたわけじゃねえだろ。

 地下にいる巨獣どもにアルテミスのフェロモンが易々と効くとは俺には思えねえ。それに、海の巨獣も完全には片付いてねえだろうが」


 ほっとしたような様子の加賀谷に、隣で腕組みをしている小林がぶっきらぼうに応える。

 たしかに彼の言う通り、戦いが終わったわけではない。

 このまま明がGと融合せずに済むには、シュラインを完全に消滅させるしかないのだ。


「……だがよ。たしかにそうだぜ。

 やらせねえ。なんとか俺達であの、ふざけた顔の巨獣バイポラスを片付けるんだ。明をGにはさせねえ……!!」


 進行方向を真っ直ぐに睨み付けながら呟く小林に、他の三人も強く頷いた。


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