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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第21章 巨獣黙示録
181/184

21-12 翼



“あっ……⁉ 何コレ⁉”


 突然、咲良=ティギエルが空中でふらつき、地面に落下した。

 メイ=ダイニエルも、乗っていた巨大ダンゴムシから滑り落ちる。


“みんながいなくなったからだよ!! これじゃ、体を維持できない!!”


 そう叫んだ灯里=コスモエルの体は、向こうが透けて見えるくらい薄くなっている。

 そのほかの少女天使たちも、かなり力を失っているようであった。

 意志や能力は維持できても、五十メートルクラスの巨大な体は、やはり数万人の人間がいなくなっては維持しきれないのである。


“どうする? バイオマス、補給する?”


 天使恐竜の生き残りや遺体、昆虫群はまだ残っている。少女天使たちから離れていった人々のように、それらを吸収すれば、今の姿を保つことは出来そうであった。


“それも方法だけど、とりあえず合流しない? 一人ずつになって死んじゃったらおしまいだもん!!”


“そうだよ!! 合流しよう!! 私たちが生き残っていれば、天使の力で他の人たちを治すことだってできるかも知れないし!!”


灯里=コスモエルの提案を聞いて、ゆり=ゼリエルが手を打った。


“じゃあ、みんな、こっちをベースにして!!”


 そう叫んだのは咲良=ダイナスティスであった。

 たしかに、ダイナスティスなら、もともと昆虫をべースにした大量のバイオマスを持っている。


“それがいいみたいね!! いくよ!!”


 瑚夏=ガイエルが、ダイナスティスに自分の体を重ねると、その姿はまるで溶けるようにダイナスティスに吸い込まれた。そして、ガイエルの装備である長距離砲が、背中にぬっと突き出す。


“あたしたちも行こう!!”


“うん!! 恐竜なんかより、咲良と一緒がいいもん!!”


 他の七人の少女天使たちも、次々とダイナスティスに体を重ねていく。

 そのたびに、ダイナスティスの姿は少しずつ変化し、少女天使たちの持っていた、インセクトアーマーの特徴を、そなえていった。

 エンマコオロギの黒い羽根。ヒアリの毒針を持つ尾。ダンゴムシの外殻。ハエのブルーメタリックな腹部。ムカデの剛力を宿した赤黒い腕……

 それらを発現していくにしたがって、全体のフォルムも、武骨な重装甲から、少女らしい体型へと変化していく。複眼を持つ頭部の下には、目を閉じた少女の顔が現れ、まるで昆虫を模したヘルメットをかぶっているようになった。


“これでよし……と。じゃ、豊川先輩は出てって”


“おいおいおい!! もともとこのダイナスティスは俺の――”


“女の子ばっかしの体に、オジサン一人なんて許すわけ無いでしょ!!”


“センパイごめんね。でも、同じ体とかちょっと無理”


“つべこべ言わない!! オトナでしょ⁉”


 少女たちの思念波が口々に聞こえ、豊川は光球となって追い出された。

 豊川の光球は、行き先を探して弧を描く。そして二回ほど周囲を飛び回った挙句、きょとんとした顔でこちらを見ていた、ガルスガルスにぶつかった。

 光を受け止めたガルスガルスは、驚いたように二、三回羽ばたく。

 切断された片翼は、すでに治癒し始めていたが、豊川が合体したせいか、一瞬で元通りのサイズに再生した。しかも羽色まで、元の乳白色から、茶系と黒を基調にした野生型のニワトリに近い色合いへと変化していく。


“……ったく。誰のために覚悟決めてきたと思ってんだよ……”


 ガルスガルスとなってぼやく豊川をしり目に、ダイナスティスの体を乗っ取った少女たちは、さっさと飛び立った。

 そこへ、追いついてきたJ・Jが、並んで飛ぶ。どういう原理なのか、J・Jは空中を自在に動けるようだ。


“行こう!! もっとGの近くへ!!”


 J・Jはダイナスティスの手を取った。


“あっ!! ちくしょう!! あの野郎!!”


 見上げていた豊川=ガルスガルスが、怒りの思念波こえをあげて飛び立つ。

 だが、豊川の意思とは裏腹に、ガルスガルスは斜めに傾いたまま、まったく違う方向へ引きずられるかのように飛んだ。


“うわっ!! ちょっちょっちょっと待て。どこ行く⁉”


 悲鳴のような思念波さけびを放ちながら、豊川=ガルスガルスは、フォートレス・バンガードの甲板へ突っ込んだ。


“ガルスガルス!!”


