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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第5章 擬巨獣ダイナスティス
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5-8 撃墜

「教授!! Gのバイタルサインに変化があります!!」


 MCMOの作戦司令室。

 Gの生理状態をモニターしていた女性オペレータが、振り向いて叫んだ。


「脈拍、血圧、体温ともに上昇!! 筋肉収縮率増大!! Gが……動きます!!」


「脳波は!? 脳波はどうだね?」


 八幡は、慌ててGのバイタルサインを示しているモニターに取り付いた。


「依然、δ波のままです!!」


「やはり……明君がどこかでGを呼んだんだな……いったいどこへ?」


「教授。Gの目的地ならば、分かりそうです」


 先ほどから緊急電話で報告を受けていた樋潟が、受話器を置いた。


「松尾紀久子の婚約者、高千穂守里からたった今、直接電話がありました。

 シュラインの根城になっていた、生物研究所を見つけたと。そして、そこでシュラインと松尾紀久子が明治神宮に向かったという情報を得たそうです。すでに伏見明は松尾紀久子を救うため、明治神宮へ向かったと言っています」


「つまり、その明治神宮でGを呼ぶほどの事態が起きた。ということでしょうか?」


「分かりません。が、何かあったのは間違いないでしょう。それと教授……『擬巨獣ダイナスティス』とは何のことかお分かりでしょうか?」


「ダイナスティス? 南米産のカブトムシ属のことでしょうか? それに『擬巨獣』ですか……巨獣モドキとでもいう意味ですかね?」


「その研究所で保護された研究員が、そう口走っているようなのです。……しかも、そのダイナスティスの核となるのは、松尾紀久子だと」


「松尾君が!?」


「まだ、何も分かりません。しかし、その『擬巨獣ダイナスティス』というものがなんであれ、人類の平和を脅かすものであれば、倒さねばなりません」


 そう言うと、樋潟は、目の前の女性オペレータに向き直った。


「すぐに、Gと新宿を結ぶ直線上の住民に避難指示!! 新宿・渋谷両区にも避難指示を!! 水野君!! 関係各所に緊急通報!! あと自衛隊出撃可能戦力の中から、新宿方面で即時対巨獣戦闘可能な部隊をこちらの指揮下に入れるよう要請してくれ!!」


 しかし、習志野方面隊司令部と交信した女性オペレータは、インカムを耳に押しつけたまますぐに振り返った。


「司令!! すでに新宿方面に自衛隊が出動しているようです。しかし、避難指示が遅れたため市民の間にパニックが広がっているとのことです!!」


「なんだと? 早すぎる。まだGは動いていないんだぞ!?」


 その時、別の席のオペレータが声を上げた。


「司令!! 自衛隊の特殊作戦群から緊急連絡です!! 新宿に昆虫型巨獣が出現!! Gではありません!! 新宿方面への出動は第一高射特科大隊!! 短距離地対空誘導弾搭載車輌です」


「馬鹿な。避難も完了していない都市部でミサイルを撃つつもりか!? とんでもない被害が出るぞ!! そもそも巨獣が新宿に現れるまで、何の情報も無かったのか!? そいつの侵攻経路を出せないのか!?」


「侵攻経路は不明です!! いきなり明治神宮の森から立ち上がるところを目撃した、との証言が複数あります!!」


「画像、来ました!!」


 画面上には、ネオンの明かりに照らされて新宿の街をゆっくりと歩く、巨大な角を持つ、異形の巨獣が映し出されていた。

 一見邪魔そうに見える巨大な角が、地を擦るように素早く動き、周囲の建造物を次々に破壊していく。風俗店の入った雑居ビルが崩れ落ち、ピンク色の照明が連鎖的に消えていった。

 さらに、下側の角ですくい上げた山手線の車輌を、背中側のさらに長大な角との間に挟んで押し潰した。

 歩みの鈍さから見て、人的被害は殆ど出ていないようだが、それも時間の問題であろう。

 見ている人々の悲鳴と、避難誘導をしているらしい自衛隊員の怒号が飛び交い、新宿はまさにパニック状態であった。


「もしかすると……この巨獣がダイナスティスなのではないでしょうか!?」


 八幡の言葉を聞いて、樋潟は顔色を変えた。


「これがダイナスティス!? つまり、これが擬巨獣!?」


「ええ。何故、明治神宮へ行かなければならなかったのか不思議に思っていましたが、シュラインは森に生息する昆虫からバイオマスを得たのではないでしょうか?

