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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第4章 vs 超コルディラス
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4-10 vsコルディラス

 Gが巨大な体躯を沈め、臨戦態勢をとる。

 その目前で、シュライン=バシリスクは自身の体表に爪を立てて緑色の表皮を脱ぎ去りつつあった。

 古い萎びた皮膚を捨て、つややかな茶褐色の体色に変化したその姿は、全身を鎧で包んだ巨大な爬虫類に見えた。

 四つ足で這い立つシルエットはバシリスクと変わらないが、その体型と体表の様子は随分違う。

 頭部は、堅固な鎧状の皮膚に覆われ、ところどころ短い象牙色の突起が突き出している。

 後頭部に生え揃った十数本の角は、斜め後方に向かって緩やかな曲線を描いて立ち上がり、首筋を守っているようだ。

 背部には、斜め後方へ向けて生えた大小いくつものトゲが規則的に並び、それは長い尻尾にまで及んでいた。もちろんトゲのベースとなる皮膚も鎧状であり、その継ぎ目に見えるゴム状の皮膚もまた、いかにも強靱そうに見える。

 先ほどまで、どちらかというと細長く華奢に見えていた手足はずんぐりと太くなり、内側から盛り上がった筋肉で、はち切れんばかりになっていた。

 Gの記憶が蘇る。

 その姿は、たしかに十五年前の巨獣大戦時にG自身も相見えた巨獣、コルディラスに酷似していた。あのコルディラスと同じ特性を持つ巨獣であるなら、少なくとも打撃や噛みつきなどの物理攻撃は簡単には通じそうもない。

 Gは姿勢を低くとって構えた。慎重に相手の出方を見るためだ。

 ふいにコルディラスが、その場で回転し始めた。ちょうど前転の要領だが、うまく地を蹴って同じ場所にとどまっているようだ。

 頭を体の下に巻き込み、鋭い爪の生えた四肢で地面を蹴ることで加速し、回転数を上げていく。

 それはあたかも、空中で回転し続ける巨大な車輪に見えた。空気を切り裂く音が聞こえ始め、トゲの形が見えないほどの速度に達した次の瞬間。その巨大な車輪が地表をグリップし、急に前方に投げ出されたように動き出した。

 低い姿勢で構えていたGの胸に、トゲだらけの大車輪が激突した。


「うわあっ!!」


 マイカを抱きかかえたオットーの目の前で、Gの体表面が削られていく。溶け固まった溶岩にも似た、硬そうな皮膚片が周囲に舞った。

 生物同士のぶつかり合いであるにも関わらず、まるで金属同士であるかのような、耳障りな衝撃音が周囲を満たす。

 ついに破られたGの表皮から、まず緑色の体液が、更にその下から真っ赤な血潮が噴き出した。

 それでもGは顔を歪めもせず、正面からコルディラスを受け止めて、オットー達の前に立ちふさがっている。


「どうして……避けないんだ?」


 Gはあの速度で走れるのだ。この程度の早さの攻撃なら、避けきれずとも、いなすくらいのことは出来たはずだ。いや、今からであっても重大なダメージを受ける前に横に逃げれば良いだけだ。

 Gが避けない理由。それは……。


「まさか俺達を…………守っているってのか?」


 ほんの少しだけ横に避ければ、コルディラスの回転力は無効化できるはずだ。

 しかしGは肉を削る地獄の歯車を正面から受け止め続け、一歩も退く様子を見せない。

 コルディラスの回転は止まらない。分厚い皮膚の層が抉り取られたのだろう。ついに削られたGの肉が周囲に飛び散り始めた。

 至近距離である。オットーにもマイカにも、血飛沫や肉片が降り注いでいく。


「くそぉっ!! 俺達を馬鹿にしてんのか!? お前なんかに守られたくなんかねえ!! 避けろよ!! 避けちまえよぉ!!」


 オットーの叫びは悲鳴に近い。

 だがそれでもGは大地を踏みしめ、擱座かくざしたベヒーモスの前を動こうとしなかった。

 それどころか、高速で回転を続けるコルディラスの中心を両腕で挟み込むように押さえつけ始めたのだ。高速で摩擦されたGの両手の平から煙状のものが立ち上る。中心を押さえられたコルディラスの回転はようやく目で見える程度に遅くなった。

 それでも止めるまでには至らない、と見るやGは巨大な独楽コマのように回転を続けるコルディラスを持ち上げると、そのまま横倒しに地面へ叩きつけた。

 コルディラスの回転は、地面との激突の衝撃で止まった。だが、今度は丸まったまま動こうとしない。

 荒い息をつき、地面で丸まっているコルディラスを睨みつけるGの上半身は、真っ赤な血飛沫で染まっている。トゲが当たり続けたと思われる場所は、深く抉られ肉が無い。

 オットーは理解できなかった。これほどの犠牲を払ってまで、どうしてGが自分達を守ってくれるのか?


