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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第21章 巨獣黙示録
182/184

21-13 明日への咆哮



 咲良たちが、巨大な植物に驚いていたその頃。

 別世界の一つ。

 中世ヨーロッパ風の城の物見台で、王冠を被った老人が驚きの声を上げていた。


「おお神よ。あの天空を覆う仮面こそ、世界を滅ぼす真の敵!!」


 人間に近い姿の老人。だが、その尖った耳と、蒼白い肌は、彼が人間でないことを教えていた。


「王よ。弓隊を集めますか? それとも、投石機で?」


 王と呼ばれた老人の後ろに跪く、甲冑姿の男。老人の数倍の体躯を持つその男も、同じような蒼白い肌と、尖った耳を持っている。

 大気はすでに中性子星の影響を受け、強風となって吹き荒れ、世界の各所で水が空へと逆流し始めていた。


仮面あやつのいるのは、雲よりもさらに上……弓隊では届かぬ……投石機も無駄だろう……」


「では、何もできないではないですか⁉ 座して滅びろと⁉」


 甲冑姿の男が叫んだその時。

 虚空を割って、巨大な生物が現れた。

 三つの首と黄金の翼を持つその生物は、城のすぐ脇に降り立つと、小鳥のさえずりと電子音の中間のような声を上げた。


「な……っ⁉ 何だこの怪物は⁉」


 思わず剣を抜いた男には見向きもせず、黄金の竜は、天空の仮面に向かってもう一度吼えた。

 その胸部には、白く輝くプラズマ光が収束していく。

 そのプラズマは、見る見るうちに大きくなり、胸の範囲を越えて広がっていく。

 大きく広げた翼の先端へ、大気や大地から稲妻が流れ込む。その様子は、まさしく、その世界そのものからエネルギーを集めているようだ。

 熱風が渦を巻き、光が限界まで輝きを増した次の瞬間。

 プラズマ光球から、一条の光線が天空へと発射された。



***    ***    ***    ***



 金属で完全に覆われた地表。

 緑も土も何もない大地に、無機質な都市が延々と並んでいる。

 この世界の生物は、ただ一種の知的生命体を除いてほとんど絶滅していた。

 その世界の空にも、あの白く巨大な仮面が浮んでいる。

 地表を覆う構築物が変形し、巨大な砲門のようなものが形成された。砲門は、仮面に向かってまっすぐ伸びている。この世界の知的生命体は、独自に判断して、メヴィエルを攻撃しようとしているらしい。

 周囲の都市の照明が消えていき、巨大砲の砲内部に光の粒子が集まっていく。

 数秒の充填時間を置いて、すさまじい閃光が、天空へと奔った。

 緑の閃光は、おそらくGの粒子熱線と似たような原理であったはずだが、天空の仮面はやはり、表面にわずかな火花を散らしただけであった。

 しばらくの間をおいて、地表を覆う建造物から、無数の車両や飛行物体が次々と離脱し始めた。都市内に隠れていた知的生命体たちが動揺し、避難し始めたようだ。

 そこへ、空間を裂いて鬼王が姿を現した。


“おいおい。こりゃ好都合だぜ。これだけのエネルギーがあれば、タイムラグなしでギガクラスターを撃てる”


 こんな状況だというのに、ジーランの意識は嬉し気だ。

 周囲を昆虫の感覚器官で走査した鬼王は、砲の周囲にまだ、蓄積された高エネルギー物質が存在するのを確認したのである。


“あら、たしかにすごいエネルギーね。でも、今の鬼王は以前の体じゃなくて昆虫群体よ? 高エネルギー物質を代謝できるかしら?”


 ジャネアは少々心配そうであったが、隊長のイーウェンは冷静に答えた。


“やってみるしかないな。攻撃のタイミングがずれては元も子もない。急ぐぞ”


