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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第3章 赤い宝石
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3-8 国立病院

「おい、狭えぞ。広藤、どぉーうしてもその幼虫、持っていくつもりか?」


「いつ帰れるか分からない以上、僕がいない間に死なせるわけにはいきませんから。

ご心配なく、いい場所があれば放しちゃいますよ」


「早く出発しましょう。警察が来るとまずい」


「お前、デスマス付けるなって、あれほど……」


「どーでもいーから早く車を出して!!」


 小林の運転する軽自動車に、ぎゅうぎゅう詰めで乗り込んだ明たち五人はバシリスクの落ちた場所、国立病院へ向けて騒がしく出発した。


「警察に止められたらどうするよ?」


 ハンドルを切りながら、少し心配そうに小林が聞く。


「素直に言うしかないだろ。家族や友人が行方不明だ……ってな」


「そういや明、行方不明の知り合いって、名前は何てんだ?」


「……松尾……紀久子さん、という人です」


「女? 恋人かよ?」


「そんなわけ……ありません」


 明は目を伏せて言葉を濁した。おちゃらけて関係を聞き出そうとしていた小林も、その様子に気圧されたように黙った。車内を重い空気が支配する。


「ね、ねえ、みんな。このドリンク飲んで」


 暗くなった雰囲気を何とかしようと思ったのか、珠夢がごそごそとカバンから出してきたのは、ラベルのない小瓶に半透明の赤い液体を小分けにしたものだった。


「ぐあっ!! 珠夢!! お前ソレ、持ってきてたのか!?」


 その液体を見た途端、加賀谷がのけぞった。


「持ってくるわよ。そもそも、こういう時に使うモンでしょ?」


 苦虫を噛み潰したような兄の顔を見ながら、珠夢は涼しい顔で答えた。


「いったい、何なんです? それ?」


「婆ちゃん直伝。先祖代々伝わる滋養強壮の秘薬ってヤツさ」


「ひでえ味なんだよな。それ。ドブみたいな臭いがするしよ」


「あー!! 小林さん、ひっどーい。でも、効くんだよー? でも何でか知らないけど、お婆ちゃん、巨獣が出たら必ず飲めってうるさかったの」


「みなさん、飲んだことがおありなら問題ないじゃないですか。とにかく、いただきましょう」


 明るい性格の加賀谷兄妹と小林の掛け合いに緊張を解かれた明は、苦笑いしながら言った。紀久子のことは心配で胸が張り裂けそうだったが、もし今一人だったらそのつらさは何倍にも感じられていただろう。

 彼等に出会えたことを明は、運命の神に心から感謝していた。


「仕方ねえな。じゃあ、乾杯」


 小林のかけ声で、全員、一気に飲み干した。


「なんだ、それほど味はひどくないじゃないですか……」


 明はそう言って笑おうとした。

 だが、続けてしゃべろうとした明は口内に軽い痺れを感じた。何か言おうとしたが、痺れはのどの奥まで達し、口が動くだけで言葉が出ない。すぐに舌も凍ったように動かなくなった。液体の触れた部分から筋肉が、いや組織そのものが固まってしまったかのようだ。

 その強張りは喉を通り、体の中心へと向かって行く。

 

「ぐ……が……」


「へ? 明さん、どうしたの?」


 苦しそうに胸に手を当てた明を、隣に座った珠夢が目を丸くして見つめている。


「おい!! やばいぞ!! もしかして、なんか体質に合わなかったんじゃねえか?」


「でもでも……今までこんな事、一度も無かったよ!!」


「どうする!?」


「どうもこうも、もともと行き先は病院だろうが!! このまま超特急で行くぞ!!」


 小林は思い切りアクセルを踏み込んだ。

 外出禁止令で車通りの絶えた国道を、五人を乗せた古い軽自動車はエンジンから悲鳴を上げながら病院へとひた走って行った。



***    ***    ***    ***    ***



「着いたぞ。」


「ひでえ。病院の外壁が……」


 国立病院だけあって外観はかなり立派だ。

 単なる四角いビルではなく、9階建ての医療センターから翼状に病棟が伸びているタイプの総合病院である。正面に見える凝ったデザインの一階部分が、外来患者用の入り口のようであった。

