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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第6章 人造巨獣・鬼王
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6-4 ケリドラ上陸

(でも……告白するっていったって……どうすりゃいいんだろう?)


 勢い込んで飛び出したものの、明はその事に思い当たって立ち止まった。

 ラブレターでも書こうか? いや、さっき紀久子は来月入籍だと言っていた。そんな悠長なことをしていては、手遅れになる。

 かといって、直接話すには彼女の部屋に行かなくてはならない。電話して呼び出そうにも自分は携帯を持っていないし、彼女の番号も知らない。

 昼間、あれほど気まずい思いをさせた自分が、のこのこ部屋を訪ねても追い返されそうな気がしたし、部屋の前で待ち伏せなどしてはストーカーである。

 お互いがGとダイナスティスだった時、心を直接見せ合うほど近くに感じていたのが、まるで嘘のように、明は、紀久子と自分の距離を遠く感じていた。


(困ったぞ……会う方法が無いじゃないか…………)


 しかし、考え込んでいても埒があかない。

 明はとぼとぼと歩いているうちに、いつの間にか紀久子の部屋の近くまで来ていた。


(どうしようか…………)


 だがこのままうろうろしていては、それこそ怪しまれる。

 諦めて今日の所は帰ろうと、紀久子の部屋に背を向けた時、後ろから声を掛けられた。


「……明君?」


 紀久子の声だ。

 明は、驚いて振り向いた。

 ドアが開いている。紀久子は入浴に行くところだったのだろう。赤いジャージ姿にカーディガンを羽織り、洗面器を持って立っていた。


「どうしたの? こんなところで……」


「あ……いえ。昼間のこと…………謝ろうと思って」


「ううん。謝るのは私の方。変にツンケンした態度とってごめんなさい。明君が誰を好きでも、私には関係ないことだったね。じゃあ、私もうお風呂行くから」


 紀久子は冷たくそう言い放つと、明の横をすり抜けて歩き出した。


「ま……待って下さい」


「…………」


 紀久子は無言のまま立ち止まった。


「僕の……好きな人の名前を言います。言わせて下さい」


「……もう、いいの。本当にごめんなさい。私の方がヘンだっただけ」


 向こうを向いたままの紀久子の表情は分からない。だが、その声は暗く沈んで聞こえた。

 明の胸が不安で高鳴った。


「どうして……そんなこと言うんですか……」


「あの後……ね。MCMOの人に聞いたの。珠夢ちゃんの言っていたことが気になって。

 私が行方不明になっていた間、MCMOがどんな作戦で動いていたか……ブリーフィング資料も見た。…………みんな知ってたんだね」


「知ってたって…………何を?」


「明君が私のこと、命がけで探してくれてたこと。

 私が、シュラインに取り込まれて協力し、東宮先輩や色んな人達に迷惑を掛けたこと。

 ダイナスティスになって、街を壊し、たくさんの人に酷い事したこと………私だけが知らなかった」


「そんな…………でも、それは……松尾さんのせいじゃ……」


「私がやったことは、私の責任。誰のせいでもないよ。

 自分の命が助かったことに……助けて貰ったことに浮かれて、しなきゃいけない償いを忘れるところだったの。ごめん。だから今は…………一人にして」


「…………はい。でも――――」


 明が言い掛けたその時、全館に非常ベルが鳴り響いた。

 次いで、大音量のアナウンスがかかる。


『霞ヶ浦から、巨獣ケリドラが土浦市に上陸。総員第一種配備。非戦闘要員は自室で待機。全攻撃チームメンバーは、至急、司令室へ集合して下さい。繰り返します―――――』


 周囲の部屋のドアがバタバタと開き、中から慌てた様子の職員達が飛び出してきた。制服を着ながら廊下を走っていく職員もいる。とても話を続けられる状況ではなさそうだ。


「松尾さん、僕も行かなきゃならない。攻撃チームのメンバーになっているんです。帰ってきたら、もう一度会ってもらえませんか?」


「…………ごめん。約束できない」


 紀久子はそう言うと、顔を伏せたまま踵を返し自室へ戻っていった。


「ちくしょうッ!!」


 明は拳で建物の柱を殴りつけた。

 非常ベルの鳴り響く中、建物全体が微かに揺れ、コンクリート製の分厚い柱がわずかに拳の形に凹んだ。


「何で…………どうしてなんだッ!!」



***    ***    ***    ***    ***



「すみません! 遅れました!!」


 明が司令室に到着すると、すでに四つの攻撃チームのメンバーが集まっていた。

 羽田隊長のチーム・エンシェント、ライヒ隊長のチーム・ビースト、小林が率いるチーム・キャタピラー、チーム・マカクは、むろん来ているのは、隊長の雨野いずものみだ。

 チーム・ドラゴンの姿だけが見あたらない。


「大丈夫だ明君、遅くはない。だが、一刻を争う状況だったため、既にチーム・ドラゴンに出撃を命じた。他のメンバーはここで待機して欲しい」


 なるほど、そういえば新しくMCMOに参加した、チーム・ドラゴンの姿が見あたらない。

 考えてみれば、彼等だけがほぼ無傷なのだ。

 チーム・エンシェントは狙撃手スナイパーのまどかを欠き、チーム・ビーストはカトブレパスが修理中で行動不能。チーム・キャタピラーはアルテミスがすぐにも現場へ行けるが、攻撃という点では弱い。チーム・マカクは出撃可能だが、サンとカイ、二体の巨獣はいわば徒歩だ。現地到着までの所要時間がかかり過ぎる。それに比べてジェット戦闘機ベースの機動兵器・ワイバーンEXの航続距離は長く、速度も音速を超える。遠方への即時出撃が可能なチームは、チーム・ドラゴンしかいないのだ。