 鬼王は、節のある長い尻尾をうねらせ、先端の突起を、砲のエネルギー貯蔵部分へ突き刺した。



***    ***    ***    ***



 また別の世界。

 見渡す限り、広大な海。

 陸地はどこにもない惑星だ。

 そこへやはり空間を裂いて、昆虫装甲を身に着けたバイポラスが落下してきた。

 バイポラスは、激しい水飛沫をあげて、海面に落下すると、そのまま海底へ沈んでいく。

 海中には、巨大な泡状のものが、無数に滞留していた。

 泡の中には、丸い緑色の構造物が浮び、それぞれが透明なパイプで繋がれている。

 どうやら、この世界の知的生命体は、海中で進化したものであるらしかった。

 泡の中には、地球のアザラシによく似た生物たちが、右往左往している。海面から沈んでくる、百メートル以上の巨大生物・バイポラスを発見したようであった。

 超音波を使って会話している彼らは、すでに天空の仮面についても把握していたが、大気圏外まで届く攻撃兵器は持っていないようだ。

 バイポラスは、体表の昆虫装甲を水中に適した形に組み直した。

 縦に平たい尾びれと、胸元に大きな一対のヒレ足を持った、竜のような生物となり、トゲと装甲で覆われた全身に、蒼白い光を放ちだす。

 この世界の海中にも、無数のプランクトン生物がいる。その生命エネルギーを吸収しているのだ。

 蒼白い光がバイポラスの全身を包み込んだ次の瞬間、口からそのエネルギーが発射された。



***    ***    ***    ***



 砂漠が地平まで続く世界。

 この世界の乾ききった大地には、どこにも文明は見当たらない。

 空間を裂いて現れたのは、コルディラスであった。

 乾燥地に住むヨロイトカゲの巨獣であるコルディラスは、この砂漠の大地を慣れた様子で踏みしめた。

 知的生命体が滅び去った世界。

 それでも、天使たちがデータとして取り込んだということは、この世界にも生命が存在しているのだ。

 コルディラスの感覚器官は、地下数百メートルに、豊かな水脈とその中に生育する無数の生命を捉えていた。

 地熱と天然の核物質が持つエネルギーを拠り所とする生態系が、そこにあった。

 コルディラスは、体表のトゲをいくつも地面に打ち込み、その生物群へのアクセスを開始した。コルディラス単体では、大気圏外への攻撃は不可能だ。どうしても、彼等の力を借りなくてはならない。

 コルディラスの意思を受け、砂漠に大量の水が噴き出す。

 水は見る見るうちにくぼ地に溜まり、小さな湖となった。

 水に体を浸したコルディラスは、生命エネルギーを吸収し、蒼白い光を放ち始めた。

 さらに、コルディラスを覆う昆虫装甲が変形し、長い筒状へ変化していく。背中に背負った巨大な砲身の形となった時、コルディラスは尾を大きく振ると、砲の後部に突っ込んだ。先端部分のトゲが折れ、砲弾として装填される。

 蒼白い光が、砲身を包む、強力な電流が螺旋状に砲身を巡る。その光が限界まで輝いた時、砲弾のトゲは一気に加速され、天空の仮面へ向けて発射された。



***    ***    ***    ***



 空中に、森が浮遊している。

 森を構成する植物群は、その根にシャボン玉のようなものを無数に抱えていて、それが森を浮ばせているらしい。

 大地のないこの世界には、空中に浮かぶ森を基盤として、文明が築かれていた。

 森の間を、鳥のような翼を持つ知的生命体が無数に飛んでいる。

 彼等もまた、突然、空に出現した白い仮面に気付き、右往左往しているが、仮面による現実の脅威がどのようなものか、分析する科学力は持っていないようであった。

 この世界に出現したのは、バシリスクである。

 四肢の間に皮膜を持ち、滑空のできるバシリスクは、ひときわ大きな森にふわりと降りると、天空の仮面を睨んだ。

 バシリスクは、これまで一度も遠方の敵を攻撃したことがない。

 だが、G細胞の影響を受け、昆虫装甲を身に着けたバシリスクには、新しい攻撃手段を創り出す能力があった。

 接近戦の多い乱戦状態では、その能力を見せなかっただけである。

 バシリスクの額に、第三の眼が開く。古いタイプの爬虫類には、この位置に光受容体が集まっているものがあるが、バシリスクはその部分に、全身の生体電磁波を集中させ始めたのだ。額の眼が光り始め、その光がどんどん強くなっていく。

