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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第5章 擬巨獣ダイナスティス
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5-11 Gvsダイナスティス

 Gは皇居の脇を通り、新宿通りを早足でやって来る。


「松尾さん……今、あなたを助けます!!」


 ビルの屋上へ駆け上り、Gを待っていた明は、そう呟くとGの頭部に飛び移った。

 明が自分自身の意志で、Gと再融合するのは二度目だ。

 碧い宝石に身を沈めていくと、たちまち明の意識がGの意識と繋がっていく。

 その意識は、明だけでいる時よりもクリアで力強い。しかし、同時に数万年に渡る、闘争と破壊、そして殺戮の記憶がその奧から蘇ってくるのだ。

 それは巨獣であるGと、人間である明との、決して相容れることのない異質な価値観との遭遇でもある。

 そして、それは明にとって、嫌悪と恐怖の対象でしかない記憶だった。

 明は、まるで心そのものを巨大な手で握り潰されるかのような、そんな圧迫感に耐えながら、自分の知覚をGの全身へ広げていった。

 知覚が同一化していくに従って、Gの全身を支配している感覚が明のものになっていく。

 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚……そして通常、人間では感知することのない電磁波、地磁気、超音波、気圧、風力……そういった様々な知覚が集約され、明自身の知覚情報へと変えていく。

 その間わずかコンマ一秒であったが、明にはとてつもなく長く感じられた。それは、Gの闘争と孤独の歴史を明が追体験するような感覚であったのだ。

 すべての神経が接続された時、明はGそのものとなって吼えた。

 その声は、大型の弦楽器を、金属の棒で低音から高音まで一気に弾き下ろすイメージ。

 強い目の輝きは、明の意思を映している。

 巨獣王・Gの咆哮が、東京副都心に響き渡った。



***    ***    ***    ***    ***



「Gがダイナスティスと接触します!!」


 司令室内にオペレータの声が響き、メインモニターには対峙する二体の巨獣、いや巨獣王と擬巨獣の姿が映し出された。


「いや。動きが……止まったぞ」


 ネオンサインに照らし出された眠らない街、新宿。

 その街の東西の端に現れたGとダイナスティスは、睨み合うかのように動きを止めたのだ。

 

「…………いつまで……ああしているつもりなんだ?」


 モニターを見つめたまま、樋潟司令が呟いた。

 十数分にわたって、二体はそのまま動かない。二体の巨獣は、互いに攻撃の隙をうかがっているようにも、見つめ合っているようにも見えた。



***    ***    ***    ***



 明は、一歩後ろに退いた。

 そして、ダイナスティスを誘うように少しずつ後退していく。

 対峙し始めて十数分。ようやく周囲から人影が見えなくなり始めている。

 だが、逃げ遅れた人のことを考えれば、戦闘を始めるならダイナスティスに近い新宿駅側より、自分の後方の新宿御苑に誘い込んだ方がいい。

明の動きに誘われ、ダイナスティスがゆっくりとこちらへ歩き始めた。


”来たわねG。今、殺してあげる………………《明君!! 私はもうだめ。ここから去って!!》”


”そんなこと出来ません!! 必ず助けますから、決してあきらめないで!! ”


 ダイナスティスの巨大な角が地を這って、周囲の建造物を薙ぎ倒した。

 紀久子の思考波が、その動きに重なる。


”逃げちゃダメって言ったでしょ?………………《私は昆虫細胞を組み込まれたの!! もう人間じゃない……帰れないの!! 》”


”なんとかします!! あなたを人間に戻す!! ”


 そのまま後退し、新宿御苑に踏み込んだ明は、ダイナスティスが来るのを待って、横へ回り込んで組み付いた。これでダイナスティスは動きが制限される。少なくとも街の方へ戻ることは避けられるはずだ。

 すると、大きな角でバランスを崩したように、ダイナスティスが腹ばいになった。

 明は攻めあぐねてダイナスティスの正面に立ってしまった。

 次の瞬間、ダイナスティスは驚くほど素早くその下角でGの左脚をすくい上げると、背部から生えた長い上角との間で、体ごと挟み込んだ。

 Gの巨体が宙に浮き、明は手足を振って逃れようと足掻く。


”あはははは!! 何馬鹿なこと口走ってるの? 私は幸せなのよ!?………………《無理よ!! 私なんかのために死なないで!!》”


