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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第6章 人造巨獣・鬼王
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6-7 アルテミスの警告

「ふん……いくら臨時本部とはいえ、この設備の貧弱さは話にならんな」


 隊長のイーウェンが、吐き捨てるように言った。

 仮ドックとしてチーム・カイワンにあてがわれたのは、それでも基地内では最も設備の充実したエリアなのだ。

 彼等の搭乗する、饅頭型の機械兵器・鬼核には、巨大なプラグケーブルが接続されている。どうやらエネルギーを補給しながら、機械部分のメンテナンスをしているようだ。


「ええ。まあしかし、さすが日本です。物資だけは豊富のようですね」


 ジャネアはシートに座って、モニターを流れる物資リストを眺めつつ、消耗した部品がないかチェック中であった。

 しかし、鬼王にはミサイルや爆雷、薬品といった戦闘で消耗する物資は基本的にない。そうした武器のすべては、生体部品であるヒュドラが体内で作り出すのだ。


「樋潟司令から、エンジニアを何人か手伝いに寄越そうかと連絡が来ていますが?」


 ジーランが通信機を片手に、上位席のイーウェンを見上げる。


「丁重にお断りしろ。あの程度の戦闘で、手を借りるほど消耗してはいない、とな。なにより鬼核の内部をここの連中に見せるわけにはいかん」


 イーウェンはにべもなく言い放つと、シートに深く座りなおして目を閉じた。


「私は、しばらくメンテナンスに入る。何が来ても邪魔をさせるな」


 その動きに反応したのか、天井からヘルメットが降りてきてイーウェンの頭部を隠した。ケーブルの束がついた、彼らが戦闘時に被っていたヘルメットである。

 次いで鬼核のメインコンピュータが起動し、モニターにメンテナンス画面が流れ始めた。


「やれやれ。隊長は俺達と違ってデリケートだからな」


「あら、私達だってちゃんとメンテナンスしておかないと、戦闘時にバグが入ったら大変だわ」


「そうだな…………隊長の次は俺がやるか」


 その時、鬼核の室内、ジーランの死角になる位置を小さな黒い影が走った。

 それは、目の錯覚かと思うほど一瞬であったが、たしかに何かが物陰から物陰へと走ったのだ。

 何者かがほんのわずか開けられた鬼核のハッチの隙間から、コクピットに侵入したのだ。

 コンソールの影から、そっと顔を覗かせたのは、生後数日と見えるクマネズミの子供であった。成獣では頭胴長で十数センチはあるクマネズミだが、生後数日では二~三センチしかない。


(ふふん……乗組員全員、この場にいるようだが…………あのシートにいるのが隊長のようだな)


 クマネズミの目が赤く光った。

 シュラインは、クマネズミの子供に自分の意識を植え付けて放っていた。

 MCMOの臨時本部は、紫外線灯や二重エアロック、水封式排水路などが設置され、あらゆる侵入を想定していた。だが、ネズミの隠密能力と運動能力は、蝿一匹通さないはずの防御対策を、易々とくぐり抜ける。

