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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第4章 vs 超コルディラス
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4-8 碧い悲しみ

 走り去って行く明を、小林達はただ見送るしかできなかった。掛ける言葉も見つからないまま……。


「これから……どう……する?」


 加賀谷が、呆然とした表情で小林に言う。


「まず、MCMOの巨獣対策本部へ行く」


「え!? どうして?」


「Gは……敵じゃねえ。オレ達の友達なんだって……教えてやるんだろうがッ!!」


 驚く加賀谷の胸ぐらを掴んで、小林は吼えた。


「わ……わかった。わかった」


 その剣幕に押されるように、加賀谷は何度も肯いた。


「それから、松尾さんを探し出す!!」


「私達で!?」


 目を丸くして叫んだ珠夢に、小林は強く頷き返した。


「明は自分が救い出すとか言ってたけどよ!! あんな……デカ物になっちまって、どうやって一人の女を捜し出せるんだよ!? そのくらいは、オレ達がやってやらなきゃよ……」


 拳を握りしめてつぶやく小林の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。


「明さん、元に戻れるよね? あんなに好きなんだもん。松尾さんて人に、また人間の姿で……会えるよね!?」


 誰にともなく同意を求める珠夢の目からも、涙があふれている。


「…………そんなの分からねえ。分からねえけどよ。オレは認めねえ。あんなイイ奴が、なんで、巨獣になんかならなきゃいけねえ!? なんで、大昔Gのやった殺戮に、責任を感じなきゃいけねえんだ!?」


 怒りの表情で傍の建物の外壁を、何度も何度も殴りつける小林の肩にそっと手を置きながら、加賀谷が言った。


「珠夢、俺達も生物研究者の端くれだ。事が解決したら、何としても明を元の姿に戻す方法を見つけ出すさ」


「その時には、僕もお手伝いさせて下さい」


 広藤が言う。


「うん……あたしも……勉強して手伝えるようになるよ」


 珠夢が涙を拭きながら、初めて少し笑った。


「話は決まった。最初の目的地は習志野駐屯地だ。おえらいさんに事情を説明した後、松尾さんの捜索に入る。明を元に戻すのは、松尾さんを救い出してからだ!!」


「すぐ行きましょう。このアルテミス達がいれば説得力がある。MCMOのお偉いさんに巨獣がすべて敵じゃないって、分かってもらわないと」


「行くぞ!! 国道を東だ!!」


 青果店のトラックに再び乗り込んだ、四人と二匹の巨大幼虫は、習志野方面へ向けて全速力で走り始めた。



***    ***    ***    ***    ***



 チーム・ビーストの各機は、合体の態勢に入っていた。


「ケルベロス、ミヴィーノ=ライヒ、スタンディングバイ」


「カトブレパス、スタンディングバイ!!」


「グリフォン、マイカ=トート、いいわよ」


「オールグリーン!! 合体するぞ!!」


 カトブレパスは、銀色の車体を開けた場所に落ち着け、後部シールドを解除した。

 そこへ、グリフォンが後方から低空飛行のままドッキングする。垂直尾翼が縮み、代わりに後方へ尾状の突起が伸びていく。

 主翼は折りたたまれて消え、機体に砲門らしき開口部が現れる。

 列車状のケルベロスのうち二機は、それぞれカトブレパスの左右に接続され、走行車輪をカバーするように巻き込むと、前後に分離して歩行脚となった。

 ライヒ大尉の搭乗するケルベロスの指令機が変形を始める。後半部が縦に割れ、その間にコクピットのある前半部が吸い込まれるように格納された。

 太短くなった指令機は、カトブレパスの前部にドッキングし、両側から立ち上がってきたカバーで防護されていく。

 さらに変形が進み、そこで初めて頭部であると分かるようになった。ケルベロスの二機が四肢となり、しっかりと地面を掴んだ。

 水牛の角状をした突起を前方に伸ばし、赤いカメラアイが光る。伝説の巨獣の姿を模した、大型機動兵器 MH-X ベヒーモス、それがこのロボットの名称であった。


「オットー!! 敵は擬態能力を使っている!! 偏光照射装置を頼む!!」


「了解!! 偏光照射!!」


 ふたたび周囲がオレンジ色の光に包まれ、バシリスク=シュラインの姿が視認できるようになった。バシリスクは四十階建てほどのビルの壁面に逆さにしがみつき、上から襲いかかるタイミングを待っていたようだ。