”無理じゃない!! 必ず方法を考えます!! ”


 ダイナスティスは、Gの脚を挟んだまま立ち上がり、後方へ体を反らして投げ捨てるように放り出した。

 Gは、駅に隣接した百貨店の建物に頭から激突した。建物は完全に倒壊したが、おかげでGのダメージはさほど無い。明は瓦礫の中で立ち上がり、迫り来るダイナスティスに備えた。


”死ね!! 死ね死ね死ね!!  ………………《避けて!! この角は高周波震動してるの!! 》”


”避けません!! そんなこと言っていたらあなたを救えない!! ”


 地を這うようにすくい上げられたダイナスティスの下角が、Gの下腹を抉った。そのまま腹部を貫いた下角は、背中から突き出てきた。

 真っ赤な血飛沫が、Gの特徴的な背びれの間から吹き出し、高周波震動のために、あっという間に蒸発し始める。

 だが、このまま下がれば街の被害は増える一方だ。たとえ紀久子を助け出せても、人が一人でも死ねば、紀久子は自分で自分を許さないだろう。ここで退くことは出来ない。

 Gは苦悶の表情を浮かべながら、一歩前に進んだ。

 そして、上角の付け根を狙って放射熱線を発射した。


”きゃあああああ!! 熱い熱い熱いっ!! ………………《嘘よ!! 攻撃をゆるめないで!! 私を殺してっ!!》”


”ダメだ!! ……万が一にも、あなたを焼いてしまいたくないっ!! ”


 明はあわてて放射熱線を止めた。

 ダイナスティスは、さらに前に進み、上角を右胸に突き刺した。高周波震動している上角も、Gの体に突き刺さっていく。ずぶずぶと半ばくらいまで突き刺したあと、下角を持ち上げ、上角との間で挟み切った。

 右半身を大きく切り裂かれたGは、片膝を付いた。

 傷口から、内臓の一部らしいものがはみ出し、おびただしい血液が地面を濡らしていく。


”口ほどにもないわね。これが巨獣の王? 笑わせないで………………《やめて!! やめて!! 明君を殺さないで!!》”


”大丈夫……僕は死んだりしません。あなたを助けるまでは死ねないっ!! ”


 ダイナスティスはいったん角を退くと、今度は左半身へ下角を突き刺した。

 そして、ゆっくりと持ち上げ、心臓へと角を近づけていく。


”今、とどめを刺してあげるわ。嬉しいでしょ? ………………《逃げて!! Gから分離して逃げて!! 》”


”嫌です!! ここで逃げたら、あなたを助けられない!! ”


 明は、上角を右手で、下角を左手で掴み、押し返そうとした。

 高周波震動で、両手の平から煙が上がり、肉の焼けるイヤな臭いが周囲に立ちこめる。

 ダイナスティスの角は、無慈悲にGの心臓へと近づいていく。重傷のGには、押し返す力など残っていないのだ。大量の出血から、明の意識が消え失せようとしたその刹那。


”アキラ。タスケニキタ”


 機械的。というより、非常に簡素な思考波が明の脳に届いた。


”この……思考波は……誰だ? どこにいる? ”


”ウエダ”


 見上げた明の、かすむ視界の中、夜空を覆い尽くすような、巨大な白い蛾の姿があった。



*** *** *** *** *** *** ***



「おい!! もう羽化するってのかよ!?」


 背後の特別車輌を見た小林は驚いて叫んだ。

 明がGと再融合する一時間ほど前、場所は京都のを少し手前、米原駅のあたりであった。


「彼等は、もう普通の蛾じゃありませんから、何が起きても驚きませんけど、蛹化から三時間で羽化ってのはすごいですね。たぶん、幼虫段階からすでに体内構造を変化させつつあったんでしょうけど……」


