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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第21章 巨獣黙示録
171/184

21-2 偽りの勝利


“センパイ!! 豊川センパイ!! 返事してよ!!”


 ハワイ沖の海上。

 咲良=Gドラゴニックが、豊川=ダイナスティスを両腕で抱えて叫んでいる。


“う……咲良か……おまえ、無事か?”


“『無事か?』じゃない!! センパイの方がヤバかったんだよ⁉ もう少しで、ナノマシンに分解されちゃうとこだったんだから!!”


 咲良の思念波からは、今にも泣きだしそうな雰囲気が伝わってくる。

 そのことを、豊川は妙に嬉しく感じながら、大きく息をついた。漆黒の装甲に覆われた腹部が上下するのを感じる。どうやら、擬巨獣ダイナスティスとなった自分の呼吸孔は脇腹にあるようであった。


“そうだ……あの、黒いGドラゴニック……は?”


「あそこ。Gファブニールと戦ってる」


 紀久子が言う。

 豊川=ダイナスティスが身を起こすと、戦艦のように海に浮かぶ、機動兵器が見えた。三百メートルクラスと見える巨大な機動兵器は、長い首を振り回し、口から光弾を、背中から追尾弾ミサイルを周囲にばら撒いている。

 黒いGドラゴニックは、海面を疾駆し、それを巧みに避けていた。時折放たれる蒼白い熱線は、残った追尾弾を撃ち落としつつ、機動兵器にも向けられているが、光弾と水飛沫で防がれている。激しい戦闘ではあるが、双方が決定的ダメージを与えているようには、見えなかった。

 ふと気づくと、灰色グレイ・グーの霧に覆われていた空が、ほんの一部だけ、夕刻の太陽を映した赤へと変わっている。驚いて見上げると、まだ蒼の残る直上の空には、大きく翼を広げた鳥のようなシルエットが滞空していた。

 それを怪訝そうに見た豊川に、咲良が教える。


G鳳凰フェニックス……中国軍のGサイバネティクスだって”


 気を失っていた豊川=ダイナスティスには、どうしてグレイ・グーが消えたのかはわからない。ただ、空の色を取り戻したのは、どうやらそのG鳳凰であるらしいことだけは分かった。


“所長……すみません。もう大丈夫です”


 豊川=ダイナスティスは、紀久子に向けて思念波を飛ばすと、身を起こした。

 立ち上がると、足元でサンゴ礁が崩れていく。そうしてみて、初めてそこがサンゴで出来た小さな無人島だと気づいた。


「やつらのナノマシンをこちらが制御しきれば、私たちの勝ち。日本近海の戦いが、心配ではあるけど……」


 安心させようとしているのだろうが、紀久子の思念波からは、不安と恐怖が伝わってきている。

 グレイ・グーを駆逐できる可能性がある、とはいえ、まだこの領域だけのことだ。水平線には、灰色の霧が深く垂れ込めて見える。

 そして、いまだ健在な黒いGドラゴニック。

 戦況は、どちらに傾いているとも言えないようであった。


“センパイはここで待ってて。私たち、加勢してくる”


 ダイナスティスをサンゴ礁に横たえると、Gドラゴニックは、黄金の骨翼を伸ばし、天を睨んだ。


“待て。俺も行く。もう大丈夫だ。”


 短くそう告げると、ダイナスティスは半透明の翅を広げ、それを震わせ始める。

 空気を叩く音が少しずつ激しく、高くなり、甲高いモーター音のようになった途端、黒い巨体はふわりと浮いた。


“わかった。あたしは、ナノマシンを駆逐する。センパイは、Gファブニールを援護して”


“了解だ”


 二体は、左右に分かれて飛んだ。

 ダイナスティスの向かう先には、海面スレスレを飛ぶ、黒いGドラゴニックがいた。

 Gファブニールの放った誘導弾に追われ、接近してくるダイナスティスに気づかなかった黒いGドラゴニックは、いきなり横っ面を殴り飛ばされ、海に叩きつけられた。


“な……何……ッ⁉”


