表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第21章 巨獣黙示録
177/184

21-8 悪魔対天使


 シュラインが後方をちらっと振り返った。

 生体電磁波が入り乱れ、ナノマシンで視界も煙っている。いつの間にか戦線は拡大してしまっていた。Gドラゴニック=紀久子たちと離れてしまったのが痛い。

 人類の兵器がすべて沈黙したことは確認したが、サイボーグであるGドラゴニックはどうなったのか、また全体の戦況がどうなっているのかも把握できないでいた。

 『穴』の破壊方法も不明なままであるのに、無機ナノマシンなどという厄介なシロモノの対策まで考えなくてはならないのだ。

 眼前には、冷凍剣使いのコスモエル。

 たった一体で、ビノドゥロサス=シュラインとキング、シーザーの攻撃をしのいで無傷という状況。コルディラス、ヴァラヌス、バシリスク、バイポラスの四体は、周囲から押し寄せる天使恐竜群を何とか防いでいるが、既に満身創痍だ。アルテミスとステュクスは、上空で支援フェロモンを放出しているようだが、この状況では大した効果は無いようだった。

 ティギエルを始めとした他の五体の天使は、腕組みをしたまま後方に控えている。

 何を考えているか不明だが、彼らが参戦してくれば、シュライン達は一瞬で踏みにじられるであろう。

 そこへ、鈍い羽音を立てて豊川=ダイナスティスが飛んできた。ダイナスティスは、土煙を上げて着地すると、間髪入れずに生体ミサイルを発射した。


“食らえ!! この悪たれ天使ども!!”


 昆虫素体で作られた生体ミサイルは、ナノマシンにも妨害されない。一番近くにいたコスモエルの顔面が爆炎に包まれた。発射された数十発のミサイルは、他の天使の周囲にも連続して着弾していく。だが、すさまじい黒煙が消え去ると、再びアルカイックな笑みを浮かべたコスモエルが姿を現した。あれだけの爆発を間近に受けながら、その体には、わずかな傷も見当たらない。その他の天使たちも、まったくダメージを受けた様子はなかった。


“ず……ずるいよアレ!! 全然効いてないじゃない!!”


 ダイナスティスの中の咲良が思わず叫んだ思念波こえを聞いて、シュラインが驚く。


“高千穂咲良? なぜそこにいる? Gドラゴニックは? 紀久子はどうした?”


“わかんない。おかあさん、私に先に脱出しろって……”


“ちっ……まさか紀久子……”


 シュラインはもう一度Gドラゴニックの方を見やるが、やはり立ち込めるナノマシンと微生物群の影響でまったく感知できない。

 強い不安が胸をよぎる。いざとなれば、あっさり自分を犠牲にして誰かを救おうとする。紀久子がそういう人間だということを、シュラインは痛いほど理解していた。

 天使どもにかまっていて、紀久子を失うなど、シュラインにとって容認できるわけもない。踵を返そうと、身構えたその時、もやの中で何かが動いた。


(まさか……あれがGドラゴニック……いや紀久子か……)


 ゆっくりと姿を現した「それ」は、一見して溶岩の塊のようであった。おおよその形はGと似ていなくもないが、頭部は異様に大きく、腕が長い。

 落ちくぼんだ小さな目は赤い光を放ち、口には針のような牙が無数に植わっていた。そいつが一歩、また一歩と近づいてくる。体表には、ゴカイの棲管にも似た漏斗状の突起が無数に突き出ている。見れば見るほど、もはや巨獣の形を成していないことが分かった。

 Gドラゴニックだったものは、全身を現すとふいに立ち止まった。そして、その裂けたような口が紫の光を放ち始める。見ると、全身の突起からも紫に光が漏れ始めていた。

 それを見て、豊川が慌てて叫んだ。


“やばい!! みんな伏せろ!!”