「お兄!! アルテミスが列車を止めてって。羽根を乾かす間、十分だけ待ってって言ってる」


「お、そうか。あと、カバーも外さなきゃな」


 小林は列車を止めると、カバーのリジェクトボタンを押した。

 透明なポリカーボネイト製のカバーがはじけ飛び、巨大な蛹がむき出しになる。見ると、その背中の部分には、既に真っ直ぐな切れ込みが入っていた。


「……まるで包丁で切ったみたいだな。うまくできてるモンだ」


「変な感心の仕方しないで。羽化は大変なんだから。ね? 広藤君」


 珠夢が小首をかしげて広藤の顔を覗き込む。


「はい。羽化に失敗すれば、もう飛べませんから……大丈夫かな」


 だが、広藤が心配するまでもなく、蛹の割れ目から押し出されるかのように、ゆっくりと姿を現した成虫のアルテミスは、何事もなかったかのように蛹の上で体を乾かし始めた。

 呼吸に合わせて伸縮している、真っ白な腹部。

 その腹部の動きに合わせて、しわくちゃの黄色い羽根が、次第に広がっていく。伸びながらその白い羽は、透明な水色を帯び、美しく広がっていく。

 巨大な美しいオオミズアオ。その大きさは、翼開長百mはある。しかし、その体は二十mもない。アンバランスな巨大さだ。

 最初は、時折吹き付ける突風によろけていたアルテミスだったが、ほんの数分もすると列車を掴む脚も固くなったようで、小揺るぎもしなくなった。

 それを見ていた珠夢が、虚空に耳を澄ますような仕草をする。


「行く……って。大阪の方はステュクス一匹だけで大丈夫だろうって」


 それを聞いた小林が、腕を組んで前に進み出た。


「アルテミスだけで、明の救援に行くってのか? ダメだ。俺も連れて行けって言え!!」


「……じゃあ、首の後ろの毛に隠れてろって。あと…………落ちても知らないって」


「ハァ? 落ちても知らねえだ? コイツいつからそんな偉くなりやがった!! 上等だ!! 行くぞ、加賀谷!!」


「ええっ!! 俺も乗るのか!?」


「ったりめえだろう。俺一人で何が出来る!!」


「え? それは……俺がくっついて行っても同じだと思うんだが…………」


「いいから来い!!」


 二人は、アルテミスの首の辺りに潜り込むと、大声で叫んだ。


「いいぞ!! って、コイツに言え」


「うん!! 頑張ってきてね!! 明さんによろしく!! 大阪の方は私達に任せておいて!!」


 小林と加賀谷を乗せたアルテミスは、東京へ向けて飛び立った。



***    ***    ***    ***    ***



 もつれ合って戦う、Gとダイナスティスの上空に現れたアルテミスは、上空からフェロモンをまき散らしていた。

 それは多くの昆虫種で共通する、外敵を感知した時の警戒フェロモンと、逃走時のフェロモンのミックス。

 その効果は、昆虫の群体であるダイナスティスには絶大であった。

 ダイナスティスを構成する昆虫たちは全体が連動する動きをやめ、それぞれが離脱して、逃げだそうとし始めたのだ。

 連携できなくなったせいか、角の高周波震動は停止し、押し込まれ続けていた角の動きが止まった。


”何これ!? なんで動かないのよ!! 動け!! 動け!! ………………《今よ!! 明君!! 放射熱線で私を撃って!!》”


”いいえ!! 撃ちません!! 今……今、そこへ行きます!!”


 明は、ダイナスティスの下角を左腕で挟み込んだまま、上角と下角の間……ちょうど頭部と胸部の境目へと顔を近づけていった。

 一瞬でも高周波震動が始まれば、Gの手足は切り落とされ、そのまま首を挟み切られる可能性がある位置だ。


”ふふふ。チャンスね。あの世に行きなさい!! ………………《ダメよ!! 絶対にさせない!!》”


 紀久子は、高周波震動を再開しようとするもう一人の自分を、必死で抑え込んでいる。

 明は、Gの額から分離してダイナスティスに飛び移った。


”馬鹿ね。シュライン様の命令に従わない気なの!? ………………《私は誰の命令にも従わないわ!! 私は自分で生きるの!!》”


 明は、ダイナスティスの目のあたりの組織に手をそっと差し込んだ。

 この奧に、脳に当たる中枢部があるはずだ。そこに必ず紀久子が居る。明はそう確信していた。


”自分で頑張って生きてても、つらいことばかりだったじゃない!? ………………《自分で選んで失敗する人生なら、後悔しない!!》”


