表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第21章 巨獣黙示録
176/184

21-7 獲猿隊



「外はどうなっている⁉ 恐竜は消えたのか⁉ 国民は⁉」


 日本国総理大臣、五十嵐勇人は幕僚幹部に向かって怒鳴りつけていた。


「わ……わかりません。現在、ネットはもちろんあらゆる通信が途絶状態です。各メディアもすべてジャックされていまして……天使を啓蒙する内容が繰り返されるばかりです」


「ええい。クソッ!!」


 歯切れの悪い答えに、五十嵐総理は目の前のデスクを殴りつけるしかできなかった。

 総理官邸の地下にある、シェルター内部である。

 午前十時三十八分。恐竜の暴れる無法地帯と化した東京を徒歩で移動し、犠牲を払ってようやくたどり着いた対策本部。第二次巨獣大戦によって巨大樹木に覆われていたことで、東京中心部では大型恐竜が思うように活動できず、多くの市民とともに公共施設に逃げ込むことが出来たのは、あまりに皮肉であった。

 紀久子がGドラゴニックを奪い、勝手に出撃してから、すでに十三時間以上が経過している。

 シェルター内にしつらえた対策本部室には、半数程度の閣僚と自衛隊幹部の主だった者がいた。事実上、今の日本の意思決定機関と言って良いはずだが、外界との通信が途絶した状況では、何の情報を得ることも、また発信することもできないでいたのだ。


「自衛隊は何をしている!! Gドラゴニックが逃げたのなら、撃墜しろと命じたはずだ!! できないなら、恐竜どもを掃討しろ!!」


「お言葉ですが総理!! 当初、天使への無抵抗を命じたのは総理ご自身です!! たとえ戦ったとしても、あれほどの数、しかも神出鬼没の恐竜を相手に勝てるはずが……」


 その時、足早に駆け込んできた者がいた。

 幕僚秘書官の一人である。秘書官は、入ってきたときそのままの勢いで陸幕長の傍へ駆け寄ると、腰をかがめて耳打ちした。


「何? 何だと? MCMOがそんなものを……」


「どうした⁉ 何か情報が入って来たのか⁉」


「はい……それがその……」


「あーもう、めんどくさいわねえ。だから手続きなんかどうでもいいっつったのよ」


 突然、部屋の入り口に現れたのは、長い髪の女性であった。

 MCMOの制式の戦闘服姿の女性は、軍靴を高く鳴らしながら五十嵐総理の前までやって来ると、両足を揃えて敬礼した。

 年齢は不詳だが、顔立ちから四十代といったところか。袖からのぞく二の腕には、軍人らしく鍛え上げられた筋肉が目立つが、すらりと伸びた手足とプロポーションは、まるでモデルのようだ。


「MCMO極東支部所属。雨野いずも少佐。大型異種歩兵部隊・獲猿隊司令として着任しました。日本国総理大臣閣下におかれましては、東京湾上空からの空挺作戦を許可願いたい」


「……か……かくえん隊? 空挺作戦だって?」


「ま、あんたたちは知らないでしょうけど、今、ピンチなのよ。うちの機動兵器も、あんたんとこの機動兵器もね。勝手に戦闘始めておいてなんだけど、正式に部隊を動かすとなるとさすがにね」


「なんで私に直接……あっ」


 五十嵐総理は、そこまで言ってようやくその理由に気付いた。

 一切の通信が途絶したこの状況。日本政府の許可を得るためには、ここまで来るしかないのだ。


「もう口頭でいいから許可を。そしたら、生体電磁波で上空の部隊に指示するから」


 そう言いながら、いずもは自分のこめかみをつんつんとつついた。


「あ……ああ、ああ、わかった。許可……します」


「ご協力感謝します」


 いずもは人懐こい笑みを浮かべて礼を述べると、踵を返した。

 そして一瞬で軍人の顔に戻ると、部屋を退出しながら、虚空に向かってしゃべりだす。


「今、許可をいただいた。そう。そうだ。獲猿隊、降下開始しろ。私はサンと海から行く」


“了解。雨野司令”


 いずもの思念波を受けたのは、獲猿族の戦士、隊長のファロであった。

 その隣でサムズアップしたのは、副隊長のモンド。

 戦闘空域のさらに上空一万メートル。大型輸送機・メガプテラⅡの格納庫内部である。滞空しているメガプテラⅡは六機。そのすべてに獲猿族が二体ずつ収容されていた。

 二十年前、白銀の巨獣・王龍姫から分離した「再生細胞塊」からは、王龍が過去に吸収した者が多数救出された。紀久子やG鳳凰に乗るジャンとその母、戦艦オルキヌスに搭乗していたMCMOメンバーなどだが、同時に多くの獲猿族も救出された。

 彼らの存在は公開され、人類と同等の権利を持つ高等種族として、国際社会にその存在を認知された。また、男たちはその体格と高い知能を買われ、MCMOの対巨獣戦闘部隊として就職することになったのである。


“再確認するぞ。作戦目的は機動兵器部隊の救助だ。地上ではナノマシンによって、あらゆる金属が劣化、腐食している。頼れるのは、ハイセラミックの装甲と手持ち武器だけだ。三人一組で敵に当たれ。油断するなよ!!”