 あそこは都心であるにも関わらず、かなりの生物が生息している。そこで松尾君を核にして昆虫を呼び集め、この巨獣の肉体を作り上げたのでは!?」


「では、これはどこかから来たのではなく、明治神宮の森で作り出されたのだと!?」


「状況から見て、その可能性は高いでしょう。『擬巨獣』という通り名もうなずける。あくまでアレは巨獣ではなく、生物群体なのです。松尾君という人間を核にした……ね」


「相手が何者であれ、シュラインの手先であれば人類の脅威となります!! 」


 樋潟はオペレータに向き直ると、指令を伝えた。


「もはや躊躇している場合ではない。出動している自衛隊第一高射特科大隊に短距離誘導弾による攻撃要請!! 目標はあの巨獣。コードネームはダイナスティス!!」


「ま……待って下さい!!」


 八幡は思わず叫んだ。

 あの巨獣がダイナスティスならば、シュラインの手先には違いない。しかし、その核にされているのは、自分直属のスタッフでもあった松尾紀久子かも知れないのだ。

 紀久子にミサイル攻撃を掛けるなどということは、看過できる話ではなかった。


「教授!! 既に被害が出ているのです!! 自衛隊もG血清弾頭を持っているはずですから、上手く使えば松尾紀久子も救い出せる!!」


 だが、八幡は大きく首を振った。


「あれにG血清は効かないかも知れません!! いや、間違いなく効かないでしょう!!」


「何ですって!?」


「あれは、昆虫が集まった群体ではないかと推測されます。つまり、お互いに体液の循環をしていない可能性が高い。また、そもそも巨獣でないならばシュライン細胞由来のリケッチアも、それぞれの昆虫の体内にしかないはずです。

 ですから、たとえG血清を撃ち込んでも、その部分だけにとどまり、全身への免疫効果は期待できないのです!!」


「そうであれば……残念ですが、ミサイルで殲滅するしかありません」


 沈黙がその場を支配した。

 八幡は白くなるほど強く拳を握り、何かに耐えるように唇を噛んでいる。

 樋潟の言うことはもっともだ。もはや人的被害が出るのは時間の問題なのだ。紀久子一人のために、多くの人命を犠牲にすることなど出来るはずがない。


「幸い、ダイナスティスの動きは鈍い。コルディラスやバシリスクと違って、短距離誘導弾でも充分に狙えます」


「し……しかし……」


「自衛隊が攻撃を開始します!!」


 何か言いかけた八幡を遮るように、オペレータの声が被さった。

 メインモニターに自衛隊の攻撃班視点の映像が投影された。三基の自走式高射砲から、短距離誘導弾が次々に発射され、ダイナスティスの腹部に吸い込まれていく。一瞬間を置いて、白い光の球が膨れあがりダイナスティスの姿を隠した。


「命中しました」


「目標はどうだ? ダメージは!?」


 光の球が消え去った画面上は、黒い煙に押し包まれていた。

 だが、その煙を吹き散らすように現れたのは、攻撃前と何も変わらないダイナスティスの黒光りする体だった。期待と不安を込めて見つめていた樋潟達の顔に、驚愕の色が浮かぶ。


「ミサイルが……効かない……」


 異常なほど耐弾能力の高い、Gやコルディラスは別格としても、通常、巨獣は巨大化しただけの普通の生物である。いや、Gであっても皮膚組織そのものは破壊される。単に複層構造の外皮が衝撃を吸収し、迅速に再生しているというだけに過ぎない。