 しかし塗りたてのように真っ白な外壁はところどころ剥げ落ちており、割れたガラス窓を段ボールやベニヤ板で応急処置をしてあるのが下から見上げてもよく分かる。

 ただ、Gの眠る水元公園からは二十㎞以上と距離があるせいか、出入りする人は多い。ここに来るまでは、警察や消防の車輌すらほとんど見かけなかったというのに、ここは様々な人々でごった返していた。


「とにかくまずは明だ。これだけ人がいれば、どこかに診察している所もあるだろう。それと、行方不明者の情報を集めている本部があるはずだ。受付で聞くんだ」


 小林が先頭に立って歩き出すと、その後ろに意識を失った明を抱えた加賀谷と広藤が続いた。


「あ!! ちょっとみんな待ってよ!!」


 ぎゅうぎゅう詰めの車内で乱れてしまった身なりを整えていた珠夢が、最後に病院内に駆け込んだ。

 

「う……ん……」


「うお!! 明!! 気がついたか!?」


 明は病院の受付にたどり着く寸前になって意識を取り戻した様子だ。


「す……すみません。俺、どうしたんでしょうか?」


「あの不気味なドリンク飲んで、すぐ倒れたんだよ。心配したぞ、ホントに」


「ごめんなさい明さん。変なモノ飲ませちゃって」


 さすがに責任を感じたのか、珠夢は元気がない。目を伏せて泣きそうな表情の珠夢に、明は笑いかけた。


「珠夢ちゃん、大丈夫だよ。ちょっと効能が強すぎただけさ」


 そう言うと明は、意外にもしっかりした様子で自分の足で立った。

 見たところふらつく様子もないが、先ほどの苦しみようは尋常ではなかった。加賀谷はまだ心配そうに明の肩を支えている。


「ほ……ホントに大丈夫か?」


「ええ、もちろん。それより……ここは?」


 明は不思議そうに周囲を見回した。意識を取り戻してみれば、ぎゅうぎゅう詰めの軽自動車の車内から一転して清潔感のある建物の中なのだから無理もない。


「そうそう! ここがお前の恋人が行方不明になった病院なんだよ。本部の場所を聞かねえとよ!!」


「本当ですか? こうしちゃ……いられない」


 目の色を変えた明は受付へ走り出そうとして今度はよろめき、膝を突いた。

 そのまま荒い息をつく明を、加賀谷が両肩を抱いて支える。


「おい、無理するな」


「ありがとうございます。でも……」


「いいから俺達に任せろ。あの!! 受付はこちらですか? 行方不明の松尾……松尾紀久子さんの知り合いの者です。松尾さんは、まだ見つかってませんか!?」


「え? あ? あの、どういったお知り合いで……」


 大声でまくし立てた小林の剣幕に驚いたのか、受付の女性はしどろもどろである。


「松尾? もしかして君達、紀久子の知り合い?」


 明の背後から声を掛けてきたのは、白いポロシャツにジーンズ姿の高千穂守里たかちほもりさとであった。



***    ***    ***    ***    ***



「そうか……君は伏見先生の息子さんだったのか……このたびは、本当にご愁傷様だったね」


 明と守里は、病院のロビーに作られた行方不明者家族の待機場所で話し込んでいた。

 どうやら事件の際に明が海底ラボにいたことは、公表されていないらしかった。

 それはそうだろう。都内の国立病院に入院していた明はその時末期ガンで死にかけていたはずであるし、厳重な海底ラボへの検閲をくぐり抜けたのはシュラインの裏工作による米軍の超法規的措置だったのだから、公的な入所記録が残されているはずはない。


「いえ……じゃあ……あの緑色の巨獣……バシリスクがいなくなって病室に戻られた時には、もう松尾さんは見あたらなかったんですね?」


「ああ。彼女はラボでの事故の後、ずっと意識が戻らなくてね。

 あの時は目覚めたばかりで、自力で歩ける状態じゃなかったと思う。だけど、あの巨獣は病室内まで入り込めるほど小さくはなかったし……巨獣にやられたとは思えないんだが……」


