6-11 リヴァイアサンvsアンドリアス
海上のブルー・バンガードも、チーム・ドラゴンの戦闘状況は観測していた。
数km離れ、海中とは交信もできないとはいえ、どうやら苦戦の末に三機が合体したことも、音響探知で把握していた。
「我々も浮上航行のまま戦闘海域へ進行する。全速前進!! 海上から援護するぞ!!」
「了解」
メインジェネレータの回転数がレッドゾーンに突入する。一刻も早く戦闘海域に到達して、援護攻撃を掛けなくては彼等が危ない。
だがその時、目の前に座る通信士から声が上がった。
「ウィリアム艦長!! 和歌山県沖のソノブイから情報が来ています! パルダリスらしき大型生物が、西北西へと進行中!! こちらへ向かっている模様です!!」
「なんだと!?」
トラウツボの巨獣・パルダリスが、九州を離れたという報告は受けていない。
「衛星では捉えられない深海を移動してきたものと思われます!!」
「いかん。リヴァイアサンだけで二体もの海生巨獣を相手に出来るかどうか分からん。ヒドロフィスもこちらへ向かっている可能性もある……少々不本意だが、チーム・カイワンに出撃要請を出すしかあるまい」
*** *** *** *** ***
『イーウェン? 不甲斐ないな!!』
鬼核のナヴィゲーションシートに戻ったイーウェン達は、極東本部との定時連絡を行っていた。
モニターには、不機嫌そうな表情のベン=シャンモンが映し出されている
「申し訳ありません。しかし……ヒルだけは……」
イーウェンの声は、聞き取れないほどか細い。保ち続けてきた無表情も冷徹な態度も、すっかり影を潜めてしまっている。
『お前達は強化サイボーグとして生まれ変わったはずだ。いくら貴様達の町がゼイラニカに滅ぼされたといっても、恐れすぎだ。今やお前達のその皮膚は、刃すらはじくのだぞ!?』
「ゼイラニカ」それは、巨獣大戦時、中国大陸南東部で発生した、ヒルの集合体であるとされる群体型巨獣だった。
それまで単体の生物が巨大化する例はあっても、群体型の巨獣は確認されていなかった。しかし、G細胞の因子を使って医療用に改造されたヒルが研究施設から逸出し、自然条件下で大量に増殖した結果、個体ごとの巨大化と共に、群体化するという能力を得てしまったらしい。
ある夜、数センチから数十センチの無数の巨大ヒルに襲われ、町は壊滅した。
「私は……見たのです。妻と息子が……何匹ものヒルに取り付かれ、別のものに変わっていく様を……そして私も…………」
苦悶の表情を浮かべるイーウェン。
その脳裏には、その夜の恐怖の記憶が焼き付いているのであろう。
人間を取り込み、集合して巨大化したゼイラニカは中国人民解放軍によって焼き殺されたが、町の住民に無事な者はいなかった。
ゼイラニカに寄生されながらも、完全には死ななかった人間……かろうじて生命反応のあった数人だけが、サイボーグ蘇生手術を受け蘇ったのである。
『たしかにお前達は一度死んだ。だがそのお前達を蘇らせたのは、我々のサイボーグ技術だ。そしてそのサイボーグ技術と、ゼイラニカの群体化能力を融合して作り出されたのが、お前達の乗る鬼王なのだぞ? 今更何を恐れることがある!?』
「どうしても…………体が受け付けないのです」
『鬼王にとっては、海中戦の経験値を積むまたとないチャンスであったし、アンドリアスの細胞サンプルは、新たな力となっただろうに……』
「申し訳ありません」
その時、鬼核の通信システムの呼び出し音が鳴った。
『イーウェン大尉。パルダリスがこちらへ向かっているとの情報を得た。
チーム・ドラゴンはアンドリアスと交戦中だ。命令できる筋でないのは承知しているからこれは要請だ。出撃してもらえないかね?』
サブモニターに映ったウィリアム教授は、少し困ったような顔をしている。
いまだヒルの精神的ダメージから脱けきっていないイーウェンは、口を歪めたが、メインモニターのシャンモン長官はちょうど良い、とばかりに目配せをしている。
「わ……分かりました。チーム・カイワンはパルダリス殲滅のため、出撃します」
