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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第21章 巨獣黙示録
183/184

21―14 約束


“何コレ⁉ ”


 地中から飛び出したのは、明らかに植物のものと分かる、緑褐色をした蔓状のものだった。

 直径数メートルはある、太く巨大な蔓が、まっすぐにGに襲い掛かった。

 あっという間に全身に巻き付いた蔓。それをふりほどこうとするかのように、Gは身を捩った。


“なんでよ⁉ なんで今更、樹木都市が暴走して来んの⁉”


“ちょっと黙って!! 悠!! あんたが騒いでもなんも変わんないし!!”


“瑚夏!! まずはあんたが落ち着きなよ!!”


“何よヨッコ!! って、あんたどっちのヨッコ⁉”


 棒立ちになったダイナスティスの内側で、八人の少女たちは口々に騒ぎ立てた。


“と……とにかく時間がないよ!! お母さんをあのツルから助けなきゃ!! ”


 すぐGに向かうことを主張したのは、オリジナルの咲良だ。だが、そこに上空から思念波が届いた。


“待て君たち。もう時間がない。それに、クェルクスを呼んでいるのは……たぶんG自身だ”


“誰よあんた⁉ 何でそんなことが分かんのよ⁉”


 灯里の思念波である。口を尖らせたその顔が見えるようであった。


“俺は小林ってんだ。アルテミス……白い蛾の巨獣の主意識になってる。さっきは置いてけぼり食らっちまってな”


 見上げると、上空を白と黒、二体の巨大な蛾が旋回している。


“あっ……小林さんって、二十年前にお母さんと一緒に戦った人?”


“そうだよ。聞いたことある!!”


 二人の咲良が、思い出して声を上げた。


“そうだ。君たちにも分かるはずだ。Gの意志は今、何故か人の言葉としては感じられない。たぶん『集合意識』みたいなもんになっちまってるからだ”


“あっ⁉ Gの声って……この、唸るみたいな小刻みの思念波……?”


 耳を澄ませると、たしかに咲良たちにもその思念波が感じ取れた。


“そうだ。ざわめきにしか聞こえないけど、これがGの『声』だ”


“どういうこと?”


“わからない。ただ……Gはタイミングに合わせて攻撃するつもりはないようだ。代わりに、君たちがあの仮面を撃て!!”


“私たちが……?”


“でも、どうやって……?”


 二人の咲良は、戸惑いを見せた。

 ダイナスティスは、合体したことで少女天使全員の攻撃力を併せ持ったはずだ。だが、どうしたら一番効果的な攻撃が出来るかが、分からない。ティギエルの光線やガイエルの砲撃が、衛星軌道まで届くものなのか。

 躊躇うダイナスティスを、小林の思念が叱咤した。


“迷ってる時間はない!! 君たち自身に聞け!! ダイナスティスを構成する生物たちが、教えてくれるはずだ!!”


“そうだ!! やれ!! こっちも合わせる!!”


 それは、フォートレス・バンガードの樋潟の意識であった。


“やろう。みんな!! 意識を合わせて!! 大丈夫!! 演奏と同じだよ!!”


 瑚夏が言った。

 バンドマスターの瑚夏は、やはりここ一番という時には頼りになる。


“う……うん!!”


“わかった!!”


 少女たちが、それぞれ心を研ぎすますと、ダイナスティスの体が自然に動いた。

 一か所に滞空したまま、メヴィエルに対して半身に構えると、こぶしを握った左手が、まっすぐ目標へと伸びた。そして、握った手の中に光が生まれ、カーブを描いて上下に伸びていく。

 出来上がったのは、光の弓だ。

 ダイナスティスの身長ほどもある長弓になった光に、ダイナスティスは右手を添えた。

 そして、本物の弓のように、ゆっくりと引いていく。それにつれて、矢のような青白い光の棒が弓と右手の間に現れた。


“あの塊の中心を……狙って!!”


 瑚夏の掛け声に、全員の意識が黒い塊の中心に集まる。


“今!!”


