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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第21章 巨獣黙示録
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最終話 HALF(live.ver)


「おーい!! 小林ぃ!!」


 のんびりとした声が、木漏れ日の奥から聞こえてきた。

 堆積した落ち葉を踏みしめ、ゆっくりと近づいてきたのは、加賀谷であった。


「遅ぇぞ。もう、俺の退官記念講演、終わっちまっただろうが」


 大学の中庭に広がる、浅く広い池は、人工ではあるが古い。

 誰が植えたのか、水面は、野生種の水蓮であるヒツジグサに覆われ、希少水生植物のミクリも群生していた。

 その池のほとり。

 小林は、観察用の木道デッキに置かれたベンチに腰掛けていた。


「悪ぃ悪ぃ。野暮用だよ」


 不機嫌そうに顔を向けた小林に、加賀谷は言い訳がましく言った。


「いいじゃねえか。退官なんつっても形だけ。またすぐどっかの私大にでも行くんだろ?」


「まあ、まだまだ研究も途中だし、働けるからな。見た目四十代、法的な年齢は六十だけど、肉体年齢は十代ってわけさ。見ろよ。髪なんか真っ黒。寿命がリセットってこういうことかよ」


「長生きできていいじゃねえか。明……いや、Gからのプレゼントみたいなもんだろ」


 そう言う加賀谷の容貌も、四十代のままだ。

 その時、ふいに自分の二の腕を手のひらで叩こうとした小林が、寸前で思いとどまった。


「う……おっと……」


「なんだ小林。まだ蚊、叩けないのかよ」


「んあ……まあな。生体電磁波で悲鳴を上げられちまうと、どうもな……」


「今や、全人類が多かれ少なかれシュライン細胞の影響を受けてるけどな……まあ、お前みたいに敏感なヤツも珍しいが……」


 第三次巨獣大戦と名付けられたあの戦いから、もう十八年が経過していた。

 天使群の通信妨害に対抗すべくばら撒かれた、病原性を持たないリケッチアは、形質を変えて野生化し、シュライン細胞をほとんどの生物に植え付けることになった。

 そのことで、生体電磁波を操れるようになった者も多かったのだ。


「結局、シュラインの思惑通りの世界になっちまったのかな?」


「そりゃあどうかな。シュラインは、巨獣をハブにして、全ての生物の意思を一つにしたかったみたいだが……それとは程遠い……」


 加賀谷の言う通りであった。人々は、生体電磁波を得たことで、ぼんやりと感覚を共有したり、他人や生き物の『気持ち』が、ほんの少しわかるようになったりしたが、世の中が大きく変わったわけではない。