「そろそろ、ケリドラとチーム・ドラゴンが接触する頃だ」


 メインモニターには、土浦市を臨む無人カメラの映像が映されている。

 ケリドラは土浦港から上陸し、JRの駅舎を破壊しつつ市街中心部へ向けて侵攻しているようだ。

 カミツキガメのG細胞変異体であるケリドラは、四足歩行の巨獣である。

 まるでボタ山が移動するかのように、霞ヶ浦湖底に堆積した汚泥まみれの甲羅を引きずるようにしながら市街地を移動していく。

 事前に避難完了している土浦市は、人的被害はないようだが、ケリドラの通過跡は、まるで巨大なローラーでもかけたように、建造物が根こそぎ破壊されていた。

 その時、ケリドラの上空に一筋の光の線を描きながら、青と銀色に彩られた機体が現れた。干田の操るワイバーンEXだ。

 夕闇のため機体の要所に点灯されたライトだけがその機体を照らしているが、複雑な形状のその機体は、それでも普通の航空機ではないことが一目瞭然である。

 ワイバーンEXは、すぐに長距離飛行モードを解除して戦闘モードに変形した。


「よし。目標ターゲット確認。

 こちらチーム・ドラゴン隊長、干田茂朗。土浦市上空に到着しました。すぐに攻撃を開始して構いませんか?」


 干田は樋潟に攻撃許可を求めた。


『待て、干田大尉。迂闊に攻撃して刺激すると、ケリドラは興奮して暴れ出す可能性がある。それに、もしも昆虫装甲インセクトアーマーを身につけられては手に負えない。カイン君と石瀬君が到着するまで、上空で待機してくれ』


 先日コルディラスとヴァラヌスⅡが変貌した姿を、MCMOは「昆虫装甲インセクトアーマー」と名付けていた。実際には装甲という以上の特殊能力が付加されていたが、全身を覆う昆虫群による変貌は、そう表現する他に無かった。


「了解」


 干田は素直に樋潟へ返信しながら、しかし拳を握りしめて心の裡でつぶやいた。


(くそ。このままこの町が破壊されるのを、手をこまねいて見ていなくてはならんのか……)


 サラマンダーFGは自動車道をホバー走行。シーサーペントNEOは霞ヶ浦水門を通って浮上航行でやって来る。たった数十キロの距離であっても、到着時間には十分以上の差が生じてしまうのだ。

 しかしその間、ケリドラが行動を止めていてくれるわけはない。

 ゆっくりと。しかし、確実に街は破壊されつつあった。


(ん?……あれは……? なんであんな所に人がいるんだ!?)


 ワイバーンEXは背部スラスターで空中に停止することが出来る。

 ケリドラの頭上で停止し、姿勢を保持した時、干田は駅前の映画館らしき建物の屋上に数人の人影を見つけて息を呑んだ。既に日は暮れ、照明も消されたビルの屋上ではあったが、懐中電灯を振りかざし、こちらへ助けを求めて手を振る人影を見間違えようはずが無い。


『樋潟司令!! 土浦駅前の建造物の屋上に人がいます。確認できるだけで五名!!』


「なんだと!? 土浦市は完全封鎖されているはずだぞ!?」


 干田からの通信連絡を聞いた樋潟は顔色を変えた。


『今、画像を送ります。服装までは確認できませんが、若者のようです。このままケリドラが進路を変えなければ、数分で彼等のいる建物は破壊されます。攻撃します!!』


「ダメだ!! ワイバーンEXの武器では完全に仕留めきれるとは限らん。興奮させると却ってまずいことになる!! 外部スピーカで屋上の人影に避難を指示するんだ!!」


 ケリドラは一見、不真面目に見えるほどのんびりした動きで進んでいる。だが、本来の性質は荒い。何か刺激を受ければ急に敏速な動きを始めるのだ。


「くっっ!! ……了解!!」


 干田は外部スピーカのスイッチを入れると、大声で叫んだ。


「「屋上の連中!! 巨獣ケリドラが迫っている!! 刺激しない限りヤツの動きは速くない!! さっさとその建物を降りて逃げろッ!!」」


 だが、屋上でライトを振る人影は、逃げようとしない。

 服装や様子から見てどうやら、がら空きの避難地に忍び込んだ空き巣集団のようだ。声は聞こえないが、その表情は必死だ。


(いったい…………何故降りて逃げようとしないんだ?)