 声と同時に、蒼白い光の矢は放たれた。



***    ***    ***    ***



 ダイナスティスの光の矢。

 フォートレス・バンガードの放射熱線砲。

 王龍のプラズマ光線。

 鬼王のギガクラスター。

 ロンギエの対消滅砲。

 J・Jの斬撃、ルカヌスの光刃……

 複数の世界で、メヴィエルに向かって放たれた攻撃は、ほぼ同時に黒い塊を貫いた。

 黒い塊の表面に、まるで水面のような波紋が広がる。

 ほんの数秒、その波紋に抵抗するかのように、周囲から逆の波紋が集まってきたが、すぐに全体が変形し、黒い波が渦を巻いて弾けた。


「よし!!」


 ロンギエの機械要塞。その司令席にいたティギエルが、思わず立ち上がり、拳を握って叫んだ。

 目論見通り重力バランスが崩れ、中性子星を抑え込んでいた力が消滅したのだ。

 次は、中性子星がメヴィエルを呑み込み、続いてティギエル達のいるこの世界で、ロンギエを太陽系ごと呑み込むはずであった。

 だが、その時、ティギエル達が想定していなかった現象が現れた。

 メヴィエルの仮面。その額にあたる部分にある、ツノのように尖った器官から、白く丸い光が現れ、中性子星と対になって、急速に回転し始めたのだ。


「何⁉ 何だあれは!? 分析班!!」


 ティギエルが叫ぶ。


「これは……反重力!? 中性子星とは反対の性質を持つ物体……ホワイトホールか、それに近い性質の……」


 呆然とした声が、オペレータ席から返ってきた。


「そうだったのか……考えなかったわけじゃない……中性子星が暴走した時の安全装置として、ヤツが反重力エネルギーを持っている可能性を……」


 悔し気にティギエル達が見つめる中、白い光は、輝きを増していく。

 中性子星と対をなして引き合っているのか、両者の間には、無数の粒子が行き交っているのが、それはまるで、巨大な「無限大」の記号の様に見えた。

 白と黒の塊は、ゆっくりと時計回りに回転を始めた。それはまるで、太極図のような形となり、ほんの数十秒の後、消滅した。

 その後には、以前と全く変わらない姿のメヴィエル……アルカイックな笑みをたたえた白い仮面が、天空にあるだけであった。


「ちくしょうッ!!」


 ティギエルが目の前のデスクに、両手を叩きつけた。


「また……もう一年ですね……」


 何も知らないフォグが、諦めの表情で微笑む。


「いや……もう――」


 言いかけたティギエルは、口をつぐんだ。

 言って何になるだろう。これが最後のチャンスだったのだと。

 データではなく、現実の出来事であること、もはや打つ手はないこと、そして裏切った六大天使は、その故郷・ロンギエのデータごと消去されるであろうこと。


「……すまない」


 絞り出すようにそう言って、椅子に座り込んだティギエルを、何者かの腕が無理やり立たせた。

 制服を着こんだ少年の姿。その顔は、六大天使の一人、ダイニエルであった


「立ってください。まだ、負けていません」


「……しかし……」


「もう、中性子星はないんです。あとはメヴィエル本体のみ。ならば、抗う方法もあるかも知れない」


「そうだな。簡単にあきらめちまっちゃあ、あの地球って星の連中に、笑われちまう。違うか? みんな」


 そう言って立ち上がったのは、ガイエルだ。ガイエルはその場で天使の姿へ変身すると、まわりの天使たちを促した。

 ティギエルは、周りを見渡し、顔を上げた。


「いいのか? 勝てる見込みなど……」


「ここで腐ってても同じでしょう? どうせなら、最後まで足掻きましょうよ」


 ポンと肩を叩いたのは、ゼリエルだ。

 ティギエルは、軽くため息をついてうなずくと、その場で黄金の天使に変身した。


「フォグ。この場は任せる。全システムを、再度攻撃態勢にしてくれ。我々は……撃って出る!!」


 六大天使は一瞬で司令室から姿を消し、次の瞬間、円陣を組んだような態勢で、上空へ現れた。


“行くぞ!!”