「発見!! 高周波レーザー、発射!!」


 オットーの声と同時に、バシリスクの頭部を高出力のレーザーが焼いた。しかし、一瞬で場所を移動したため、わずかに掠った程度であった。レーザーはビルを貫き、彼方へ光の矢を放つ。

 バシリスクは上空に飛ぶと、滑空膜を広げて別のビルにしがみついた。それを何度か繰り返しながら、次第にベヒーモスとの距離を詰め始める。


「速すぎてレーザーの照準が合わせられない!! マイカ!! 重機銃ヘビーマシンガンで撃ち落とせ!!」


「了解!!」


 ベヒーモス背部の発射口から、複数の機銃が現れ、バシリスクを狙い撃ちし始めた。

 今度はまともに被弾して、血飛沫を上げて落下する。


「とどめだぜ!!」


 オットーが高周波レーザーを向けて出力を上げた時、ベヒーモスに大きな衝撃が加えられた。


「何だ? どうした!? マイカ!? 応答しろ!!」


「や……やられました……ヤツは、もう一体……いたんです」


 ベヒーモスの後方から襲いかかってきたバシリスクは、目の前の巨大なバシリスクよりも、更に一回り大きかった。

 シュラインは二体のバシリスクを、一体であるかのように見せて、襲ってきていたのだ。

 常にビルの影にいたに違いない。

 偏光照射装置によって、姿が見えるようになったことが、却って油断を誘ったのだ。一体を発見したことで安心し、まさか更にもう一体が潜んでいようとは、チームの誰もが思わなかった。

 背部に位置するグリフォンのコクピットには、バシリスクの鋭い爪が突き刺さっている。


「グリフォン……大破しました。離脱も……できません」


 通信機から聞こえるマイカの声は力無く、か細い。


「マイカ!! マイカ!! 負傷したのか!? ちっくしょおおお!! イーヴィルアイッ!!」


 オットーの叫びが響き、周囲に超音波、低周波、電磁波の強烈な波動が吹き荒れる。


「きゃあああああああああ!!」


「やめろ!! オットー!! コクピットが破壊されているんだ!! イーヴィルアイはマイカの身体にも影響する!! ヘタをすると死ぬぞ!!」


 響き渡るマイカの悲鳴を聞いて、あわててオットーはイーヴィルアイのスイッチを切った。


”その通り。実にいい判断だな、チームリーダー……”


 その時、シュラインの声が全員の脳に響き渡った。


「貴様……シュラインか? Gと融合していたんじゃなかったのか? なぜ、バシリスクと同化している!?」


”へえ。君達、思ったより状況を把握していないようだね。それでGを攻撃していたのか。まあいい。今、思考を止めてやろう”


 シュラインの声が聞こえると同時に、ベヒーモスのパイロット三人は、頭に直接キリを揉み込まれるような激痛を覚えてのたうった。


「ぐ……あああ……なんだこれ……は!?」


”教えてあげるよ。コクピットに座っていられると、生体電磁波もシールドされてしまって話くらいしか出来ない。けど、わずかでも破壊できれば、強力な波動を送り込んでダメージを与えることが出来るんだ……こんな、ふうにっ!!”


「ひ!?……きゃあああああ!!」


 マイカの叫びが響き渡る。


「うああああ!! く……くそ!! 今……助けに……」


 オットー自身も苦痛の悲鳴を上げながら、コクピットから離脱しようとしている。


”お前達が僕の細胞に感染すれば、良い兵士になりそうだね。今、接種してあげるよ”


 巨大なバシリスクの口がマイカに迫っていくのを、オットーは苦痛にのたうちながら、見ているしかなかった。




***    ***    ***    ***    ***



「ちッ!! 気絶したままだってのに、なんでコイツ倒れないの!?」


 アスカは、悔しそうに舌打ちをした。

 たしかに小型機であるディノニクスの攻撃力は低い。しかし、高周波ブレードを装備した両手の爪で、何度も心臓があると思しき場所へ攻撃を加えているにも関わらず、Gの侵攻は止まらない。

 そればかりか、次第に速度を上げてすらいるようだった。


「一歩も止められず、方向も変えられず……これでは、何をしに出てきたか分からん!!」


 思わず羽田が叫ぶ。喜々として出撃しただけに、徒労感が募るのであろう。

 羽田の焦燥は、まどかにもアスカにも伝わっていた。

 その時、通信機から樋潟司令の声が響いた。


『聞いてくれ。方角からして、Gは明らかに、チーム・ビーストと交戦中のバシリスクに合流しようとしている。そうなれば、更に苦戦は免れん。このままの速度だと、あと十数分で戦闘影響圏内に入るぞ。なんとか食い止めて欲しい!!』


