4-9 アンブロシア
「あんたがここの一番えらいさんか!? すぐに攻撃を止めろ!! Gに対する攻撃を止めろ!!」
MCMO臨時司令室。
監視カメラがバシリスクと交戦を始めたGをようやくモニターで捉えた時だった。突然乱入してきた小林達の剣幕に圧され、樋潟は思わず後退った。
その他のメンバーも呆気にとられて見つめている。
武器も携えていない彼等はテロリストのようではなさそうだが、異常事態には違いない。その格好は明らかに一般人にしか見えないのだ。この作戦本部の司令中枢まで咎められもせずにやって来られるはずがない。
こんな言動をしている連中を拘束もしないとは、いったい警備はどうなっているのか?
「君達は何だ!? どうやってここへ入ってきた!?」
どう見ても民間人にしか見えない小林達を、樋潟は驚きの目で見つめた。
だが、それ以上に驚いたのは、まるで彼等をサポートするかのように、銃を構えて付き従っている、警備の隊員達の姿であった。
それを見た士官の一人が、一喝する。
「貴様達!! 今は作戦中だぞ!! いったい、誰の許可で部外者をこんなところまで連れてきたッ!!」
その声にビクッと体をすくめながらも、自衛官達は姿勢を変えようとはしない。
その中の一人がおずおずと口を開いた。
「し……司令!! 彼等の話を聞いてやって下さい。そうしないと、我々は行動の制限を解いてもらえないのです!!」
「行動の制限? どういう意味だ!?」
「こういう事ですよ。来い!! アルテミス!! ステュクス!!」
広藤が廊下へ向けて叫ぶと、アルテミスとステュクス……オオミズアオとメンガタスズメの巨大幼虫が姿を現した。あれから更に何か植物を食べたのだろう。確実に一回り以上大きくなっている。脱皮してはいないようだが、そのせいで表皮ははち切れんばかりになり、つややかさを増していた。
「うわっ!? うわーっ!?」
司令室内には、たちまちのうちにパニックが広がった。
もともと嫌う人の多い芋虫である。普通サイズであっても大騒ぎする大の大人も珍しくないというのに、体長二m以上、胴回りも1mかそれ以上はあろうかという芋虫が突然現れれば、当然の反応と言えた。
しかしアルテミスが体の前部を持ち上げ、ふるふると体を動かし始めると司令室内のパニックは嘘のように収まっていった。樋潟や八幡を始め司令部内にいた十数人は、きょとんとした様子でお互いに顔を見合わせている。
「な……何だ今のは……嫌悪感が消えた……」
「こいつらは、俺達の仲間なんだ。匂いで他の生物の行動や感情を操る巨獣なんだよ。ここまで俺達を連れてきてくれたんだ。
頼む。俺達の話だけでも聞いてくれ!!」
だが、樋潟は警戒を解こうとはせず小林達を睨み据えている。
「君達の言うことは、正直我々にはよくわからない。
何故、Gへの攻撃をしてはいけないのかね? そしてこの昆虫型巨獣だ。君達の意思に従っているように見えるが、どういうことだね?」
口を開こうとする小林を制して、広藤が一歩進み出た。
「分からないんです。今朝までは普通の幼虫でした。それが、一度死にかけさせてしまって……でも……そうそう、この加賀谷さんの家の秘薬ってのを飲ませたら元気になって、それで……」
「……なんだって!? 秘薬?」
それを聞いた八幡は、自分の耳を疑った。
奇妙な偶然というにはできすぎている。昆虫を巨獣化させる薬品……それは鍵倉教授の言っていた、あの『生物間親和力を高める物質』と同じ作用ではないか。しかも『秘薬』ということは……。
「信じられないのも無理はないです。でも……」
「そうじゃない!! 君は……君達はまさか、ミクロネシアから移住してきた巫女の子孫なのか?」
「な……なんでそれを知ってんです?」
今度は加賀谷が驚く番であった。
会話を聞いていた小林も、加賀谷の言葉を聞いて目を丸くした。
「はあ? 加賀谷、お前の婆ちゃんって日本人じゃねえのか!?」
「言わなかったけか?」
「聞いてねえよ!! あの薬だって、俺はてっきり富山の薬売りとかに伝わる秘伝の妙薬かと……」
「冗談じゃねえ。富山の薬売り程度といっしょにされちゃあ、婆ちゃんが化けて出るぜ」
二人の間抜けな会話に毒気を抜かれた樋潟は、大きくため息をついた。
「いや……そんなことを言っている場合ではない。少し待ってくれたまえ。今、鍵倉教授を呼ぶ」
*** *** *** *** ***
鍵倉博士は間もなく司令室へ姿を現した。MCMOのアドバイザー登録のために、本部内に残っていたのだ。
ほんの数時間前に樋潟に直訴したばかりの秘薬の行方が分かったという連絡に、鍵倉自身が一番驚いている様子だ。
何より彼を驚かせたのはアルテミスとステュクス……オオミズアオとメンガタスズメの巨大幼虫の姿であった。
「う……む。信じられん。まさか本当に昆虫型巨獣を目にする機会が、それも、こんなに早く訪れるとはな」
腕組みをして唸る鍵倉の横で、加賀谷と小林はまだ何かごちゃごちゃと言い合いをしている。
「じゃあお前も珠夢ちゃんも、ミクロネシア人とのクォーターってわけかよ?? 道理で珠夢ちゃん、美人なわけだぜ」