 ボールが転がるように、へたくそな着地で現れたガルスガルスに、バリオニクスに乗る五代まどかが声をかける。


“あんたがコイツを呼んだのか⁉ 俺は、あっちへ行きたいんだよ!!”


“べつに呼んだわけじゃないけど……あなた誰? ガルスガルスは? これどうなってるの?”


“お……俺は豊川ってんだ。さっき、擬巨獣体ダイナスティスを追い出されて、コイツの体に逃げ込んだんだよ”


“融合したってこと? 出て行って、とは言わないけど、完全に支配できないなら、ガルスガルスに従うしかないわね”


「クキェェエエエエーーーッ」


 まどかの思念波を、肯定するかのようにガルスガルスが叫んだ。


“おいちょっと待てって!! 俺はあいつらといっしょに……”


“そんなことより、急ぐぞ。もう、天使群と恐竜群がぶつかっている”


 慌てる豊川の思念波を、羽田が遮るように言った。

 翼を持った天使恐竜の一群が、水平線近くで白い天使群と交戦を始めたのが見える。

 生体戦艦となったフォートレス・バンガードは、40ノット近く、時速にして70キロ以上で海上を進んでいるが、それが精いっぱいのようだ。

 バリオニクスが艦を捨て、昆虫装甲で得た翅を広げて飛び立ったその時、その進行方向に、いきなりまばゆい光が発生した。

 閃光は一瞬で駆け抜け、その後を巨大な衝撃波と、轟音が追いかけてくる。


“くそっ!! やりやがったか!!”


 羽田が悔しげに叫んだ。


“ガルスガルス!!”


“おう!!”


 まどかの思念波こえに応えたのは、豊川だった。

 ガルスガルスと豊川、二つの意志が一つになった。茶褐色の、複雑な模様の野生色に変わったガルスガルスが、空中でバリオニクスの肩をつかむ。そして一気に羽ばたいて加速すると、最前線へ向かって高速で進み始めた。


“何体やられた⁉ 被害は⁉”


 羽田が思念波で呼びかける。

 だが、激しく動揺しているのか、人間たちの意識が宿った天使恐竜の群からは、何の返事も帰ってこない。


“隊長⁉ これは何です⁉ どういうことですか⁉”


 アスカの思念波に応えたのは、豊川だった。


“やつら自爆したんだ!! それが一番、効果的で手っ取り早い!!”


“その通りだ。メヴィエルは、天使の動きが止められると、爆発するように仕掛けていたようだ……”


 その思念波は、黄金のティギエルのものだ。

 六大天使は、戦線に広く散らばり、それぞれが十数体の白い天使を相手にしている。苦戦しているのは、特殊攻撃をほとんど封印しているせいだ。どうやら、彼等も、天使の中に取り込まれた人々を殺さない、と決めた様子であった。

 だがそのせいで、せっかく味方となったその戦力は、圧倒的とはいかなくなってしまっている。


“……消滅したのは、一体です……新庄さんが……”


 人間の思念波がひとつ、羽田たちに届いた。

 どうやら、先ほど一番威勢よく飛び出していった『新庄』が消滅したらしい。

 だが、一体だけ、ということは、あれだけの爆風と衝撃波でも、巻き込まれた天使恐竜は死ななかったということだ。


“今から、俺が指揮を執る!! 皆、死にたくなかったら、いうことを聞け!!”


“…………ッ!!”


 羽田の声に、天使恐竜群、そして六大天使たちから、無数の言葉にならない返事が返ってきた。了解した、ということであろう。


“今の爆発で負傷した者は下がれ!! 水上を来る一群に、医療大隊を設置!! 回復させろ!!”


 羽田は、遅れて戦線へ到着しようとしている海竜の群に、命令した。

 天使恐竜は、これまでも驚異的な回復力を見せている。バイオマスさえあれば回復できるはずだ。

 そして、全ての天使恐竜へと檄を飛ばした。


”全力で天使群を叩け!! 遠慮も手加減も必要ない!! 奴等は一体一体が六大天使級だ!! ちょっとやそっとじゃ死なん!! 取りつかせるな!! 動きを止めるな!! 爆発するぞ!!“


 そして、両脇から突き出た大型機銃を、天使群に向けて撃ちまくる。

 羽田の言う通り、撃たれた天使はダメージは負う様子だが、爆散したり消滅したりするものはいなかった。


“お……おう!!”