 だが、ダイナスティスの表面は、まったく何の変化も見られなかった。

 樋潟も、シュラインがGを葬るために作り出したダイナスティスが、さすがにこの程度で倒せるとは思っていなかった。

 だが、短距離誘導弾の直撃を受けて全くの無傷という状況は、さすがに想定外であった。


「ヤツは昆虫の塊です。一匹一匹はひ弱でも、昆虫の外骨格を同じサイズに拡大すれば、戦車をも超える強度を持つ。それが無数に組み合わされて強固な梯子構造ブリッジを形成しているのでしょう」


 八幡は説明しながら大きく頭を振った。

 紀久子が核となっている以上、無茶な攻撃はして欲しくない。だが、どうやら手加減していては、容易に倒せぬ相手であるようだ。


「では……どうすれば……」


「ここには、アレと対抗できる兵器……リニアキャノンも電磁兵器もありません。Gに、いや明君に期待するしかないでしょう」


 樋潟は、悔しげに唇を噛んだ。

 シュラインの二重の陽動作戦に、まんまと引っ掛かった形だ。


「自走式高射砲を、山手線エリアまで後退させるように要請!! 牽制攻撃で市民の避難路を確保しつつ、Gを……待つ!!」


「G!! 立ち上がりました!!」


 女性オペレータの声が上がった。

 同時にメインモニターの映像が切り替わる。暗い廃墟の街を背景に、サーチライトに照らされて浮かび上がった、Gの姿。

 前回と同じように、その目は閉ざされている。

 超コルディラスとの戦闘で受けた傷口は既に塞がり、外見上はほぼ回復しているように見えた。

 だが、左胸の上には白い傷跡が十字に刻まれたままだ。ディノニクスの高周波ナイフで切り裂かれた傷。余程深い傷だったのだろうか。その傷跡だけは、いつまでも残りそうであった。


「キュゴオオオオオオンンンン」


 両眼を堅く閉ざしたまま、戦闘開始の合図のようにGが吼えた。

 そして新宿方面へ向け、ゆっくりと一歩目を踏み出した。


「明君……松尾君と戦えるのか……?」


 八幡が呟いた。

 Gの歩行は迷いがない。目が見えない代わりに、超音波か何かで障害物を感知しているのか、建造物を巧みに避けながら廃墟の街を進む。

 一足ごとに速度を上げていったGは、国道へ出るとついに走り出した。

 向かうのは新宿方面。


「君塚君!! Gとダイナスティスの距離は!? それとGの速度から遭遇時間を割り出してくれ!!」


 走り出したGの映像から目を離さないまま、樋潟は女性オペレータの一人に声を掛けた。


「距離は直線で約二十キロです!! Gの速度から換算すると、遭遇時間は七分後!!」


「何だと? 早すぎる!! それでは自衛隊の撤収も市民の避難も充分に行えないぞ!!」


 樋潟は、悔しそうに机を叩いた。

 この半月。Gと共闘する可能性を、常に考えていた。

 様々なシミュレーションも行い、そのシチュエーションでの対応を模索してきたはずだった。

 だが自衛隊の攻撃は無力であり、攻撃チームのメンバーもいない。市民の避難はできず、紀久子はその命を楯にされている。

 Gは、いや明は、手足を縛られたまま戦わされるようなものだ。

 シュラインの策に完全に嵌められた自分達は、何の手も打てないまま、状況に流されるだけなのか? 樋潟は、いくら足掻こうとも逃げ出せない蟻地獄のように、シュラインの掌で弄ばれているような感覚を覚えていた。