 それにつれて、バシリスクのいる森の木々が、茶色く枯れ始めた。

 植物の生命力で浮んでいる森が、浮遊力を失い、ゆっくりと落ちていくが、バシリスクは微動だにしない。

 また、空を睨んだその姿勢も、まったく変わらない。

 バシリスクは雲海へと落下しながら、そのまま空へ向けて光の矢を放った。



***    ***    ***    ***



 ヴァラヌスが現れたのは、地平線の彼方まで湿地の広がる世界であった。

 四方どこを見渡しても、静かな水面と草原が続いている。

 ところどころに小さな森はあるが、高さは数メートルほどである。

 浅い水中には、たくさんの魚影が見えるが、文明の気配はなかった。

 四肢の間の皮膜を広げ、ふわりと水面に降り立ったヴァラヌスは、首を傾げ、天空の仮面を見た。

 周囲の水中からは、恐竜のような長い首が何本も現れ、驚いたようにヴァラヌスを見ている。

 つるりとした皮膚。怯えたような眼。妙に小さな頭部には、犬のような耳がついている。水面下には、十数メートルはあろうかという体があった。

 この世界の知的生命体である。

 彼らは、天空の仮面に気付いていたが、それを攻撃しようとはしていなかった。逃げる様子も、また隠れる様子もない。

 諦めにも似た感情が、思念波となってヴァラヌスに届いた。


(遠い世界の友人よ。我々は滅びを受け入れようとしている。見苦しく足掻こうというのなら、他でやってくれないか)


 言葉にすると、そのようなものであろうか。

 ヴァラヌスには、人の心は宿っていなかったが、彼らの意思を理解することはできた。

 だが、ヴァラヌスは、彼らに耳を傾けるつもりはなかった。

 運命と受け入れるのは、自由だ。だがそれは、知的生命体である彼らだけの意思である。この世界の生命、全ての意思ではない。

 以前にも一度、彼らは自分たちの判断で天使群に屈し、データ化されていたのだ。

 再びこの世界が実体を得た今、また彼らの意思で消滅するなど、あってはならない。

 ヴァラヌスは、生体電磁波を極限まで振り絞り、周囲数百キロにわたって発信した。

 反応はすぐにあった。

 水上の森や草原から、昆虫や鳥、両生類などに似た生物の意思が届く。同時にヴァラヌスが超音波で発した声には、無数の水生生物までも反応した。

 生物たちは互いに信号を発し合い、中継し、ヴァラヌスの思念波こえをこの世界の隅々にまで届けた。

 地平から黒雲のように沸き起こる飛翔生物群。さざ波を立てて集まって来る水生生物群。

 ヴァラヌスの体表の生体装甲に、その生物たちが加わっていく。

 体格が数倍、十数倍に増幅される。

 背中に背びれ状の器官が作られ、それが蒼白い燐光を発し始める。

 急激な変化に、首の長い知的生物たちは狼狽えて喚き出した。ヴァラヌスは、ちらっと彼らを見たが、その眼には感情らしきものは映っていなかった。

 ヴァラヌスは、天空の仮面に向かって口を開け、粒子熱線に似た凄まじい光線を放った。



***    ***    ***    ***



 キングとシーザーは、同じ世界に現れた。

 その世界の知的生命体は、人間そっくりであったが、文明レベルは地球人類よりずっと高いようで、すでに天空の仮面に対して総攻撃をかけていた。

 ミサイルが、光学兵器が、質量弾が仮面に向かい、だが、そのことごとくが空しく宙に消えた。効果を得られない理由も、仮面のおよその正体も、この世界の人間たちは把握していたが、それを打ち破る科学力は持っていなかったのである。