「防犯カメラは? 病院ならあちこちにあるはずでしょう?」


「無停電電源装置(UPS)があったんだが、最初のGの上陸で一度目の停電があって、充電を使い切ってしまっていたらしい。バシリスクが病院に落ちてきた時には、作動していなかった」


「そう……ですか……」


「まったく……Gめ。何を考えて上陸なんかしてきやがったんだ。

 それだけじゃなく、あの巨獣をこんな場所に撃ち落とすなんて……海底ラボの事故も、あいつに関わったせいだ。あの化け物のおかげで紀久子の人生はめちゃくちゃだ」


 明はがっくりと肩を落とした。Gのせい……つまりは自分のせいだと言われたように思った。いや、実際のところ、紀久子を傷つけ行方不明にしたのは、まぎれもなく明の意思で動いていたGであり、バシリスクを撃ち落としたのもG=明なのだ。


「すみません……でした」


 知らずに謝罪の言葉が口から滑り出た。


「??なぜ、君が謝るんだ?」


「いえ。あの……そうですね。なんとなく…………」


「それじゃあまるで、君が紀久子に何かしたみたいじゃないか」


 口元を歪め、強ばった微笑みを見せる守里に明は笑顔を返そうとしたができなかった。

 紀久子は心配だ。

 自分が原因であることを誰にも言えない辛さもある。

 だが、そのこと以上に明が辛く感じていたのは、守里に紀久子を呼び捨てにされていることだった。

 明は守里が紀久子の名を口にするたびに、まるで胸に錐を揉みこまれるかのような痛みを感じていた。


(これは嫉妬だ。僕は松尾さんの恋人でもなんでもないのに……)


 イヤな奴だ。と自分のことを思う。片思いの相手に恋人がいたなら、諦めれば良いだけのことなのに、自分は何をやっているのか。

 そこへ同じように元気を無くした広藤を囲んで、加賀谷たちがやって来た。珠夢が広藤の体に手を回して慰めているようだが、広藤は心ここにあらずといった雰囲気だ。


「よう、明。広藤のお母さんは、バシリスクが落ちてきた時は入院患者の対応をしていたらしいな。それが急に仕事を放り出して病室を出て行ったんだと……」


「自分の足で出て行ったってことですか?」


「そうらしい。明……お前の恋人はどうだった?」


 加賀谷の言葉に守里がぴくっと反応した。顔を上げ、胡散臭そうな表情で加賀谷達を眺める。明は高千穂を気遣い、あわてて否定した。


「ち……違いますよ加賀谷さん。僕は松尾さんに大変お世話になっただけで……」


 しかし、高千穂の表情は変わらない。そんな高千穂を見る小林の目も危険な光を帯び始めた。


「ふうん…………君達は?」


「ああ、すみません高千穂さん。こちら僕の友人で、広藤君。彼のお母さんが行方不明なんです。それと加賀谷さん兄妹と……」


「明、オレのことは紹介なんかしなくていい」


 小林の声は明が耳にしたことのない冷たさで鋭く響く。

 振り向いた明と目が合った小林は、もはや怒りの表情を隠していなかった。


「そいつの態度が気に入らねえ。相手に尋ねる時には自分から名乗るモンだ。そのくらい、中学生の広藤だって心得ているぜ」


「ま、べつに君にオレのことを覚えておいてもらおうとは、思っていないんでね。ただ、君らと紀久子との関係くらいは、知っておきたかっただけさ」


 守里も小林の態度に腹を立てたのか、立ち上がって目を細め、小林を見下ろすように睨みつけた。さほど筋肉があるようには見えないが、意外に揉まれているのかケンカ慣れしている様子である。

 守里より身長のない小林も、負けずに下から見上げるように睨め付けた。


「オレ達はその人の顔も知らねえ。明とその人の関係も知らねえ。べつに勘ぐるのは勝手だがな。あんたこそ、その松尾さんの何なんだよ」


「僕は、彼女の婚約者だ」


 守里の言葉を聞いた途端、明は目の前の地面が持ち上がってくるかのような錯覚を覚えた。周囲の景色がグルグル回る。自分が立っているのか、座っているのかさえも分からない。目の前で話しかけてきている加賀谷の言っていることも、何も理解できなかった。