「分かっています!! ですが……止まらないのです!!」


『やむを得ん……五代少尉!! リニアキャノンを、もう一度額の穴にたたき込むんだ!! 今なら、脳組織を完全に破壊できるかも知れん!!』


「了解!! リニアキャノン発射のため、ディノニクス三号機、距離を取ります!!」


 まどかは、接近戦闘を一号機と二号機に任せ、自分はGの進行方向にある、開けた公園に一時的に退避した。

 少し離れれば、意識を持たずにただ真っ直ぐに向かってくるGへの狙いは付けやすい。


「羽田大尉!! 新堂少尉!! 準備できました!! いったん、火線から退いて下さい!!」


 まどかは叫んだ。

 トリロバイトのものに比べて旧式のリニアキャノンは、コイルへの電荷増幅までに時間がかかる。照準を付けたままで数十秒、まどかは発射の時間を待った。

 

「何? 人?」


 その時、まどかは信じられないものを見た。

 正面から歩行してくるG。

 その頭部に、横合いの高層ビルから飛び移った人影があったように見えたのだ。


「どういうこと!? これじゃ撃てない!!」


「五代少尉!! 何を言っている!?」


「人です!! Gの頭部に人影が!!」


「何を言ってるんだ!? そんな馬鹿なことがあるわけがないだろう!!」


 羽田の呆れたような声に、まどかは自信を無くした。

 たしかに冷静に考えると、高層ビルからGの頭部へ飛び移るなど、人間業で可能とは思えない。目測だが、距離にして二十~三十mを助走無しで飛ぶ必要があるのだ。


「そうよ。気のせい……気のせいだわ」


 まどかは自分自身にそう言い聞かせた。すでにGの頭部に人影は見えない。

 発射準備がとっくに完了したリニアキャノンからも、コイルへの電流過負荷の警報アラームが鳴っている。


発射ファイア!!」


 鋭い声と共に、まどかはリニアキャノンの発射トリガーを引き絞った。



***    ***    ***    ***    ***



「来る……」


 Gの進行方向にある高層ビルに上って、明はその時を待っていた。

 小型の恐竜型機動兵器が、Gに何度も攻撃を掛けているが、致命的な攻撃を受けた感覚はなかった。明が自分でも呆れるほど、Gの肉体は頑強なのだ。


「あの胸の傷だけは……深そうだけどな」


 明は皮肉な表情で笑った。

 急所を狙ったつもりなのだろうか? Gの胸には、深い切り傷がいくつも刻まれていた。歩行のたびに、そこから鮮血が滴り落ちている。


「G……おまえも、オレも、胸に傷がある……か」


 しかし明の胸を貫く痛みは、外傷ではない。


 紀久子に一目会うことも叶わなかった痛み。


 紀久子に婚約者がいた、という痛み。


 友情を覚えた小林達と別れる痛み。


 これからまた、巨獣Gとして戦うことへの痛み。


 おそらくは、二度と人には戻れないであろう痛み。


 それらの痛みを噛みしめるように唇を噛んで、明は歩み寄ってくるGを睨んだ。

 初めて外から見るG。

 無抵抗のまま傷だらけにされ、目をつぶって歩き続けるGに、明は不思議な親近感を覚えていた。


「攻撃が……やんだ……」


 Gがようやく高層ビルへと近づいてきた時、まとわりついていた三機の小型機が見えなくなったことに明は気づいた。


「あきらめたのか……? いや違う……何か強力な攻撃の準備だ……」


 明は、Gの進んでいく方向を見た。

 G細胞で強化された視力は、小型機の一機が二キロ以上離れた位置から、肩に装備した大型兵器をこちらに向けている姿を捉えた。


「時間がない……か」


 自分の右腕を見る。

 筋肉が盛り上がり、見たこともない状態に鍛え上げられてしまった腕。

 腕だけではない。体も、脚も……顔も。身長すら、二十センチ以上伸びていた。


『ダメだ。明、オレ達と帰ろう!!』


 泣きそうな顔で言ってくれた、小林の顔が浮かぶ。


「小林さん……ありがとう。でも、こんな体じゃもう、松尾さんに会うこともできない。彼女の悲しむ顔は……見たくない」


 自分のことなど忘れているかも知れない。

 自分がどうなろうと、気になどしていないかも知れない。

 しかし、少なくともあの時は自分を気に掛けてくれ、弟のように可愛がってくれた。その紀久子に、巨獣化しつつある醜い己の姿など、見せられようはずがない。