 その時、メインモニターに緊急回線が繋がった。画面に顔を見せたのは、チーム・エンシェントの新堂アスカである。


「……樋潟司令……」


「どうした! 新堂少尉!?」


 樋潟は思わず大きな声を上げた。

 サブモニターに映るアスカの顔が暗く沈み、頬は涙で濡れていたからである。


「落ち着け!! 何があった!?」


 アスカは歯を食いしばり、必死で冷静に喋ろうと努力しているようだが、涙は後から後からあふれ出して止まらない。

 そして、やっと振り絞るようにして一言だけ、報告した。


「五代少尉が…………殉職しました」



***    ***    ***    ***    ***



 黒い塵に覆われたコルディラス。

 その姿が、異形へと変貌を遂げるのに、ほんの数分もかからなかった。


「何よ……コイツ……」


 その姿の禍々しさに、まどかは言葉を失った。


 四足歩行、甲を背負ったような体、長い尻尾。

 そうした全体の体型はほとんど変わらない。だが、その全身がオレンジ色と黒褐色を基調とした、鎧状のものに覆われているのだ。

 もっとも不気味なのは、くすんだオレンジ色をした頭部である。

 先ほどまでの西洋のドラゴンのような面影は消え失せ、長い吻が伸びている。その先には昆虫のように左右に分かれる大顎がついていた。

 あるかないか分からないような小さな目が吻の根元にあり、それは昆虫のそれと同じ複眼のようである。黒い塵を構成していたヤシオオオサゾウムシと似た頭部に変わってしまったのだ。

 吻の根元には細長い触覚まであって、それをアンテナのように震わせながら、周囲を観察しているようだ。


「な……何が起こったの……?」


 アスカも呆然と呟くしかない。


『新堂少尉!! 五代少尉!! どうした!? 何があった!?』


 通信機からは、こちらへ向かう羽田の声が聞こえる。

 しかし報告しようにも、アスカもまどかも、まだ状況把握が出来ていないのだ。


「コルディラスが……変身しました。これは……あっ!? 危ない!!」


 コルディラスの変貌は形態だけに留まらなかったのだ。急に素早くなったコルディラスは、新たな鎧から飛び出している鋭い棘を、剣のようにふるって、アンハングエラに攻撃を仕掛けてきた。動き方も、さっきまでのような動物的な動きではない。ぎこちないながらも、無駄がない。まさに昆虫のような動きに変化している。

 低空飛行で状況を観察していたアスカは、あわててアンハングエラを上昇させた。

 狙いが外れてコルディラスはよろめいた。


「ひっ!?」


 アスカの背に冷たいものが走る。コルディラスの剣が触れただけで、周囲の建造物や樹木が、あっさりと両断されていくのが見えたのだ。


「まどか!! あれは超震動ナイフと同じ原理よ!! 触れられたらトリロバイトでもヤバイ!! すぐに距離をとって!!」


「了解!! いったん退避します!!」


 まどかは、機体を海へ向けた。

 低空飛行のトリロバイトは速度を上げながら、建造物を避けて海上へ出る。

 建造物を楯にして至近距離から砲撃したいところだが、中に逃げ遅れた人がいる可能性もある。

 開けた海上では遮蔽物は無いが、これだけ距離を稼げばどれだけ剣呑でもコルディラスの剣が届くはずはない。


「もう一度、リニアキャノンを撃ちます!!」


 リニアキャノンの駆動音が響く。

 まどかは、照準を変貌したコルディラスの頭部に合わせた。どんな姿になろうと、脳のある頭部は絶対の弱点になるはずだ。


「いいわよ……こっちを……向きなさい!!」


 何かを探すように触覚を震わせていたコルディラスが、ちょうど真正面を向いた瞬間。

 まどかはトリガーに掛けた指に力を込めた。


「え!?」


 コルディラスの額ではなく、その足元の数カ所に土煙が上がったのを見て、まどかは自分の目を疑った。

 当たらなかったのではない。リニアキャノンが弾かれ、砕けた質量弾が周囲に散ったのだ。

 しかも、当のコルディラスは何ごともなかったかのように触覚を震わせている。


「そんなバカな……」


 信じがたい光景に、思わず口にした言葉。

 あのGですら、体表面で火花が散り、表皮の破壊や蒸発があった。弾道を逸らされた質量弾は、砕けるようなことはなかったのだ。それが砕かれた挙げ句、相手に何のダメージもないというのはどういう事なのか。