「おい。おい? 明、大丈夫か? 顔が真っ青だぞ?」


「え? ああ、少しさっきのダメージが残っているのかも知れません。座らせて……ください」


 機械的に答えるが、体からすべての骨が抜けてしまったようだった。しかしそれでも力を振り絞って、目の前のソファに腰かけた。だが世界が回っているような感覚は消えず、気を張っていないとソファから崩れ落ちてしまいそうだった。

 小林はそんな明を蚊帳の外にして、守里と言い争いを続けている。


「へえ。婚約者だって? ほお、じゃあ何か? その婚約者のあんたが付いていながら、その人は行方不明になっちまったってわけか? ふうん」


「……緊急事態だったんだ。あの巨獣……バシリスクの擬態を当局に説明しておかなければ、被害者が増える可能性があった」


「結局、あんたの婚約者も含めて何人も行方不明になっちまったんじゃねえのか? そりゃ、随分役に立つ情報だったらしいな?」


「もう…………やめてください。小林さん」


「……明、お前」


 振り向いた小林は、精一杯振り絞ったとしか思えない明のか細い声に言葉を詰まらせた。


「偶然出会っただけの僕なんかの為に、そんなに怒って下さってありがとうございます」


 明は小林に小さな声で言うとそっと頭を下げ、守里に向き直った。


「高千穂さん。

 どうか小林さんのことを悪く思わないで下さい。僕は松尾さんに婚約者がいるとは知らなかったから……小林さん達は誤解してしまっただけなんです」


 明から突然の謝罪を受けて、守里は憮然とした表情で佇んでいる。


「大事なのは一刻も早く、松尾さんを無事に見つけ出すことです。お邪魔はしません。ぜひ僕にも手伝わせて下さい」


「君は…………まさか、自分達で紀久子を見つけ出そうっていうのか?」


 明の言葉を聞いた守里は驚いたように言った。そんなことは考えつきもしなかった、といった表情である。

 守里の反応は常識的であると言えた。たしかに見えない巨獣が跋扈しているかも知れない地域で、個人的な外出は命に関わるかも知れない。また巨獣がらみとなれば、警察や消防だけでなく自衛隊やMCMOなどの特務機関も捜索に動いているに違いない。そんな状況で勝手に個人が動きまわれば、かえって邪魔にもなろう。

 だがその顔を見た小林は、大げさにため息をついて見せた。


「明、ダメだコイツ。ここでずっと待ってる気だったんだぜ? 警察か消防が見つけ出してくれるまでさ」


「なんだと!?」


 守里は、その言葉に今度は本気で怒ったのか小林の胸ぐらに手を伸ばそうとした。だが、すっと身を沈めた小林は、守里の手を軽くはたき落として明に向き直った。


「行くぞ明。こんなとこにいたって、その人は見つかりやしねえ。見つかった時には巨獣の腹の中だ」


 何か武道でもやっていたのだろうか。その時だけは見事な体捌きを見せた小林は、明を無理矢理立たせると、すたすたと出入り口へ向かった。置いてきぼりにされた守里は、鬼のような形相で明達一行を睨んでいる。


「まずいよ。小林。あの人怒らせちまって、これからいったいどうすんだよ?」


「馬鹿。自称でも何でも婚約者がここに待機しているなら、オレ達がそこに居たって同じ事だろ。それよりとにかく、さっさとその松尾さんて人を探し出して、明のポイントをアップしてやらなきゃよ」


 心配そうに話しかけてきた加賀谷にそう答えると、小林はぐいっと明の肩を抱き寄せた。


「明、いい子ぶるんじゃねえ。松尾さんのこと、好きなんだろ?」


「……でも……僕は……」


「婚約者ってことは、まだ結婚してないってことだ。まだチャンスはある。お前も男なら、松尾さんの心をアイツから奪って見せろ」


「…………」


「返事は?」


「……はい。でも小林さんは、なんで会ったばかりの僕にそこまで?」


「理由はない。だけど……お前、何か分からんけど、すごく重いモノを背負ってる気がするんだ。だからオレは、お前を放っておけなくなった。それだけだ。何か問題あるか?」


「いいえ。でも、買い被りすぎですよ」


 小さく苦笑いしながら答えた明は、咳き込むふりをしながら、滲んできた涙を指で拭いた。


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