「G……行くぞ!!」


 明は高層ビルの屋上からGの頭部を目がけ、斜め下方へと身を投げ出した。



***    ***    ***    ***    ***



 リニアキャノンは、発射からほとんどタイムラグなく着弾した。

 Gの額に強烈な衝撃が走り、強烈な摩擦熱で一瞬にして蒸発したGの体液が、煙のように頭部周辺に立ちこめた。


「やったか!?」


 羽田は攻撃の効果を確認しようと、モニターの倍率を上げた。

 だが、柔らかな風が白い蒸気を吹き払い、Gの顔を再びモニターが捉えた時、羽田は、アスカは、まどかは、そして樋潟を始め、対策本部の人々は、予想もしなかったものを見て、息を呑んだ。


あお……」


 まどかが呆然と言った。

 額の宝石が復活していたのだ。

 しかしルビーのように赤かったそれは、今、エメラルドの碧に輝いている。そして、ついに開かれた両眼は、これまでにない強い意志の光を灯していた。


「馬鹿な……なぜ……」


 モニターを見ていた樋潟がつぶやく。


「キュゴオオオオオオオオンンンンンンン!!」


 咆吼が、無人の町の静寂を破って響き渡った。


「間に合わなかった!!」


 羽田が目の前のコンソールを殴りつける。


「どうしたら……倒せるの?」


 アスカが呟く。


「もう……リニアキャノンも効かないなんて……」


 まどかの心にも絶望が去来していた。

 しかし、胸を張り、手を広げ、雄叫びをあげたGの瞳にほんのわずか、光るものがあった事を、気づく者は誰もいなかった。



***    ***    ***    ***    ***



 Gと同化した明は、すぐにシュライン=バシリスクの姿を探した。

 知覚範囲を広げていく。

 周囲百メートル、一キロ、五キロ、十キロ……二十キロ

 視覚……嗅覚……聴覚…………それだけではない。

 Gは電波、磁場、超音波、電磁波をすべて知覚する能力を持つ。それらをすべて動員したのだ。

 すると五キロ以上前方に、バシリスクが何かを襲っているのが見えた。

 すでに日が暮れかかり、薄闇が周囲を覆いつつある状況で、Gが敵を捉えたのは視力だけではない。あらゆる情報が、すべて視覚として認識されているのだ。

 その能力の広がりに、そして体の軽さに明は驚いていた。

 神経中枢部と同化したとはいえ、Gと明は本来別の生き物であった。

 ずっと明の感じていた体の重さ、息苦しさは、二つの生物間の違和感であったのだ。

 ゆえに、これまではGの能力は大きく制限されていた。

 ところが明の飲んだ秘薬……生物間親和力を飛躍的に向上するという、加賀谷兄妹の祖母……ミクロネシアの巫女の秘薬が明にもたらした効果は、明とG、そして細胞内共生生物メタボルバキアの間に、完全な同調をもたらしていた。

 バシリスクを睨む。

 遠いが、まるで目の前のことのように状況が分かる。

 襲われている相手は機動兵器だ。だが何であれ、バシリスク=シュラインの好きにさせることは紀久子のためにならないに決まっている。

 明は認識すると同時に、間髪入れず粒子熱線を発射した。



***    ***    ***    ***    ***



 シュライン=バシリスクの舌が伸ばされ、マイカに触れようとしたまさにその時、オットーはその背後に、蒼い閃光が虚空を引き裂いて迫るのを見た。


「う……なんだ……?」


 真っ直ぐに伸びてきたその閃光は、のしかかっていたバシリスクの背部を貫き、そのまま数百メートル向こうの地面を抉った。


”ぐあああああ!!”


 不意を打たれたシュラインの悲鳴が、オットーの脳に直接響き渡る。

 バシリスクは背中の肉をほとんど持って行かれ、閃光に押されるようにしてベヒーモスから引き剥がされた。そして地面に激しく叩きつけられてのたうつ。


「た……助かった……のか?」


 思い通りに体が動く。シュラインの生体電磁波による攻撃が止んだのだ。

 頭痛の消えたオットーは、マイカを救うべくグリフォンのコクピットへと移動を始めた。



「な……何を撃ったんだ!?」


 羽田は、粒子熱線の消えていった方角を、モニターで拡大して見た。しかし、距離がありすぎる。それがチーム・ビーストとバシリスクが交戦しているエリアであること以外は何も分からなかった。