「オットー!! マイカ!! 大丈夫かっ!!」


 コクピットから脱出したライヒ大尉がようやくベヒーモスの上に姿を現した。


「二人とも無事か? 通信を聞けていた様子ではないな。いいか、よく聞け。Gへの攻撃命令は解除。彼は味方だ」


「み…………味方!?」


「詳細は不明だ。だが見ろ。現実にああして俺達の代わりに戦ってくれている」


 Gはベヒーモスの側を離れようとしていた。

 コルディラスの注意をチーム・ビーストから逸らすため、戦場を移動していたのだ。

 ようやく回転形態を解き、獲物を狙う四つ足獣の姿勢でGに迫るコルディラスを軽い放射熱線で牽制しつつ、少しずつ破壊され尽くした廃墟の方へ誘導していく。町を破壊するまいとするその動きは誰の目にも明らかだった。


「あいつ……じゃあ、本当に?」


 Gを厳しい視線で見つめながらオットーは唇を噛んだ。


 G=明は周囲に何もない場所で決着をつけたかった。ベヒーモス上にいる人間達はもちろん、建造物を……町をあまり破壊されたくない。

 しかし、シュラインは自分の最も得意な戦場バトルフィールドは、高層ビル群の林の中だと理解していた。バシリスクの素早さと、コルディラスの強靱さを兼ね備えた新しいその肉体。

 この肉体であれば、満身創痍となったGにとどめを刺すのは容易いはずだ。

 コルディラスは高層ビル群の間から出ようとはしない。いや、Gがそこから出ようとすると逆に建物の影から足元を狙って襲いかかってくるため、Gもそこに釘付けになってしまっていた。

 大した傷は負わされないが、素早い攻撃に反応がついて行かず、動きが制限されてしまっている。

 思い通りに動けない焦りは、明の中で怒りへと変わって行った。

 明の怒りがGの怒りへと転化され、理性を駆逐していく。戦闘を希求するGの本能が、明の意思と重なっていく。

 それほどここで死にたいのなら、そうしてやろう。

 覚悟を決めた瞬間。明の意志が、Gの動きと完全にシンクロした。

 ビルの影から襲いかかってきたコルディラスの頭部を踏みつぶした動きは、先ほどまでのGとは別物だった。足で押さえつけたまま、体を曲げてトゲだらけの首筋に噛みつく。口の中を鋭いトゲで貫かれるのも構わず、甲羅状の皮膚の継ぎ目に、牙を強引に押し込んだ。分厚く柔軟性のあるコルディラスの皮膚が突き破られ、生暖かい体液が口中に満ちていく。

 何年ぶりかに味わう、敵を征服した時にのみ味わえる至福の感触だ。

 コルディラスから初めて悲鳴のような声が漏れた。肉が引き千切られるのも構わずに首を振って脱出し、再びビル影に隠れる。Gは深追いはせずに立ち止まった。だが今度は待ちかまえているだけではない。コルディラスの隠れている場所にあたりを付け、ビル影に放射熱線を叩き込んでいく。相手がシュラインである以上、傷の治りは早いはずだ。傷が再生する前に仕留めなくてはまずい。

 Gは文字通り獣のように猛り、ある時は立ち上がり、またある時は四つ足になって放射熱線と牙と爪を駆使してコルディラスを追い詰めていく。

 しかし重傷を負ったはずのコルディラスの動きはそのGを更に凌駕していた。

 高層ビル群を立体的に使い始めたのだ。

 ビル影に隠れたと見せてそのまま素早くビルに駆け上り、別のビルに飛び移ると頭上の死角から飛びかかる。本来、地上性のアルマジロトカゲは立体活動はしない。シュラインの操る今のコルディラスは、バシリスクの能力、性質をも併せ持った超コルディラスといえよう。バシリスクの素早さと空間感覚を持つこの超コルディラスの動きは、Gには捉えきれなかった。