 二体の哺乳類型巨獣、キングとシーザーは、地表に立つもっとも高い人工構造物に降り立つと、姿勢を低くして頭を上げ、甲高い声で遠吠えした。

 同時に思念波を発し、攻撃のタイミングを合わせるように伝えたのだ。だが、この世界の人類のほとんどは、その思念波を受信する能力を持っていなかった。

 地表からの攻撃は止まず、天へ向かう攻撃で、空は赤く燃え上がった。

 キングとシーザーは、互いの臭いを軽く嗅ぎ合うと、覚悟を決めたように空を見た。

 そして彼ら独自のフォーメーションをとった。キングが前、シーザーが後ろ。

 シーザーの半透明の角が、赤い光を放ちだす。

 キングの周囲の瓦礫が浮遊し始め、彼を中心に見えない力場が形成されたのが分かる。

 光が赤から白へ、その強さも数倍、数十倍になったその時、シーザーの角からプラズマ状の光球が発射された。

 光球は、キングの力場に捉えられ、圧縮されてさらに光を増し、とうとう仮面へ向けて発射された。



***    ***    ***    ***



 メガソーマは、燃えさかる大地の上空に現れた。

 地表を溶岩の海が埋め尽くし、ところどころに冷えた岩塊が陸を作っている世界。

 そのわずかな陸地にうごめいているのは、岩石状の生命体。それがこの世界の知的生命体であった。

 この広い宇宙でも稀有な、ケイ素系生物の住む世界である。

 メガソーマの意思となっている樋潟幸四郎は、早々にこの世界の生命体と交信するのを諦めた。

 溶融した岩石が、ゆっくりと流れる体液を持つケイ素系生物。その時間は、炭素系生物の数千倍ゆっくりと流れる。

 ティギエルとの約束の時間はあと十数秒。時間をかけてはいられなかった。

 だが、彼らの生命エネルギーを借りるまでもなく、この世界には熱エネルギーが満ちている。

 メガソーマは、周囲を流れる溶岩からエネルギーを集め、胸部の器官からプラズマ光球を発射した。



***    ***    ***    ***



 真っ白に凍り付いた大地。

 吹き荒ぶ風の中、雪を巻き上げて着陸したのはタイタヌスだ。

 タイタヌスの意思となっているミヴィーノ=ライヒは、舌打ちした。この世界の生命体は、どうやら冬眠の真っ最中らしい。

 この世界には、高温のエネルギー源もなければ、生命エネルギーを集約できる生命体も活動していない。この冬が、果たしてどのくらい続くのか、予想もできない状況だ。

 とはいえ、鬼王や王龍と違って高エネルギー攻撃を得意としていない、昆虫型擬巨獣は、どこからかエネルギーを得なくては、遠距離攻撃が出来ない。


(時間がないが……む、そうか)


 感覚を拡大したライヒ=タイタヌスは、わずかに離れた場所に広大な海を発見した。

 分厚い氷に覆われた海は、白い大地と区別がつかないが、海中からは、陸地の比ではないほど多くの生命反応がある。

 タイタヌスは巨大な二本の牙を、氷の平原に突き立てた。

 超振動する角が氷に触れると、一瞬で粉砕されて水面が顔を出す。


“時間がない!! このまま再び滅びたくなければ、力を貸せ!!”


 ライヒ=タイタヌスが、牙の振動に乗せて、意識を飛ばした次の瞬間。

 氷の平原が、遥か彼方まで蒼白く輝いた。

 その光が、また急速に牙に向かって集まってくると、タイタヌスは、牙を引き抜き、天空の仮面に向かって打ち合わせる。

 凄まじいスパークが、光の刃となって天空の仮面に飛んだ。



***    ***    ***    ***



 地表を埋め尽くす大森林が、大気の乱流に翻弄されている。

 やはり天空には、メヴィエルの仮面が浮び、その口からは黒い塊が吐き出されようとしていた。

 森林の樹上には、木で作られた原始的な建造物があり、それがいくつも集まって集落になっている。その中では、犬によく似た顔の知性体が、この天変地異が治まるよう集団で祈っていた。

 その上空に現れたのは、高千穂守里の意識を宿した擬巨獣・ルカヌスであった。


“助かるな。ここなら、エネルギーを補充できそうだ”


 守里=ルカヌスは、眼下に広がる樹海を見てそう言った。

 樹海には、無数の生命の気配が、時ならぬ嵐に息をひそめている。


“来い!! この世界の者たち!! 俺に力を貸せ!!”


 ルカヌスが両腕にあたる脚を広げ、何かを呼び込むように招くと、黒い森から無数の生命の気配が湧き上ってきた。黒い霧のように飛び立った生物群は、ルカヌスの体に取りつくと、新しい装甲を作り上げていく。

 集まってきた異世界の生物群は、昆虫のようでもあり、爬虫類のようでもあった。ちょうど、半透明の翅を持ち、複眼状の眼を持ったトカゲといった様子だ。

 ルカヌス=守里は、体表に集まった異生物を、青龍刀のような形に整えると、メヴィエルに向かって飛び立った。


“すまないな咲良……もう一度会いたかったが……”


 そうつぶやいた時。いきなり、ルカヌスの体内から、別の意思が発せられた。


“待て!! 守里!!”


 守里は驚いて上昇をやめた。聞こえてきた思念波が、知っている男のものだったからだ。


“おまえ……東宮!? どうして俺の中にいる?”


“もう、お前の娘たちは自分でやれそうだったんでね。その次に心配なヤツのところに来たまでだ”


“おまえ……帰れる保証はないって知ってるのか?”


“知ってるさ。お前こそ、帰るつもりなかっただろう?”