 シュライン=クマネズミは、さっと走り出すと、いくつかの物陰を渡りながら、一瞬でイーウェンの足元にたどり着いた。

 そして、一気にシートの背を駆け上がると、首筋に噛みついた。


「むっ!?」


 イーウェンが声を上げた。


「どうしました隊長!?」


「邪魔をさせるな。と言ったはずだぞ、ジーラン!! 見ろ、ネズミだ。しかし、こんな場所に……不自然だな」


 イーウェンの右手には、じたばたとあがくシュライン=クマネズミがぶら下げられている。


「生体分析が必要だ。密閉容器はないか?」


「待って下さい。隊長。何か強い電磁波を発しています」


「なるほど思考波だな。読み取れるか?」


「これ、例のシュラインです。何故、隊長を乗っ取れなかったのか、不思議に思っているようですよ」


「思ったより間抜けだな。冷凍保存してくれ。すぐに本部のシャンモン長官に送るんだ」


「分かりました」


 ジャネアは、透明なビン状の容器を取り出すと、そこへネズミ=シュラインを放り込み、そのまま近くの金属製の箱を開けて放り込んだ。

 その時、外部通信を傍受していたジーランが、イーウェンの方を振り向いた。


「隊長。野放しだった巨獣どもに動きがあったようです」


「ふむ……狙い通りだな」


 報告を聞いたイーウェンは、その能面のような顔に、初めて薄い笑みを浮かべた。



***    ***    ***    ***    ***



 目覚めたパルダリスは、海底をゆっくりと移動し始めた。

 目指すのは東京湾だ。

 十五年前の巨獣大戦時。

 九州近海に住んでいたトラウツボ。その変異体がパルダリスである。

 人為的変異個体ではない。当時の日本近海には、戦闘で飛び散ったGの体組織からメタボルバキアに感染した海洋生物が、数多くいたのだ。

 ただ、完全な形でのメタボルバキア感染は、筋肉細胞からは起こり得ない。単なるオルガネラ異常を引き起こした挙げ句、急激な巨獣化と引き替えにバランスを崩して自壊していくのが普通だった。が、偶然、体組織が安定し、環境に適応し始めたものも、少数ではあったが、いた。

 このパルダリスも、そうしたうちの一体であった。

 パルダリスは記録されている中では最大の巨獣だ。全長は五百m近く、幅は四十m。トラウツボは、外見からは太短い印象を与えるウツボなのだ。 

 粘膜に覆われた皮膚は、赤と白と茶色の入り混じった細かな斑点が体中に散らばり、鼻先には二本の突起が目立つ。鋭い牙がずらりと並んだ口は、常に獲物を探すように開けられていた。


 シュラインは緊急事態を考えて、何体かの巨獣に人格プログラムを平行して移していた。

 だが、常時目覚めていたわけではない。

 一つの人格に異常があると、次の人格がすぐに目覚めて対応する。シュラインは人格の分裂を防ぐため、そうやって常にただ一つの人格を起動させていたのである。

 クマネズミに憑依させた人格が敵の手に落ちたことで、海底を移動するこの巨大なウツボ、パルダリスの中でシュラインの人格が目覚めたのだ。


(ふん……動いていた人格に何かあったようだな)


 動き出したシュラインの人格は思考した。だが、生体電磁波は海底にまでは届かない。

 シュライン細胞に感染した一羽の海鳥がパルダリスに接触することで、人格は目覚めたのだ。そして同時に海鳥の脳にバックアップされていた記憶もまた、パルダリスに受け渡された。

 シュラインの心に、怒りがわき起こる。


(チーム・カイワンだと……? 僕の細胞に感染しない人間……奴等いったい何なんだ……怪しすぎるだろ)


 情報を受けとると同時に、シュラインはパルダリスの体表面から三体の生物を生み出した。巨大なパルダリスの皮膚から分離したそれらは、まるでゴミ屑のように海中を漂い、水面へと浮上していった。

 そして水面に浮かび上がった途端に飛び立っていく。それはカワウ、コウモリ、トビウオの姿をしていた。


(苦労するよね。同じ生物ばかりだと怪しまれちゃうからなあ…………)


 ケリドラが倒され、目覚めさせた巨獣は残り四体となっていた。このパルダリスと、ヒドロフィス、バイポラス、アンドリアスである。

 彼等を呼び寄せなくては、あの強力な人造巨獣、鬼王とかいうヤツに対抗できそうもない。


(ま、少しは歯ごたえのありそうな敵だし……遊んであげようかな)