 たしかに、暴力事件やいじめは大きく減ったが、ゼロになったわけではない。

 理由もなく無害な虫をつぶしたり、生物を虐待したりする人間は減ったが、相変わらず虫の苦手な人間もいる。

 ただ、殺虫剤や殺鼠剤、除草剤はあまり売れなくなり、代わりに忌避剤や抑制剤などを、店頭でよく見かけるようになった。

 農地では、山や川に向かって祈る人の姿が見られるようになった。人の思いもそこそこ生き物に届くわけで、そうすることで虫害や獣害が、少し減るのだ。

 なにかの工事の際にも、今までより少しだけ、生き物に配慮した工法が多くなった。

 首都圏を覆っていた樹木都市は、関東一円を覆い尽くし、今でも少しずつその版図を広げているが、それを問題視する人もいない。

 行き違いや思い違いからくる、喧嘩や争議の件数も少し減った。

 世の中の変化と言えばそのくらいだ。


「俺の場合は、アルテミスの影響もでかいぜ。あいつ、羽化するたびに挨拶に来るからなあ……」


 アルテミスは、擬巨獣化は解けたものの、五十センチサイズのオオミズアオとして、毎年羽化する。

 ステュクスも、大戦から数か月後に死んだが、同サイズのメンガタスズメとなって、広藤のところに毎年現れるようになったという。


「あいつのために、自宅を自然庭園にしたんだって?」


「ん……まあ、戦友だからな」


 二人は低い声で笑った。


「この間なんて、庭先でバシリスクとやり合ってやがってよ……」


「バシリスク? 珍しいな。そう何個体も見つかってねえんだろ?」


「まあ、バイポラスとかに比べりゃ多いよ」


 小林はこともなげに言う。

 多くの巨獣たちは、巨獣の姿のまま、数十センチサイズとなって、たまに見つかる状況だ。しかし、個体数が増えるでもなく、何か生態系に影響があるわけでもない。

 捕獲することもできるし、法で禁じられているわけでもないが、彼らが世界を守ったということもあって、危害を加えるような人間はいなかった。


「バイポラスは、ほぼ地中性だからな。見かける以上にいるかも知れないぜ」


「そうだな」


 足元の地中を、無数のバイポラスが蠢いている様を想像し、小林は苦笑いした。


「お前の提唱してる『エコマネージャー仮説』だっけか? あの、大戦でダメージを受けた地球環境を、小型巨獣が調整してるって説……」


「『エコシステムコーディネーター仮説』だ。小型巨獣だけじゃねえ。クェルクスや、空に帰ったヒュドラ、擬巨獣になった昆虫や他の生物たちも、地球の恒常性維持に寄与してんだよ。そうでなきゃ、こんなにいきなり自然環境が落ち着いたりしねえよ」


「まだ論文リジェクトされたの、根に持ってんのか?」


「持つさ。何の不備もねえのに時代にそぐわないからなんて理由、誰が納得するよ?」


 加賀谷は声を上げずに笑った。

 小林をバカにしているわけではない。むしろ、よくそこにたどり着いたと思う。だが、人間はこの説を受け入れはしないだろう。

 それを認めることは、巨獣が地球の一部だと認めることになる。巨獣は、いわば人為的な災害なのだ。ゆえに、どこまでも人類は、巨獣と一線を画していたいのだ。


「で? 今年の新入生にも、明はいなかったのか?」


「ん? ああ。いないな。一目見りゃ分かる自信あったんだが……大学、間違えたかなあ……」


「お前が言ったんだぜ? 明がもともと合格してたこの大学、しかも巨獣生態学なんてマニアックな学部、あいつなら絶対来るって」


「退官しちまっちゃあ、どうしようもねえな。ま、考えてみりゃ、すぐ生まれ変わったんじゃないかも知れねえ。次の私学でも巨獣学はやめないからな。この道を進んでいりゃあ、そのうち会えるさ」


