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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第5章 擬巨獣ダイナスティス
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5-9 スピードスター

 ガルスガルスは、まどかを信じていた。


 今回の出動が、巨獣退治のためであり、危険を伴う任務であることも彼は理解していた。

 だから、足手まといにならないように残ったのだ。しかし、まどかは強い。だから必ず勝利して帰ってくるはずだ。彼はそう信じていたし、そんなまどかを彼は大好きだったのだ。

 彼女が帰ってきたら、また遊んでもらおう。

 あのふわふわした栗色の髪の上で昼寝するのもいい。きっとまどかは文句を言いながらも、振り落とさないようにそっとベッドに移動させ、その後、優しく自分を抱きしめてくれるはずだ。

 その穏やかな時間は、彼にとっては宝石のような輝きを持った、大切なものだったのだ。


 超コルディラスの傷口から生まれたヒヨコ……ガルスガルスと名付けられた彼は、見た目こそ、普通のニワトリ……白色レグホンの姿をしてはいたものの、知能はまどかが思っているよりも、遙かに高かった。

 彼は、決められた猫用トイレの上でフンをすると、脚をよく拭いてから、まどかのベッドの上で羽繕いを始めた。


 通常、鳥がトイレを覚えるということはない。


 飛行するのが普通の鳥類にとって、自然状態では排泄物が周囲に蓄積しない。だから、トイレの位置など決めなくとも、問題がないからだ。


 ましてや、自分で脚を拭くなどということはあり得ない。

 まどかに、ほんの少し生物に対する素養があれば、訓練無しでなんでも言うことを聞くこのニワトリが、人間並み、いやそれ以上の知能を持っていることに気づいただろう。

 八幡がガルスガルスの飼育状況を、一言、まどかに確認するだけでも、妙だと思ったかも知れない。

 しかし、まどかは普通のニワトリがどんなものか知らなかったし、八幡は続けざまに起きる巨獣がらみの事件への対応で、すっかりガルスガルスのことを忘れていたのだ。


 ふと、その時。

 羽繕いをしていた、ガルスガルスの動きが止まった。

 にわかに、ガルスガルスの心に不安がよぎる。その不安感は、晴天を覆い尽くそうとする黒雲のように、彼の意識を占めていく。初めて感じる感覚に、ガルスガルスは当惑していた。

 ちょうど同じ頃、遠く離れた大阪で、まどかがコルディラスの放った弾丸に貫かれていたのだ。その体調の変化が、生体電磁波の異常となって、ガルスガルスの脳に受信されていた。

 ガルスガルスは、コルディラスの巨獣因子を持って生まれた。ゆえに、もともと生体電磁波を感知する能力は高い。しかし、数百キロ離れたまどかの異変を感じ取れたのは、奇跡という他はなかった。もちろん、まどかの発する生体電磁波の特徴に、触れている時間が長かったせいもあるだろう。

 だが、何よりガルスガルスが、常にまどかを思い続けていたからこそ、彼は、ほんのわずかな生体電磁波の異常に気づいたのだといえる。


 これまでも、ほんのわずかな異変を感じたことはあった。しかし、いつもなら、すぐに彼女の異常は回復した。だが、今回は違う。か細く、弱くなっていく、まどかの命の信号を、ガルスガルスはほとんど目の前のことのように感じていた。

 不安感は高まるばかりだ。

 このままでは、まどかは帰ってこない。そう直感が教えている。

 ガルスガルスは、秘め続けてきた自身の能力を最大に高めて、まどかを救出に行く覚悟を決めた。


 部屋のドアの前に立つと、すっとその場で飛び上がり、レバー状のドアノブに乗る。嘴で簡単にロックを外すと、自分の重みでレバーを押し下げ、そのまま外へ出た。

 まどかには今、自分の力が必要なはずだ。

 早く行かなくてはならない。のんびりしていては、まどかは助からないかも知れない。

 だが、向かう先は遠い。今のまま向かっても到底間に合わない上に、到着しても力が足りない。

 ガルスガルスは、廊下に出ると左右を見渡した。人影はない。

 司令本部の居住区である。普段であれば誰かがうろついていることもあるが、緊急配備中の今は、誰にも咎められることはないのだ。


 ガルスガルスは、少し考えた。

 彼が最短時間で最強の力を手に入れるために、最短距離の場所はどこだろうか?

