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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第21章 巨獣黙示録
179/184

21-10 戦友よ


(あ……あれ? わたし、どうしたんだろう?)


 紀久子は白い靄の中で目を覚ました。

 遠くに四角く靄の隙間が見え、そこに自分が先ほどまでいた戦場が映し出されている。

 胸を押さえてうずくまるシュライン=ビノドゥロサス。

 それを支えるダイナスティス。

 彼等も、敵の天使軍も、何故かこちらを驚いたように見つめている。

 自分は、たしかに暴走したG細胞に呑み込まれたはず。

 つまり、今、自分はGになったということなのだろうか?

 その時になってようやく、紀久子は、自分が誰かの腕に抱えられていることに気付いた。


「……あきら……くん……?」


 見上げたその顔は何故かよく見えない。だが、そんな気がした。

 紀久子の問いかけに返事はなく、外の戦場を睨み据えるその気迫だけが伝わってきている。


(そうか……戦うんだ。今から……)


 消えた北米大陸。

 天使の顕現に巻き込まれ、消滅した命。

 天使恐竜に捕食された人々。

 踏みにじられた無数の命。その怒り、悲しみ、絶望、悔しさ、それらが自分の周りと、身の内に集まってくるのを感じる。

 これがGなのだ。

 Gが特別なのではない。どんな命も、等しく同じなのだ。それを示すために、どれだけ苦しくても、つらくても、何度でも立ちあがる。

 それがGなのだ。


(だから、今は……)


 紀久子は自分の足で靄の中に立った。

 今は、自分もGだ。

 命を信じる者だ。

 強く、靄の向こうの戦場を睨む。一気に、外界と意識がつながった。



***    ***    ***    ***



 最初に放たれたのは、王龍の雷撃であった。

 いつの間にかクモの巣のように張り廻らされていた、粘液質の『糸』。雷撃はそれを伝って、生き残りの天使恐竜すべてに直撃した。

 雷撃の余韻を引き裂いて、Gの粒子熱線がまっすぐ伸びる。ティギエルを捉えた蒼い閃光は、そのまま黄金の天使を光の中に飲み込み、数千メートルも押しやった。

 Gに向けて、慌てたように砲撃を開始したガイエル。その背後に影のように立ったのは、ガルスガルスであった。その蹴りをまともに食らって、ガイエルは吹き飛んだ。

 ゼリエルにはキングとシーザーが、コスモエルにはコルディラス、バシリスク、ヴァラヌスが襲い掛かる。彼らの体も、いつの間にか昆虫装甲に覆われていた。

 マクスェルとダイニエルには、生物装甲で強化されたフォートレス・バンガードと機動兵器群が攻撃を開始した。アルテミスとステュクスは、上空を舞いながら昆虫群を指揮している様子だ。


“しっかりして!! シュラインさん!!”


 咲良=ダイナスティスが揺すると、シュライン=ビノドゥロサスは、ようやく体を起こした。


“僕は大丈夫だ……行け。今が……チャンスだ……”


 苦しげな息の下で、シュラインはダイナスティスを見た。

 豊川と咲良、二人の意識がまっすぐこちらに向いている。それが妙に眩しくて、照れたように目を伏せた。


“ホントに……大丈夫なの?”


 心配そうに言い募る咲良に、わざと横柄な口調で返す。


“いいから放っておけ。僕が君の母親に何をしたか、知らないわけでもないだろ?”


“でも……”


 それでも、咲良は去り難そうである。


(……優しいな)


 心底そう思う。

 まるで憎むべき相手など、この少女にはないようだ。この優しさこそが、紀久子が伝えた心のように思えてならなかった。


“行くんだ。僕なんかより……お前たちが守らなくてはならないものが……あるはずだ”


“行くぞ。咲良”


 豊川が咲良を促す。

 彼は何か気づいているようだが、それをあえて呑み込んでいる。そのことに気付いたシュラインは、そっと裡で感謝した。


“あ……うん……”


 豊川の意識に促され、ようやく咲良は踵を返した。

 ダイナスティスが飛び去ると、シュラインは大きくため息をついて、もう一度、座り込んだ。

 何度、限界だと思っただろう。

 何度、立ち上がっただろう。

 それも、もう。


(そうか……あいつも、そうだったな……)


 Gが進撃していく背中が見える。

 思えば彼もまた、何度も、何度も立ち上がってきた。どれだけ打ちのめされようとも。

 シュラインは、大きくため息をついた。

 似合わない役をやらされていた。そんな気持ちがある。

今、ようやくその役を降りることが出来る。そう、思った。


(命は、無限なんだと……そいつらに見せつけてやれよ……)