 それを見て、ようやく、天使恐竜群からわずかに気勢が上がった。

 

“了解だ。やるぞ!!”


 黄金のティギエルはそう言うと、両刃剣を抜き放つ。

 他の六大天使たちも、自分の武器を取り出し、それぞれ構えた。


“で? いつまでこいつらを抑えればいいんだ?”


 バリオニクスの肩をつかんだままで、豊川ガルスガルスが聞く。


“わからん。だが、あいつなら、なんとかしてくれる。そうだろう?”


 バリオニクスが、ちらっと首を後方に向けた。

 その方向には、傷ついた巨獣群。その中心に巨獣王・Gがいる。暗雲のように垂れ込めるナノマシンと昆虫群を透かして、巨大な影が立ち上がるのが見えた。



***    ***    ***    ***



“お母さん!! 聞こえる⁉ お母さん!!”


“私たちだよ!! 分かんない⁉”


 二人の咲良が、必死で飛びかけている。

 ダイナスティスが旋回するその下で、ようやくGが立ち上がった。

 Gはよろめく足を踏みしめ、変貌した月を見上げる。

 擬態を解いたメヴィエルは、まるで、陶磁器で作られた奇怪な仮面のように見えた。

 距離は判然としないが、大気圏外にいると仮定すると、直径百キロ以上の巨大な仮面だ。

ロボットのようにも、どこかの民族工芸のようにも見えるその巨大な仮面は、空の半分近くを覆っている。

 巨獣たちは、ダメージが抜けきらないまま、仮面メヴィエルに向かって攻撃を開始した。

 王龍の胸部に、いくつもの光の波が集まり、プラズマ光を放つ球体となってメヴィエルへと向かう。鬼王の頭部からも、レーザー状の光が放たれ、コルディラスの放つ土ミサイルも、凄まじい速度で上空へ飛んだ。

 だが、それらの攻撃はメヴィエルの表面で、小さな火花を発生させただけだった。


“まずいぞ。攻撃が来る!!”


 J・Jが叫んだ。

 仮面の口に当たる部分が、ゆっくりと開き始めたのだ。

 その中から、まるで闇が浸み出してくるように、真っ黒な塊がせり出してきた。

 光を一切反射しない、真の黒。その謎の黒い塊が、少なくともここにいるものすべてを斃せる威力を秘めているであろうことは、容易に予想がつく。


“どうしよう。このまんまじゃ……”


 スケールに差がありすぎるのだ。咲良たちには、手の打ちようがなかった。

 Gの口からも粒子熱線が放たれた。

 粒子熱線は、まっすぐに黒い塊に向かい、命中したように見えた。

 だが、先ほどの王龍たちの攻撃と同じく、ほとんど影響を与えた様子はない。ほんのわずか、塊の表面に火花を散らしただけであった。


“おかしい”


“どうしたの?”


 疑問の声をあげたJ・Jに、ダイナスティスの中のゆりが聞いた。


“僕には、粒子熱線があの黒い塊を貫いていったように見えた。弾いたり跳ね返したりするならまだしも、貫いたなら、無傷なんてはずはない”


“でも……現にあいつ、ノーダメみたいだよ?”


 その時、咲良たち全員の意識を、強い思念波が叩いた。


“お前達の疑問は正しい!! 粒子熱線に貫かれても破壊されないのには、理由がある!!”


“この思念波……あんたは……”


 それは、黄金のティギエルの思念波であった。

 遠く、水平線近くで白い天使の群と戦いながら、J・Jと咲良たちに向かって、思念波を送って来たのだ。


“メヴィエルにバックアップは存在しない。ゆえに、万が一にも破壊されないよう、存在確率を変動させている!!”


“何それ⁉ まさか、命中の瞬間、存在してないことになってるってこと? どうやってやっつければいいわけ⁉”


“私にも、これまで分からなかった。私がメヴィエルの軍門に下ったのもそのためだ。だが、君たちがヒントをくれた。同一座標に、無数の世界が存在し得ると証明して見せてくれた……”


 その言葉を聞いたJ・Jが、ハッと気づいて叫んだ。


“そうか!! ヤツは、自分自身を波動状態にして、絶えず別の世界と行き来しているってことか!!”


“そうだ。だがその別世界からも、同時攻撃できれば、充分なダメージを与えられる。J・Jといったか、お前は世界間移動が可能な筈だな?”