 ティギエルの合図と同時に、六大天使は四方に散って攻撃を開始した。



***    ***    ***    ***



「倒せてない……」


 オリジナルの咲良が絶望的な声を発した。

 地上のここからでは、何が起こったのかは、まるで分からない。だが、巨大な嵐が吹き荒れた後には、アルカイックな笑みをたたえた仮面が、何事もなかったかのように空に浮かんでいた。

 

“やっぱりあいつら……嘘ついてたの?”


 悔しそうに言ったのは、灯里である。


“いや、ヤツが吐き出そうとしてた黒い塊が消えてる。作戦は図に当たったんだ。たぶん、天使たちにも、予想外のことだったんじゃねえかな……”


 そう言ったのは、アルテミスの意思となっている小林だ。たしかに、もしティギエル達が敵であるなら、中性子星を消滅させる理由がない。


“待って。何アレ⁉”


 もう一人の咲良が異変に気付いて叫んだ。

 気づかなかったが、天空の仮面の周囲には、白い欠片のようなものがいくつか浮かんでいた。

 そのうちの数個が、わずかに動いたのだ。白い欠片は、赤く変わり、そして輪郭がぼやけ、一方向へ明るい光を放ち始めた。


“もしかして、あれって、なんか落ちてくるんじゃない!? ヤバいよ!!”


 瑚夏が言った。

 たしかにその動きは、巨大なものが大気圏に触れ、大気との摩擦で光り始めたと思っていいようであった。


“あんなの……どうしようもないよ!! 逃げよう!!”


“ダメだよ逃げちゃ!! もし、あんなのが地表に落ちたら……ッ!!”


 素早く翅を広げ、回避運動しようとしたヨッコを、もう一人のヨッコが引き止める。


“全部……撃ち落とす!!”


 そう言ったのは、オリジナルの咲良だ。

 ダイナスティスが再び左手を伸ばし、光の弓を引き絞り始めたのを、小林が慌てて制した。


“待て!! あれだけの質量だ。ヘタに破壊したら、破片が飛び散って、却って被害を増やすんじゃねえか!?”


“じゃあどうしろって言うのよ⁉ このまんまじゃ地表は……”


 怯んだ少女たちに、強い調子で思念波が飛んだ。


“かまわず撃て!! いいから破壊しろ!!”


 それは、樋潟であった。


“砕けた破片は、フォートレス・バンガードがすべて狙撃する!!”


 巨大戦艦の主砲が、迫りくる隕石に照準を定めた。



***    ***    ***    ***



 その頃、他の世界でも、落下してくる岩塊に向かって、巨獣たちが攻撃を開始していた。

 メヴィエルは、自分自身の存在確率は拡散させたまま、全ての世界に向けて隕石を落下させていたのだ。

 だが、地球と違ってフォローしてくれる戦艦はいない。

 王龍は、三つの首から電撃に似た光を放ち、また鬼王は額から高出力の生体レーザーを、キングとシーザーはプラズマ光弾を使って、砕けた岩塊を狙撃する。ルカヌス、タイタヌスも、渾身の衝撃波を放って岩塊を狙撃していく。

 しかし、連発できる長距離攻撃を持たないバシリスクやヴァラヌス、コルディラス、バイポラスのいる世界へは、いくつかの破片が落下し始めていた。

 かろうじて砕かれ、大気との摩擦で直径数メートルにまでなってはいたが、それでも衝撃波が大地を揺らし、落下地点から数キロ圏内は壊滅した。数百メートル規模のクレーターがあちこちに出来、その世界の生物たちは怨嗟の声を上げて屍をさらした。


“ちょっとこれ、キリがないよ⁉ いつまで防げばいいの⁉”


 地球でも、瑚夏が悲鳴を上げていた。

 光の長弓は咲良たちに任せ、ガイエルの装備である遠距離砲を使い、独自に狙撃していた瑚夏だったが、時間を追うごとに増えていく隕石をカバーしきれなくなりつつあった。


“多すぎる!! 奴め、どこかから小惑星を補給しているのか!?”