 狼狽えた様子の思念波は、タロット大統領のものだったが、ダイナスティスに躊躇する様子は一切ない。追いすがって連撃を叩き込み、横腹を蹴り上げた。

 激しい飛沫を上げて、海面を滑っていく黒いGドラゴニック。無人島に激突してようやく止まり、なんとか立ち上がろうとするその目の前に降り立つと、更にダイナスティスは拳をぶつけていく。

顔面、腹部、胸部、脇の下、人体であれば急所に当たる部分を、正確に打ち抜かれ、黒いGドラゴニックは、その場に膝をついた。


”いーいアシストだ!! とどめは任せな!! パンツァーシュツルム!!”


 オットーの思念波と同時に、そこへ襲い掛かる無数の誘導弾。Gファブニールの放ったものだ。その時にはもう、ダイナスティスは飛び去っていた。

 黒煙と炎に包まれ、黒いGドラゴニックを覆っていた装甲は、ほとんどが四散した。

 巨大な水しぶきを上げて倒れ込む、黒いGドラゴニック。

 それは、ほんの一呼吸の間に起きた出来事であった。


 咲良=GドラゴニックはG鳳凰の横に浮かぶと、黄金の骨翼を広げ、ありったけのディクテーターを放出した。

 大型ナノマシンであるディクテーターは、あらゆるナノマシンを作り替え、制御してしまう。

 ミクロサイズであるだけに、可動部分がむき出しのナノマシンにとって、構造に直接関与してくるディクテーターは、天敵ともいえる存在であった。

 それは、体内に入り込んだ細菌を駆逐していく白血球にも似た存在である。いや、改造されたナノマシンが味方になっていく分、白血球以上といえた。

 先にG鳳凰フェニックスが放っていたディクテーターは、Gドラゴニックのポテンシャルの七倍以上あったが、北米を覆い尽くすほどに増えてしまったグレイ・グーが押し寄せ、包み込もうとする勢いが、わずかに上回っていた。

 空を回復したとはいえ、G鳳凰が逆に押し切られるのも、時間の問題、という場面だったのだ。

 そこへ、追加で放たれたGドラゴニックのディクテーターが、その力関係を崩した。グレイ・グーの侵蝕が止まり、少しずつではあるが押し返し始めたのだ。


“松尾さん、ありがとうございます!! あと少し遅かったら、ヤバかった”


“え? 私を知っていらっしゃるの?”


“やだなあ。忘れたんですか? ジャンです。あ、あの時は違う名前だったか。王龍姫の中で一緒に戦ったじゃないですか”


“まさか、あなた……ジャンってお名前は……”


“ジャン=獲猿フォユェン。ベン=シャンモンの息子ですよ”


 親し気な口調である。咲良が、戦場であることを忘れたように、紀久子に問いかけた。


“何々? このお兄さん、知ってる人なの?”


 紀久子は、ようやく気付いた。

 二十年前、あの第二次巨獣大戦の最終決戦で、紀久子は、五代まどかとともに、鬼王を構成する不定形生命体・ヒュドラに取り込まれ、王龍姫と呼ばれた白銀の巨獣となって戦った。

 その時、ヒュドラを統合する意思として語りかけてきた者たちがいた。彼らは、はるか昔からヒュドラに取り込まれ続けてきた、獲猿という人間の亜種だったのだ。

 王龍姫の残したバイオボールから紀久子が再生された時、多くの獲猿族もまた再生された。あの時、その中に淡い髪の少年が、たしかにいた。


“そうだったの……”


“お母さん、一人で納得してないで、教えてよ”


 咲良が騒いでいるが、紀久子は何も答えなかった。

 彼の父親、ベン=シャンモンは、元MCMOの総司令にして、擬巨獣群を操り、人類を支配下に置こうとした反逆者であったことを、思い出したのだ。

 ジャンが種族名をファミリーネームにしているのは、そういう理由もあるのかも知れない。

 たぶん、反逆者の子として、人間以外の血を引く者として、苦労したに違いない。そう思うと、言葉が出なかった。

 紀久子が二十年前の戦いを、走馬灯のように思い出していたその時、ジャンが妙な声を上げた。


“なんだコレ⁉ 奴ら……何を企んでる??”