 心配はしていない。あいつは、あのGなのだから。

 疲れた。

 そして、ずいぶん、待たせてしまったようだ。

 だが、また新しい土産話も出来たことだし、母はきっと許してくれるに違いない。早く帰ろう。

 母の待つ、命の源へと。

 シュライン=ビノドゥロサスは、ゆっくりと生命活動を止めた。



***    ***    ***    ***



 Gは、六大天使の守る『ライブラリ』へ向かって進撃していく。

 散発的に襲い掛かってくる生き残りの天使恐竜は、片手でねじ伏せ、あるいは熱線の一撃で吹き飛ばした。この時点で生き残っているからには、それなりの強力な個体であるはずだが、まるで相手にならない。ほんの一瞬も立ち止まることなく、Gは『ライブラリ』群に接近していった。

 荒ぶる破壊神の前に立ちはだかったのは、またも黄金の天使・ティギエルだ。

 奇しくも最初に天使が現れた湾岸の再現となった形である。

 ティギエルの右半身の一部は、先ほどの粒子熱線で融け崩れているが、その動きに変化はない。おそらく、見た目ほどダメージはないのだろう。

 ティギエルは両刃剣を抜き放ち、袈裟懸けに斬りつけた。Gの肩から濃い緑色の体液が噴き出す。だが、ティギエルの剣もまた、鈍い金属音を発して折れ飛んだ。折れた剣を投げ捨てたティギエルは、両掌からプラズマ状の光球を放つ。

 白い煙が上がり、肉を焼く異臭が立ち込める。だが、それでもGは歩みを止めることなく進んでいく。光球で焦げた部分は、内側から盛り上がる組織で塞がれ、肩の傷口からの流血も、すぐに固化して止まっていた。

 そして、意外にも素早い動きでティギエルの腕をつかんだGは、膂力に任せて振り回し、海面に叩きつけると、いきなり粒子熱線を放った。

 避け切れなかったティギエルは、両腕をクロスして防いだ。先ほどは周囲全てを飲み込み、押し流した熱線を、今度は謎の力場で封じ込めている。

 熱線に耐えるティギエルの頭上を、ふわりと飛び越えてGに襲い掛かってきたのは、風の天使、ゼリエルであった。

 白い薄布をまとった姿のゼリエルの動きは、まるで舞っているようで、重力を感じさせない。流れるような動きで、振るった両掌から、透明な弾を放った。

 揺らめく空間そのもののような弾が、複数飛来する。透明な弾は、Gの体表面を、丸くえぐり取った。リニアキャノンすら跳ね返す堅い皮膚が、何の衝撃もなく切り取られる。えぐられた血肉は、透明な球の中心へ巻き込まれ、虚空へ消え去った。透明な弾が落下した先の地面や海面までもが、丸くえぐられて消える。

 どうやら、あらゆる物質を空間ごと消し去る攻撃であるらしい。

 警戒して動きを止めたG。その背後で、電子音と鳥のさえずりの中間のような声が上がった。

 王龍である。

 紅金色の巨大な竜が、大きく翼を広げ、三つの首から一斉に雷撃を放った。

 蒼白い稲妻が、半球状にGを包み込む。いつの間にか張り巡らされていた粘着糸を伝って、雷撃の障壁が作られていたのだ。ゼリエルの透明弾は、雷撃のドームに触れると光を放って消え去った。

 動きを止めたゼリエルの前に、鈍い羽音を立てて舞い降りたのは、豊川=ダイナスティスであった。

 ダイナスティスは、躊躇うことなくゼリエルに打ちかかる。

 防御姿勢をとったゼリエルの鳩尾に、ダイナスティスの右拳がヒットした。

 後退するゼリエルに、ダイナスティスは上段回し蹴り、中段正拳、肘打ち、飛び膝と流れるような連続技を放つ。

 よろめくゼリエル。だが、とどめを刺すべくさらに踏み込んだダイナスティスの右肩が、いきなり爆発した。どこからか砲撃されたのだ。

 甲虫ダイナスティスの堅い外皮は、大した傷もつかなかったが、一瞬体勢が崩れ、攻撃のタイミングがずれた。

 ゼリエルはその隙を逃さず、後転して素早く後ろに逃げる。追いすがるダイナスティスに、機銃掃射に似た無数の質量弾がヒットした。

 砲撃の主は、全身に火器を装備したガイエルであった。

 機銃だけではない。ミサイルランチャー、大型質量弾、熱線砲が火を噴く。その見た目はどれも人類の兵器とそっくりであった。だが、その砲弾やミサイルの威力は、人類のそれとは比べ物にならないほど強力だ。

 爆炎と光条が戦場を包み込み、巨獣達の進撃が止まる。しかし次の瞬間、ガイエルの上半身を、蒼白い熱線が直撃した。

 Gの粒子熱線と酷似したエネルギー流である。


“放射熱線砲!! 連続発射!!”