 明は手から順に体を押し込んでいく。

 強い電磁波を直接体から発することで、群体を構成する昆虫たちを移動させ、殺すことなく、傷つけることなく、自身の体を沈めていくのだ。

 だが、昆虫たちの抵抗は激しい。

 噛みつき、潜り込もうとする昆虫たちによって、明の体は、たちまち血塗れになっていった。


”あなたは感謝の心がないの? 私達は、人は生かされているのよ?………………《そうね。でも、だからこそ、頼ったり、甘えたりしちゃダメ。自分自身で強く生きなきゃダメなの!!》”


 見つけた。

 固い殻のようなカプセル状の空間に、紀久子が包まれている。

 それをそっと押し割ると、内部からどろりとした液体が流れ出していった。

 中央に、ぐったりと目を瞑った紀久子がいる。


(やっと……やっと会えた。松尾さん……)


 明の心に温かい思いがあふれ、とめどなく涙が流れた。


(早く、助け出さなくては)


 見ると周囲から、神経束のような形に変化した昆虫群が伸び、紀久子の体にまとわりついている。

 それを切り離し、紀久子の胸に取り憑いたヘラクレスオオカブトを引き剥がして踏みつぶす。


”そうまでして自分で生きるの? 傲慢ね………………《傲慢かも知れない。でも、私はそうやって生きたい!! 自分で選んだ人生を後悔したくない!!》”


 だが、ただここから助けるだけではダメだ。

 どうしたら紀久子の体内に植え付けられた、昆虫細胞を追い出せるのか?

 寸時考えた明は、はっと気づいた。そして、迷いなく自分の左目に手をやると、その目をくり抜き、取り出した。


”自分で選んだ人生? ………………《そうよ。自分の人生は自分のもの。生き方を決めるのも、努力も怠惰も自分の責任》”


 眼球が引きずって出てきた神経束を、無理矢理引きちぎる。激痛が走るが、そんなことは構っていられない。

 明は自分の指先を噛み切り、その血液で眼球内部を満たした。白い眼球が真っ赤に染まり、それが薄く光を放ち始めた。

 明は、それをそっと横たわる紀久子の胸の辺りに置いた。

 メタボルバキアによって生体融合の力を持つ明の眼球は、ゆっくりと紀久子の体内に呑み込まれていった。

 それを見届けると、明は満足そうに微笑んだ。


”私は……自分で……《自分の意志で生きるの!!》”


”《シュラインなんかに、負けてたまるもんですかっ!!》”


「それでこそ……松尾さんです」


 紀久子の目の前に明の顔があった。ウィンクするように、片目を瞑っている。

 だが、その目から流れている血を見れば、そして全身の傷を見れば、それがウィンクをしている訳ではないことは一目瞭然であった。

 ダイナスティスとの神経接続は切れていた。

 気がつけばそこは、直径二mほどの丸い空間であり、周囲には明が切断したらしい白い神経繊維らしきものが散らばっている。


「明君……どうして?」


「Gから分離して、直接ダイナスティスの体内に入りました。松尾さんが頑張ってダイナスティスを抑えてくれていたから、こうしてここまで来れたんです」


「…………ありがとう。」


「脱出します。しっかり僕の腕を……つかんでいてください」


「はい……」


 明の通ってきた穴は、すでに塞がりかかっていた。

 しかし、二人が進もうとすると、昆虫群は怯えたように分離して霧散していく。明の強い生体電磁波がそうさせていたのだが、紀久子にはもう電磁波を感じる力はなくなっていた。

 二人はGの額に戻ると、碧い宝石に身を沈めていった。

 明と紀久子、二人が宝石に吸い込まれると、Gは目を開けて立ち上がった。

 そして、胸を大きく反らせると霧散しかけているダイナスティスに放射熱線を浴びせかけた。その熱線は最初は力無く見えたが、次第に強く、太く、明るくなっていき、ダイナスティスを跡形もなく焼き尽くしていく。


「松尾紀久子……役立たずめ」


 明治神宮の巨木の上で様子を見ていたシュラインが呟いた。

 燃え上がるダイナスティスを前に、シュラインは怒りの目をGへ向けていた。


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