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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第4章 vs 超コルディラス
33/184

4-11 まどかと明

「Gが……勝った……」


 呟いたのは、ただ一人間近でその様子を観察し続けていた五代まどかであった。

 数㎞先からリニアキャノンでGへの援護射撃をした後、離脱する他のチームメンバーをサポートする為にやって来たのだ。

 そしてGを援護しつつ状況を記録、報告する必要があると判断した羽田隊長の命令で、まどかは一人残っていた。Gと超コルディラス。大規模な自然災害にも引けをとらない暴風と震動が大地を揺らす、二大巨獣の死闘の場に。


「これが本当の巨獣同士の闘いなんだ……私達の兵器じゃ、まだまだ太刀打ちなんかできない……」


 恐怖心と共にまどかの胸の裡に溢れてくるのは、悔しさだった。

 死闘を制して生き残った満身創痍の巨躯。夕暮れの廃墟に蹌踉と立ちつくす巨獣王・Gこそがまどかの両親を焼き殺した張本人なのだ。


「しかも……Gの……親のかたきの援護射撃をすることになるなんてね……」


 自嘲気味に呟いたまどかは、力尽きた超コルディラスを見下ろすように立つGを眺めた。

 自分は強くなったはずだった。

 両親の敵を討つ。そのことだけを胸に、中学卒業後すぐMCMOを志望した。

 つらい訓練に耐えた。

 射撃の腕を磨いた。

 巨獣に直接攻撃を加えられる、機械化部隊を志望した。

 そして、必死の思いで、トリロバイトのパイロットの座を獲得したのだ。初出撃でGを迎え撃てる。その喜びに震えたのが、昨夜のことなのだ。

 しかし、届かなかった。届いていなかった。武器も、戦闘技術も。


 すでに夕闇に包まれたGの頭部は、はっきりとは見えない。

 それにしても、どうしてGは動かないのか……? そう思った次の瞬間、Gは急に姿勢を崩した。

 片膝を折り、そのまま無防備な姿勢で横倒しになっていく。巨木が切り倒されたかのように、ゆっくりと。

 そして先ほどの死闘の時よりも激しい震動と、スローモーションフィルムのように巻き起こる土煙が周囲を席巻し、巨獣王は大地に倒れ伏した。

 廃墟と化した都市を襲った凄まじい衝撃は一瞬で過ぎ去り、今度こそ静謐が訪れたようであった。


「死んだ……のかしら?」


 樋潟司令からの通信では、「Gは味方だ」とハッキリ言っていた。

 だとすれば、負傷したGを救護するのが、まどかの任務となるはずではある。が、巨獣の救護などやったことはないし、何よりまどかは心情的に、Gを積極的に手助けする気にはなれなかった。

 ともあれ、Gの生死は確かめておかなくてはならない。

 一切の活動を停止した様子のGに、まどかはディノニクス三号機をおそるおそる近づけた。薄暗がりで見えにくいが、はたして気絶しているだけなのか絶命したのか判断がつきかねた。

 力尽き、大地に横たわった巨獣王。

 その無様な姿を見るうち、まどかの胸に哀しみとも怒りとも喜びともつかない感情が込み上げてきた。

 それは、力なきもの……まどか自身に対する怒りでもあったのかも知れない。力尽きたGに対する憐れみだったのかも知れない。悪逆を尽くしたGの末路への嘲りだったのかも知れない。

 まどかは皮肉な笑いが浮かぶのを抑えられなかった。


「は!! ざまぁないわね。これまで何万人もの人を殺しておいて、今更味方だなんて、許されるワケないでしょ!!」


 吐き捨てるように言うと、まどかは少し胸のつかえが取れた気がした。憐れむ必要など無いはずだ。

 Gは本能のまま、戦いたいから戦っていただけなのだから。

 その証拠に、Gは最後まで苦悶の表情ひとつ見せなかった。血と肉片を飛び散らせ、必死で戦っているように見えてはいたが、悲鳴ひとつ上げなかった。

 岩のような体表面からいくら血が噴き出そうと、痛そうに見えない。痛覚なんかあるわけがない。もちろん、心なんかあるわけがない。

 これで絶命していたとしても、苦痛を知らない不死身の巨獣には、似合いの最期のはずなのだから。


「どんな顔して死んでんのか、見てあげるわ」


 前照灯サーチライトをGの顔へ向けると、粗く削った彫刻のようにゴツゴツした皮膚に陰影が浮かぶ。規則性の見られない体表面の隙間に、そこだけ柔らかな曲線を描いているのはまぶただ。

