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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第21章 巨獣黙示録
173/184

21-4 奮迅



「擬装外板、完全剥離まで、あと約三十秒です!!」


 オペレータからの報告を受けて、艦長席のウィリアム教授が立ち上がった。


「これより本艦は、シュラインの要請に応じ、六大天使と天使恐竜を撃滅する。プラズマジェネレータ始動!!」


「プラズマジェネレータ始動!!」


「サブフライホイール起動します!!」


「スタータシステム、オールグリーン!!」


 ウィリアム艦長の声を受けて、機関員たちが状況報告する。


「プラズマジェネレータ!! 出力十三パーセント!!」


「フォートレス・バンガード!! 発進!!」


 その時。最後の擬装外板が剥がれ落ち、暗かった艦橋に、外部からの光が差し込んだ。

 照らし出された乗組員クルー達の顔は、緊張に満ちている。その顔ぶれのほとんどは、旧ブルー・バンガードの乗組員クルーと同じであった。

 MCMOの兵器実験場メガフロートは、その中で秘密裏に大型戦艦を建造していた。

  『フォートレス・バンガード』。

 ウィリアム教授は、MCMOも日本政府も欺き、海底研究所シートピア時代の人脈と私財をフルに使って、この最新鋭艦を作り上げたのだ。

 全長、約五百メートル。戦闘潜水艦ブルー・バンガードの設計思想を踏襲した巨大艦であった。

 ブルー・バンガードと比較して、甲板は平たく広い。その甲板上にはバリオニクス・カーカスと、バサラ、インダラが、砲を構えて四方を睨んでいる。

 三体とも外装と駆動系、兵装以外は装備していない。尾に当たる部分がケーブルとなって甲板とつながっており、そこから駆動エネルギーを得ているらしい。

 日輪、迅雷、烈火の三機は、海上をホバー走行しつつ並走していた。


「聞いちゃあいたが……なんてもん造ったんだあの人は」


 迅雷の北斗が、思わず呆れたような声を上げる。

 ウィリアム教授は、数えきれないほどの特許を持ち、世界有数の資産家として名を連ねている。とはいえ、たしかにこれは、個人で建造するには度を越していた。


“世界征服の企みでもあったんですかねえ?”


 珠夢の思念波は、呆れを通り越したのか、妙に冷静だ。


“いや、まあ、兵器ヲタクの夢みたいなもんだからな”


 苦笑交じりの干田の思念波には、しかしどこか憧れのようなものが感じられた。


“接近する天使がいます!! 二時の方向!! 距離八千!!”


 海上で激戦を繰り広げている六大天使の中から、一体だけが離れ、こちらへ向かって真っすぐ迫って来ていた。

 珠夢の思念波に答えたのは、ウィリアム教授であった。


“捉えている。こちらに任せてもらおう。面舵四十度!! 左舷砲門すべて開け!! 発射!!”


 五百メートルの巨体が、意外にも高速で舵を切る。

 珠夢達、三機の自衛隊機は、フォートレス・バンガードから距離をとった。

 片刃剣を振りかざし、フォートレス・バンガードに向かってきていたのは、赤い衣装をまとったマクスェルである。

 一斉砲撃が炸裂した。

 砲撃はマクスェルの顔面に集中して着弾し、不意を打たれる形となったのか、さしものオリジナル天使も、そのまま後方へ転倒する。


「よし!! 取り舵二十!! 天使軍中央に向けてミサイル……」


 ウィリアム艦長が叫びかけた瞬間、轟音とともに、船体に強い衝撃が走った。艦橋に何人かの悲鳴が響く。甲板上の三体の機動兵器も、わずかによろめくほどの衝撃であった。


「何が起きている⁉」


「海中から攻撃です!! 船体直下に、巨大生物を確認!!」


 オペレーションシートの女性が、ウィリアム艦長を振り向いて叫ぶ。

 メインモニターに映し出された姿を見て、ウィリアム艦長は思わず呻いた。ぐねぐねと左右にうねりながら、迫ってくる個体は、まるで巨大なヘビのように見えたからだ。

 だが、時たまオール状のヒレが視界を横切ることで、それがヘビなどではなく、異常に長い体を持つ海生爬虫類だと推測できた。

 他の天使恐竜と同じく、白か金色の体表を持っているようだが、海底の蒼に染まって水色に映っている。巨体の先端部にはワニのような顔がついていて、どうやら滄竜モササウルスの特徴を備えていることが分かった。