 この変貌を遂げたコルディラスの頭部には、何の痕も残ってはいない。

 相変わらず触覚を震わせながらぎこちなく歩くコルディラスは、着弾したことすら、気がついていないように見える。


「じゃあ……これならどう!?」


 まどかは、弾頭質量を倍のものに変えた。

 そしてリニアレールの充電時間をMAXに設定する。ここぞという時にしか使わない徹甲弾頭だ。単純な計算だが、質量が倍になれば破壊力エネルギーもまた倍になる。


「……行くわよ」


 今度の狙いは腹部だ。

 頭部は強固そうな鎧に守られているが、ほとんど甲に覆われていない腹部は、そこだけ棘状突起もない。他の場所よりは柔らかそうな分、的は小さい。とはいえ目や額をピンポイントで狙うよりよほど楽である。

 市街地へ向かおうとするコルディラスを引き付けようと、アスカのアンハングエラが接近して牽制をかけた。

 舞い上がる土煙の中、方向を変えたコルディラスが、無防備な腹を見せる。


「今ッ!!」


 今度は手応えがあった。

 コルディラスの腹部に黒い穴が開き、一瞬遅れてそこから噴水のように赤い血が噴き出した。

 どうやら装甲と化した昆虫の群れを貫き、中身のコルディラスにダメージを与えることに成功したようだ。


「キシキシキシキシッ!!」


 コルディラスの発する音だ。

 金属音のような不快な声。耳を覆いたくなるような神経に障る音が、十数キロ離れているトリロバイトの集音マイクにまで届いた。

 おそらく苦痛を訴えているのだろう。吠え声すら失い、カミキリムシの威嚇音のように、体の各節をこすり合わせて音を出しているのだ。


『やったよまどか!! たたみ掛けよう!!』


「了解!!」


 まどかは次弾を装填した。再び長い充電時間を開始しながら、同じ箇所を狙おうと腹部の傷跡を探す。


「何これ? 傷がない!?」


 たった今まで血を噴き出していたはずの傷口が見あたらない。

 装甲している昆虫たちが覆い隠したのか、血の跡すら見えないのだ。まるで何事もなかったかのように、装甲で覆われてしまった。いや、それどころかいつの間にか、色も形も変わってしまっている。

 重々しい色彩へと変化した腹部は、一見して以前の装甲より強力になったように見えた。


『ダメだ!! 虫たちが集まってきて、すぐに穴をふさいじまったんだよ!!』


「上から覆っただけなら、中の傷まで塞がったわけではないはずです!! 同じ場所へ、何度でも撃ち込みます!!」


 だが、慎重に狙って発射された二発目は、再び弾かれた。


「…………な? どういうこと!?」


 同じ質量弾を、同じ位置へ正確に撃ち込んだはずだ。比較的柔らかいはずの腹部。それなのに、一瞬の衝撃の後、今度は傷一つ付いていない。


「そんな!?」


 まどかは、その後も数発、柔らかそうな部位や装甲の継ぎ目らしき部分を狙ってリニアキャノンを撃ち込んだが、何度撃っても結果は同じであった。

 ついに仁徳天皇陵から市街地へ降りたコルディラス……いや、コルディラスであったものは、長い吻を掲げ、触覚を振るわせ続けている。


『もういい。まどか、隊長のガストニアを待とう!!』


 たしかに手詰まりである。

 だが、羽田のガストニアが来たところで、リニアキャノン以上の破壊力を持つ武器があるわけではない。


「いいえ!! 隊長が来るまでにコイツの攻略法の糸口だけでも見つけなきゃ。そうでしょ!? アスカさん!!」


(それに……ダメよ……あたしは早く東京に……Gのそばに戻りたいのよ)