 小林は、のんびりとした様子で言った。最初の別れから、もう四十年近く経つのだ。再会にあと数年かかろうが、大した問題ではなかった。

 その時。甲高い少年の声とともに、軽い足音が近づいてきた。


「父様――!!」


 駆けてきたのは、四歳くらいと見える少年である。

 その髪の色は見事な金髪で、目も青い。少年は、まっすぐ小林に駆け寄ってくると、その膝に飛び乗った。


「初めて父様の学校に来ましたけど、こんなに広いんですね!!」


「こらまこと。お行儀が悪いぞ。加賀谷教授にご挨拶しなさい」


「すみません父様。加賀谷先生、こんにちは」


 四歳児とは思えない、ハキハキした答えである。


「お母さん達はどうした? ここに連れて来てくれないか?」


「はい。父様」


 金髪の少年が駆け去っていくと、加賀谷がさっきよりさらに声を低めて聞いた。


「で? やっぱりDNA鑑定したのか?」


「した。三歳から急に眼と髪の色が変わって、妻も驚いてたからな。」


「で?」


「問題なし。正真正銘、俺といずもさんの子だってよ。ただ……」


「ただ?」


「欧米人特有の因子も持ってる。原因は不明だ」


「じゃあ、やっぱり……」


「ま、シュラインなんだろうな。何で俺の子として生まれて来たかは分かんねえけど……」


「どんな理由であっても、おまえと中佐が結婚したことよりは驚かねえ自信があるぜ」


 そのうち、学内歩道の向こうにそびえる図書館の階段から、女性たちの笑さざめく声が聞こえてきた。

 十人ほどの女性たち。その先頭で金髪の少年、まことに手を引かれているのは、私服姿のいずもである。


「あ、小林さーん!! お兄ちゃんも!!」


 珠夢がこちらに向けて手を振った。


「大ニュース!! ゆりと芹沢君が、異世界から帰ってくるんですよ!!」


 大声で報告してきたのは、Tシャツにホットパンツというラフな格好をした灯里であった。


「何⁉ なんでわかる!?」


 小林は驚きの声を上げる。

 沖夜ゆりと芹沢和也は、あの日、地球に帰ってこなかったのだ。

 芹沢と笠椎の本来の世界である、もう一つの地球。そこは隕石によって大きく破壊され、天使を失い、人々は不死ではなくなっていた。

 二人は、荒れ果てた世界の復興のため、そこに留まることを選んだのである。


「クェルクス・ラインが復活したんです!! 他の世界とも全部連絡が取れますよ!!」


 あの時、蔓で世界の壁を突破したクェルクスを、大学でずっと研究し続けていたのは、悠であった。


「あと小林さん!! キングとシーザー、見なかったですかぁ!? あの子たち、呼んでも来ないんですよ!!」


 声を上げたのは、オリジナルの方の咲良だ。

 その手には、赤と青、二本の引きリードが握られている。相変わらず、勝手に外して出掛けてしまうようである。


「見てねえな!! けど、あいつらに心配はいらないだろ。ていうか、まさかパーティに連れて来る気か⁉」


「もちろんですよ!! 戦友でしょ⁉ 『クラレット』貸し切りで十二時から!! 退官記念パーティなんですから、主役が遅れちゃまずいですよ!!」


 そう言ったのは、今は桃香と名乗っているコピーの咲良だ。


「……ったく……よぉし!! じゃあ行くかぁ!!」


 小林は、また駆け寄ってきたまことをひょいと抱き上げると、皆に混じって歩き出した。



 笑い合う小林達の声が遠くなり、夏の風が、池の上を吹き過ぎる。

 十分ほどの静寂の後、池のほとりに、人影が現れた。

 ショートカットの似合う、黒髪の少女である。

 清潔そうな水色の半袖シャツに、明るいアイボリーの七分丈のパンツ。のぞいた足首は、抜けるように白い。

 高校生くらいに見えるその少女は、木道のベンチに膝を揃えて几帳面に座った。そして、下げていた茶色の肩掛けバッグから、白いクリームパンを取り出し、かぶりついた。

 小さなパンをゆっくり噛みしめながら、しかし、その眼はまっすぐに前を見ている。

 強い決意を秘めた目は、池の方を見てはいるが、景色は目に映っていない様子だ。


「ぜったい……合格してやる」


 ぼそりと呟く。どうやら、この大学を受験するつもりであるらしかった。

 その時。

 枯葉を踏みしだく音がして、林の向こうから一人の少年が現れた。

 浅黒い肌に、短い黒髪。Tシャツに作業ズボン。眼鏡をかけているせいか、その表情は妙に大人びて見えた。身長はそう高くはないが、小柄な少女と比べると、頭一つ分は確実に大きい。

 少年は、作業用の大げさな長靴を履き、二段伸縮式のタモ網を二本と、緑色の大きなバケツを手に持って池のほとりに立った。

 そして、まるで陸の続きの様に、そのままザブザブと池に踏み込み、ミクリの茂みの中を探り始めた。


「あの!!」


 ショートカットの少女の声には、咎めるような響きがある。

 だが、明らかに自分に向けられたと思われる声を完全に無視して、少年はミクリの群落周りを踏みつけ、タモ網に獲物を追い込んでいる様子だ。


「ここ!! 大学の池ですよ⁉ そんなことして、怒られないんですか⁉」


「ん……ああ、怒られるかもな。でも、ごめん。大事なことなんだ」


「あなた……オープンキャンパスに来てる子でしょ? さっき顔見た……」


「ああ。君も?」


 会話しつつも、少年は水中をのぞき込むことに余念がないのか、顔も上げない。


「バカなことしてると、ここ受験させてもらえなくなるかもしれないよ⁉」


「かもな。でも、それでも……な」


 まだ水の中を探り続けている少年。言っても無駄なのかと、少女が肩をすくめてベンチに座り直したその時、大きな水音が立った。


「え⁉」


 少女は目を疑った。

 少年が何か、黒っぽい生物を両手でつかんで水草の間から引きずり出したのだ。

 全長一メートルほどはありそうな生物だ。この池は浅く、大型の魚が住めるようには見えない。それに、あのシルエットは魚ではない。なにやら手足のようなものがあり、必死に暴れて逃げようとしている。