 海底を凄まじい速度で東京湾へ向けて泳ぎ始めたパルダリスの中で、シュラインは不敵に笑った。



***    ***    ***    ***    ***



「ここ、俺、初めて来ましたよ」


 明は感心したように周囲を見渡した。

 明の目の前には薄水色の美しい羽を広げたアルテミスが、ちょうどピッチャーマウンドのあたりにとまっている。バックスクリーンに巨大な繭を作っているのは、ステュクスのようだ。

 MCMOの臨時本部からは少し離れたドーム球場。

 明は、小林、加賀谷、広藤の三人と共に、チーム・キャタピラーの拠点となっているこの球場へやって来たのだ。


「ステュクス、蛹化したんだね」


 一番後ろから着いてきた広藤に、明は話しかけた。


「ええ。昨日からああなったんです。いつまで蛹でいるのかは分からないですけど……」


 広藤は少し寂しそうに言った。

 オオミズアオであるアルテミスは、何故かたった数時間で羽化した。だが、メンガタスズメの変異体であるステュクスの蛹期間も同じように短くなっているかは分からないのだ。

 休眠性であった場合は、数ヶ月蛹の状態であっても不思議はない。


「おい広藤? それより、なんであの人がここに居るんだ?」


 小林は、怪訝そうにアルテミスの羽根の下に立つ人影を見た。


「あれ? 鍵倉教授もいらっしゃったんですか? アルテミスが呼んでいるって言われて来たんですが……」


 その人物に気がついた明は、驚いて声を上げた。

 彼は明を待っていたのか、右手を軽く挙げて近づいてくる。相変わらずラフな服装に白衣を引っかけ、サンダル履きといういかにもな格好だ。

 この風変わりな博士とは、臨時本部で最初に樋潟から紹介を受けて以来、一度も話すらしていない。だが、その表情は見るからに暗い。

 TVでは人の良さそうな笑顔しか見たことがないが、こんな表情をする人だっただろうか? 明の胸に不安がよぎった。


「すまないな。呼び出してしまって」


「え? 鍵倉教授が僕を呼んだんですか?」


「いや。もちろん、正確にはアルテミスが警告を発したんだが……その内容を、どうしても私に相談したい、と彼女が、ね」


 鍵倉が振り返ると、アルテミスの足元の影から、珠夢が姿を現した。


「なんだよ。珠夢。さっきから姿見せねえと思ったら……なんで隠れてたんだ?」


「ごめん。お兄ちゃん。

 小林さん…………隊長の小林さんに黙って鍵倉先生に相談してごめんなさい。でも……他に相談する相手を思いつかなくて……」


「そうだよ。チームリーダーの俺に黙って、他の人に相談って何なんだよ? そんなに俺、頼りないか?」


 小林は少し不満そうに口を尖らせたが、まだ事情を説明されていないせいか、口元は微笑んでいる。さほど怒っている、というほどではない様子だ。


「ううん。その逆。小林さんに言ったら、考える前に絶対に行動を起こしちゃう。だから、言えなかったの」


「だから、いったい何だってんだよ。ハッキリ言えよ!!」


 目を合わせずに俯き、呟くように告げる珠夢に、小林が焦れた様子で言った。


「待ちたまえ小林君。今、私が説明しよう。これはアルテミスが気づいて、彼女に教えたことなんだ。まず……Gの生命反応は、これまでになく安定している。これはすべての生命活動が正常に行われていることを示しているといえる」


「そ……そりゃあいい事なんじゃねえのか? なのになんで二人とも、そんな哀しそうな顔してんだよ!?」


 小林の声は不安からか、少しかすれ、裏返っている。

 鍵倉教授の表情はいっそう深刻になり、珠夢の目には涙さえ浮かんでいた。


「問題は良好な状態になったGにも、欠けている組織があることだ。だからGは動かない。いや動けないんだ。欠けているのは前頭葉の一部。すなわち君だ。明君」


「それは……分かっています。ですから……それが一体何だとおっしゃるんですか?」


「落ち着いて聞いてくれ。君の理解を得るには、説明が必要なんだ。珠夢君に協力してもらって、ミクロネシアの秘薬を研究していて分かったことが二点あった。

 一つは、伝説のアンブロシアの秘薬によって、人は自分の意志で細胞レベルで生命を操ることが可能になる、ということだ。そうやって神話の巨人や巨獣は生み出されたのだろう。明君、君が松尾君にした細胞レベルの治療については、八幡博士から聞いている。私の言うことが理解できる……かね?」