 干田は、ゆっくりと機体を建物に近づけていった。


「バカな!! なんだアレは!? そしてこの数は!?」


 夕闇のためよく分からなかったが、屋上室のドアの前には、たくさんの荷物が置かれていた。どうやら、ドアから何者かが屋上へ侵入しようとしているのを、防いでいるようだ。

 そして、建物の前の道路は何か半透明に輝く、ゼリー状の物体で覆い尽くされていた。そののっぺりとしたゼリー状の物体は、一つ一つが立ち上がり、またうねうねと蠢き、若者達が立て籠もる建物に押し寄せようとしていた。

 それぞれが意思を持っているとしか思えないその動きは、全体が波打つように同調しており、不気味この上ない眺めだ。


「ケリドラと何か関係があるのか!? アメーバ? それとも、何か別の生き物か?」


 生物研究者でもある干田は、必死で頭をめぐらせたが、答えは見えない。

 ただ、このまま放置すればあの半透明のアメーバ状の生物に、若者達は確実に食われてしまうだろう。

 そうでなくとも、数分以内にケリドラがその場所へ到達すれば、建物ごと押し潰されてしまう。

 干田は、通信機に向かって叫んだ。


「司令!! 樋潟司令!! 何か正体不明の不定形生物群が、屋上の人間を狙って押し寄せています!! 攻撃許可を下さい!!」


『分かった。状況はこちらのモニターでも確認できている。不定形生物群への攻撃を許可する。だが、くれぐれもケリドラを刺激しないようにしてくれ!!』


「了解!!」


 不定形生物群の画像は、司令本部のモニターにも届いていた。


「な……なにあれ……キモイ~」


 珠夢が思わず声を上げる。


「あのサイズでほぼ完全に半透明……内臓器官や骨格らしきものがまったく見えないことを考えると、どうやらあれも群体生物と見て間違いなさそうですね」


 八幡が分析を加えた。


「つまり……小さな生物の集合体……あれもシュラインの昆虫装甲みたいなものってわけですか?」


「可能性はあります。

 しかし……シュラインの仕業だとしても、いったい何にシュライン細胞を付加したのか、それが分からない」


「アメーバじゃないんですか?」


「簡単には結論づけられませんね。あれほど何の特徴も見えない生物は、私も見たことがない」


「待って下さい!! ケリドラが……苦しみ始めてます!!」


 モニター上では、ケリドラが巨大な甲羅を地上から離すようにして、四肢を踏ん張っていた。カミツキガメが威嚇行動の時にする体勢だ。


「いったい…………何があったんだね!! 干田君! そちらの様子を伝えてくれ!!」


『あのアメーバ達が、ケリドラを襲っているんです!! どうやら奴等は、霞ヶ浦からケリドラを追ってきたらしい。霞ヶ浦を見て下さい!!』


「何? 湖の…………色が!!」


 司令本部にいた全員が息を呑んだ。

 常にどんよりと濁り、アオコが浮けば陸地と区別が付かないほど透明度の低い湖で有名な霞ヶ浦が、夜目にもハッキリと透明になっていたからだ。

 それは、まさに水の色が消えたとしか表現のしようがない。

 その透明な水面から、まるで湖があふれ出すようにして先程のアメーバが次々に生まれ出てくるのだ。


「つまり…………あの透明な水域、すべてがあのアメーバ状生物で構成されているということか…………」


 驚愕の表情を浮かべながら八幡がつぶやく。


「教授、ケリドラは、あの透明な生物に覆われて変身するのでしょうか!?」


「わかりません。しかし、そうでは無さそうです。ケリドラの体表面が溶けている。消化されているんですよ」


 その時。樋潟の目の前にいた女性オペレータが振り向いた。


「樋潟司令!! MCMO極東本部より通信です」


「取り込み中だ!! 後で掛け直してもらってくれ」


「現況に関わりのあることなので、至急に。とのことなのですが……」


「分かった。代わってくれ。……シャンモン代表。何のご用件ですか? 今、我々はケリドラと戦闘中です」


 通信の相手は、極東本部代表のベン=シャンモンであった


『樋潟司令。すぐにチ-ム・ドラゴンを撤収させたまえ。』


「どういうことです!?」


鬼王カイワンをそちらに派遣した。すでに生体部品は到着しているはずだ』


「あの化け物をですか!? 代表!! まさかこのアメーバ状の生物群は!?」


『そうだ。鬼王の生体部品、ヒュドラだ』


「なんてことを!! 鬼王は未完成だったのではないのですか!?」


鬼王カイワン』という名を聞いた途端、樋潟はベン=シャンモンに猛然と食ってかかった。

 思いがけない言葉を聞いて、かなり動揺した様子だ。

 だが、司令本部に集ったメンバーのほとんどが、鬼王と聞いても何のことか分からないといった表情である。


「樋潟司令!? 鬼王とはいったい何なのですか? 我々にも分かるようにご説明下さい!!」


 羽田の言葉に、樋潟は厳しい表情でモニターを見据えたまま答えた。


「…………中国が開発した、最悪の生体兵器だ」


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