 樋潟の声にも余裕がない。フォートレス・バンガードの放射熱線砲も、連射には限界があるのだ。

 生体戦艦となったとはいえ、エネルギーは無限ではない。

 本体であるメヴィエルへも、何度か砲撃を試みているが、また存在確率のゆらぎを取り戻したメヴィエルには、まったく効いた様子はなかった。


“おそらくアイツは、中性子星の残りカスをぶつけてきているんです!!”


 獲猿隊の生体装甲に搭乗している広藤が言った。


“ふむ……あの反重力体とすべて相殺したわけではない、というわけか”


 フォートレス・バンガードのブリッジにいるウィリアム教授が、どこか他人事の様に頷く。


“どこから持ってきてるかなんてどうでもいい!! これ以上はもう……”


 樋潟が叫び、主砲が火を噴くと同時に、隕石の破片が三つ同時に姿を消す。


“ここからじゃ観測しようがないけど……残りカスといっても、宇宙スケールだ。地球の数個分くらいあっても不思議はないな……”


“広藤さん!! 何冷静に分析してるの⁉ このままじゃ……押し切られるよ……ッ!!”


 オリジナルの咲良が叫ぶ。必死で光の弓を連射するダイナスティスだが、落下が広範囲すぎてカバーしきれない。ついに、撃ち漏らした隕石が一つ、光の尾を引いて水平線へ落ちていった。

 隕石が水平線に消えて数秒後、閃光が空を走り、それを追うように衝撃波が通り抜ける。さらに遅れて低く轟音が聞こえ、水平線上にキノコ型の雲が立ち上った。


“核兵器並みかよ!! ちくしょう!! この体、なんで飛び道具ねえんだ⁉”


 豊川=ガルスガルスが、空を見上げて叫んだ。


“次のやつ、ヤバいよ!! 大きすぎる!!”


 灯里が叫ぶ。

 それは、絶望的な大きさの光球であった。

 ダイナスティスの砲撃が火を噴く。フォートレス・バンガードの放射熱線砲も、同時に命中した。

 だが、二つの砲撃は、巨大な隕石の表面を削っただけであった。


“全速回避!! 総員対ショック体勢!!”


 赤い非常灯アラートが灯る。

 フォートレス・バンガードのブリッジでは、全員が顔を伏せ、対ショック体勢をとった。

 だが、さっきの小さな隕石で、核兵器並みの破壊力だったのだ。回避も防御姿勢も気休めにもならない。

 全員が死を覚悟したその時。蒼白い熱線が一条、地上から発して巨大な隕石を包み込んだ。


“な……何⁉”


 隕石は、一瞬で砕け散り、熱線に押し出されるように、破片が天空へと吹き飛ばされていく。


“お母さん……?”


 気づかなかった。

 クェルクスの蔓に巻き付かれ、身もだえていたGは、いつの間にかその体を蔓で完全に覆われていたのだ。いや、ただ覆われていたのではない。まるで樹木の鎧をまとったかのように、巨大化したGの身長は三倍以上となり、熱線の威力はそれ以上に増している。


“キュゴォオオオオオオオンンンンン!!”


 大型の弦楽器を金属の棒で、高音から低音まで、一気に弾き下ろしたイメージ。

 その声は、植物をまとう前と何ら変わってはいない。ただ、声量ボリュームは桁違いであった。

 ぼうっと見とれていた咲良たちであったが、次の瞬間、Gの背中から伸びた蔓が、鞭の様にしなって飛んで来た。


“きゃあっ⁉ 何よコレ⁉”


 蔓は、咲良たちの宿るダイナスティスの足に巻き付いた。

 ダイナスティスだけではない。いくつも伸びた蔓は、上空を飛ぶアルテミスやステュクス、フォートレス・バンガードや、その上に立つバリオニクスやガルスガルス、獲猿隊と合体した十二神将たちにまでまとわりついていく。


“大丈夫だ!! 攻撃じゃない!! 感覚を澄ませてみろ!!“


 一瞬、防御態勢をとった皆に、いち早く声を掛けたのはバリオニクスに乗る羽田である。

 たしかに、巻き付いた蔓からは、生体電磁波によく似た信号が発せられていた。

 その信号は、カウントダウンをしていて、メヴィエルへ向けた一斉攻撃を要請しているようだ。言葉にはなっていないが、狙う位置を指定している、ということまで分かる。


“見て!! あれって……まるで昆虫の翅みたい……”


 オリジナルのヨッコが叫んだ。Gの背びれのあたりから、きれいに放射状に蔓が伸びていたのだ。

 不思議なことに、その先端は空へ溶けるように消えている。


“まさかあれは……いや……だとすると……”


“小林さん⁉ 何言ってるの?”