「ああ、いや。ハーフ。婆ちゃん夫婦は純粋のミクロネシアンだから、お袋も生粋のミクロネシアンだもん」
「待て待て。お前のお袋さん、埼玉弁バリバリ使ってたじゃんかよ?」
「そりゃまあ、血筋はミクロネシアンだけど生まれも育ちも春日部だもんよ」
緊迫した状況を忘れ、いつまでも終わりそうもない二人の会話を、もどかしそうに断ち切ったのは八幡だった。
「ちょ……ちょっと待ってくれ君達。悪いがこちらの質問に答えてくれたまえ。この幼虫たちに与えた秘薬を作ったのは、君のお婆さんなのかね?」
「いえ……あたしです。お婆ちゃんはもう死んじゃったし……秘薬って言っても、育てている木の実の汁を発酵させるだけだから、簡単なんです」
恐る恐る手を挙げて答えたのは珠夢だった。それまで興味深そうに二体の巨大幼虫を観察していた鍵倉の目が輝いた。
「木の実だと!? なんとそうか!! もしかすると、絶滅したと思われていたアンブロシアが、その島には存在したのかも知れん!! それがこの日本に持ち込まれて生き延びていたとは……」
独りごちた様子の鍵倉に八幡が疑問を投げかける。
「アンブロシア? それが秘薬の原料だと言われるのですか?」
「そうだ。甘露草とも呼ばれる植物で、不老不死の妙薬として古く伝わる植物だよ。ギリシア神話では、食べると神々の列に加わることが出来るとされている」
「まさか……そんなものが実在したとでも言うおつもりですか?」
ギリシア神話まで話が飛ぶとは思ってもいなかった八幡は、とうとうついていけなくなった様子で、目を白黒させている。
「当然だよ。私は以前から実在説を支持してきた。巨獣らしきものは神話時代にも散見されるが……キクロプスやヘカトンケイルなどの神々に列する異形の巨人伝説はそうした秘薬を飲んで巨獣化した人間ではないか、と考えている」
「いやいや。いくらなんでも神話が実際にあったことなどとは思われないでしょう?」
「シュリーマンを知らんのかね? トロイア戦争の痕跡が発掘されたくらいだ。全くの事実ではないにせよ、その元となる何らかの事象があったことは確実なのだよ。神話の亜人、巨人、獣人、怪物、超能力をふるう神などそのほとんどが、生物間親和力の拡大を前提に考えれば説明が付く」
「そんな馬鹿な」
いくらなんでも荒唐無稽すぎる。樋潟は思わず失笑した。だが鍵倉は気分を害した様子もなく、その表情は真剣そのものだ。
「いや失礼。ですが、そのミクロネシアの秘薬は通常、人間が飲んでも問題ないという話だったのでは? 果たしてそんなもので神になれますかな?」
「もちろん人間が飲んでも大丈夫だ。だがもし体内に共生生物を持っていれば、話は大きく違う」
「あ……もしかするとメタボルバキアですか?」
八幡が思い当たったように膝を打つ。
「なに、メタボルバキアに限らんよ。同属のリケッチアでもいいだろうし、それ以外の細菌、ウイルス、寄生虫……そうしたものを異物と認識せず共生状態で体内に宿していた場合、様々なものと生物間親和性を高めるこの秘薬がどう働くか分からんからな」
「で……でも、お婆ちゃんは巨獣が出たら飲むようにって、教えてくれたんですけど……」
祖母の薬をけなされたと思ったのか、珠夢が口をとがらせた。
「ほう……なおさら興味深いな。
その方が安全。とすれば……もしかするとこの秘薬は言い伝えられているアンブロシアとは、少し性質が違うのかも知れない」
鍵倉は『秘薬』について興味津々といった様子だ。
その時、加賀谷がはっと気付いたように手を打った。
「おいおい、小林。俺達こんな話してる場合じゃねえだろ?」
「そ……そうだよ!! なあ、あんたらこの幼虫たちのことはもういいだろ? あいつの……明のことを聞いてくれよ!?」
*** *** *** *** ***
「信じられん……伏見君の息子の……あの明君が? Gと融合しているのはシュラインじゃあないっていうのか?」
小林達の話を聞き終えた八幡は抱え込んだ頭を大きく振った。顔色も真っ青である。
それもそうであろう。海底ラボにいた八幡はワイバーンが巨大イカ=アルキテウティスに破壊され、引きずり出された明が深海の闇に沈んで行く光景をその目で見ているのだ。あの状況で明が生きていると考える方がおかしい。
だが、八幡はすべての歯車が噛み合ったように感じてもいた。
明がG。そう考えれば様々な疑問に対してすべての答えが出る。
どうして、Gは海底でアルキテウティスを倒し、紀久子の乗るシーサーペントを救ったのか。
どうして、上陸したGはバリオニクスを完全に破壊しなかったのか。
どうして、Gは町の破壊を嫌い、江戸川河川敷を遡ったのか。
どうして、一三式戦車部隊を、一人の犠牲者も出さずに突破したのか。
そして今、どうして身を捨ててバシリスクと戦い、倒そうとしているのか。
「バカな……だとすれば、我々は完全に戦う相手を間違えていた」
樋潟も涙ぐみ、額に右手を当てて呻いている。
「だから、さっきからそう言ってるじゃねえか!!
