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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第3章 赤い宝石
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3-5 被弾の巨獣王


「五代少尉!? 何をしている!!」


 羽田は機体に異常な振動を感じて、通信機に呼びかけた。

 Gにマニピュレータと移動用履帯を破壊され、擱座かくざしたバリオニクスは、救援を待つ間、メインエンジンを止めていた。だが、いつの間にか非常電源のスイッチが入れられ、合体分離を警告する非常灯が点滅し始めている。構造模式図をチェックした羽田は、まどかの操るトリロバイトだけが、バリオニクスから強制分離しようとしていることに気づいたのだ。


「大尉。勝手な真似をして申し訳ありません。しかし、今一度、Gに対して試してみたい攻撃があります!! 許可をお願いします!!」


「試してみたい攻撃?」


「あの、額の赤い宝石状の突起です。あれにリニアキャノンを喰らわせてやれば……」


 まどかが皆まで言い終わる前に、羽田は強く否定した。


「ダメだ!! あの器官については謎が多すぎるとのことで、攻撃しないようレクチャーされたはずだ。

 万が一、逆鱗に触れるような結果になり、Gが無差別に放射熱線でも吐き散らしたりしたら、一帯が火の海になるんだぞ!!」


「しかし!! このまま放っておいても、それは同じではないのですか!?

 アレが何であれ、あの位置なら脳に直結する器官である可能性が高いと、八幡教授も仰っていました。分厚い筋肉に覆われた心臓を除けば、脳はGの唯一の弱点と言っても良いはずです。ならば撃ち抜けば、確実に殺せます!!」


「バカな。ヤツが今どこにいると思っている!? 失敗したら住宅街に着弾する可能性もある。そうなったらどう責任をとるつもりだ!?」


「ヤツの背後は水元公園です。万一着弾がずれても被害は最小限にとどめられます!! どうか、射撃の許可を!!」


 その時、唯一外部状況を知らせていたサブモニターに、Gが夜空に向かって放射熱線を放つ様が映し出された。


「ついに……熱線を吐いたか……」


 羽田は、寸時迷った。しかし、これまで吐かなかった熱線を吐いたGが、おとなしく去ってくれるとは考えにくい。このままGを抑えられなければ、どのみち首都圏は壊滅するしかない。決して分の良い賭けとは言えないが、ここはまどかの腕に賭けるしかないように思えた。


「リニアキャノンによるG頭部への狙撃を許可する……責任は俺が取ろう。だが……外すなよ?」


「了解!! 五代少尉、出撃します」


 バリオニクスから単機分離したトリロバイトは、水元公園を背景に佇むGに向けて移動を開始した。分離と同時に変形を終え、長射程のリニアキャノンの砲身はむき出しのままである。


「くっ…………ホバー機能が……」


 右側ホバースラスターの出力が上がらない。しかもGにやられたせいで完全に変形しきれず、長すぎるリニアキャノンの砲身がバランスを損なってしまう。

 それでも出来るだけ近づかなくては、Gを倒せない。まどかは機体を傾けたまま、巡航速度の十分の一程度で、江戸川を遡った。


「こら、まどか!! 失敗したら、承知しないよ!! …………信じてるからね」


 通信機からアンハングエラのパイロット、新堂アスカ少尉の声が響く。


「アスカさん……ありがとう」


 モニター上のGが完全に有効射程内に入った。

 ここまで来れば外す心配はない。むしろこれ以上近づけば、Gに気付かれ、熱線で報復されかねない。ホバーが本調子でない以上、それは避けたかった。

 しかし、Gはこちらとは違う方向……西を向いて歩き出そうとしている。このままでは額に輝く赤い宝石は狙えない。その上、本格的に動き出されては命中精度が落ちる。なにしろ、獲物は大きくても、目標はピンポイントな上に、誘導着弾装置のない質量弾なのだ。条件のそろった時に発射する、思い切りの良さが求められる。