 考え込んだ様子の小林に、灯里が言った。


“いやもしかして……あの蔓の先端……みんなが行った異世界へ伸びてるんじゃないか……?”


“ああっ⁉ だとすると……”


“そうだ!! もう一回、タイミングを合わせれば、アイツを斃せる!!”



***    ***    ***    ***



 たしかに、蔓は異世界へと伸びていた。

 空を割って現れた蔓は、各世界で隕石を防いで戦う巨獣たちに巻き付き、その意思を伝えていたのだ。

 それだけではない。Gを強化したクェルクスのエネルギーもまた、それぞれの巨獣たちに供給されていた。

 三つ首の巨獣、王龍の体表には、蒼白い放電が走り、胸に輝くプラズマ球は、何倍も強く輝いている。

 ルカヌスの背には、半透明の翅が大きく広がり、そこから強い光と熱が放射され始めた。余剰エネルギーを抑えきれないのだ。

 その他の巨獣たちも、それぞれの世界でメヴィエルに向かって攻撃態勢をとった。

 六大天使たちの世界では、蔓に巻かれたティギエルが、両腕をクロスさせて、そこにエネルギーをスパークさせている。

 Gから伝わってくる、言葉にならないカウントダウンが、ゼロを示した時。

 先刻とは比べ物にならないほどのプラズマが、衝撃波が、光線が、斬撃が、エネルギーの奔流が、同時に発射された。

 地球でも、フォートレス・バンガードの放射熱線砲、ダイナスティスの光線、バリオニクスの砲撃、そしてGの粒子熱線が、通常の数倍のパワーで発射されていた。

 すべての攻撃目標は、ただ一点。メヴィエルの額の中心。


“……見て”


 悠が呟くように言った。


“ヒビ……?”


 灯里の言う通りであった。

 メヴィエルの仮面に、放射状のヒビが入っていく。

 まるでガラスに銃弾が当たったかのようなヒビは、次第に広がっていった。それにつれて、メヴィエルの姿は、陽炎の様に揺らめき始めた。

 そしてその姿は、地球以外の世界では次第に薄く、空に溶けるように消えていき、地球では逆に輪郭が濃く、コントラストも強くなっていく。やがてヒビが仮面を覆い尽くした頃、地球以外の世界の空からは、メヴィエルの姿は消滅していた。


“おいおい!! 落ちて来るんじゃねえか⁉ アレ⁉”


 小林が慌てて叫んだ次の瞬間。

 ふたたびGの粒子熱線が発射された。

 これまでより、太く、明るく、強い粒子の奔流は、メヴィエルの仮面全体を包み込んだ。

 メヴィエルは、焚火で燃える紙屑の様に、全体が蒼白い炎に包まれ、光の粒になって消えていく。


“ひゃあ見てよ⁉ あんなにでっかい岩!!”


 メイが素っ頓狂な声を上げた。

 それも無理はなかった。メヴィエルの仮面の向こうには、巨大な岩塊が浮んでいたのだ。

 メヴィエルより遠くにあるはずなのに、さして変わらないほどの大きさの岩塊。見ただけでは大きさを推定することもできないほどだが、あんなものから隕石を作り出していたのだとすれば、いくら迎撃し続けたところで、勝てはしなかったであろう。

 Gの粒子熱線は、メヴィエルを粉砕すると、さらに勢いを増した。

 その粒子の奔流は、背後に浮んでいた岩塊をも包み込み、微塵に砕き、はるか彼方へと押し出していく。


(ああ……これでやっと……)


 終わる。そう思った次の瞬間。

 咲良は、自分が真っ白な空間にいることに気付いた。

 いや、正確にはその空間にいるわけではない。相変わらず周囲の様子は見えている。にもかかわらず、意識は真っ白な空間をも認識している。

 まるで自分の視界が二つあるような、奇妙な感覚であった。


“何よコレ……? どうなってんの?”