「ちょっ……ちょっと待てって!! 落ち着けよ!!」


 少年はその生物に話しかけているようだが、生物の動きは収まらない。

 それどころか、いきなり首を巡らせると、少年の顔に向かって何かを吐きかけた。


「う……うぇっぷ!! ……ぎゃっ!!」


 液状の蒼白い物質が、そいつの口から勢いよく飛び出し、少年の顔面を直撃する。

 すると少年は、急に体を真直ぐに硬直させ、そのまま尻餅をつくようにして、水の中に座り込んだ。


「ちょっと!!……大丈夫!?」


 少女は慌てて水辺まで駆け寄ると、精いっぱい腕を伸ばして少年の肩をつかみ、引き寄せた。


「ああ……大丈夫……ありがとう……」


 毒でも浴びせられたかと心配したが、少年は思いのほか元気そうだ。


「あんのやろう……逃げやがった……」


 悔し気に言う少年の視線の先には、先ほどの黒っぽい生物が、向こう岸へと這い上がる姿があった。

 サイズはちょうど、人間の二歳児くらいであろうか。

 素早いとは言い難い動きで、岸辺の芝をつかんで這い上がったそいつは、見覚えのある姿をしていた。

 三列に並んだ、サンゴ状の蒼い背びれ。

 溶岩が固まったような、ゴツゴツした皮膚。

 鋭い爪と、口元からのぞく鋭い牙。

 短い手足の感じも相まって、動きはどこかユーモラスに見えたが、世界中でその名を知らない者はいない。


「あの……あれって……まさか、G!?」


 記録画像で見たGと比べると、首が短く、アンバランスなほど頭が大きいが、大きさはさておき、たしかに特徴はGと一致している。


「そうだよ」


「あ、転んだ」


 よほど慌てていたのか、その小さなGは足を滑らせて大の字に倒れ、またあたふたと起き上がった。そして、その場でくるっといったん振り向くと、確かにこっちを見た。

 だがそれも一瞬で、あとは何もなかったように、自分の身長ほどもある尻尾を気にしながら雑木林の藪の中へと姿を消した。


「でも……何でこんなとこに……たしかGって、第三次巨獣大戦以来、一度も確認されてないんじゃなかった?」


「そうらしいな。だけど、ここで見つけた。さっき構内を案内された時に」


「何で? なんでこんなとこにいるの? それに、誰も気付かなかったのに、なんで君は気づいたの? なんで捕まえようと思ったの?」


「何でここにいるかは……わからねえ。けど、俺がここに来るって知ってたんだ、たぶん」


「……君に会いに来た……ってこと?」


「たぶん……な」


「どうして? だって、Gがあなたに会いに来る理由って……」


「あいつは……俺なんだよ」


「え?」


「よく覚えてないけど……あいつと俺は、ひとつだった。それが、生まれる前に分かれたんだ。あいつが水中からこっちを見ているのに気づいた時、それが分かった。あいつもそれを知ってるんだ」