 眠るように閉じた二つの目。そして額……二つの目のちょうど真ん中あたりにあの宝石状の器官がある。

 上陸時に深紅に輝いていた宝石は、今は透明感のあるあおに変わっていた。


「…………なんなのかしら、この宝石……」


 まどかは思わず、じっと宝石を見つめた。見れば見るほど深く、美しいあおだ。


「あれ?」


 まどかは首を傾げた。その美しい透明感のある宝石に、黒い影が差したように見えたのだ。


「…………人?」


 まるで水中から浮き上がってくるようにゆっくりと形をとっていくそれは、たしかに人影のように見えた。

 やがて完全に人だと分かるほど浮かんでくると、その影は宝石からはみ出すようにしてこぼれ落ちた。そして、Gの鼻の稜線に沿ってずるずると滑り落ちてくる。


「え!? え!? え!?」


 聞いてない。そう思った。

 まどかは、何の情報も聞いてはいない。Gの中に人がいたのだ。


「た……助けなきゃ!!」


 まどかはディノニクスを前屈みの休止姿勢にし、コクピットを開いて飛び降りると、落下してきた人影へ向かって走り出した。

 人影は巨大なGの顔の上を、引っかかりながらゆっくりと滑り落ちてくる。生死は不明だが、そのまま地面に激突したら助かるものも助からないだろう。

 

「ま……間に合えっ!!」


 頭を下にして落ちた人影にまどかが追いついたのは、地面に激突する寸前だった。足からスライディングして両手で頭部をキャッチし、庇うように抱きかかえた。


「ふうう……」


 一歩遅ければ危なかった。大きくため息をついたまどかは、あらためて落ちてきた人物の顔を見た。

 宵闇でよくは見えないが、ほっそりした印象の若い男性のようだ。首筋に手を当てると脈はある。呼吸もしているようだ。どこにもこれといって怪我は無く、気を失っているだけのように見えた。


「は……裸?」


 ふと下半身に目をやったまどかは顔を赤くして目を背けた。その若い男は、ボロ布のようなシャツを纏っている以外は、ほぼ全裸であったのだ。



***    ***    ***    ***    ***



「う…………う」


 明が目を覚ました時、頬に何か柔らかいものの感触を感じた。

 LEDか何からしい緑色の光源が目に入る。薄暗がりの中、そこは幼い頃の記憶を刺激するような優しい空気が周囲に満ちた空間のようだ。懐かしさを感じさせるその匂いを胸一杯に吸い込んだ途端、頭上から声が降ってきた。


「気がついた?」


 その時、ようやく明は自分が女性の胸に抱かれて眠っていたことに気づいた。


「う……わ!! す、すみません!! いて!!」


 あわてて立ち上がろうとして頭をぶつけた明は、また女性の胸に顔を埋めることになった。そこは思ったよりも、かなり狭い空間であったのだ。状況の把握できない明の耳に、また涼やかな笑い声が届く。


「うふふ……普通の人間みたいね。良かった。もしかして、巨獣が擬態した化け物だったらどうしようかと思っていたのよ」


 どうやらその狭い空間に、若い女性と二人で押し込められたようになっているらしく、体は身動きが取れない。唯一自由に動く頭を巡らせてみると、座席に座った女性の脚の間に抱きかかえられるような体勢であることに気づいた。

 女性の体温と感触を全身に感じて、意識するなといわれても無理な話である。体の中心にこわばりを感じた明は、羽布団のように柔らかい女性の胸から精一杯顔を離した。


「あ……あなたは? ここは?」


「私は五代まどか……MCMOの軍人よ。今はこのディノニクス三号機のパイロット。単座式だから……狭くてゴメンね。保護したあなたの応急手当を終えて待機中だったのよ」


 たしかに彼女はパイロットであるらしい。よく見れば、銀色が基調のパイロットスーツを着、同じ色のヘルメットを被っている。


「外は冷えてきたから機内に入ったの。あなたの体もかなり冷えていたし。でも、もう大丈夫そうね」


 女性は窮屈そうにヘルメットを取った。柔らかそうな栗色の髪がこぼれ出す。ウェーブのかかった髪は胸くらいまであった。化粧っ気のない肌が健康そうに輝き、黒目がちの丸い目になんともいえない愛嬌がある。