 また、ベヒーモスはシュラインの電磁波攻撃下にあった。そのため一切の通信は途絶し、本部の樋潟も状況を把握することが出来ないでいた。


「羽田大尉!! Gはおそらく、戦闘中のベヒーモスを狙い撃ったと思われる。状況は不明だが、これ以上好き勝手にさせるな!! これまでのダメージは大きいはずだ。Gにとどめを刺すんだ!!」


「了解!!」


 羽田とアスカの駆る二機のディノニクスは、Gを遠巻きにしつつ小型ミサイルや機銃で攻撃を続けた。狙いは心臓の辺り、胸に深く刻まれた傷跡である。

 

(ああ……行かなくては)


 Gは胸に受け続ける銃弾の雨を、むしろ心地よく感じながら、遠くの敵を見据えた。

 痛い。

 胸が痛い。

 だが、その傷の痛みが、心の痛みをかき消してくれている。

 深い感謝の気持ちで、周囲を駆けめぐる二機の小型兵器を眺めた。

 これなら、戦える。

 そうだ、行かなくては。

 松尾さんを……救いに。

 Gはゆっくりと前に倒れ始めた。


「よし!! ついに倒したぞ!!」


 羽田の嬉しそうな声が響く。

 しかし、体がこれ以上ないくらい傾き、尻尾が宙に浮いた瞬間、Gは右足を前に出し、踏みとどまった。


「え?」


 いや踏みとどまったのではない。その脚で、力強く大地を蹴ったのだ。

 Gの体はクラウチングスタートのように跳ね上がった。


「な?……速い!?」


 一人、戦場から距離を取り、再びGにリニアキャノンの照準を合わせていたまどかは、自分の目を疑った。

 Gが走っている。いや、走ってくる。

 前屈みになり、長い尻尾を水平に伸ばし、強く両足で地面を蹴って。

 復元された竜脚類の走りとは違う。

 人の走り方とも、もちろん違う。

 まるで、無限に倒れ続けているような、それでいてどこまでも前に前に進んでいきそうな印象。

 それは激しく、力強く、そして美しかった。


「やられる……!?」


 寸時、その姿に見とれていたまどかは、迫り来るGを見て、初めて恐怖を覚えた。

 充分に距離を取っていたはずが、ほぼ一瞬でGは至近距離へやってきた。

 まどかはすくみ上がった。先ほどの射撃の報復をするために、襲ってきたのかと思ったのだ。しかしGは、そんなまどかには目もくれず、そのまま脇を走り抜けていく。

 恐ろしいほどの地響きと強風が襲ってきたのは、Gが通り過ぎて一瞬の後であった。


「逃がさん!!」


 羽田はディノニクス一号機のエンジンを、全開フルスロットルにして追いすがったが、所詮大きさが違う。ディノニクスの十倍以上の歩幅で、飛ぶように駆け抜けていくGに追いつけるはずは無かった。


「速度重視のディノニクスが……置いて行かれるなんて……」


 羽田が引き離されるのを目撃したアスカは、駆け去るGの後ろ姿を呆然と見送るだけだった。



***    ***    ***    ***    ***



『……何があった?』


 シュラインの生体電磁波は、ベヒーモスの電子機器にまで影響を与えていた。

 そのせいで状況の把握できないライヒ大尉が、オットーとマイカに何度も内部通信を送っていた。


『バシリスクは、何かの砲撃を受けて倒れてます。援軍……でしょうか?』


 ようやくオットーから返信があった。


『何にしても、今のままではシュラインには敵わない。なんとかこの場から離脱するんだ』


『了解。しかし実は、カトブレパスの水タンクに一般の人間を収容しています。彼等も一緒に連れて行かないと……』


「馬鹿ね……一般人連れて戦闘なんて……軍法会議モノじゃない」


「マイカ!? 気がついたか?」


 オットーの腕の中でマイカが目覚めた。


「何、心配そうな声、出してんのよ。あんたらしくないわね。私は大丈夫よ。あんたがすぐに、助けてくれるんでしょ?」


 頭から血を流し、目をつぶったまま、腹を押さえてうわごとのように話すマイカは、どう見ても重傷だ。


「ああ、助けてやる。絶対俺が助ける。だから、もうしゃべるな。」


 そうは言っても、グリフォンはほぼ大破している。合体しているカトブレパスもここからの離脱は難しい。


「ちくしょう!! どうしたらいい!? 援軍は、来ないのか!?」


 唸るように叫んで振り返った時、オットーは凄まじい勢いで迫ってくる巨大な青黒い岩塊のようなものを見た。

 その岩塊には印象的な二つの赤い眼が光り、碧い宝石がその額に輝いている。


「G…………」


 オットーは死を覚悟した。



***    ***    ***    ***    ***



 六キロほどの距離を数分で駆け抜けたGは、その勢いのまま、立ち上がろうとしていたバシリスクに激突した。


”ぐはあっ!!”