 二百メートルクラスと見える巨大なそのモササウルスは、その顎が上下左右に分かれている。そして、四つに大きく開いた口にずらりと並んだ牙を、船体へ叩きつけてきた。


「全魚雷管緊急装填!! 順次発射!! 同時に海中戦用意!! 十二神将・サンテラを緊急分離!!」


 ウィリアム艦長の命令が飛ぶ。

 船体下部にあたる発射口から、魚雷が数発発射された。その発射口を中心に流線型の亀裂が入ったように見えた次の瞬間。船体下部の一区画が、本体から分離し、海中へと滑り出した。

 分離した船体は、海中で細長く変形していく。ジェネレータの排気口が現れ、折りたたまれていたマニピュレータやアンテナらしき突起が展開した。

 二十メートル級潜水型機動兵器、十二神将タイプの機動兵器サンテラ。二十年前、チーム・ドラゴンが搭乗していたリヴァイアサンと同系統の機動兵器である。

 サンテラは、まるで生き物のように機体を左右にくねらせ、天使滄竜モササウルスへ向かった。そして、右前方へ向けて数発の魚雷を発射した。魚雷は弧を描いて天使滄竜モササウルスの左後方から襲いかかる。サンテラは、そのまま正面から天使滄竜モササウルスに迫った。

 挟み撃ちにされた格好の天使滄竜に、一瞬の迷いが生じた。

 その隙を逃さず、サンテラの口に当たる部分から、小型魚雷が連続して発射された。魚雷は吹き矢のように天使滄竜モササウルスの白い皮膚に突き刺さっていく。天使滄竜モササウルスが、鬱陶しそうに体を激しく左右に振り、刺さった魚雷を振り払おうとした次の瞬間、魚雷の刺さった部分が内側から膨れ上がった。

 白い皮膚が、一瞬で風船のように丸くふくらみ、その周囲の海水が凍り付いていく。天使滄竜は、海中でクジラのような甲高い声を上げた。

 液体窒素弾頭を応用した、対巨獣戦用機巧冷凍弾である。

 徹甲弾頭で皮膚を貫通し、その内部に海水と小型液体窒素ボンベを同時に送り込む。ボンベは相手の体内で破裂し、気化するのだ。体積の膨れ上がった窒素は、巨獣の体組織を破壊し、周囲の海水は凍り付いて相手の行動を妨害する。

 全身に、凍り付いた瘤状の肉塊をぶら下げ、水中で動きが鈍くなった天使滄竜を、とどめの魚雷が襲った。

 轟音と衝撃波。先ほどより激しい叫びと破裂音が海中に響き、複数の肉塊に裂けた天使滄竜は、赤黒い血を撒き散らして海底へと沈んでいった。

 だが、フォートレス・バンガードのソナーは、海底からさらに浮上してくる複数の影を捉えていた。


「海底に敵巨獣群!! 数は……十体以上!!」


 蒼い海底から迫る影。その影たちが天使滄竜モササウルスの肉塊に噛みつき、引きちぎり、飲み込む様子がモニターに映し出された。

 ウィリアム艦長は、ギリっと歯を鳴らした。基本的に、戦艦にとって艦底は死角である。十体となると、サンテラ一体では厳しい。

 ウィリアム教授の決断は早かった。


「面舵二十!! イオンドライブ航法スタンバイ!! 全艦離水準備!!」


 サンテラは、再び船体にドッキングした。


無誘導対潜アスロックミサイル発射!!」


 艦尾部分から発射口が現れ、十数基のミサイルが弧を描いて海中へと落下していった。

 ややあって、爆発の衝撃が船底に伝わってくると、ウィリアム艦長は、さらなる命令を発した。


主帆メインセイル展開!! イオンドライブ出力上げ!!」


 両舷のメインエンジンから、後方へ向けて青白い炎が噴き出し、船体は次第に加速していく。

 そして、フォートレス・バンガードの船体表面から、数本の突起が伸び始めた。

 突起は、一見、短めのマストのようであるが、上面だけでなく左右の舷側と船底からも突き出ている。

 その突起の先端が蒼く輝くと、先端から船体に向けて、弧状に光の帯が発生した。


「イオンシステム臨界!! 離水します!!」


「フォートレス・バンガード!! 離水!!」


 更に速度が上がる。フォートレス・バンガードは、艦首を五度ほど上に向け、空中へ浮かび上がった。

 その行く手を阻むように群がってくる飛行型の天使恐竜たち。後方からは、赤い天使、マクスェルが迫る。海面には、取り逃がした獲物に悔しがるかのように、様々な海生爬虫類タイプの天使巨獣が飛沫をあげていた。