“…………何でわかる”


“わかるさ。長い付き合いだ”


“……もう、あいつを……紀久子を自由にしてやりたいんだ……”


 守里は、一度死んでいる。

 残留思念となって擬巨獣になり、蘇りはした。だが、この戦いが終わったとして、紀久子と咲良のもとに帰っていいものかどうか、それを迷っていた。

 思えば、家事も子育ても、ほとんど手伝った記憶がない。

 世の中の為、研究のため、そう言い訳をして、自分のやりたいことだけをやって死んだのだ。

 死んで、思念体となって、クェルクスの精神感応力で明治神宮に集められた。

 そうして、無数の人々の記憶や思いに触れて、初めて自分がどれだけ紀久子にばかり負担をかけていたか知ったのである。


“自由にしてやればいいさ。だが、ちゃんと直接そう言え。お前が帰らなきゃ、紀久子はいつまでだってお前を待つぞ?”


“……まさか……俺がこうして蘇ったことを知るわけが……”


“知ってるさ。思念波が入り乱れるあの戦場で、誰が隠せる?”


“…………”


“お前を放っておいて、伏見明とどうにかなろうなんて考えるほど、紀久子は融通の利く人間じゃない。そのくらいわかるだろ”


“……ああ。たしかにな”


“ここから撃つんだ。生きて、必ず帰るぞ。俺も、おまえも”


“……ちっ……分かったよ”


 ルカヌスの大顎にある、不規則な形の突起が、碧く輝き始めた。

 周囲から、生命エネルギーが金色の粒子となって集まって来る。新しく生えた、青龍刀のような形の角へと、大顎の碧い光が流れていく。


“行けえっ!!”


 その光が一気に解き放たれ、三日月状の光の刃となって、天空の仮面へと奔った。



***    ***    ***    ***



“……ここって……まさか”


 ゆりは、周囲を見渡して驚きの声を上げた。

 そこは、見覚えのある街並みだったからだ。眼下には、見慣れた建物や地形が見える。見間違えようもない。地元横浜の上空であった。

 だが、違う。元の世界の横浜なら、天使群との戦闘で多くの建物が破壊されているはずだ。

 これは、あの時ゆりが閉じ込められた、地球とそっくりな複製世界だ。人類が死ななくなった、もう一つの地球。

 天空の仮面を見上げ、騒ぐ人間たちが、ゴマ粒のように小さい。

 J・Jは、地上百メートルほどの空中に浮遊しつつ、敵であるメヴィエル=仮面を見据えていた。


“この世界が、メヴィエルの存在領域にあったのは、偶然じゃない。あいつが複製し、干渉して作り上げた偽の地球だからさ”


“でも……ここに、みんな、いるんだよね?”


“ああ。沖夜さんの家族や友人たち……まあ、別世界の、だけどね”


“それでも、守るよ。だって、私がそうしたいから”


“ああ”


“それに、笠椎君やあなたの世界でもある。そうでしょ?”


“そ……そうだな……”


 一瞬、妙な沈黙があった。

 何か言いたげな空気だが、同じ体にいる二人には、かえって互いの表情が見えない。


“ね……ねえ芹沢君? この戦いが終わったら、どうするの?”


“え?”


“私は……君と一緒にいたい。ずっと前から、そう思ってて――――”


“はいはーい。あんたたち、そこまで!!”


 突然二人の会話に割り込んできたのは、聞いたことのない女性の思念波こえであた。


“遠慮して黙ってれば何よ。イチャイチャすんのは、やることやってからにしてもらえる?”


“え⁉ 何これ、誰!?”


 ゆりは、ぎょっとして芹沢に聞いた。


“ごめん、沖夜さん。この人は――”


“ごめん……って、まさか浮気? まだつきあってもないのに浮気!!”


“いや沖夜さん、その理屈おかしい”


 妙な痴話喧嘩に発展しそうな二人を、いずもが制した。


“二人とも黙って。私は雨野いずも。MCMO獲猿隊の司令よ”


“そ、そう。雨野司令です。サンとカイ、二体の巨獣と融合した時に、一緒に融合した人です”


“サンもカイもさっきから呆れてるわよ。さっさと攻撃準備!!”


“は……はい”


“……わかりました”


 二人は神妙に答えた。誰の意思なのか、J・Jは仮面に向かって剣を構える。


“斬撃でいく?“


 いずもが慣れた様子で聞いた。


“斬撃って……届くの?”