「ひとつ……って、でも……」


 少女は絶句した。

 普通なら、とても信じられる話ではない。だが、Gを発見して有名になろうだとか、捕まえてお金にしようだとか、そんな理由よりも、彼の言葉は、ずっとしっくり腑に落ちた。


「だから、もう一度……会いたかったんだ……」


 すると少女は、クスクスと笑い出した。


「何がおかしい? 俺があいつとひとつだったってのは……」


「ちがうよ。おかしいのは、そこじゃない」


「え?」


「なんで会いたいだけなのに、あんな乱暴に追っかけたの? あれじゃ誰だって逃げるよ」


「そ……そりゃあ、なんかあいつが俺に遠慮してる気がしたから……」


「だったら、なおさらだよ。ゆっくり仲良くなればいい。彼、あなた自身なんでしょ?」


「ああ……俺の……半分だ」


 少年はそう言うと、足を水に入れたまま、岸に腰掛けた。


「あたし、小谷こたにゆう。あなたは?」


春樹はるきだ。尾坂おさか春樹はるき


 その時になって、はじめて春樹は優の顔を見た。

 途端に、春樹の顔が真っ赤になる。ボーイッシュな出で立ちで気づかなかったが、思いのほか、優の顔立ちは美しかったのだ。


「着替えなくていいの?」


 微笑んで問いかける優に、春樹は目を逸らしてぶっきらぼうに答えた。


「だいたい、どんな大学かは分かった。午後は出ねえ」


「……受けないの?」


「受けるさ。そんで、絶対に合格する」


「そう……よかった……」


 そう言われて、春樹の顔はさらに赤くなった。

 その時、背後から声がかかった。


「おーい。ハルキ!! 休憩時間、終わるぞ⁉」


「いいんだよ!! 午後は出ねえ!!」


 近づいてきた足音の主は、しゃがんだ優に気づくと、驚いたような声を上げた。


「うおっと……何だよ春樹? デートか?……ってその恰好じゃ有り得ねえか」


 そう言って豪快に笑う。


すえ姫子ひめこ。幼馴染の腐れ縁ってやつだ。こいつもオープンキャンパスにいたろ?」


 紹介を受けても、優は不思議そうな顔で姫子を見つめている。


「こんにちは小谷優です……あの……女の子……なんですか?」


 戸惑うのも無理はなかった。姫子は、身長百九十センチ近い長身で、肩幅も広い。

 顔立ちは整っていて女性らしいといえなくもないが、茶系でまとめた服装と、あまり丸みのない体つき、ベリーショートの髪も相まって、一見すると男子にしか見えなかった。


「いやいや、心はちゃんと男ですよ。生まれてくる時、ちょっと間違えちゃっただけで」


 そう言って姫子は、右手を差し出した。


「そうなの……よろしく」


 そっと握手した優の手を、ぐいと引き寄せ、姫子はまじまじと顔を覗き込んだ。


「えと……君は……どこかで会った?」


 先ほどとは打って変わって、まじめな表情で優を見つめる姫子に、春樹が少し不機嫌そうに言った。


「小谷さん、こいつの手に引っかかっちゃダメだ。何人もこの方法でたぶらかしてんだから」


「人聞きの悪いこと言うなよハルキ。煮え切らないお前のために、キューピッド役してやろうとしたら、みんな俺に惚れちまうだけだろ?」


 たまらず笑い出した優を、二人は照れくさそうに見た。

 気が付くと、姫子の足元に二匹の犬がまとわりついている。

 茶白と黒茶の雑種犬。キングとシーザーだ。


「なんだそいつら? えらく懐かれたもんだな」


「さっきからしつこいんだよ。大学の構内に、たくさん野良犬がいるって話……昔のことじゃなかったのか?」


 姫子はしゃがみこんで、二頭の首を撫でた。


「野良じゃなさそうだぜ? 首輪に鑑札もついてるしな」


「迷子かな? でも私、あなたよりこの子たちの方に見覚えがある気がする」


 優がそう言って、二頭の頭に手を伸ばした。


「ええっ⁉ ショックだな。俺は犬以下かよ」


「ご……ごめん。そういうつもりじゃ……」


 三人がキングとシーザーに注目していると、どこからともなく、叫び声が聞こえてきた。


「きゃあああああ!! どいてどいてどいてぇえええ!!」


 誰かが、とんでもない勢いで駆けてきたのだ。

 赤いジャージ姿の少女である。

 脱色した長い髪を二つに束ね、ツインテールにした少女は、突然三人の真ん中へ飛び込んできた。

 キングとシーザーが一瞬でそこから姿を消すと、彼らを撫でていた優は、驚いて尻もちをつく。


「うわっと……」


 慌てて立ち上がった春樹は、少女を正面から抱き留める形になった。

 思わず押しのけようとした手が、少女の柔らかな部分に触れる。