 まどかは、胸の内にこみ上げてくる焦燥感を噛み殺し、その瞬間を待った。

 もし、このまま完全に歩き出すようであれば、速度の落ちたトリロバイトを無理に操ってでも、Gの西側に回り込むしかない。そう考えながら、モニターに表示されたスコープを睨み続ける。

 だが、歩き去りかけたGは何を思ったのか、ふっとこちらを振り向いた。

 ターゲットスコープの中心。トリロバイトの正面に、燃える町の火に照り返された赤い宝石が輝く。


「今っっ!!」


 まどかは、かけ声と同時にリニアキャノンのトリガーを引き絞った。



***    ***    ***    ***    ***



「当たった…………」


 遠い夜空でGの放射熱線がバシリスクを捉え、小さな閃光を放つのを見て、小林がぽつりと言った。確認するように、脂だらけのメガネを、白衣の裾でゴシゴシと拭いて掛け直す。


「…………落ちた」


 黒い煙の尾を引いて落ちていくバシリスクを、加賀谷も確認した。


「おい……」


 小林が、加賀谷の袖をぐいっと引っ張る。


「G……オレ達を助けてくれたんじゃね?」


「は? 何言ってンだよ。でかい獲物からやっつけただけだろ。オレ達なんかエサにもならないだけでさ?」


「でも……じゃあ、どうして踏みつぶして行かないんだ?」


 小林の言う通り、熱線を放ったGはまるで彼等四人をそっと避けるようにして方向を変えると、建物さえ避けるようにしてバシリスクの落下した場所へ行こうとしているように見えた。

 その横顔が妙に近しいものに思えて、小林は思わず手を振ってGに呼びかけた。


「おーい!!」


 脳天気な声が、炎を赤く照り返す夜空に響く。


「ありがとー!!」


 つられて加賀谷も叫んだ。


「おいおい!! 君達やめろ!! せっかく向こうに行きそうなのに!!」


 所長が慌てて二人をたしなめた。


「もしまた、こっちに向かってきたりしたら……」


 所長がそう言った瞬間、Gは小林達の声に呼応したかのように、首を回してこちらを向いた。


「う……うわわ」


 四人は再び腰を抜かした。小林と加賀谷にも、さすがに恐怖心が蘇る。

 まさか、このまま襲ってくるのか? 放射熱線を放たれれば、四人とも一瞬で蒸発するに違いない。それとも、ただこちらを見ただけなのか? 四人は凝固した。

 炎を反射した赤いGの目を見つめてほんの一、二秒。それが彼等には数分にも感じられる時間だった。

 しかしGはその次の行動に出ることはなかった。

 Gの額で激しい火花が散ったのだ。加賀谷達の目の前で、Gの額の宝石が砕け散り、飛散した破片が周囲のアスファルトに、榴散弾のようにめり込んだ。


「うわっち!!」


 加賀谷が喚いた。小さな破片の一つが、加賀谷の右太ももを貫通したのだ。

 突き抜けた破片は、それでも威力を失わずにアスファルトを抉った。飛び散った範囲が広かったとはいえ、加賀谷以外の誰にも破片が直撃しなかったのは、まさに僥倖としか言えなかった。もし、頭部を直撃していたら即死であっただろう。

 それでもGの目を見つめ続けていた小林は、意志を宿した光が消え、白く裏返るのをハッキリと確認した。


「逃げろ!! 倒れる!!」


 先ほどよりずっと確実な危険を察知して、小林は叫んだ。額の宝石状の器官を失ったGは、そのままゆっくりと前に倒れてきたのだ。

 戸塚所長だけがかろうじて走り出した。しかし、重傷を負った加賀谷は動けない。加賀谷の両脇を抱えたまま、小林も斉藤警備員も一歩も動けないまま立ちつくしていた。

 真っ直ぐに倒れてこられていたら、全員押し潰されていたかも知れない。が、Gは右足を折ってくずおれ、斜めに倒れた。そして公園の池にちょうど横向きの頭部を突っ込み、動きを止めたのであった。