 樋潟司令の思念波が響き、再び蒼白い閃光が伸びてきた。閃光がガイエルの右肩に命中する。右肩に装備されていた長い砲身が、根元から吹き飛んだ。

 一瞬の隙を突いて、右翼からフォートレス・バンガードが突進してきたのだ。

 その船体下部からは、ブルー・バンガードの主砲、放射熱線砲の砲身が突き出ている。

 フォートレス・バンガードの艦首誘導弾、重機関砲が続けて放たれた。ガイエルの装備が、次々と無力化されていく。

 バシノームスを媒体として融合した二隻の戦闘艦は、自在にその兵装を使い分けているようだ。

 武装のほとんどを剝ぎ取られ、ガイエルは膝をついた。


“獲猿隊!! 俺に続け!!”


 弾幕の隙が出来たその刹那を突いて、ファロの思念波が叫ぶ。

 無数の昆虫で再生された機動兵器・十二神将を、強化服パワードスーツとして着込んだ獲猿隊が、はじかれたように飛び出した。

 有線で供給されていたエネルギーを必要としない分、従来の十二神将よりはるかに機動性は高い。コクピットにはカインや加賀谷たち、搭乗者がそのまま残っていて、武装を使い分けていた。

 ファロは、遠距離砲撃型のバサラを着装し、先ほどガイエルがやったのと同じ砲撃を、今度は天使群に向けて放つ。

 インダラを着装しているのは、モンドである。その両手には長めの両刃剣が光っている。

 四つ足獣タイプだったインダラは、ケンタウルスのような形状となり、バサラの切り開いた戦線をこじ開けていく。

 そこに立ちはだかったのは、ダイニエルだ。

 激突したバサラとダイニエルの左右から挟み込むように、高機動型のアンテラとマコラが支援を開始する。

 重戦機型のビカラ、強襲型のメキラ、格闘戦型のクビラは、外側に展開して生き残りの天使恐竜を食い止め、サンテラは水中を移動して魚雷を放つ。

 アニラ、ショウトラはダイニエルの乗騎である丸い奇獣アンゲロスを正面から食い止めていた。

 もともと力不足の感があった機動兵器群であるが、獲猿達の力と生物装甲を得たことで、天使となんとか渡り合えるようになっていた。

 ダイニエルを足止めしたことで膠着した戦線に、バシノームスと一体化したフォートレス・バンガードが突進してくさびを打ち込む。

 その艦首には、生体機獣とでも呼べる存在になったバリオニクスが仁王立ちしていた。

 昆虫装甲で作り上げられたその姿はもう、バリオニクス・屍体カーカスとは呼べない。

 構造色の赤と青、そして黒が織りなす複雑なモザイク模様を持つ外殻。

 ハンミョウに似たそのカラーリングは、まるで一体の巨獣のように輝いて見える。

 その両手の爪には、高周波ナイフの代わりに、ノコギリ状の刃が生えていた。

 バリオニクスは、低い振動音を発して背中の翅を広げ、飛んだ。

 そしてマクスェルに襲い掛かると、その剣を片手で止める。ノコギリ状の爪とマクスェルの片刃剣が激突し、耳障りな音を立てた。

 バリオニクスのもう一方の手が、マクスェルの胴を薙ぎ払う。マクスェルの体は、激しい火花を散らして後方へ弾け飛んだ。だが、後退ったその体には、傷一つついていない。

 金属や生体ならば、ザックリと斬れているはずである。

 通常の物質とは違う存在なのだ。だが、勝負は互角、と言えた。

 最後の一体、コスモエルは、三大巨獣と戦っていた。

 昆虫装甲インセクト・アーマーがとりつき、防御力が更に増したコルディラス、ヘビトンボの幼虫に似た無数の突起を体側に出し、素早さと柔軟性を身に着けたヴァラヌス、そして光学迷彩の能力を持ったまま、透明な翅と鋭い牙を身に着けたバシリスク。

 この三体を同時に相手するのは、高速の天使、コスモエルも苦しそうであった。

 そこに更に、超高速能力を持つガルスガルスが加わり、キングとシーザーまでも参戦した。

 六体もの巨獣の連携攻撃に、コスモエルは反撃のタイミングが見つけられない。

 これならば、充分に勝負になる。

 いや。勝てる。

 皆がそう思った時であった。

 突然、天使たちが硬直した。


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