 光ともエネルギー流とも見えるビームが、数十本、周囲に放たれた。

 紫のビームは、狙いを定めたようにはまるで見えないのに、正確に天使恐竜と天使群に命中した。天使恐竜は一撃で貫かれ、次々と倒れ伏したが、天使たちはこれを難なく受け止めている。

それを理解しているのかいないのか、Gドラゴニックだったものは、ビームを収束し始めた。最初太かったビームは、次第に収束し光の強さを増していく。

 照射されたのは、ほんの十秒にも満たない時間だったが、その間にほとんどの天使恐竜が屠られた。だが、六大天使はそれを武器で、あるいは手で受け止めている。

 どうやら天使たちは、知性を失った肉塊と化したGドラゴニックを、さほどの脅威とは認識していないようであった。

 気づくと、Gドラゴニックだったものの後方に、それと同様の肉塊があと二体、這いずって来ている。

 二体とも、満足に動くこともできない様子であるが、地を這うようにして、こちらに近づいてきている。おそらく、GファブニールとG鳳凰の成れの果てなのだろう。

 その様子を呆れたように見つめていたティギエルが、慇懃な口調で言った。


“ここまでして、我々の救済を拒否するとはな。たしかに戦闘力は上がったようだが……”


 見ると、光線を受け止めた右手は黒焦げになり、ドロドロと溶け始めている。


“だが、しょせんこの程度”


 そう言うと、ティギエルは左手に持つ剣で、右手を肘から斬り落とす。すると、その切り口からは、ほんの数秒で新しい腕が再生してしまった。

 そして、ふいっと身をひるがえすと、両刃剣を正面に振り下ろす。剣から発生した衝撃波は、海水を断ち割り、地面を抉って『Gドラゴニックだったもの』へと到達した。

 鈍い音が響き、『Gドラゴニックだったもの』は吹き飛んだ。棒立ちのまま、二回、三回と転がり、再び靄の中へ押し戻される。

 受けたダメージは分からない。だが、海岸線の形を変えてしまうほどの攻撃を正面から受けて、無事でいられるとは思えなかった。


“おかあさん……ウソでしょ……”


 ダイナスティスの中で、咲良が泣いている。それを慰めるように、豊川は右胸に手を当てた。


“咲良、所長は、おまえをああしたくなかったから、俺に託したんだ。だけど泣くな。まだ……死んだわけじゃない。絶対、所長は俺が助ける”


 ティギエルはふうっとため息をつくと、戦う意思がないことを示すように、軽く両手を広げた。


“……お前たちに良い提案がある”


“提案だと?”


“お前たちは、素晴らしい戦力を持っている。今からでも遅くない。我々とともに永遠の世界を作ろうではないか……”


“永遠がどうした。僕は……データになり果ててまで、生き延びたいとは思わない……”


 呆然としていたはずのシュラインが、最初に答えた。だが、その言葉とは裏腹に、声には覇気が感じられない。


“無駄にするな。お前たちのその命、肉体、そして戦力。すべてが我々にとっては貴重な資源なのだ”


 それを聞いて、シュラインはようやく少し顔を上げた。


“資源……そうか。だから殲滅しないで、嬲るような戦いを続けていたんだな? 僕たちの全力を出し切らせるために……”


“何落ち込んでんだよ!! あんたがそんなでどうする!! まだ、もう一人の咲良たちがいるんだろ? あいつらが『穴』から出てきたら、勝てるんじゃねえのか⁉”


 豊川がシュラインを押しのけて前に出る。


“君たちは敗北している。まだ、それが分からないのか?”


“どういう意味だ? ”


“先ほど、我々の未来予測が狂っただろう? そんな異常事態を、そのまま放置するはずがないだろう”


“未来予測……? ということはまさか……笠椎君が何かやったのか?”


 シュライン=ビノドゥロサスは、はっとした。

 あれが偶然のはずはないと、何故気づかなかったのか。天使どもの演算結果を覆すほどの力。考えてみれば、そんなことが出来るのは、天使たちが『ライブラリ』と呼ぶ『穴』を制御したゼイラニカ=笠椎しかいない。


“大したものだよ。彼は、我々の道具であったはずなのにね……”


 またティギエルが両刃剣で空を切る。すると、その足元の海面に衝撃波の斬撃が走り、水面が割れ、海底が露出した。それどころか、さらにその海底も斬られ、V字型に裂けてしまった。


“そういうことか……”