 灯里のとまどう思念波こえは、現実空間では脳内に、白い空間では耳から聞こえてくる。


“君たち……天使と融合してたんじゃなかったのか? いったいここはどこなんだ?”


 声を掛けられ振り向くと、そこには、軍服姿の樋潟幸四郎がいた。

 その後ろには、百人程度の人間が呆然としている。服装から見て、どうやらフォートレ・スバンガードのクルーらしい。咲良たちは知らなかったが、中にはよく太った欧米系の老人、ウィリアム教授の顔も混じっていた。


“おおお小林!! 無事かよ⁉”


“おまえこそ。生体装甲なんてすげえよな”


 少し離れたところで肩を叩き合っているのは、小林と加賀谷だ。

 加賀谷の後ろには、十二神将に乗っていたカインや、きょとんとした様子の獲猿達もいる。不思議なことに、獲猿達の大きさは普通の人間と変わらないように見えた。


“何コレ……みんないる……”


 咲良たちが聞き覚えのある声を聴いて振り向くと、そこには沖夜ゆりとJ・J=芹沢和也の姿があった。


“ゆり!!”


“帰ってこれたんだね!!”


 口々に言いながら、少女たちが駆け寄っていく。

 その傍らには、雨野いずもとサン、カイもいた。

 だが、巨獣であるはずのサンもカイも、その身長は普通の人間と変わらない。

 いや、それだけではない。

 鬼王、王龍、バシリスク、コルディラス、バイポラス、ヴァラヌス……異世界へ飛んだはずの巨獣たちまで、人間大くらいとなって同じ空間に集まっていた。キングとシーザーなどは、元の雑種犬の姿に戻っている。

 鬼王の意思となっていた、ジーラン、イーウェン、ジャネアの姿もある。ルカヌスの中にいた守里と東宮、タイタヌスのライヒ、ステュクスと一つになっていた広藤、またメガソーマの意思となっていた樋潟もいて、もう一人の自分に会釈していた。


“そうか……これは精神感応だ。あのクェルクスの蔓を介して、皆の意識が一か所に集まっているわけか……”


 広藤が周囲を見渡して言う。


“だとすると……もしかして、ここに……”


 首を伸ばして探していくと、その姿は意外と近くにあった。

 細身で筋肉質の体を、銀のスーツに包み、困ったような笑顔を浮かべて皆を見ている青年。

二十年前と、何も変わらないその姿に、思わず広藤は声を上げていた。


“明さん!!”


 ハッとしたように上げたその顔は、確かに伏見明であった。

 気づけば、少し離れたところに五代まどかの姿もある。彼の周囲にはたくさんの豚とニワトリがいて、野生色になったガルスガルスと毛づくろいし合っていた。


“明ぁ!!”


 低く、怒ったような声を上げて、小林と加賀谷が近づく。

 思わず駆け寄っていく広藤の隣には、珠夢が並んで駆け始めた。

 何も言えず、ただ小林は明の手を握った。だが、感動の再会のはずなのに、加賀谷が肘でさかんに小林をつついてくる。


“うるせぇなあ。なんだよ加賀……あっ……”


 そこで小林もようやく気付いた。離れた場所から、こちらをじっと見ている人影があったのだ。


“ま……松尾さん……”


 小林が、思わず数歩後退して明の前を譲ると、紀久子は、ゆっくりと歩み寄ってきた。

 

“あ……あの……”


 うつむいているせいで、ほぼ表情が見えない紀久子。

 目の前数十センチまで歩み寄られ、ようやく口を開いた明の胸ぐらを、紀久子はいきなりつかんでひねり上げた。


“殴っていい?”