 ティギエルにそう言われ、J・Jは一瞬言葉に詰まった。


”っ……なんで分かる?”


”忘れたのか? お前を、ライブラリ内での異分子追跡が可能な刺客としたのは我々だ”


”だ……だが戦力が限られている。すべての世界から同時に攻撃することなどできないだろう?”


”ヤツの存在確率は、一定の幅に収まっているはずだ。エネルギーロスが大きくなるからな。せいぜい、またがっている世界の数は、十から二十くらいの間、それで十分だ”


“なぜそれが分かる!?”


 J・Jの問いに、ティギエルは苦笑のような思念波を送って来た。


“ヤツ……メヴィエルと我々はまだ、つながっているからだ。エネルギー供給はもう、無いがな”


“……あの黒い塊は、どんな兵器だ? アレが地上に落ちれば、地球はどうなる?”


“あれは……兵器ではない。『収納庫』だ……”


 J・Jは息をのんだ。


“『収納庫』……だって?”


“無数の世界を構成するのは、情報データだけではない。無限に近い量の物質マテリアルを圧縮しておく必要がある……”


“圧縮……まさか……ブラックホール……?”


“いや。そうじゃない。単なる高密度の塊……超新星爆発を起こした後に残った星の残りカスが、中性子の縮退圧で重力による崩壊を防いでいるだけのものだ”


“それってまさか……中性子星……”


 J・Jが言った時、突然、すさまじい風が巻き起こった。急に至近距離に現れた巨大質量に、大気が乱流を起こし始めたのだ。海の水がいくつもの竜巻となって巻き上がり、天空の黒い塊に向かって伸びていく。


“メヴィエルは、この星域を見限ったのだ。物質を全て回収し、また旅に出るのだろう……”


 ティギエルは、一度言葉を切ると、他の五大天使に向けて言った。


“人類軍が追い付いてきた。五大天使は彼らにこの場を任せ、私とともに来い!!”


 言い終わるか言い終わらないうちに、大天使は、すべてティギエルのもとに集結した。


“時間がない!! 攻撃のタイミングは、今より三分後だ!! 目標点はヤツが吐き出そうとしている、収納庫の中心だ!! 頼むぞ!!”


 言葉を終えるか終えないうちに、白い天使群を相手にしていた黄金のティギエルが、すっと虚空に姿を消した。

 それを合図にしたかのように、他の五大天使もその戦場から次々に姿を消していった。


“私たち……あいつに騙されてない……よね?”


J・Jに問いかけたのは、オリジナルの方の咲良の意識であった。


“さあ? それは誰にも証明出来ません”


“じゃあ、信じられないよ!! 今の今まで敵だった奴らだよ?”


 大きく否定の声を上げたのは瑚夏だった。


“私たちが、あいつらを信じてここから他の世界に跳んだら、また戻ってきてメヴィエルの味方をする気かも……”


 悠が心配そうに言う。


“そうですね。でも、あの中性子星は本物です。僕らには他の手段も、時間もない……”


 たしかに、ティギエルの見抜いた通り、通常は決して交わることのない無数の世界へと、自分なら跳ぶことが出来る。また、誰かを跳ばすことも。

 千年。

 ゆり達とともに力を高めていく中で、超空間能力は力を増していた。

 その力を持つが故に「ジャンピング・ジャック」の異名をもらったのだ。

 だが、今それをやれば……


“芹沢君……”


 その表情を見て、ダイナスティスの中の沖夜ゆりも気付いた。

 行くのはいい。だが、帰ってくるとなると、容易ではない。

 これまでは、現実世界はここだけだった。だが、天使がデータ化していた、万を越える世界が現実に展開した今となっては、その、どこへ跳ぶか分からない。

 J・Jは、戦う天使群と人類軍を見た。

 荒れ狂う大気と海水の竜巻、稲妻の走る戦場で、必死で戦っている。だが、六大天使が抜けたことで、もう戦力の均衡は崩れつつあった。フォートレス・バンガードと獲猿隊では、その穴を埋めきれないのだ。


“話は聞こえていた!! 早く俺たちを跳ばせ!! もう時間がない!!”


 そう叫んだのは、王龍の中のオットーであった。

 すでに空を覆う仮面の口から出た黒い塊は、その全貌を見せつつあった。この地上に落下してくる以前にその超重力で地球は崩壊するだろう。時間の余裕はない。


“先に言っておきます。帰って来られる保証はありませんよ?”