俺達はGに……明に二度も助けて貰ったんだ。そのせいで、あいつは自分の好きな女を危険に晒しちまった。俺達はなにがなんでも、その松尾さんを助け出して、あいつの元へ……届けたい!!」
「松尾君までそんなことになっていたのか……」
「だから頼むよ……攻撃を止めてくれ。もう、Gは人類の敵じゃねえんだ。
昔のGの記憶はあっても、心は明なんだ。俺達の友達なんだよ!!」
「分かった。これまでのGの行動理由も分かった以上は、攻撃を続けることはない。すぐに攻撃命令を解除しよう」
樋潟はそう言うと、通信機へ向かって司令官自ら叫んだ。
「チーム・エンシェント!! チーム・ビースト!! 聞こえるか!? Gへの攻撃命令を解除する!! 繰り返す!! Gへの攻撃命令は解除だ!!」
そして、フロアにいる数人の士官に声を掛けた。
「Gの攻撃命令解除を、MCMOの決定事項とする。この判断を下したのは、現場を預かる作戦司令本部長・樋潟幸四郎だ。判断理由、その他の報告は追って文書にて通達する。今は、至急口頭で命令を伝えろ。『Gへの攻撃命令は解除。彼は味方だ』」
士官達は樋潟の命令を復唱し、各部署へとあわただしく散った。
「……よかった…………」
緊張していたのだろう。それまで無言のまま硬い表情で立ちつくしていた珠夢が泣き崩れた。
加賀谷と広藤は歓声を上げてハイタッチした。アルテミスとステュクスまでもが、嬉しそうに巨大な顎をギチギチと鳴らしている。
「ところで君、その『秘薬』ぜひとも少しサンプルを分けてくれないかね?」
「え? はあ、まあ、一本残っていますから差し上げますけど……」
珠夢は涙を拭きながら手荷物の中からまた一本、赤いドリンク剤を取り出して鍵倉に手渡した。
「ふうむ……不思議に透明感がある。夾雑物がほとんど無いのは、果肉は入っていないということか……君、さっき発酵させると言っていたがどうやるのかね?」
鍵倉は興味深そうにビンを眺めながら、珠夢に秘薬のことについて聞き始めた。
これで目的の大半は果たせたことになる。突っ立っていた小林もようやくほっとした表情になって床に座り込んだ。
強がった勢いで乗り込んだものの、やったことは結局、巨獣を使っての脅迫、しかも相手は世界規模の軍事組織である。うまく行かなければどうなっていたことか。二体の巨獣が偶然生まれていなければ、ここまでうまく説得は出来なかったはずだ。それを実現したのは広藤の飼っていた幼虫、珠夢の秘薬、明を助けた加賀谷の優しさ、そして明自身の勇気だ。自分は粋がるだけで何も出来なかった。そんな無力感も同時に小林を押し包んでいた。
「小林……」
「……俺は、俺の勝手な言動でおまえ達を危険に巻き込んだ。責めてくれていい」
歩み寄り肩を強く抱いた加賀谷に、小林はぼうっとした表情のまま言った。
「今頃何言ってる。逆だよ。
俺はお前を誇りに思う。お前が動かなきゃ何も起きなかったよ。それに俺達は好きで付いてきたんだ。お前が責任感じる必要なんか、ひとつもねえ……それに見ろよ。明を……アイツはまだ戦ってンだ。」
「そういえば、Gは……戦闘の様子はどうなっているんですか?」
広藤が聞く。
「見たまえ、Gは君達の言う通りバシリスクにのみ攻撃を加えている。これほど心強い味方はいないよ」
モニター上ではGがシュライン=バシリスクの鼻面へ、まさに放射熱線を浴びせたところであった。
「やった!?」
「いや!! なんだアレは!?」
バシリスクの半身は黒焦げになり、体表面は確かに炭化して剥がれ落ちた。
相当ダメージもあるのだろう。
しかし、炭化した皮膚の下から現れたのは、ゴツゴツした印象の茶褐色の新しい表皮だった。
薄暮の太陽を浴びて艶やかに輝くその下から、いくつもいくつも、象牙のようなトゲ状突起が突き出てこようとしている。
「あれは…………コルディラス」
樋潟が愕然とした表情で呟いた。
「コルディラス?」
「アルマジロトカゲの巨獣化変異体です。十五年前は大阪に現れ……私の指揮する機械化部隊を……壊滅させました」
話す樋潟の顔に恐怖の影が差した。初めて見せる表情だ。強く握りしめられたその拳が微かに震えている。
それほどの恐るべき敵なのか。八幡はただ無言でモニターを見つめるしかなかった。