 冷静な。しかし燃えるような怒りを封じ込めた口調で、紀久子は言った。

 鋭い眼光で下からにらみつけ、右拳を固く握り、肩の高さで顎のあたりを狙っている。


“いえあの……”


“殴っていい?”


 もう一度聞いた紀久子の眼に、大粒の涙を見て、明は諦めたように肩を落とした。


“……グーはやめてください”


 それを聞いた途端、紀久子は明から手を離し、堰を切ったように泣き出した。

 いつの間にか、人間たちも巨獣たちも、明と紀久子を中心に集まって、注目している。

 ひとしきり泣いて、軽くしゃくりあげながら、紀久子は言った。


“今まで……何やってたの?”


“最近では……その……サキシマカナヘビを……”


“ハァ!?”


“Gと……一つになって、色んな生物として生きてたんです。何度も生まれ直して……まともな生物としての生を生きる……それが、Gの願いでしたから……餌をとったり、卵……産んだり……”


“卵ぉ!?”


“待ってください、松尾さん。私もいっしょにいたんですけど、他の生物になっている間、人間の記憶はないんです。だから、なんというか私たち、普通に生きてただけで……”


 言い訳するように割って入ったのは、まどかである。

 明もそれをフォローするように言い募る。


“そ……そのせいで参戦が遅れたのは、謝ります。それに、一度分散したバイオマスを、巨獣として再構築するには、時間がかかったんです。ゼイラニカ……彼が僕たちの動きを察知してくれなかったら、ヤバかったかも……ですが”


“そんなこと、聞いてない”


 紀久子は、低く獰猛な声で言った。


“う……あの……すみません”


 明は、しゅんとなってうなだれる。


“それ、人間じゃ、ダメなの?”


“に……人間?”


“色んな生物になれるんでしょ? だったら人間でいいじゃない。私、一度死んだんでしょ? いっしょに……生まれ直すから……新しい人生で……もう一度、出会って……ください”


 紀久子は途切れ途切れに、しかし、はっきりとそう言った。

 たしかに、様々な生物として一生を送れるならば、それが人間でダメな理由もない。

 紀久子の勢いとまっすぐな視線に、明がたじたじとなった時、突然周囲から声が上がった。


“ちょっと待ったぁ!!”


 そう言って進み出てきたのは、オリジナルとコピー、二人の咲良であった。


“そういうことなら、この人も一緒に生まれ直させて。そして明さん、正々堂々、戦って!!”


 二人の娘に手を引っ張られて歩み出てきたのは、高千穂守里である。


“やめろ二人とも。今なら俺も蘇れる。そしたら親子で暮らせるんだぞ? 紀久子だけじゃなく、俺までいなくなったら、お前たちはどうするんだ”


“私たちは、大丈夫。私なんて、別世界で千年も修行したんだよ? もう人生経験も精神年齢も、じゅうぶんオトナなわけ”


“そうそう。それに、豊川センパイもいるしね”


“いや待て。お前らの保護者、俺でいいのか⁉”


 他人事のように状況を見ていた豊川は、いきなり矛先を向けられ、飛びあがった。


“それでいいんじゃない? でも、そういうことなら、この子も参戦させてもらうけど”


 アスカが、五代まどかを、ぐいと押し出す。

 明、紀久子、守里、まどかの四人を真ん中にして、人間と巨獣たちが輪を作った。


“分かりました。でもまず……みなさんを……すべての巨獣たちを、地球に呼び戻します。クェルクスとつながっている今なら、それが出来ますから”


 明が言った。


“そうだな。やっと取り戻したんだ。全員で地球を分かち合わなきゃな”


 小林が笑った。


“それから、僕たちは生まれ直します。みなさん……もう一度、出会ってもらえますか? ”


“ああ”


”了解した”


”約束する“


 皆が口々に言った。


“生まれ直すって……私たちも?”


 心配そうにメイが聞く。


“大丈夫、他のみんなは元の姿で再構成できるから。ただ……寿命はリセットされちゃいますけど……”


 まどかが答える。


“そろそろ……行くか”


 守里が言うと、人間も、巨獣も、そしていつの間にか周囲に滞空していた昆虫たちも、すべての者の体が金色に輝き、きらめく光の粒子となって空間に散り始めた。


“また会おうぜ。明、守里”


“はい”


“そうだな”


 金色に埋め尽くされた視界の中で、小林と明、守里の声が聞こえ……



“あ……あれ!?”