 そして、そのまま死んだように動かなくなった。


「あ……あ……しょ……所長は?」


 動かなかった三人からは、十メートルほど離れてGの巨大な左腕が接地している。なまじ反応が早かった所長の姿は、その巨大な腕に隠れて見えなくなっていた。


「た…………たすけて……」


 か細い声を頼りに行ってみると、所長はGの腕と体の間の狭い隙間に立ち、なんとか命を拾っていた。

 あとほんの一メートル遅かったらGの腕に。一メートル早く逃げていたら、Gの体に押し潰されていただろう。

 あまりの展開に、誰一人言葉を発せられない。しかし、今度こそ、完全に脅威は去ったようであった。


「と……とにかく、一度警察へ行こう。きき……君達の家族も心配しているはずだ」


 職長としての責任感からか、たった今、九死に一生を得たばかりの所長が気丈にも言った。

 気がつけば、上空をマスコミや自衛隊のヘリが飛び交っている。巨獣同士の戦闘の舞台が自分達の職場であったことは、既に日本中、いやもしかすると世界中に知られているだろう。


「た……立てるか?」


 小林が負傷した加賀谷に聞く。

 加賀谷は、ズボンの上から傷口を押さえているが、思ったほど痛みはない。小さな破片は筋肉を貫通しただけで、骨にも血管にも損傷はない様子であった。


「ああ……だけど……一人で歩くのはちょっときついな。池まで行くから肩を貸してくれよ」


「池? おまえ、何言ってンだ。こんな時に?」


「おまえも、行った方がいい……漏らしてるぜ? オレ達」


「わ……私も行く」


 どの時点で失禁したのか、誰も気付かなかった。

 バシリスクに睨まれた恐怖からか、Gに押し潰されそうになった恐怖からか、汚してしまった下半身を洗うべく、池へ向かって歩きだした加賀谷達の後を、恥ずかしそうに所長も追った。


「おい、傷口を池の水で濡らしちゃダメだぞ?」


 小林が加賀谷に声を掛けた。小便臭いのが恥ずかしいのは確かだが、雑菌だらけの池の水から、破傷風にでも感染したら笑い話にもならない。


「痛てて……大丈夫だよ……あれ? おい小林、あれ、人間じゃねえの?」


 加賀谷達が体を洗っている池には、Gの巨大な頭部が横倒しに突っ込まれ、だらしなく口を開けている。Gは完全に動きを止めてはいたが、加賀谷達はなるべく遠く……Gの対岸近くの桟橋にいた。

 加賀谷が見つけたのは、Gのほんの鼻先の岸辺に浮かぶ、人間のような塊だった。


「人間なワケないだろ。どうせ、誰かが捨てたビニール袋だよ」


 丸めた白衣で体を拭きながら、小林が答える。


「いや待て。確かに人間っぽいぞ。生きているなら、助けないと……」


 所長が目を細め、透かすように白っぽい塊を見つめて言った。


「ええ!? まさかあのGの鼻先まで行けってんですか? もし動き出したらどうすんです……」


 唯一、怪我人でも老人でもない小林が難色を示した。


「べつに、お前に行けとは言わねえよ。オレ、ちょっと行ってくるわ」


 足を引きずって岸辺を歩き出したのは、加賀谷であった。


「おい……お前、怪我してんじゃないのかよ!! あんなの放っとけばいいだけだろが!!」


わりい!! お前を責めやしねえよ!! 婆ちゃんの教えでさ!! 困っている人は助けなきゃよ!!」


「ったく……バカ野郎がぁ!! カッコつけんな!!」


 恐怖心を覆い隠すためか、キレたように叫びながら小林も加賀谷の後を追って、岸辺を駆けだしていった。



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