 思考による苦痛の悲鳴が響き渡る。

 外資の生命保険会社の看板を掲げた高層ビルと、Gの体重に挟まれ、バシリスクは口から大量の体液をまき散らして悶絶した。ビルは一瞬にして倒壊し、降り注ぐ瓦礫が二体の巨獣を覆い隠す。

 ブレーキ代わりに体当たりをしたのだ。

 瓦礫の山から即座に立ち上がり、擱坐したベヒーモスを、まるで守るように立ちはだかったGは、動けないバシリスクの喉笛に間髪入れずに噛みついた。


”貴……様……伏見明か。また融合したんだな? なかなか面白い体をしているじゃないか”


 その小馬鹿にしたような思考に怒りを触発されたのか、Gは激しく頭を振って、喉笛を食いちぎろうとした。


”ぐがっ!!……やめろ……貴様、松尾紀久子とかいう女を探しているんじゃないのか?”


 シュラインの思考がGに伝わり、Gは顎を弛めた。しかし、決して離そうとはしない。そのまま鋭い目を、バシリスクの目に向けている。


”あの女は、すでに僕の感染者だ。この体に取り込んでいるかも知れないよ? こんな風に……”


 その瞬間、Gの目の前にあるバシリスクの体表面に、人の顔が浮かんだ。

 知らない男であったが、苦痛に歪むその顔を見てGは口を離して後退った。


”そう……それでいい。どうだ? G? 僕と一つにならないか?”


 Gは赤い眼でバシリスクを睨みながら、呼吸を整えているようだ。

 バシリスクはよろよろと立ち上がり、更に思考を送ってくる。


”生けるもの全てが一つになれば、何も苦しみはない。別れもなければ、悲しみもない。死すら怖くないんだ。”


 Gは目を細くして、苦しそうに顔を歪めた。


”紀久子といったっけ? もうあの女もこちら側だ。僕の忠実な奴隷さ。女の思考を読んだよ。お前を死んだと思っている。今は婚約者を、唯一の心の支えにしているんだ。女の心にお前の入る隙間などこれっぽっちも、ない”


 Gの苦痛の表情が深まる。バシリスクは勝ち誇ったように、ゆっくりと歩み寄り始めた。


”だけど、僕と一つになれば話は別さ。全員一つなんだ。あの女にも僕の中で会えばいい。なんなら、お前を愛するように命令してやってもいいんだよ?”


 シュラインの思考波が、猛るGをなだめるように響く。

 バシリスクの腕がゆっくりと、恐る恐るといってもいいほどゆっくりと、Gの胸の傷口に伸びていく。傷口から自分の細胞を接種しようとしているのだ。鋭い爪の生えた腕が、痛々しく開いた傷口に、まさに触れようとしたその時。


「キュゴオオオオオオオンンンンン」


 胸を張り、怒りの声を発したGはバシリスクの顔面に放射熱線を浴びせた。

 不意を突かれて吹き飛んだバシリスクは、上半身を真っ黒に炭化させて転がった。

 Gの超知覚は、バシリスクの中に紀久子が居ないことを確信していた。

 そこにいるのは、無数のニワトリとブタ、そして数人の作業員だった。シュラインは養鶏場と養豚場を襲い、それらのバイオマスを利用して、その肉体を作り上げたのだ。

 Gは、いや明は怒っていた。

 明にとっては、誰よりも、いや何よりも神聖な存在である紀久子を「奴隷」と呼んだことに。そして、バシリスクの体表面に現れた苦痛に歪んだ男の顔に。

 男の哀しげな顔が、すべてを物語っていた。シュラインと一つになるということが、個体でなくなるということが、どういうことなのか。


”まったく……これだから若僧は……扱いにくい!!”


 シュライン=バシリスクは、焼け焦げた自分の皮膚を掻きむしって引き剥がした。


”攻撃を受けて耐性を獲得するのは、貴様だけじゃない”


 炭化し、剥がれ落ちた皮膚の下から現れたのは、茶褐色の禍々しい突起を無数に持つ皮膚だった。



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