 オリジナルの咲良が驚きの声を発した。

 いきなり視界が一つになったのだ。あの白い空間に戻ろうとしても、もう接続できない。

 体はまだ、仲間達とともにダイナスティスのままだが、意識すれば分離して、それぞれが元の人間に戻ることが出来そうだと分かる。

 足元には天使恐竜から分離して、人間に戻った人々がこちらを見上げている。

 着陸したアルテミスが、無数の昆虫になって去り、小林が立ち上がるのも見えた。

 鬼王、王龍、擬巨獣群、ガルスガルス、生体戦艦フォートレス・バンガード……すべてが一堂に会した状態で、その輪郭がくずれ、無数のもとの生物となって、空へ、海へ、地へと帰っていく。


“帰ってきたんだ……みんな……”


 空を見上げると、粉々になったメヴィエルと巨大岩塊の欠片が、太陽光を反射しながら、不思議な砂絵の様に空を彩っていた。

 このまま地球と月の間に留まり、衛星軌道を回り続けるに違いない。そのうちの何割かは、いつか、地球の重力にひかれ、流星となるのだろう。


“ねえっ!? アレ……何だろ?”


 叫んだのは、もう一人の方のヨッコであった。

 彼女が見つけたのは、砂絵のような岩塊の破片の中から、たった一つだけ、キラキラと光り輝きながら落ちてくる何かであった。


“アイツの、最後の武器かもしれない。気をつけて!!”


 瑚夏が警戒して言ったが、オリジナルの咲良はそれを否定した。


“違うよ!! あれって生きてる……何か……声がするよ!!”


 ダイナスティスは、まだ体に巻き付いていた蔓を振りほどき、小さな光に向かって飛んだ。

 光は、風に翻弄されながらゆっくりと舞い降りてくる。

 ダイナスティスは、その光を、両手で包み込むように受け止めた。

 その瞬間。

 咲良たち八人全員の心に、膨大なイメージが流れ込んできた。

 地球ではないどこかの星。

 そこで起きた終末戦争。使われたナノマシン兵器が、地上の有機生命体の全てを分解していく。種族の違いから、敵味方に分かれた恋人たちが迎えた、悲しい最期。

 そして、二人が自分たちの子として産み出した小さな自立型ロボットは、壊れやすい有機生命体を無機生命体へ、そして情報体へと進化させることを誓う。こんな悲劇が二度と起きないように。

 すべての命を永遠のものにするため、哀しい喪失が起きないようにするため、何億年も宇宙をさまよい、そして。


“ああ……これが、ルーアハ……”


 オリジナルの咲良が呟く。

 何度か聞いた名。メヴィエルを創り出し、天使群を操っていた、全ての黒幕が、こんな小さな光だったとは。


“だから、数々の星を……でも、すべての命を記録していくには、エネルギーが足りなくなったんだね……”


 メイがすすり泣いている。

 どこかで掛け違えたボタンは、暴走へと変わり、いつしか取り込んだデータを維持するために、有機生命体を食い尽くし、そのエネルギーを利用するだけのものへとなり果てた。


“もう、終わりにしていいんだよ。ぜんぶ、私たちが受け止めるから。あなたの罪も、苦しみも……”


 灯里が言うと、ダイナスティスの両手の中で、ルーアハは何度か瞬き、空に溶けた。


“長い旅が、ようやく終わったんだね……”


 悠が、さみしそうに言う。


“違うよ。命に終わりなんかない。始まったんだよ。この世界で……”


 オリジナルの咲良が、言った。

 水平線からわずかにのぞいた太陽が、眩しい光を放った。

 黒から群青色に変わりつつあった空が、一気に紫から明るい蒼へと変化していく。


“ようこそ。地球へ”


 ダイナスティスが、両手をささげるように頭上へ掲げた。



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