 明は吸い込まれるようにその瞳を見つめた。

 軍人、という言葉の響きとまどかの優しい目の光にイメージのギャップを感じ、視線を動かせなくなってしまったのだ。

 よほど呆然とした表情をしていたのだろう。黒目がちの目がくすりと笑った。

 明はあわてて目を逸らし、赤くなった。

 逸らした目に自分の姿が映ってようやく明は、まどかの着ているパイロットスーツと同じものを、自分も着せられている事に気づいた。


「助けて下さってありがとうございます。あの……このスーツは……?」


「私の予備よ。伸縮性があるから、サイズはけっこう余裕があるの。保温性もあるしね。あなた……裸だったから……」


 まどかは顔を赤らめ、上方に目を逸らした。

 その言葉と表情の意味に気づいた明の顔からは逆に血の気が引いていく。気絶しているうちに女性に全裸姿を見られ、着替えさせられたのだ。

 着替えくらい、ガン患者として入院中には看護師によくやってもらったのはたしかだが、あれは職務上のことだと割り切ることも出来た。だが、目の前の美女は見も知らぬ自分を助けてくれただけの人だ。

 しかも、あらためてまどかを見ると、体に密着したデザインのスーツは曲線がハッキリ出ていて艶めかしい。

 恥ずかしくてもこの状況では逃げ出すことも出来ず、更に顔を赤くして目を逸らすしかない。その様子を見て、またまどかが可笑しそうに笑った。


「ふふ……そんなに緊張しなくても平気よ。

 ゆっくり待ちましょう? ディノニクスは燃料切れだし、さっきの戦闘のせいか、通信が通じないの。救助隊は出ていると思うんだけど……戦闘の被害はかなり広範囲だったから、ここに来るには、もうしばらくかかるんじゃないかと思うし……」


「いえ、すみませんが、僕はもう行かなくては……」


 明はまどかの言葉を遮るようにして言った。そんなに悠長に構えている場合ではない。

 あの超コルディラスを倒した時の感触。その中にたしかに紀久子はいなかった。それどころかシュライン本体すらいなかったと確信できていた。

 だとすれば、広藤の母を操って話しかけてきたのと同じように、生体電磁波による遠隔操作で、超コルディラスを操っていたのだろう。

 あの養鶏場で無数に生まれていた幼バシリスクを、すべて片付けることが出来たとは思えない。もしかすると、あの中のどれかに、シュライン本体の意識が宿っていたのかも知れないのだ。人間を呑み込み、みるみる成長していたバシリスクども。紀久子の安否を思うと、胸が張り裂けそうに痛んだ。

 一刻も早く見つけ出し、助け出す。それ以外の思考は明の中になかった。


「え? 何言ってるの?」


「まつ……いえその、知り合いを助けに行かなくてはならないんです。

 あの茶色い巨獣を操っていた、シュラインのもとにいるはずなんです。すぐに行かないと、どんな目に遭っているか……お願いです。すぐにハッチを開けて下さい」


「ダメよ。あなた一人で何が出来るっての? まさか……またGと合体するつもり?」


 明は驚いて見開いた目をまどかに向けた。

 まさかこうもすんなり、Gに自分が融合しているという事実を受け入れてもらえるとは思わなかったのだ。


「どうして…………それを?」


「やっぱり……そうだったのね」


 まどかはため息をついた。

 疑ってはいたものの、確信は持てないでいたのだ。そうだとするなら、自分は敵討ちのつもりでこの少年を攻撃していたことになる。

 澄んだ瞳に見つめられたまどかは、哀しげに目を逸らした。


「……あなたがGから出て来るところを見たの。額の碧い宝石から、浮かぶように現れた姿をね。それを見た時、気がついたのよ。ああ、あなたがGだったんだって。そう……なんでしょう?」