 血塗れのGの体に、次々と真新しい傷が刻まれていく。逆にシュライン細胞の能力を付加された超コルディラスの傷は、すでに、ほとんど治りかけているようだ。

 大量の出血によるものか、攻撃を避け損ねたGはよろめき、高層ビルに寄りかかった。

 荒い息をつき、動きを止めたG。

 とどめを刺すチャンスと見たのか、超コルディラスは周囲でもっとも高いビルに駆け上った。そして間髪入れずに先程の回転形態となって落下する。

 落下の衝撃に高速回転が加えられた攻撃は、力尽きたGの頭部を捉えた。顔面を深紅に染めた巨獣王は、ついに廃墟の中にその身を横たえた。


(ふん。他愛ないな。巨獣王などといっても、しょせん進化の流れに取り残された不適応生物の生き残りにすぎんからな)


 シュラインの嘲るような思考がGの脳に届く。

 心に怒りと焦りの感情が満ちる。だが、もはやGには抗うだけの筋力が残ってはいなかった。二度目の直撃を食らったGの頭部は、そのまま押し潰されるように地面にめり込まされた。

 ひくひくと痙攣していた尻尾が動きを止め、Gの意識は深い闇の中へと落ちていった。


”あ…………きらく……あきらくん…………明君……!!”


”誰……ですか? 松尾さん? 母さん? いや、違う……あなたは……?”


 明は深い闇の中で自分を呼ぶ声を聞いたような気がして薄く目を開けた。だが、見えるのは勝ち誇るように立ちはだかった超コルディラスの姿だけだ。

 再び頭に衝撃が加わり、今度は何も見えなくなる。

 しかし、声の主は続けている。


”私の声が聞こえたのね!? 明君…………

 コルディラスは、もともと砂漠のトカゲ……水をとても嫌うの。そこから……少し東に離れたところに、大きな調整池があるはず。そこへ突き落とすのよ。そうすれば隙が出来る。頑張って……”


 明はもう一度目を開いた。

 頭部が土砂に埋められ、その上で執拗に攻撃を加え続けているコルディラスがいるのを感じた。

 胸を衝く衝動。それは先ほどとは違って怒りの衝動ではない。

 自分にエールを送ってくれた者がいる。巨獣と化したこんな自分にだ。

 ひとりではない。自分はひとりで戦っているのではなかった。

 その思いは小さな光となって明の心を照らし、諦めかけていた思いを呼び覚ました。超コルディラスの攻撃を一方的に受けながら、横たえた全身から一滴ずつ力をかき集めていく。

 

”戦える。オレはまだ……戦える!!”


 明は尻尾をめちゃくちゃに振り回して背中にのしかかっていた敵をはじき飛ばした。相手の体重が消えたのを感じると同時に、尻尾の反動で一気に起き上がる。

 振り回した尻尾が直撃し、超コルディラスが吹っ飛んでいった。そして派手な音を立てて地面に激突した。

 開いた目が冴えている。

 すでに周囲は夕闇に包まれているのに、周囲の状況は手に取るように見える。いや分かる。

 可視光線以外の、あらゆる情報…………。


 電磁波。


 反響音。


 匂い。


 皮膚を伝う風の流れまでもが、周囲の状況を克明に明の脳に視覚情報に変えて伝えてくるのだ。

 だがいくら知覚を総動員しても、もう先程の「声」は聞こえなかった。いったい何者だったのか? まさか死の寸前に幻聴でも聞いたとでもいうことだろうか?


 吹き飛んだ超コルディラスは、またその姿を隠した。急に反撃を始めたGを警戒したのだろう。

 明の感じ取っているエリアは半径五百mほどの球状の空間だが、上空も含めて今はその範囲にヤツはいないようだ。

 だが狙っている。

 こちらを狙っている気配が、ひりつくような殺気として感じられる。

 首の辺りを、ひんやりした風がなでていくようにしていくのがそれだ。

 このままではお互い決め手を欠く。

 だが重傷のこちらは確実に不利だ。それにしてもこんな都心の高層ビル群に調整池? 明はさっきの「声」を思い出し、知覚可能範囲をゆっくりと広げてみた。

 知覚範囲を広げると精度が落ちる。

 隠遁能力に長けたバシリスクをベースに変化した超コルディラスの存在は、感知できなくなる可能性はあった。

 だが、今重要なのは先程の「声」が幻覚や妄想でないことを確認することだ。

 知覚範囲……七百m……千m……千五百m……千八百m……

 …………あった。

 自分のいる位置から東に約二千m。

 大型道路の複雑な立体交差。その入り組んだ橋脚の下がかなり広い水場になっている。

 都市計画の狭間で取り残されたか、あるいは今後、公園か何かとして整備するつもりでもあるのか。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 あり得ないものがあった、ということはつまりコルディラスが水に弱い、というあの言葉も事実である可能性が高いということだ。