「ちっ!! うまくやりやがって」


 両手を広げたにもかかわらず、抱きとめ損ねた姫子が舌打ちして、優から軽蔑の目を向けられた。


「た……助けて!! へんなのに追い回されてるの!!」


「へんなの? ……って、痴漢?」


「違う!! なんか、鳥だよ!! 茶色くて……すごい速さで走るの!!」


「その鳥って……この子?」


 見ると、座り込んだ優の腕に、まるで鷹匠の鷹の様に、一羽の鳥がとまっている。


「そうそうそいつ!! って……あ……あれ? おとなしい……?」


 優に喉を撫でられ、目を細めているそれは、一羽のニワトリであった。

 羽毛は、野生のキジ科のように茶色く模様が入っている。サイズはチャボの成鳥くらいになってはいるが、まだトサカも生えそろっていない若鳥のようであった。


「あたし、体育学部のオープンキャンパスに来てて……こいつ、トラック練習の体験中に、いきなり襲ってきたんだよ」


「でも、おとなしいぜ?」


 春樹もニワトリを撫でるが、一向に襲ってくるような気配はない。


「そいつ、ここへ君を連れて来たかったんじゃないのか?」


 なんとなく、そう思った姫子が言うが、それを誰も否定しなかった。


「……たしかに、なんかそいつ、見覚えあるかも……」


 遠い記憶を思い出そうとするように、眉を寄せて考え込んだ少女を見て、また優が笑い出した。今度は体をくの字に折って、心底、おかしそうに。


「どしたの? あたし、そんな変だった?」


「ごめん。ちがうの。でもなんだか私、この子にも、あなたにも、ずっと前に会ったことがある気がして……」


「それで何でウケる?」


 怪訝そうに言ってから、春樹はハッとした。

 優は、泣いていたのだ。たぶん、涙をごまかすために笑ったふりをしていたのであろう。


「前って……いつのこと?」


 赤ジャージの少女も、優の涙に気付いたのか、その口調はとても優しい。


「うん……たぶんね。生まれる前。生まれてから、私ずっとね。誰かを探してた気がするの……それが、急にいっぺんに見つかった感じ……」


「生まれる前……そっか……そうだったんだ……」


 赤ジャージの少女の眼にも、うっすらと涙が浮ぶ。


「あたしもね……今気づいた。やっと会えたんだって、そんな気がする」


「ね? 名前教えておいてよ。あとアドレス交換」


 優がポケットからスマートデバイスを取り出した。


「あ、はい。名前は甘井あまい菜々ななみ。和歌山県出身。高三だよ」


「私、小谷優。同じ学年だね。あっと……出身は京都」


「みんな、この大学、受けるんだろ? 絶対合格しようぜ? そんで、次に会ったら呑もう!!」


 そう言って豪快に笑った姫子に、春樹がクギを刺した。


「気が早すぎだ姫子。俺たちまだ未成年だろ」


「次は、Gも一緒にね。春樹君」


 優がそう言うと、姫子が周囲をキョロキョロと見まわす。


「G? どこにGがいんだよ?」


「秘密だ」


 春樹はにべもなく言い放つと、タモ網やバケツをとりまとめて持った


「かけられた液体、大丈夫なの?」


 歩き出した春樹に、少し心配そうに優が聞く。


「少し臭うだけだ。大丈夫だろ。それより、電撃が痛かった。アイツ、いきなりくらわしやがって」


「ああ……それで倒れたんだ」


「あの野郎。今度会ったら……」


「ダメだよ。今度は優しく。ね? 私もいっしょに会うから」


「なんだハルキ。抜け駆けすんなよ?」


「うるせえ」


「なになに? それって何の話?」


 四人は、もともと友人同士だったかのように、一団となってしゃべりつつ、校舎の向こうへと姿を消した。

 すると、すぐに雑木林の下草が揺れ、その陰から黒い鼻づらが突き出された。

 Gは、ずっと様子を見ていたのだ。

 彼らの名残を惜しむように、何度か鼻を膨らませ、臭いを嗅いだGは、するりと茂みから抜け出し、そのまま池の中へと滑り込んだ。

 水中に泥煙があがる。ミクリの群落がさわさわと揺れ、すぐに静かになった。

 誰もいなくなった大学の中庭。

 夏の強い日差しの中、思い出したかのように鳴き始めたアブラゼミの声が、いつまでも響いていた。



                          了


巨獣王Gの物語。

これにて終了でございます。

最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

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