 天使滄竜モササウルスを瞬殺したことで、よほど警戒されたのであろう。天使以外の戦力は、ほとんどがフォートレス・バンガードに向かってきているようであった。

 少女天使たちへの援護としては、充分な働きだ。


“あの天使……ヤツはバリオニクスに任せてくれ”


 羽田の思念波が届く。

 それが、マクスェルのことであるのは、聞くまでもない。


“お願いする。羽田司令”


 ウィリアム艦長はそう思念波を送ると、全艦へ向けて命令を発した。


「機動白兵戦用意!! 全機動兵器は、戦闘態勢!!」


 艦の表面にいくつもの亀裂が走り、水中型のサンテラ以外、十一体の機動兵器・十二神将すべてが船体から分離し、天使恐竜群への砲撃を開始した。

 機動兵器は、どれも制式採用の十二神将型と比較すると簡易型のようであった。そして、どれも尾や脚部で艦とつながっていて、そこからエネルギーを得ている。

 すべて、試作一号機として作られ、バリオニクスと同じく廃棄処分が決定していた機体なのだ。

 それを改造し、艦と一体化させることで、そのまま艦の兵装として運用している。外部からエネルギー供給されることによって軽量化され、弾薬は次々と船体から供給されるため、弾切れの心配はなかった。

 砲撃をかいくぐって接近してきた天使恐竜たちを、十二神将たちは格闘モードで屠っていく。

 続いて、艦首に開いた砲口に、内側から蒼い光が放たれ始めた。

 艦首重粒子砲である。

 その照準は、敵天使軍の首魁と思われる、ティギエルを捉えていた。


「艦首重粒子砲、発射!!」


 ウィリアム艦長の声と同時に、Gの粒子熱線と酷似した光が、真直ぐに敵陣を貫いていった。



***    ***    ***    ***



 黒い鎧となった少女天使たち、そして擬巨獣群は、スピードもパワーも数段アップしたように見えた。だが、オリジナルの六大天使の動きは、それをさらに上回っていた。

 黄金のティギエルが剣を携え、ゆり=ゼリエルとメイ=ダイニエルの間を一瞬ですり抜けた、とみるや、二人は声も発さずに、黒い体液を噴き出して崩れ落ちる。


“クソッ!! 強すぎる!!”


 その動きを押さえようと、シュライン=ビノドゥロサスが、ティギエルに向かって体当たりを敢行したが、ティギエルは片手でその突進を止めた。そして、もう片方の手に持った黄金の剣で、シュライン=ビノドゥロサスの右顎を叩き折った。


“無駄だ。シュライン……といったか。我々は、お前のことを高く評価していたのだがね……”


 ティギエルの閉じていた瞼が、いつの間にか開いている。

 柔らかな落ち着いた声。あり得ないほど整った顔立ち。その表情、声は、これまで何度か人類と接触してきた、あの天使であるに間違いなかった。

 シュラインは、顎を折られた激痛に耐えながら、ティギエルを睨みつけた。


“へ……へえ。天使様が僕のような小物の名をご存じとは……随分念入りに下調べしたんだね”


“謙遜するな。お前が二十年前の大戦を引き起こしたシュラインだということは分かっている。Gを利用し、地球生命のすべてを統一しようとしたことは、間違っていない……”


“もちろんだとも。僕も自分が間違っていたとは思っちゃあいない。生命の究極の在り方として、一つの正解だと、今でもそう思っているよ”


“ならば、何故、そちら側にいる? お前なら我々の為そうとしていることも、理解できるはずだ”


“生命のすべてをデータ化するって話か? それとも、すべての個別意識パーソナルデータを維持したまま、永遠に保存するって話か?”


“その両方だ。我々は、この星の環境データもすべて取得した。仮想世界でシミュレートし続ければ、住む者にとっては生き続けているのと何ら変わりない。この星が消滅しようと、生き続けられるのだぞ?”