“ちょっ……何それ⁉ 行けるんだから、帰れるでしょ⁉”


 J・Jの意外な言葉に、ダイナスティスの中でメイが素っ頓狂な声を上げる。


“攻撃が失敗すれば、帰れますよ。メヴィエルの存在が目印になりますから。でも、もし攻撃が成功し、メヴィエルが消滅すれば――”


 J・Jの迷いを断ち切るように、鬼王の中のジーランが叫んだ。


“今、俺たちが行かなきゃ、すべてが終わるんだろ!? 躊躇ってる場合かよ!!”


 J・Jは、静かに目を閉じ、息を吐いた。


“わかりました。あなたたちを他世界に跳ばします。それから、僕が跳ぶ。咲良さんたち……ダイナスティスはここにいて、万一の時の戦力となってください。Gも残します。ここからの攻撃も必要ですから”


 J・Jは空中を素早く移動しつつ、王龍、鬼王、コルディラス、バイポラス、ヴァラヌス、バシリスク、キング、シーザー、タイタヌス、メガソーマ、ルカヌスの順で手を触れた。触れられた巨獣たちは、六大天使と同様、一瞬で虚空へ姿を消す。


“……じゃあ、僕も行きます”


 J・Jは、ダイナスティスの前に戻って来ると、軽く敬礼のような仕草で別れを告げた。

 だが、消えようとしたその時、オリジナルの咲良が呼び止めた。


“あーあーダメダメ。そんな変なポーズじゃ、お別れにならないでしょ?”


“そうそう。お別れくらい、ちゃんとしてよ”


 少し不満気に言ったのは、灯里だ。


“え? じゃあ、どうすれば――”


 J・Jがそう言いかけた時、ダイナスティスがJ・Jの手をぎゅっと握った。


“これよ。さよならの握手。じゃあ……気をつけてね?……ゆり”


“了解。みんなも気をつけて”


 沖夜ゆりの声が、自分の中から聞こえて、J・Jは狼狽えた。


“な? 沖屋さん? どうして?”


“私はついて行く。あなたのこと、大切だから”


“何言って……君がついてきたんじゃ意味が……”


 J・Jは思わず口走っていた。

 ダイナスティスをこの世界に残した、本当の理由を。


“やっぱり……あなた帰るつもり、無かったんでしょ?”


 ゆりの厳しい思念波に、J・Jは黙り込んだ。


“私を、あなたが必ず戻る、その理由にして”


 ゆりの思念波は、強く、まっすぐにJ・J、いや、芹沢に向けられていた。


“え?”


“あなたが戻らなかったら、私も戻れない。私のために、生きてこの世界に戻って”


“…………わかった。行こう”


 J・Jは、深くうなずくと、そのまま虚空へ姿を消した。



***    ***    ***    ***



 J・Jを見送ったダイナスティスは、メヴィエルを見上げた。


“あと三十秒……ホントにみんな、別の世界から一斉攻撃できるのかな?”


 オリジナルのヨッコが、心配そうに言った。


“攻撃できたとして……効くかどうか、分かんないしね……”


 瑚夏が呟くように言う。

 中性子星などという宇宙規模の存在に、たかが地球上の生物が変化しただけの巨獣たちの攻撃が、通用するとは思えなかったのだ。

 その時。灯里が何かに気付いて声を上げた。


“……ちょっと、何この……振動?……”


 たしかに、鈍い振動が大気を通してダイナスティスの感覚器官に届いている。


“地震⁉”


 悠が怯えた様子で言う。

 気付けば、たしかに地面も振動している。だが、それ以上に空気の振動がすさまじい。

 その振動は治まるどころか、次第に強くなっていく。地震というには、あまりにも不可思議な現象であった。

 ダイナスティスの感覚器官で、周囲を探索した咲良たちは、その原因を見つけて絶句した。


“…………あれはいったい……”


“何アレ……大きなモグラ?”


 それは、こちらに向かって進んでくる地面の盛り上がりであった。その盛り上がりは、まっすぐにGに向かっているように見えた。

 悠はモグラと表現したが、巨大な何かが、地下を何かが進んでくるとしか思えなかった。


“見て!! 何か出てきた!!”


“ヘビ……? ううん、あれって植物だよ!!”


 地面を割って飛び出したのは、巨大な植物の根かツルのようなものであった。

 あれが、地中を進んできていたのだ。


“ってことは……あれはクェルクス……樹木都市の根っこ?……”



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