 Gがバリオニクスにとどめを刺さなかったことも、建造物を破壊しなかったことも、いや、そもそもGが上陸した時に感じた、あの違和感についても説明が付く。


「そこまでお分かりなら、お願いします」


「いいえ。行かせられない。Gは全身に傷を負って瀕死よ。だからあなたを分離したんじゃないのかしら? このまま行っても、合体できないか、合体出来ても死ぬかも知れない」


「それでも……行かなくちゃならないんです!! すみません!!」


 明は首を巡らせ、周囲の計器やスイッチ類を見た。

 ワイバーンを操った時の、操作マニュアルが脳裏に浮かんだ。基本設計は同じだ。どうやらこのディノニクスも、ワイバーンと同じ系統の機械であるらしかった。


「これですね?」


 すっと手を伸ばしてタッチパネルを操作し、セーフティを解除すると、まどかの頭上に当たる部分のレバーを押し下げた。


「え? あ? なんで???」


 前部ハッチが開き、明が立ち上がる。

 すでに日はすっかり落ち、中天に蒼い満月が上っていた。涼やかな風が明の全身に染みついた、まどかの甘い匂いを吹き払っていく。

 乗機をいきなり操作されたまどかは、呆然と明を見た。

 月明かりに照らされた少年の姿は、その幼い顔立ちからは信じられないほど、逞しく凛々しく見えた。その瞳は遠くを見据えて、気高さすら感じられる。

 胸に秘めた、悲壮とも言える覚悟がそう見せていたのだろう。突然、まどかはその姿に、胸の高鳴りを感じて狼狽えた。


(ダメよ……何考えてるの、こんな時に……)


 頭を強く振ってその高鳴りを否定しようとした。だが、ふいに訪れたその感覚は、否定しようとすればするほどまどかの心を占めていく。

 だが任務としても、今はこの少年を止めなくてはいけない。そうでなくては、何のために自分が残って戦いを見届けたか分からなくなる。あの時、樋潟司令は「Gは味方だ」とはっきり言った。Gへの攻撃命令が解除された理由は、彼にあるに違いなかった。

 まどかは、明をもう一度座らせようと手を伸ばした。


「行っちゃダメって言ってるでしょ? 救助隊が来るまでここにいて!」


「大丈夫です。すぐに融合したりはしません。離れていても、Gを呼べることは分かりましたから。それより五代さん……あなたも来て下さい。

 茶色い巨獣に取り込まれていた人達の事を忘れていました。助けなきゃ」


「助ける? どういうこと?」


「シュラインの巨獣細胞に侵食されてはいても、彼等には意識があった。人間としてのバイオマスも意識も充分にある。それに巨獣は簡単には死なない。だから助かるはず、助けられるはずなんです。」


「それって……どうするのよ?」


「茶色い巨獣に僕の体液を打ち込み、拒絶反応を起こさせます。同じリケッチア属の特徴を持つメタボルバキアに対する免疫抗体が僕にはある。それでシュライン細胞の感染力の主体であるリケッチアを刺激して、自我を取り戻させるんです。そうしたら、生体電磁波で呼び掛け、分離を促します」


 明の頭脳はG細胞によって活性化していた。

 明はその強化された思考力で、自分の置かれた状況や戦闘経験、シュラインとの会話による知識から、取り込まれた人々を助け出せる可能性を見つけ出したのだ。だがそれも、紀久子がシュライン細胞に感染していると聞かされた瞬間から、どうしたら助け出せるか、必死で考え続けていたからこそ達した結論と言えた。