“変わりない? 変わりないなんてことがあるものか。データはデータだ。生命は、生きていてこそ生命なんだよ!!”


 シュライン=ビノドゥロサスの黒い前翅が大きく開き、中から羽音を発して一メートルクラスの甲虫が無数に飛び出した。甲虫はティギエルの周囲に滞空し、順番に体当たりして巨大な炎を上げ始める。その威力はすさまじく、直接受けたティギエルの右手甲は吹き飛んだ。

 生体爆薬を仕込んだ分身。いわば生体ミサイルなのだ。

 だが、そこまでだった。ティギエルは一瞬怯んだ様子を見せたものの、すぐに両手を打ち振り、戦闘機様の二体の飛行ユニット「告死天使アズラエル」を動かした。

 告死天使アズラエルは、ティギエルの左右に展開すると、二体同時に虹色に輝いた、とみるや、滞空していた甲虫はすべて空中で爆散してしまったのだ。


“……なるほど。こうやって時間稼ぎをしている、というわけか”


 ティギエルが酷薄な笑みを浮かべて言う。


“……何のことだ? 時間稼ぎなどして何になる……”


“とぼけなくてもいい。なかなか面白い目くらましだったが……すべての偽天使のデザインが黒、というのは、見え見えだな”


 ティギエルは、海面に倒れ伏していたダイニエルにいきなり斬りつけた。

 ダイニエルは、悲鳴すら上げずに真っ二つに割かれ、噴き出した黒い体液が宙に舞う。

そして、まるで煙か雲のように周囲に漂い散った。それと同時にダイニエルの体も融け崩れ、空中へと霧散し始める。

 ダイニエルの形を作っていたのは、小昆虫の群であったのだ。


“抜け殻、というわけだな。「ゼイラニカ」といったか? あの群体生物。アレを使って、偽天使どもを情報球ライブラリへ送り込んだのだろう?”


“ちっ……気づいてやがったか”


 シュラインは、思わずつぶやいていた。

 情報球ライブラリというのは、どうやらあの、「穴」のことを指すらしい。確かに、あらゆる情報を詰め込んだ球、という見方もできる。


“『こどく』とは、即ち『蟲毒』。情報球ライブラリの中で偽天使どもを戦わせ、時間を加速させて、戦力アップを図る……というわけだ”


 奮戦している黒い少女天使たち、そして擬巨獣たちは、シュラインが昆虫群体を操っていただけであった。


“お粗末だったな。だが、本来は、見破るまでもないのだ。すべてのデータは採り終えた、と言ったはずだ。今、ここにこうしているお前たちのデータも採り終えている。つまり、我々の情報球の中でこの場面もシミュレートされているのだからな”


“なるほど……じゃあ、僕が稼ぐべき時間もお見通しってわけか”


“あと約三十分。といったところか? いくら演算速度をあげても、情報球の中で、我々に勝つほどの戦力を身に付けるには、最低でもそれくらいかかる”


“そこまでバレてちゃあ……打つ手なし、だな”


 シュラインは、ついに脚を曲げ、膝をついた。体から、急速に力が抜けていくのが分かる。これまでの戦闘の疲労が、一気に襲ってきたのだ。折られた右顎からも、大量の白い体液が流れ出し、体も維持できなくなりつつあった。

 黒い少女天使たちも、次々に敗れ、数を減らしていた。


“この宇宙すべての事象は、メヴィエルの中にある。メヴィエルの意思であるルーアハこそが神。そして私は、その代理執行者であるのだよ”


“……くそくらえ”


 ティギエルが悠々とシュラインに近づき、両刃剣を高々と振りかざす。


(結局……僕は役に立たなかったね……)


 シュラインが、真っ二つになるのを覚悟したその時。

 蒼白い光条が、空を裂いてティギエルを直撃した。

 光条は、剣を持ち振りかぶったその右腕を貫いていた。剣が宙を舞い、不意を打たれたティギエルが驚愕の声を上げる。


“何だこれは⁉ こんな未来は、見えなかったぞ⁉”


 ダメージはほとんど無さそうであったが、目に見えて動揺している。

 ティギエルが睨んだ先には、目の覚めるような蒼色の巨大戦艦・フォートレス・バンガードが空中を突き進んできていた。



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