 彼はくるりと右へ向くと、翼を広げ、羽ばたきながら、長い廊下を駆け出した。

 思い当たる場所があった。Gに補給するための、栄養剤補給タンクである。以前、まどかと一緒に見学させて貰った折……あの時、八幡は言っていたはずだ。

 まどかと八幡の会話を思い出してみる。


『えーっ!? この栄養剤、生きているんですか?』


『そうだ。これは倒れたGから採取した細胞を栄養剤で培養したもの……平たく言えば、G細胞そのもののスープみたいなモノなんだよ』


『どうしてそんなものを?』


『G細胞は、不死だからね。これを体内に入れれば、必要な組織へ移動して定着するんだ。あれだけの大怪我だから、体内で細胞分裂を促進するより、体外で培養した方が、効率が良いと判断したんだよ』


 つまりは、すぐに使えるG細胞が、ここには大量にストックされている、ということだ。

 培養室の前まで来ると、そこはナンバーロック方式のドアである。しばらく首を傾げていたガルスガルスであったが、またふわりと飛び上がってドアノブの上に乗り、そのままテンキーに素早く十桁の番号を打ち込んだ。

 するとドアで赤く光っていたランプが緑に変わり、小さなモーター音が響いてロックが外れた。

 彼は八幡が打ち込んでいたナンバーを、一度見ただけで覚えてしまっていたのだ。


 ガルスガルスは、室内に入ると、巨大な培養タンクを見上げた。

 銀色の培養タンクは、幾つも連結されている。そして、室内には、液体と蒸気が循環する音が、常時うるさく響いていた。  

 この中に自分を強化し、まどかを助けに行くための力を与えてくれる、G細胞が詰まっているのだ。細胞を組み換えるのであれば、自分が成長するよりは短時間で済む。

 ガルスガルスはすっとしゃがんだ。

 そして脚に力を溜めると、迷うことなく培養タンクに嘴から体当たりしていった。


 金属製のタンクに直径十五センチほどの穴が開き、そこから薄緑色の液体がこぼれ出す。

 まどかとの穏やかな生活の間、ずっと抑えていた力。

 しかし、彼は自分が本来持っている力を知っていた。

 小さいながらも、自分は普通ではない。だからこそ、自分をなんの先入観もなく大切にしてくれるまどかを、自分も大切にするのだ。

 彼は高い知能だけでなく、異常な筋力と運動能力も兼ね備えていた。

 それを示すかのように、彼が蹴ったコンクリートの床には、足跡が深く刻まれ、その周囲には大きなヒビが入っていた。



***    ***    ***    ***    ***



『まどかは……五代少尉は、乗機と共に大阪湾に沈みました。コクピットに浸水していましたから、助かる見込みは…………』


 報告しながら、アスカは声を詰まらせた。


「ガストニアは!? 羽田大尉は、まだ到着しないのか!?」


『まだです…………しかしッ!! 今のコルディラスには、ガストニアの火力も通じないと思います!! 当然、アンハングエラの装備では、太刀打ちできない!! 司令ッ!! 我々はどうしたらいいんですかッ!?』