「え……えーと……ちょっと待って。正直、頭がついていかないわ。どうして、あなたがそんな難しいこと知っているの?」


 生物系知識の素養がまったくないまどかにとって、明のしゃべる事は、ちんぷんかんぷんであった。

 いや、それ以上に降ってわいたような恋愛感情にまどかの理解力は低下させられていた。

 目を白黒させているまどかに、明は少し困ったような微笑みを投げかけた。とにかく早く処置しなくては、助かるものも助からない。


「簡単に言えば、あの茶色い巨獣に僕の血を輸血します。そうしたら、動物と……何人かの人間が分離してくるので、助けてあげて下さい」


 言い様、明はひらりとコクピット上から飛び降りた。


「あ、ちょっと! 危ない!」


 あわてて下をのぞいたまどかが見守る中、明は軽々と地面に降り立った。

 降車用の前屈姿勢とはいえ、ディノニクスのコクピットから地面までは五m以上ある。

 しかも日が暮れて見えづらい地上には、瓦礫が積み上げられているのだ。先ほどまどかが飛び降りた時にはマニピュレータを足場代わりにしたが、明はダイレクトに飛び降りた。


「なんて子なの……」


 呆れたように呟き、ため息を漏らしたまどかの胸がまた少し高鳴った。



***    ***    ***    ***    ***



 まどかと明は超コルディラスの遺体を前にして立った。

 顔面を泥に押し込まれ、完全に動きを止めた超コルディラスはやはり死んでいるように見える。

 固い鎧状の皮膚に覆われた超コルディラス。だがその首筋には、Gの牙が切り裂いた傷跡が大きく広がっている。


「手首の動脈が、一番効率がいいだろうな…………」


 呟きながら明は、ふと自分の腕に目をやって驚いた。


(元に……戻っている?)


 巨獣化が進行していた明の体。

 中でも腕は筋肉が盛り上がってふしくれだった木の根のようだったはずだ。だがそれが元の太さに戻っていたのだ。たしかに腕の長さは以前よりは長い。百七十㎝そこそこしかなかった身長も、百八十㎝を越えたくらいになったままだ。伸びてしまった骨は元には戻らないのだろう。

 だが、どういう原理か分からないが、Gとの融合により明の体は少しだけ元に戻ったようだ。


(いまさら……ではあるけどな)


 裡で呟いた明は微かにため息をついた。だからといってやるべき事が変わるわけではない。紀久子を探し、助け出す。そして高千穂守里のもとに届けるのだ。

 そのまま少し息を整える。いざとなるとやはり緊張するものだ。だがシュラインに利用された命を助けられるのは自分だけだ。そしてそれ以上に、シュラインに取り込まれた紀久子を見つけた時のためにも、試しておくべき事なのだ。

 明は覚悟を決めると、親指の爪ですっと自分の手首のあたりを撫でるようにした。

 次の瞬間、手首から噴水のように鮮血が吹き出した。


「君!! 何やってるの!? そんなことしたら、出血多量で死ぬわよ!!」


「いいんです!! 黙って……見てて……ください!!」


 明は鮮血ほとばしる自分の腕を、そのまま超コルディラスの傷口に肩までねじ込んだ。

 すると、完全に死んだと思っていたコルディラスの目が開いた。黄色く光る目は、間違いなく生命の光を宿している。伸びきっていた四肢が、痙攣するように動き出す。その動きに振り回され、はじき飛ばされそうになった明は、コルディラスの首筋にしがみついた。

 まどかは身構え、腰の銃を抜いている。


「生き返った!? 早く離れて!! 逃げなきゃ!!」


「ち……違います……よく……見て下さい」


 明の言う通りであった。コルディラスの開いた目は視線が定まっておらず、四肢はでたらめに動いている。歩こうとも、立ち上がろうとも、してはいないのだ。そして明が腕を差し込んでいる皮膚の柔らかい部分、その周辺の形が少しずつ変わっていくのが見えた。

 いや、形だけではない。色や質感までもが、違うものに変化しようとしている。

 まどかは思わず目をこすった。まるでCGかトリックアートでも見ているかのような錯覚を覚えたのだ。


「……白い……何?」


 最初に姿を現したのは、一見、なんの変哲もない……ニワトリであった。



***    ***    ***    ***    ***



 腕の付け根を押さえて横たわる明の周りには、ニワトリが数百羽、ブタが数十頭たむろしている。

 そしてその傍ではまどかが、うずくまる数人の男性を介抱していた。

 バイオマスを失った超コルディラスの肉体は、さっきより萎んだように見える。生気を全く感じないところを見ると、今度こそどうやら完全に死亡したようだ。


(信じられない……一度、巨獣に取り込まれた人間や動物を救い出すなんて……)


 まどかは超コルディラスから分離された男性達に、毛布を掛けていく。恐怖と興奮でガタガタと震えてはいるが、誰にも怪我は無さそうに見えた。


「五代さん……」


「何? えっと……Gってあなたのこと呼べばいいのかしら?」


 わざとぶっきらぼうに言いながら、どうしても熱くなる頬を意識せずにいられない。

 そういえば名前も聞いていなかったのだ。


「あきらです。伏見 明といいます」


「人間の名前、あるんじゃない。で、何かしら?」


「その人達は、巨獣から分離はしましたが、リケッチアに感染したままです。体液に触れないように気をつけて……早く抗生物質を打ってあげてください。それと……僕の持ち物……何かありませんでしたか?」