 再度戦闘態勢に入るため、知覚範囲を元に戻し始めた時、背中に強い衝撃を感じてGは前のめりに倒れた。


「見ろ!! Gがまたやられたぞ!!」


 ライヒ大尉が叫ぶ。

 指さす先には俯せに組み敷かれたGの姿、そしてその上に乗って強靱そうな前足の爪で首筋を掻きむしるように攻撃を加え続ける超コルディラスの姿があった。

 超コルディラスは口を開け、鋭い犬歯をにゅっと伸ばした。

 同じ形の牙がノコギリのように並んでいたバシリスクの時と違い、超コルディラスの口腔内の様子は、まるで食肉目の哺乳類のように歯の分化が進んでいるようだ。

 長い犬歯がGの脊髄を貫けば致命的なダメージとなることは、誰の目にも明かである。

 その牙がまさに打ち下ろされようとした瞬間。

 突然。超コルディラスの頭部だけが後ろへズレた。

 大きく開いた口の中に強い衝撃が加えられ、超コルディラスの頭部が後方へ弾けたのだ。

 醜く歪んだ顔の周りに白い蒸気が立ちこめ、肉の焼けるイヤな匂いが辺りに充満する。


「よしっ……命中ッ!」


 まどかが呟く。

 リニアキャノン。

 一発だけ残されていた、ディノニクス三号機の切り札であった。

 超コルディラスの後頭部に真っ赤なクレーター状の傷が生じている。

 高層ビル群の隙間を縫うようにして発射されたリニアキャノンの質量弾は、頭部を口腔内から貫いて、頸部へと抜けていた。

  脊髄を損傷した超コルディラスは、手足を痙攣させて裏返しに倒れた。


『こちらチーム・エンシェント羽田。聞こえるかチーム・ビースト!! 全員無事か?』


 通信機から流れてきたのは羽田大尉の声であった。

 そして積み上げられた瓦礫を越えて、二機のディノニクスがベヒーモスの所へとやって来るのが見えた。


「こちらチーム・ビースト、ミヴィーノ=ライヒ。一名負傷。しかし、なんとか無事です」


『今は援護が成功しましたが……敵巨獣の再生力は高い。すぐに復活するでしょう。Gたちの戦闘には、今の我々の戦力ではついていけない。すぐに離脱の準備をして下さい』


「現状ではカトブレパスもグリフォンも使い物にならないが……ケルベロスの無人機二機は無傷だ。だが、分離システムが壊れてしまっている。切り離しを手伝ってもらえないか?」