 アスカの声は悲鳴に近かった。

 その時、もう一つのサブモニターから、ライヒ大尉の声が流れてきた。


『司令!! ヴァラヌスⅡが昆虫に覆われて変身しました!! 映像を送ります!!』


 メインモニターに映し出されたものを見て、樋潟も、八幡も、言葉を失った。

 それは、不気味な節足動物の姿をした、細長い巨獣だった。

 黒褐色だったヴァラヌスⅡの体は、鮮やかなカーキ色に変わり、巨大な昆虫の顎を持つ顔には、目らしきものがない。

 四肢もまたカーキ色の装甲に覆われ、緑褐色の腹部にはムカデの脚のような突起が、規則正しく並んでいる。

 そんな不気味な姿に変わったヴァラヌスⅡが、川底を素早く移動しながら、カトブレパスに向けて何かを吐きかけている。

 カトブレパスも熱線やレーザーを発射しているが、水中から攻撃を加えてくるヴァラヌスⅡには、ほとんど効果がない様子だ。


『あれは、強力な酸です。機械兵器の細部に入り込み、浸蝕していく!! しかし、水で洗い流そうとすると、粘液化して固まってしまうのです。カトブレパスが行動不能になるのも、時間の問題です!!』


 上空を飛ぶグリフォンが投下する爆雷は、何度も水中の至近距離で爆発しているが、前回と違って平気で泳ぎ回っている。水中を伝わる衝撃波も、まったく効果がないのだ。

 ケルベロスも、グレネード弾やミサイルを発射して威嚇しているが、爆雷と同じく効果が薄い。


「何なんだ……この状況は……?」


 このまま攻撃チームが敗北すれば、MCMOにはもう打つ手はない。樋潟は、頭を抱え込んだ。


「樋潟司令!! 八幡教授!! ラボラトリーエリアで異変です!!」


「今度は何だ!?」


「G細胞培養プラントが、何者かに破壊されています!!」


「プラントが!? どういうことだ!?」


「これは……巨獣です!! 監視カメラの映像来ます!!」


 そこに映し出されたのは、純白の翼を広げた巨大な鳥の姿だった。

 体長は五十m程度だが、翼開長は百m近くあるように見える。その頭部には、特徴的な形状の赤い肉冠がある。そして同じような質感の肉垂がのどの両側に垂れていた。

 長く白い尾羽が、まるで花嫁のウェディングドレスのように美しく後方に広がっている。

 黄褐色の鋭い嘴はわずかに先端が曲がり、鮮やかな黄色の脚には、鋭い蹴爪が光っていた。


「キュケエエエエエエエ!!」


 耳をつんざくような、高音の叫び。

 怪鳥は一声、大きく鳴くと翼を広げて走り出した。


「…………まさか……ガルスガルス? あのヒヨコなのか!? 培養G細胞で巨獣化したというのか!?」


 八幡が呟く。

 信じたくはなかった。だが、どこからどう見ても、巨大で翼の大きな白色レグホンにしか見えない巨獣が、この司令本部の内部から現れたのだ。

 それ以外であろうはずはないことは、八幡にはよく分かっていた。


「馬鹿な……私は、巨獣を……人類の敵を育ててしまったのか……」


 呆然と呟く八幡の表情には、疲労の色が濃い。


「ガルスガルスの進路は!?」


「西南西です。東名高速道上を、大阪方面へ超低空飛行中!!」


 東名自動車道の定点監視カメラが、ガルスガルスの映像を送ってきた。

 どうやら、時々地面を蹴って加速しながら、高速道路に沿って飛んでいるようだ。しかし、捉えられたのは一瞬に過ぎず、あっという間に見えなくなった。


「更に加速しているようです。この速度だと一時間以内に大阪に到着します!!」


「まさか……!?」


「何ですか? 教授?」


「ガルスガルスは、五代少尉に懐いていました。彼女を救援に行くつもりではないでしょうか……?」


「馬鹿な。巨獣が人間を助けに行くというのですか? それに、今更大阪に着いても……五代少尉はもう……!!」


 樋潟が、悔しそうにデスクに拳を叩きつけた時。

 先程から、懸命にどこかと連絡を取ろうとしていたオペレータが振り向いて叫んだ。


「樋潟司令!! 通信ありました!! ブルー・バンガード、大阪湾で五代少尉を救出!!」


「ま……間に合った!? 間に合ってくれたか!!」


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