*** *** *** *** ***
「なんだこれは……海底は一面ヒルだらけじゃないか!!」
干田は呻いた。
水深一千m近くまでアンドリアスを追ったリヴァイアサンの高感度モニターが捉えた光景は、不気味に変貌した海底の様子であった。
高密度でヒルが蠢く海域では、エコーロケーションモニターはあまり有効ではない。切り替えられた高感度モニターが、海底に届いたわずかな光で周囲の様子を映し出した。
複雑な地形の海底。その起伏のすべてが、ゆらゆらと波に揺れるように蠢いている。見渡す限り、すべての海底に数十㎝から数mの巨大なヒルが付着しているのだ。その動きは、まるで催眠にでもかけようとしているかのようであり、じっと見ていると意識を持って行かれそうになる。
そのゆらめく海底の真ん中に、こんもりと盛り上がる巨大な影。蠢くヒルの群れの中心部に、アンドリアスはいた。
こちらを観察しているかのように動かない。だが、もともと視力のほとんど無いアンドリアスには、何も見えているはずはない。音と水流を感じながら、狙いをつけているに違いなかった。
「アンドリアス確認。今度はニセモノじゃないだろうな?」
「それはわかりませんが……少なくとも、周囲に同サイズの物体の反応はありません」
音響探査していた石瀬の答えに、カインが注意を促す。
「イヤ、こんな状態ダト、海底そのものにカムフラージュしていても分からなイ。油断するナ」
「とにかく……このヒルを何とかしなくては始まらないな。水中ナパーム……マグナ・ボムを使うしかない」
「干田さん! マグナ・ボムを使えば、少なくとも半径一㎞の海域は全生物が死滅します。本当に使用するんですか!?」
マグナ・ボム。対水生巨獣用に開発された、金属ナトリウムと水中火薬による、金属燃焼と化学反応を利用した兵器である。
まず、金属ナトリウムが着弾の衝撃で水中に拡散する。
金属ナトリウムは、水と反応して高熱を発しながら水素ガスを発生させる。水素ガスは反応熱によって水中で小爆発を起こしながら、周囲の生物にダメージを与えていく。
水中火薬は爆発せずに燃え続ける。いったん燃焼反応が始まると、水中でも消えることはなく長時間燃焼を続けて、たとえ水中であろうと対象物を焼き尽くすのだ。
さらにナトリウムから生じた水酸化ナトリウムは、生物を構成するタンパク質を分解する。水生生物にとっては最悪の殲滅兵器であるが、今回のような事態にはうってつけとも言える。
「この有様を見ろ!! 我々が何もしなくても、海底の生態系はとっくに破壊されてしまっている!! ……たとえ何か生き残っていたとしても、すでにシュライン細胞に侵食されているだろう」
「……分かりました」
「いいナ石瀬? マグナ・ボム。拡散タイプで……発射」
カインの声と同時に、リヴァイアサンの下側に開いた発射口から二基の魚雷が発射された。弧を描いていったん水面に向かうかと見えた魚雷は、アンドリアスの頭上数十mの位置で小爆発を起こし、無数の小さな弾に分離した。
小弾は傘を広げたように、広範囲の海底に着弾していき、見渡す限り爆炎と気泡が上がる。
爆炎に巻き込まれた巨大ヒル達は、のたうち、痙攣しながら動きを止めた。
小爆発はアンドリアスの体表面でも起きていく。しばらく苦しそうに身をよじっていたアンドリアスは体を起こし、軽くくねらせた。すると、表面のヒルが一気に剥がれ落ち、その下からまた、ヒルに覆われた体が現れた。
「厚着だな。何枚着込んでやがる!!」
「全部脱がせるしかないようですね。」
「バケモノのヌードなど、見たくなイ!!」
カインはアンドリアスに向けて、直接、通常魚雷を叩き込んだ。
体表で爆発が起き、破片が散るようにゆっくりとヒルの塊が剥がれ落ちていく。アンドリアスは、最初に見た時よりも二回り以上小さくなって見えた。
しかし、ヒルが減って身軽になったせいか、アンドリアスの動きはどんどん速くなっていく。海底を滑るように動いて追撃弾を躱したアンドリアスは、大きく尻尾を振ると、一気にリヴァイアサンへ向かってきた。
「来るぞ!! 全速浮上!!」