 シュラインは思わずつぶやいていた。

 海底の地中には、肉色のものが通っていたのだ。切断面にいくつもの肉色の丸いものが見え、そこからがチューブを絞り出すように、ゲル状になって地層の断面からこぼれ出す。

 いつの間にか、ゼイラニカの触手は地中に張り巡らされていた。


“やめろと言ったのに……笠椎……”


“自己進化して対応したのだろう。一度ウイルスプログラムに冒されておきながら、大した勇気だ。だが、我々のライブラリにわずかな誤作動をさせるのが精一杯だったようだな……いくら進化しようと、たかが原住生物……恐れるに足らぬ”


 そう言うとティギエルは右手を前に出し、手のひらをゆっくりと握っていく。


“貴様? 一体何をしている⁉”


 そう叫んだシュラインに、アルテミス=小林から焦ったような思念波が届いた。


“シュライン!! 『穴』が!! 『穴』が割れるぞ!!”


“どういうことだ⁉”


“見ろ!!”


 上空の小林が、アルテミスの精神感応力を使って映像ヴィジョンを送ってきた。

 たしかに、笠椎の守っている『穴』に、白い亀裂が走っている。そして、そこから不思議な光がこぼれ出してきていた。


“ウイルスが効かねば、直接破壊すればいい。わざわざ地下で繋がってくれたからな。防御フィールドを解除するのは簡単だった……”


“やめろぉ!!”


“やめてくれっ!!”


 シュラインと豊川が同時に叫ぶ。

 しかし、ティギエルは右手を握るのをやめなかった。

 手のひらの中の空間が握りつぶされたその瞬間、『穴』は砕け散った。まるで黒曜石で出来たもののように、黒く輝く破片を撒き散らし、それぞれが虹の光を放ちながら、虚空へと消えていく。


“これで、千年の修行とやらに励んでいた偽天使も、いっしょにいた厄介な擬巨獣どもも、消滅、というわけだ”


“く……くそっ!!”


“……ウソでしょ……みんな……”


 ダイナスティスが悔しそうに大地を殴り、咲良が呆然と呟いた。


“残った戦力で勝てる、と思うほどバカでもあるまい。降伏しろ。そうすれば、今消し去った者たちも含め、すべて蘇らせてやる。あの醜い成れの果ても、元通りにな”


“貴様らの支配する、仮想世界で……か?”


“感謝して欲しいものだな? ここまで逆らった種族を、それでもデータとして記録し、たまには戦力として用いてやろうというのだから”


“そしてまた、他の星を侵略する手助けをさせるってわけか”


 シュラインが呟くように言う。その声にはもう、怒りすら残っていないようだ。


“降伏する必要は……ありません!!”


 その時。突然、その場にいた全員の脳に、少年の声が響いた。


“この思念波こえ、笠椎か⁉ どこにいる⁉”


 シュラインが叫んだ次の瞬間。コスモエルの足元から、肉色の何かが噴き出し、一気に包み込んだ。見ると、他の五大天使たちにも、肉色の触手が絡みついている。

 ティギエルが不敵な声で言った。


“ほう。まだ生きていたか。しぶとい。しかし、貴様には殆ど力など残っていない筈……”


“そうだな。僕の命はもう尽きる”


退け!! 笠椎!! 無駄死にするな!!”


 シュラインが叫ぶ。ゼイラニカがいかに変形自在の群体生物であろうと、一度に六体の天使に敵うとは思えない。加勢しようにも、敵と密着したゼイラニカを避けて攻撃のしようがなかった。


“心配してくれるんですか? 僕のような不気味な生物を……”


 天使たちは、うるさそうにゼイラニカの触手をつかもうとしている。だが、ゼイラニカはぬるりとすり抜け、つかませない。


“シュラインさん。あと一分。一分だけ、時間が必要なんです”


“何を言ってるんだ。笠椎? 『穴』はすでに破壊されたんだぞ。今更時間なんか……”


 シュラインは狼狽えた。それに、最初の計算では、咲良たち少女天使が、千年の『修行』を終えるには、まだ五分以上かかるはず。


“信じてください。今から……もうあと五十秒……”


“何を言ってる⁉ どうする気だ⁉”


“シュラインさん……後をお願いします。 沖屋さんに……よろしく”


“笠椎!!”