“応!!”


“まかせろ!!”


“行くぜ!!”


 いくつもの意識が、ファロに返ってくる

 

“では、降下開始!!”


 メガプテラⅡの後部ハッチが開き、モスグリーンの鎧を身にまとった獲猿達が次々に飛び出してきた。どの個体も身長十メートル以上、背中に負っているのは、超大型のパラシュートだ。

 すべての装備の主要部分は、もともと強化プラスチックになっている。ナノマシンの影響は最低限で済むはずだ。

 最後に飛び出してきたのは、ひときわ巨大な体躯の持ち主である。

 その鎧は黒基調の迷彩で、他の戦士と体型も著しく異なり、一見して四つ足獣のようなフォルムをしていた。

 カイだ。ニホンザルの巨獣・サンとカイもまた、この獲猿隊のメンバーとなっていたのである。

 高度一万メートルを自由落下し、地表から三百メートル地点でパラシュートを開く。

 人間の降下部隊なら、そのまま地上へ着陸するが、獲猿達はさらに地上百メートル地点でパラシュートを分離し、そこから自分の足で着地する。

 その気圧差と衝撃に耐え、着地点を把握し、タイミングを図る必要がある作戦だが、強靭な肉体を誇る獲猿達はもちろん、カイもこれを難なくこなした。


「な……何だ?」


 死の覚悟を決めていたウィリアム艦長は、目の前で起きたことが信じられなかった。

 平均身長十五メートルの装甲歩兵が、フォートレス・バンガードの周囲に次々と飛び降りてきたのだ。

 彼らは巨大なアーミーナイフや斧状の武器を手に、天使恐竜と戦い始めた。


「ようやく、来てくれたようですね。間に合わないかと思いましたよ」


 ほっとした表情で微笑んだのは、樋潟幸四郎である。


「彼らは……?」


「MCMOの戦闘部隊、獲猿隊です」


 その時、湾岸倉庫群からも立ち上がる影があった。

 獲猿達より小柄なその影は、アイボリーベースの迷彩装甲を身に付け、自分の倍ほどもある長い棒を携えている。

 カイと同じ、ニホンザルの変異巨獣・サンであった。

 サンは全身から海水を滴らせている。その背後の海面には、大きなうねりと泡が沸き立つ。どうやら巨大な何かが潜んでいて、それが彼らを運んできたようであった。


“珠夢ちゃん!! どっかにいるんでしょ⁉ 応答して!!”


 それは、紀久子にとっても聞き覚えのある思念波こえであった。サンの胸部には、人の乗るスペースがあり、そこには二十年前と同じように、雨野いずもが搭乗しているのだ。


“雨野さん⁉ 来てくれたんですか? 珠夢ちゃんたちは、敵の群に突っ込んで……”


“おキクさん!! どこへ突っ込んだの? 距離と方角は⁉”


“そこから十時の方向!! 距離は二千!!”


“了解!! 行くよ!! サン!!”


 サンは棒を振り回しながら、天使恐竜の群へ突進した。黒く長い棒は、ナノカーボン繊維製だ。ナノマシンに触れても腐食される心配はない。

 棒には電流でも流れているのか、一撃でも受けた恐竜は次々に動かなくなっていく。

 サンが進んでいくと、黒い鎧のカイが合流してきた。カイは、ハイセラミックの装甲に覆われた拳を周囲の天使恐竜に叩き込んで、次々と屠っていく。

 大小二体の巨獣が、肩を並べて進撃を始めると、殺戮の速度は倍加した。カイが見事な体捌きで敵の攻撃を避けつつ、天使恐竜を引き倒すと、そこへサンがとどめを刺す。あるいは背後から襲ってきた天使恐竜を、サンが宙返りしてかわし、そこへカイが走り込んで致命の打撃を腹に叩きこむ。

 二体のコンビネーションで斃された天使恐竜は、わずかな時間で十数体にも登った。

 獲猿隊の活躍で、擱座したGドラゴニックの周りからも、敵の気配が消えていく。

 シュライン達、巨獣や擬巨獣の姿は、ナノマシンや微生物で白く煙る大気に阻まれ、見えなくなっていた。天使たちの守る『穴』へ向かって突出し、距離も開いていく。戦線は次第に広がりつつあった。


(雨野さん……珠夢ちゃんたちを、お願いします)