「ああ……このメガネ? あなた……目、悪いの?」


 まどかは、スーツのポケットから、明が持っていた紀久子のメガネを取り出した。


「いえ……知り合いの……大切なものなんです。」


「そう……その知り合いって……女性?」


「ええ……」


 手渡したメガネをあいまいな笑顔を返しながらしまう明を、まどかは熱っぽい表情で眺めた。


「大切なひとなのね……」


「僕にとってはそうです。でも、彼女は僕のことなんか、覚えてもいない。と思います」


 まどかの胸に自虐的ともとれる、せつなげな明の表情が突き刺さる。

 この人にこんな表情をさせる相手は、どんな人なのだろう。まどかの胸がちくりと痛んだ。


「どうして……そんなこと言うの?」


「単なる……事実です。そんなことより、司令本部の救援が来たら伝えて下さい。生体電磁波で探っても、シュラインの本体はこの茶色い巨獣の中にはいなかった。

 おそらく、僕が倒したのはヤツの一部に過ぎないのでしょう。だから、まだ安心は出来ません。しかし、Gの体液から免疫抗体を取り出して、注射できるような弾頭にすれば、シュラインの操る巨獣には効果があるはずだ……と」


 明はゆっくりと立ち上がった。


「体が動くようになってきました。そろそろ行きます。このご恩は忘れません」


「行かせないって……さっきも言ったよね?」


 まどかは覚悟を決めていた。体を張ってでもこの少年……明を止めるのだ。

 しかし、明はまどかの目を優しい表情で見返しながらも、聞き入れる気配はない。


「このブタとニワトリたち、僕に……いや、Gに下さい。本当は数万匹は取り込まれていたはずだけど、これだけしか自我を呼び起こしてあげられなかった。このままいても、処分されるか実験動物……酷すぎますから」


 そう言うと、明は動物たちにすっと手を振って指示した。

 すると、ブタもニワトリも、整然と並んでGの方へ歩いていく。


「彼等には、足りなくなったバイオマスを少しでも補充して貰います」


 まどかが呆気にとられて見ている間に、ブタもニワトリもすべていなくなった。

 Gの体の方は暗くてよく見えない。Gのそばへ向かったニワトリたちがどうなったのか確認はできなかったが、おそらくコルディラスから出てきたと同じように、傷口からGに同化したのだろう。


「たしかにGは重傷です。できれば、そっと寝かせておいて下さい。必要なときに呼びますから」


「あんなに血を流して、普通なら命に関わるはずよ!? あなたがすぐに動けるワケない!! ここで救助を待つのよ!!」


 まどかは腰の銃を抜いた。

 構える手が震える。撃ちたいはずはない。ただこの少年を放っておけない。こんなに傷ついた少年を、どうして一人に出来ようものか。

 銃を向けられながらも、明は困ったような顔で佇んでいる。

 その時。


「ピイイ」


 小さな声がした。

 とっくに息絶えたはずの、超コルディラスの方から。


「……ひよこ」


 超コルディラスの傷口から現れたのは、まだ生まれたばかりと見える黄色いヒヨコであった。


「あっ!! 危ない!!」


 飛べないヒヨコは地面へと落ちていく。思わずまどかは走り寄っていた。

 明の頭を抱き留めた時のように滑り込み、なんとかキャッチできた。

 そっと開いた手の中で鳴き続ける、小さな命の無事を確かめると、まどかは大きくため息をついた。


『優しいんですね』


 背中に、囁きかけるような微かな声を受けて振り向くと、明の姿は消えていた。


「行かないでって言ったでしょ!! 卑怯者!!」


『ありがとう……あなたのおかげで、Gになって、初めて悪夢を見ないで目覚めることが出来ました。また……会いましょう』


 どこからともなく明の声が響いてくる。それはかなり遠くからのようにも、すぐ近くのようにも聞こえる不思議な声であった。


「バカぁっ!!」


 まどかの叫びが廃墟に空しく響いた。


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