 一瞬でゼイラニカが凍った。コスモエルがすべての触手に短剣を放ったのだ。


“馬鹿め”


 ティギエルが身じろぎすると、ゼイラニカは粉々に砕け散った。

 他の天使たちも、それぞれの武器や力を用いて、凍り付いたゼイラニカの触手を粉々に破壊する。

 粉雪のように舞い、降り注ぐゼイラニカの破片のひとつを、シュラインは思わずその手で受けた。茶色い。トゲだらけの。符節しかないその手で。


“笠椎……何で……”


 シュラインの思念波こえは震えている。

 先ほど知ったばかりの相手だ。

 大して関りがあったわけではない。その能力を利用できればいいと思っていただけの存在。

 だが……


“もう一度言う……降伏する気になったかね?”


 ティギエルが尊大な口調で言った。


“降伏? まだ、ここに希望があるのに?”


 シュライン=ビノドゥロサスは、右手をぐいと前に突き出した。

 ゼイラニカの……笠椎の破片を受け止めた手だ。

 その思念波こえは、もう震えていない。


“希望などない。この星の生物は愚かだな。滅されなければ分からないのか?”


“愚か、か……それは……こっちのセリフだ!!”


“なんだと?”


“貴様らは、愚かにもこの僕の……世界征服を企んだ悪魔の逆鱗に触れたんだ。覚悟しろ”



***    ***    ***    ***



(あと……三十秒!!)


 シュラインは、コスモエルにまっすぐ飛びかかっていった。

 笠椎の意図は分からない。

 それでも、信じるしか道はなかった。いや、何もなくても構わない。力及ばなくともよい。最後の一瞬まで抗うと、そう決めたのだ。

 ふいっと姿を消すコスモエル。

 空振りしてたたらを踏むシュラインの脇腹に、コスモエルの剣が突き刺さった。


(あと……二十……七秒)


 瞬間的に凍り付き始める脇腹の組織を、刺さった短剣ごと自分の手でえぐり取り、翅を広げて飛んだ。

 バランスが狂う。負傷のせいで、右の筋肉の動きが悪い。

 だが、不規則に飛んだことが幸いしたのか、コスモエルの次の攻撃は当たらなかった。

 空振りしたコスモエルに、ダイナスティスからの生体ミサイルが突き刺さる。だが、それをほとんど意に介さず、コスモエルは空中で一回転して、シュラインに蹴りを放った。


(二十二秒……ッ)


 海面に落下したシュライン=ビノドゥロサスに、ティギエルの両刃剣が振り下ろされる。

 それを、すんでのところでかわすと、入れ替わるようにキングとシーザーがティギエルに襲い掛かった。シュラインは、剣を持つティギエルの腕に狙いを定め、牙を打ち合わせて衝撃波を放つ。

 物理的衝撃が来るとは思っていなかったのか、ティギエルは腕を押さえて下がる。だが追いすがるシュラインの眼前に、再びコスモエルが立ちはだかった。

 とてつもない超スピードである。


(……十五……秒ッ!!)


 姿勢を一気に低くして、二本の鋏角を振り回す。一瞬手ごたえはあったが、浅い。

 そう思った瞬間、ダイナスティスがシュラインを踏み台にしてジャンプした。真上からの不意打ちを、それでもコスモエルは一瞬で避ける。

 だが、これで少し動きが見えた。逃げるコスモエルに追いすがろうと踏み込んだところへ、二度目のティギエルの斬撃が襲い掛かった。


(やばい!!)


 思った時には、両刃剣がシュライン=ビノドゥロサスの胸を、正面から貫いていた。

 白い体液が、霧のように周囲に飛び散る。

 さらに、刺さったままの剣から衝撃波が繰り出された。


(ぐうっ⁉)


 意識が飛びかける。いっそのこと、と群体を解除しようとしたが、何かの力が働いているのか、できない。


(十……秒……)


“おおおおおおおお!!”


 痛みに耐えながら歩を進める。両刃剣が、さらに深く、シュライン=ビノドゥロサスの黒い体を貫いていく。


(あ……と三秒……)


 まだだ。まだ、負けていない。

 右腕を振り上げ、振り下ろそうとしたその時。シュラインの目の前を、白いものが通り過ぎた。


(鳥?)


 それは、一羽の水鳥であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