『了解』


 二つの攻撃チームは合流した。使える機材を利用して、現場からの離脱を試み始めたのだ。



 明はゆっくりと立ち上がった。

 急にひっくり返った超コルディラスは、すでに四足歩行で立ち、頭部を低くして攻撃態勢をとっている。 

 しかし頸部には大きく抉られたような傷跡が見え、口からも体液をだらだらと垂れ流している。四肢の動きもどことなくぎくしゃくして見えた。

 おそらく脊髄を大きく損傷しているのであろう。

 これは明の与えたダメージではない。どこからか援護射撃があったのだ、と、その時になってようやく理解した。

 周囲を見渡すと、自分に執拗に攻撃を加えてきていたあの小型機たちが、擱坐した戦闘兵器を救援に来ているようだ。超コルディラスを撃ったのは、あの兵器であろう。

 少なくとも人間達が、自分より超コルディラスを優先的な敵と見なしてくれたのならありがたい。さすがに、人間達と超コルディラスを一度に相手するのは骨が折れるからだ。


 明は超コルディラスを睨み続けながら、冷静に自分の肉体をチェックした。

 体を動かす重要な骨や筋に大きなダメージはない。脳や神経も正常であった。

 しかし、胸部の肉が大きく抉られ、回転の直撃を受けた頭部動脈も切れているらしく相当の出血がある。このまま戦闘できる時間は、あと数分といったところだろうか。

 それでも驚異的な再生力で肉体は治癒しつつあるが、そもそもバイオマスが足りないのだ。失われた部分は再生のしようがない。


 自分が完全に戦闘不能になるまでの数分間で、コルディラスを水場まで誘い出し、倒す。


 それをやり切るためには…………。

 明は、周囲の高層ビル群全体に知覚を広げた。

 人間は……いない。

 小さな生物反応はある。だが、人間はいない。

 先程までそこにいた攻撃チームも、今は撤退しつつある。

 ならば……今なら……やれるだろう。気は進まないが、背に腹は代えられない。

 明は四肢に力を込め、胸を張った。そして尻尾からエネルギーを集めていく。

 背びれの発光が、少しずつ広がっていき、やがてGの全身が青白く輝き始めた。



***    ***    ***    ***    ***



「Gは……何をする気だ!?」


 電磁波の影響が消え、ベヒーモスから送られてきた画像は樋潟司令を驚愕させた。

 Gの全身がエネルギー発光している。このような現象はこれまで確認されたことがない。


「なんなんだ? 放射熱線…………にしては、タメが長すぎる。あんな攻撃じゃあ、素早いコルディラスには当たらないぜ。どうすんだよ、明!?」


 小林も心配そうにモニターを見つめている。


「違います小林さん!! 明さんは、コルディラスを狙っていないって!! 樋潟さん! 攻撃チームの人達は、どこにいますか?」


「それはいったい、どういうことだね? 何故、攻撃チームの位置が関係あるんだ?」


 突然しゃべり始めた珠夢に、樋潟は不思議そうに聞き返した。


「アルテミス達が教えてくれているんです。明さんは……コルディラスがビルを利用した攻撃ができない状況を作り出すつもりだ、危険だって!!」


「何!? まさか!!」


 その瞬間、モニター全体が青白く輝いたように見えた。

 Gの口から放たれた放射熱線は、通常の数倍の大きさと輝きで周囲を圧倒していく。

 超コルディラスは周囲のビルへと駆け上って姿を消した。予想していたと言わんばかりの動きである。そのまま、また頭上から攻撃を加えるつもりなのだろう。

 強い光によるハレーションを起こしかけた画面上で、超コルディラスのいた場所を、青白い閃光が焼き尽くすのがかすかに確認できた。

 しかし、熱線の放射は止まらない。Gがそのまま体を回転させると、周囲の巨大なビル群は次々と薙ぎ倒されていった。

 数棟目の高層ビルが瓦礫の山と化した時、超コルディラスが落下してきた。もう、上っていられるビルは周囲にはない。

 ようやくモニターの調光機能が戻り始めた頃には、高層ビル群は完全に瓦礫の山と化し、Gと超コルディラスは、何も遮るものの無くなった荒野に対峙していた。

 

「す……すげえ」


 誰もが息を呑み、一言も発せられない中で、加賀谷がぽつりと呟いた。



***    ***    ***    ***    ***



 超コルディラスは、くるりとGに背を向けた。まさに草むらに走り込むトカゲのように、こそこそと逃げ始めたのだ。

 少し離れた場所には、まだ建物が残されている。超コルディラスはそちらへ向けて必死で走り込んでいく。

 本来、コルディラスの防御力は高いはずだが、あれほどの威力の放射熱線を防げようはずがない。シュラインの背筋には恐怖が走っていた。


 Gは超コルディラスを追った。

 先程見せた疾走よりは遅い。しかし、素早い。重々しい力強さを残しながら奔る、その姿からも、Gの身体能力が相当アップしたのだと分かる。

 ただ、それとて大量出血と深い傷のせいで行動不能に陥るまでの数分間、ほんの一瞬の間の輝きに過ぎないことは、G自身もよく分かっていた。

 走れば出血はひどくなり、行動不能になるまでの時間は短くなる。

 だがそれでもGは走った。どうしても超コルディラスの進行方向をコントロールする必要があったのだ。あの、調整池の方へ。


(どういうつもりだ? Gめ)


 シュライン=超コルディラスは当惑していた。

 高層ビル群を一瞬に破壊し尽くすほどの熱線を吐けるならば、格闘でダメージを蓄積させた上で熱線でとどめを刺せばいい。

 高層ビル群が不利だと思うならば、あのスピードで駆け出してしまえば少なくとも自分を振り切ることは出来たはず。生きてさえいれば、チャンスはいくらでも訪れるだろう。

 普通ならそう考える。

 だからシュラインはGを出し抜くためにビル群から出ようとはしなかったし、ビルを利用した攻撃を加え続けていたのだ。どれほどGが誘い出そうとしたところで、あのバトルフィールドから出るつもりはなかったし、そうであれば戦いが長引くほどシュラインに有利だったのも事実だ。


(そこまでして、僕を倒したいってことかな)


 シュラインは腹の裡でほくそえんだ。


(要するに、あの女への執着が断ちがたいってことのようだね。うまく使えば、Gを取り込めるか……な?)