 まどかは、口に出せない思いを裡で呟きながらコルディラスを観察し続けた。

 どこかに……どこかに必ず弱点が見えるはずだ。

 その時。モニターの中のコルディラスが、不意にまどかの方を向いた。

 額らしき部分の中央に生えた棘状突起が、真っ直ぐにこちらを指している。


「え?」


 まどかは目を見張った。

 ただ本能のままに荒れ狂うだけだった最初のコルディラスは、あの近距離で狙撃しても、こちらを認識すらしなかった。

 もともと、コルディラスに変貌する前のアルマジロトカゲは、そう視力の良い生き物ではないのだ。

 だが、ゾウムシに覆われて変貌したこのコルディラスは、十キロ以上も離れたトリロバイトに、明らかに気づいている。

 まどかの胸に戦慄が走る。

 まるで、猛獣に見すくめられたかのような威圧感。


「まずい!!」


 何かは分からない。だが、何かが来る。

 まどかは回避行動をとろうと、トリロバイトを上昇させた。


 気づく。

 ということは、生物にとって重要である。

 多くの野生動物の場合、対象に気づくことで生き延びる。

 生物は、逃走、闘争、捕食の為に相手に気づき認識する。だが、気づく以上はその次の行動が可能であるから気づくのである。行動の対象とならない距離のものには気づかない、気づけないことが多いものだ。

 だが、この場合コルディラスはトリロバイトを闘争相手、もしくは捕食対象として気づいた。

 つまり、その距離での攻撃が可能だったのだ。いや、正確には体表を昆虫の群れで覆われた時、可能になったと言える。


 まどかがメインエンジンに点火し、高速飛行に切り替えようとしたその時。

 コルディラスの頭部に生えた棘状突起。真っ直ぐにこちらを向いていたそれがモニターの中で弾け飛んだ。


「あ……あれ?」


 まどかの腹部に、丸い穴が開いていた。


「どうして…………?」


 血が噴き出してくる。

 腹が燃えるように熱い。

 防弾能力に優れ、至近距離であっても拳銃の弾程度なら通さないはずのパイロットスーツに、一瞬にして穴が開いたのだ。

 何の音も、衝撃すら感じなかった。おそらく、リニアキャノンに匹敵する弾速。それほどのスピードで、何かがまどかの体を、トリロバイトの機体ごと撃ち抜いたのだ。

 霞み始めたまどかの目に、計器類が一斉にレッドゾーンを示し、サブモニターの機体模式図の各所に、赤い警告灯コーションともるのが見えた。

 撃ち抜かれたのは、まどか自身だけではなかった。

 弾けた棘状突起から、無数の硬い何かが、まるで散弾のようにトリロバイト全体を襲ったに違いない。

 メインエンジンの出力が急速に低下し、コントロールを失ったトリロバイトは、斜めに傾きながら、ゆっくり落下し始めた。


『まどか!!……どか!! ど……したの!?』


 アスカの声も、途切れ途切れに聞こえる。通信システムまでもやられたようだ。

 どうやら、内臓をひどくやられたらしい。

 お腹の熱さが、全身を貫く激痛に変わっていく。

 口の中にこみ上げてきたぬるりとしたものは、鉄の味がした。


「…………しん……アスカさん。」


『……しっかりしな、まどか!! 今、助けに行くから!!』


「明さんに会ったら……がんばってって……伝えてください」


『馬鹿!!……に……ってるんだい!! ……っかりするんだよ!!』


「もう一回……会いたかったなあ…………」


 まどかは、遠くを見る目で、完全にブラックアウトしたモニターを見た。

 そこに、微笑む明の姿を想像しようとしたが、どうしても思い浮かべられない。


「…………あたしって、ダメだなあ……最期くらい……」


 言い掛けて、そのまま意識を失ったまどかを乗せたトリロバイトは、大阪湾に静かに着水すると、ゆっくりと沈んでいった。


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