 そう裡でつぶやくと、紀久子は肉声で咲良に置話しかけた。


「咲良……あなた、Gドラゴニックから分離しなさい」


 金属を腐食していく天使の無機ナノマシンは、すでにコクピット周辺にまで及んでいる。

 先ほどまで鳴り響いていた非常警報も、ナノマシンの浸食によって途絶えてしまった。

 紀久子は、周囲の機器を手で触ってみる。強化プラスチックやセラミックの部品は硬いままだが、それを接続している金属製の鋲や端子は、もう素手で崩れるほどもろくなり始めていた。

 このまま放置すれば、Gドラゴニックの機械構造部分はすべて崩壊するだろう。そして、咲良の宿る生体部分は……


“出来ないよ!! どうやってやればいいか分かんないし、それに、お母さんはどうするの!!”


「私は大丈夫。あなたのあとで、すぐ脱出するから。豊川君!! 聞こえるよね? 咲良をそっちに移動できない⁉」


 紀久子は、Gドラゴニックを支えてくれている豊川=ダイナスティスに向かって言った。


“そりゃまあ、俺は今、擬巨獣の核だし、咲良が念ずれば生体間の移動は簡単でしょうけど……”


「じゃあすぐにお願い。咲良、早く行って。あなたの無事を見届けないと、私も脱出できないよ?」


“わ……わかった”


 ダイナスティスが手を当てると、Gドラゴニックの生体部分がわずかに光を放ち、紀久子の周囲から咲良の気配が消えた。


“お母さん!! 私はこっちに来た!! 早く逃げて!!”


 すぐに咲良の思念波が、ダイナスティスから聞こえてくる。


“そう、よかった。豊川君、すぐにシュラインさんのところへ。ナノマシンを防ぐ力が強いエリアに固まっていないと、あなたたちも危ないよ”


“は……はい……”


 急かされるように飛び立ったダイナスティスの中で、咲良が悲鳴のような声を上げた。


“お母さん? 何言ってるの? 早く脱出してよ!!”


“私は大丈夫。早く行きなさい”


 そう告げると、紀久子は大きくため息をついた。

 ダイナスティスの姿は、数秒で視界から消えた。それとほぼ同時に、コクピットの周囲から嫌な音が響き始めていた。

 Gドラゴニックの生体部分が、ゆっくりとうねりだす。

 明らかに、これまでとは違う動きだ。

 機械部分を失い、咲良の意思を失って、増殖能力を制御できなくなった細胞が、暴走を始めたのだ。失われた栄養と、自分に欠けている器官を求めて。

 おそらく、真っ先に犠牲となるのが自分自身であろうことは分かっていた。

 その時、咲良の意思がG細胞に宿っていたら、咲良は母を殺すことになってしまう。それが、咲良を分離させた大きな理由だった。

 咲良と違って、紀久子は天使の能力を持たない。二十年前、伏見明が同化した時は、彼自身がG細胞を持っていた。だが、今の紀久子は、生体電磁波を操れるというだけの、ただの人間だ。暴走を始めたG細胞に同化されてしまえば、紀久子の意識が残ることはないだろうことも、予想はついていた。


(ごめんね。咲良。でも、これ以外にあなたを助ける方法も、奴らを倒す方法も思いつかなかったの……)


 紀久子には、G細胞が欲している欠損器官、つまり脳がある。内臓がある。四肢がある。

 それを吸収したG細胞は、拡大増幅して補完するだろう。つまり、Gドラゴニックは完全体のGとなって復活する可能性がある。

 紀久子には、そうなる覚悟が出来ていた。

 ハッチが吹き飛び、外気が流れ込んでくる。紀久子は僅かにためらった。今、ここから飛び降りれば、万に一つ、G細胞に呑み込まれず、助かるかも知れない。だが、それをやれば、Gの完全復活はならないだろう。

 割れたハッチの向こうに、G鳳凰とGファブニールが地に伏しているのが見えた。ジャンとオットーはどうしたのか、姿は見えない。

 うまく脱出していて欲しい、と紀久子は思った。

 戦うのは、自分ひとりでいいのだ。むしろ、G細胞で出来た別個体がいれば、理性を失った自分が、それを敵とみなしてしまう可能性すらある。

 急速に盛り上がったG細胞の塊が、紀久子の上に影を落とした。

 紀久子は、大きく息をつくと目をつぶった。恐怖心がない、といえばウソになる。

 だがそれ以上に、ほっとしている自分がいた。

 一人で戦うことは、Gドラゴニック出撃時から覚悟していたことなのだ。あの日、明とまどかに置いてきぼりにされたことへの、復讐の気持ちも、少なからずあったのだ。


(明君。今度こそ、そっちに行くよ)


 そう裡でつぶやくと、紀久子は目を開けた。急速に膨れ上がり、迫りくるG細胞の塊が、紀久子の視野を埋め尽くしていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