機体はほとんど垂直になり、リヴァイアサンは水面を目指す。
機体をくねらせて泳ぐリヴァイアサンの後を、アンドリアスの黒い巨大な影が追う。
「追いつかれるぞ!!」
「Don’t worry. 心配ナイ。」
カインがスイッチを入れると、尾部装甲が解除され、そこに電磁スピアと同じ三叉矛の形状をした武器が現れた。
「食らエ!!」
電磁スピアの先端が発射され、追いすがってきていたアンドリアスの頭部に突き刺さる。次の瞬間、アンドリアスは落雷にでも打たれたかのように、全身を硬直させて動きを止めた。
高圧電流の流れる銛・ショックアンカーである。
有線式ショックアンカーの射程は、ほんの百mと短いため、接近戦でなくては使えない。
しかし、以前のワイバーンに搭載されていたものとは出力が違う。
アンドリアスは痙攣から回復できない様子だ。体表に残ったヒル達も、その動きを止めている。しかし、海底のヒル達は、本体をサポートするかのように集まり始めた。
「よし、今のうちにとどめだ!! 直接本体にマグナ・ボムを撃ち込むぞ」
「了解!!」
カインはマグナ・ボムの拡散システムを解除すると、わずかに開いたアンドリアスの口元へ狙いを付けた。
「しぶといヤツだったが……コレでThe endダ!!」
二発のマグナ・ボムのうち、一発はそのまま口内で炸裂し、もう一発は頭部で炸裂して体表面を転がり落ちながら炎上していった。
アンドリアスはのたうつこともままならないまま、ゆっくりと深海へ沈んでいく。体表面にわずかに残ったヒルの群れも、焼き尽くされていくのが見えた。
「ふう……どうなるかと思ったが、これで―――――」
石瀬がほっとしたように言い掛けた途端、コクピット内に異音が響き渡った。軽い衝撃と共に断続的に続くその音は、急激に大きさと回数を増していく。まるでトタン屋根に降る雹のようだ。
「What……なんダ!? 何が起きてイル?」
高解像度モニターは視界が狭いせいか、何も捉えていない。
「エコーロケーションモニターをONにしろ!! 死角から攻撃を受けている!!」
エコーロケーションならば、ほぼ全方位の視界が確保できる。周囲の光景が、モノクロでメインモニターに映し出された。
「ぐ……今度はエビ……か」
リヴァイアサンの後方の海底が、大型のエビの群れでびっしりと埋め尽くされていた。
イセエビ、ニシキエビ、ゴシキエビ、ウチワエビ……色とりどりのエビは、ざっと見ただけでも数種が混じっている。
そのエビが次々に浮き上がり、リヴァイアサンの機体に、体当たりをしてきているのだ。
「あんなものの体当たりくらいで、どうにかなるとでも、ヤツは本気で思っているのか!?」
いくらなんでも、戦闘用潜水艇に、エビの体当たりはナンセンスとしか干田には思えなかった。
だが、それをカインが大きな声で否定する。
「いや、違ウ!! 関節部にダメージ!! 侵入されてイル!!」
カインが指し示したサブモニターの模式図。そこに赤いシグナルが点滅している。リヴァイアサンの駆動可能な関節は数十カ所もある。そこを集中的に狙われればひとたまりもない。
さすがの干田も顔色を失った。
機体表面にとりついたエビたちが、比較的装甲の薄い関節部に、集中して攻撃を加えているに違いない。
だが、いくらシュライン細胞の侵食を受けているとはいえ、金属を食い破るほどの甲殻硬度を持つとは、予想外であった。
海中では、わずかな損傷でも水が侵入してくる。まだ、末端部分のみの浸水であるが、これ以上浸水箇所が増えれば、隔壁では遮断しきれない。あとは行動不能に陥る前に、浮上する以外に方法はない。
「くそッ!! 離脱だ!! 急速浮上しろ!!」
「ダメです!! もう、思うように関節部が動かない!! 圧縮空気で浮力を上げるしか……」
石瀬が絶望的な声を上げる。
「後方から、高速で巨大なものが迫ってクル!! これは……巨獣ダ!!」
音響レーダーを見て叫んだカインの声は、悲鳴に近かった。
海底付近を大きく蛇行しながら襲いかかってきたのは、戦闘海域からもっとも遠くにいたはずの巨獣、ヒドロフィスであった。