 心配そうなゆり。


“大丈夫。空間を斬って、その断層を飛ばす”


 J・Jが剣を構えると、刀身に周囲の空間から次々に光の粒子が集まってきた。

 まとった光は刀身の数倍にまで膨らみ、直視できないほどの光量を放つ。


“すご……何このエネルギー?”


“この世界は……行き場をなくした生命で満ちてるんだ。だから、人が死なない”


“いくよ!! サン、カイ、あんたたちも気合乗せて!!”


“ホウッ!!”


“シャアァッ!!”


 融合した全員の気が満ちた次の瞬間。

 J・Jは、天空の仮面に向かって真直ぐ剣を振り下ろした。



***    ***    ***    ***



 黄金のティギエルは、自分の世界・惑星ロンギエの世界に顕現した。

 その周囲には、他の五大天使の姿もある。

 全員が、この世界の出身なのだ。

 ロンギエの地表には、超高層の建造物や、地下構造物の存在を思わせる金属物があり、それをつなぐ道路や交通機関も見えた。どうやら、高度に科学の発達した世界であるらしい。だが、地表の七割は、豊かな緑に覆われ、生態系との共生に成功した、高度な文化を実現しているようであった。

 巨大な自走砲のようなものが、その砲門を天空に現れた仮面に向けている。

 ロンギエは、仮面に気付いただけでなく、すでに迎撃態勢を整えていた。

 六大天使は人型まで小さくなり、ある建造物の中へと飛び込んだ。


「ああ将軍!! どこへ行かれていたのですか⁉」


 ティギエルに声をかけてきたのは、壮健な顔立ちの男であった。この世界の知的生命体は、地球人とそっくりである。

 司令室らしき部屋である。すでにカウントダウンが始まり、最終兵器の照準は、天空の仮面が吐き出そうとしている黒い物体に合っている。


「フォグか。すまない。ちょっとな。で、『今回は』勝てそうか?」


 一番真ん中の席に着いたティギエルは、その男に聞いた。

 他の大天使も、それぞれ周囲の席に着いている。


「今回で、二十七万九千五百六十二回目の滅亡ですが……まだ糸口は見えません」


「そうか。また……一年前に戻されるか……」


「でも、いつかは、勝ちます。罰のつもりなんでしょうが、逆効果ですよ。我々はへこたれない」


「そうか。そうだな」


 ティギエルは、それだけ言うと、天空の仮面を移したモニターを睨んだ。

 ロンギエは、データ化された後、滅亡までの一年間を、何度も繰り返し体験させられる、という罰を受け続けていた。しかも、ロンギエの民のすべてに、その記憶が残っていく。

 今度こそ、と、ひたすら頑張らせ、一年間の努力を打ち砕き、滅ぼすのだ。

 侵略された無数の世界で唯一、メヴィエルの正体を暴き、衛星軌道上のメヴィエルに初めて攻撃を加えた罰なのだ。

 ティギエルが、天使となってメヴィエルに協力していたのは、この無間地獄から故郷の世界を救うためだった。


「いいのか? もし攻撃が成功しても、ロンギエは……」


 ティギエルは、フォグに言った。

 あの黒い塊の中身が、中性子星であることは分かっている。

 中性子星そのものを破壊できる兵器は、ついに作れなかったが、メヴィエルは何らかの力で中性子星を保持しており、それがかなりギリギリのバランスであることまでロンギエは突き止めた。

 攻撃が効きさえすれば、そのバランスは確実に崩れる。

 そうすれば、メヴィエルは中性子星に呑み込まれるだろう。

 だが、残った中性子星は、このロンギエも呑み込む。最初からそういう作戦なのだ

フォグは、ほんの少し寂し気に笑った。


「今回は効かないでしょう。でも、もしヤツを斃せたなら、この時間の牢獄から抜け出せる。それだけで我々は充分です」


「すまない」


 ティギエルは小さく言った。

 この世界で、ティギエルだけが知っている。今回はシミュレートではない。現実なのだ。

 つまり、負ければやり直しなどできない。

 だが、今回の攻撃は効く。

 攻撃が効けば、中性子星はむき出しになり、メヴィエルの存在確率の変動も止まる。

 ここには六大天使がそろっていて、メヴィエルを引き寄せている。

 この世界で、中性子星は宙域すべてを飲み込み、そして、他の世界は全て助かる。


「対消滅衝撃砲、発射五秒前!! 目標!! 衛星軌道上、メヴィエル!!」


 前方のオペレータから、緊張した声が届いた。


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