「そんなバカな。明が細胞レベルで治療を? いったい何言ってるんです!?」


 突拍子もない話に、小林は笑い出した。生物研究者の卵である小林や加賀谷にとって、鍵倉の話は、まるでおとぎ話のようにしか聞こえない。


「いや…………小林さん。教授のおっしゃったのは本当のことです」


「な……何だって?!」


「小林君。落ち着いて聞き、そして理解して欲しい。明君は……彼は細胞レベルどころか、分子レベルで松尾君を治療して、人間に戻したんだ。君達も秘薬を飲んだはずだ。無論私も飲んでみた。だから、よく分かる。君でも自覚さえすれば一定のことは出来るはずなんだ。こんな風に」


 鍵倉教授は、すっと手を伸ばすと袖をめくった。

 そこにある小さな黒子ほくろ。それが……動いた。


「えっ!?」


 小林も加賀谷も目を疑った。肘のあたりからするすると移動した黒子は、二の腕から手首へ、そしてまた元の場所へと戻った。


「そんな……バカな」


「秘薬の効果は個人差があり、しかも効果時間も限られる。だから、君達が今出来るかどうかは分からんが、この程度は誰にでも出来るんだ。だからこそ加賀谷君達のおばあさんは、巨獣が出たら飲め、と言っていた。つまり、巨獣細胞の侵食を自分の意志で抑えることが出来るからだ」


 加賀谷は息を呑んだ。つまり、祖母は……いや、ミクロネシアの人々は古来、巨獣によって周囲の生物が変異する可能性を知っていたということになる。


「でも、明は分子レベルで操ったって…………そう言っただろ?」


「G細胞との融合、メタボルバキア、戦闘経験、生物知識、そして松尾君への思い……それらが影響しているんだとは思う。だが、彼がやったようなことは秘薬を飲んだものにとっては不可能ではないということだ」


 小林も加賀谷も広藤も、呆然と鍵倉教授の話に聞き入っている。


「そしてもう一つ……最大の問題がある。この秘薬の思わぬ副作用だ」


「副作用?」


「生物間親和力の異常な増大……そう私は定義しているが、これにより明君、君はGの細胞と同じ能力を速やかに獲得していったと考えられる。別種である人間とG……だが、君は細胞レベルでGに侵食され、また侵食していったのだ」


「侵食…………した? ですって?」


 明が、信じられないことを耳にしたかのように聞き返す。


「そうだ。Gという生物もまた、君の人間細胞に影響を受けたのだ。これによって君とGはほぼ完全に一つの生物になったと言える。普通ではあり得ないことだ」


「一つの生物…………?」


「そうだ。今度融合したら、Gの本体は君を自分自身……つまり、同じものと見なしてしまうだろう、ということだ。脳だけが人間の体から分離できないように、君がGから分離することはもう出来ない。そう考えて良いと思う」


「そんなの…………仮説……推論に過ぎねえじゃねえか……」


 小林は無理につくった笑顔で言った。だが、声の震えまでは隠せていない。


「そうだ。だが、その仮説の裏付けをしたのが……アルテミスなんだ」


「珠夢ちゃん……どういうことなんだ?」


 あまりの内容に、それまで呆然としていた広藤が、珠夢に聞いた。


「……Gの体にアルテミスがとまって、治療したでしょ? あの時、Gからの波動と明さんの波動が全く同じになっていたって、アルテミスが言ったの。同じものは、二つに分かれることは出来ない。明さんはGに吸収されるだろう……って。そう言ったのよ」


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