 しかし、その切り札とも言える紀久子はここにはいない。

 この戦いを勝利してGから明を引きずり出し、東宮のように操り人形にしなくてはならない。

 シュラインは内心焦りつつ、自分に有利な地形を探して走っていた。

 もっとも近い建造物群は高層ビルというほどではない。

 だが、何もないよりはマシだ。立体的な攻撃でなければ、Gは倒せない。

 シュラインは、大型道路が複雑な立体交差をしているその場所を最後の決戦の場に選んだ。

 高速道路へと繋がる、ループ状の道路をシュラインは駆け上った。

 途中から前転の要領で丸くなり、回転速度を上げていく。大型道路をカタパルト代わりにして、追ってくるGの頭部へ、先程のような回転攻撃を加えるつもりなのだ。

 ちょうどGの真正面にあたる位置に、ループの終点がある。カウンターで直撃すれば、今度こそGは立ち上がれまい。

 シュライン=超コルディラスは、頭を抱え込むようにして回転にスピードと重力を乗せた。 


”G……とどめだ!!”


 激突の寸前、嘲るようなシュラインの思考波が届く。

 その次の瞬間。

 Gは身を翻した。

 自分の頭を、足元へ向けて投げつけるように前に倒した。そして、柔道の受け身のように回転する。

 シュラインにはGが突然姿を消したようにしか見えなかった。


(な……何!?)


 躊躇して回転数を下げたシュラインの目の前にあったのは、Gの長大な尻尾であった。

 空手の浴びせ蹴りの要領で、直上から叩きつけられた尻尾の一撃は、回転形態をとったままの超コルディラスの頭部を直撃した。

 超コルディラスは重なり合った高規格道路をいくつも破壊して、下へと落ちていく。


”ぐ……うわああああああ!!”


 シュラインの苦痛が思考波となって周囲に響き渡った。

 立体交差の下に広がる巨大な調整池に、ついにシュライン=コルディラスを叩き込んだのだ。


 水。


 すべての生物に恵みを与え、それがなくてはいかなる生物も生存し得ない水。

 乾燥地の生物には夜露を集めて生きるものや、空気中の水分を取り込む能力を有するもの、外に決して水分を排出しないように生理機能を特化させたものまでいる。

 しかし、それは特殊な進化である。その進化の過程で、彼等は水に対する耐性を無くしていったのだ。

 もし、そうした生物が過剰な水に出会えばどうなるか。

 落ち着けば、泳ぐことは出来る。

 すぐに体を乾かせば、死ぬことはない。

 しかし乾燥に適応した体は、常時水に浸れば死は免れない。そのことによるパニックの度合いは相当なものだ。

 生まれつき、大量の水への対処法を知らないのだ。

 超コルディラスは回転形態を解き、あわてて泳ごうとしていた。

 しかし水深は浅い。せいぜい深くて五mくらいだろう。泳ぐどころか、普通に立てば問題のない深さのはずなのだ。

 しかし長年溜まった汚泥が足を捉え、水を被った体が言うことを聞かない。立てない。

 体を制御しようとしても取り込んだはずのアルマジロトカゲの意識が蘇り、パニックを起こして制御できない。

 それどころか連鎖反応的に全身で取り込んだ生物たちが目覚め、悲鳴を上げ始めた。

 シュラインの頭脳に、自由を奪われた人間や動物たちの怨嗟の声が響き渡る。


(く……くそ!! 静まれ貴様等!! たかが水だぞ!!)


 コントロールを取り戻そうとするが、水に浸かったままではシュライン自身のパニックすら収まりそうもない。

 四肢の力が抜け、泥の中に倒れ伏した次の瞬間、Gの巨大な腕が、コルディラスの頭部を浅い水中へと押し沈めていた。


(し……しまっ……)


 Gの腕から、強力な生体電流が流し込まれ、シュラインの意識は途絶えた。



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