 その言葉の意味は、紀久子にも理解できた。

 グレイ・グーによる抵抗が、いきなり消失したのだ。

 手のひらで押し合っていたのが、いきなり肩透かしされたような感触である。押し込んできていた敵のナノマシンだけでなく、ディクテーターに操られていたこちら側のナノマシン群までも、いきなり力を失って空に舞った。

 灰色の霧に覆われ霞んでいた水平線が、上部から瞬く間にクリアになっていく。

 まるで何かで拭い去られたかのように、唐突に真っ赤な太陽が戻ってきた。


“勝った……? でも、どうしたの……これ……お母さん?”


 咲良=Gドラゴニックが呟く。

 だが、紀久子もジャンも、何も答えることが出来なかった。



***    ***    ***    ***



“何コレ⁉ やだ!!”


 灯里=コスモエルが口元に手を当て、心底気味が悪そうに飛び退る。


“ま……待って!! そんな態度とらないで!! 彼は……笠椎君は、私たちを助けて、この戦いを終わらせてくれたんだから!!”


 巨大な肉塊=ゼイラニカとともに、『穴』から這い出してきたのは、赤黒い鎧をまとった天使、ゆり=ゼリエルであった。


“ゆり!! 無事だったの⁉ はやくそいつから離れて!!”


 悠=マクスェルがゼリエルの手を取って、無理やり引き離した。

 用心深く身構えたまま、シュラインが尋ねる。


“この醜い不定形生物が戦いを終わらせた、だって? どういうことだい?”


“シュラインさん、言い方!! 彼は笠椎君。たしかにヒルの擬巨獣で、ゼイラニカって呼ばれた生物兵器だけど、ちゃんと人間の心を持ってる、私たちの仲間なんです!!”


 必死で説明するゆり=ゼリエルの様子を見ても、シュラインは警戒態勢を崩そうとはしない。


“その『穴』の状態は、異常だ。僕の推測では、『穴』には、これまで天使どもがデータ化した『世界』が、無数に詰まっていたはずだが……”


“その通りです。それらを、僕はすべて同化しました”


 ゼイラニカがすいっと伸ばした触手状の体組織に、シュラインが符節を触れさせた。


“なるほど。データ上での同化……つまり、本当に君は、天使軍を滅ぼした……といっていいようだね”


“そう!! そうなんです!! あたし達、あの中で千年以上も戦ってきたんだよ⁉”


 ゆり=ゼリエルは、ほっとしたように、何度もうなずいたが、今度は咲良=ティギエルが首を傾げる。


“せ……千年……? そんなこと出来るの? ていうか、あんたいくつよ?”


“え……えーと、その……あたしもそんなの分かんないよ。ねえ、笠椎君?”


 説明に詰まったゆり=ゼリエルは、ほんの二秒ほど両手をふわふわと動かして説明を試みたが、結局それを放棄してゼイラニカの方を向いた。


“演算速度を加速させれば、時間は圧縮できるんです。『穴』にあった、一千近い数の世界。それを一つ一つ僕が侵食し、沖夜さんと鬼王が調整しました……大丈夫、もう、この『穴』は、完全に僕の制御下です”


 その時、咲良=ティギエルが空を仰ぎ、『声』をあげた。


“お母さん? お母さんだよね⁉ 無事⁉ もう一人のあたしは?”


 咲良は遥か数千キロ離れたハワイ沖からの、紀久子の思念波をキャッチしたのだ。

 それは、『穴』が力を失ったことによる影響もあったのだろう。親子であったがゆえに、できたことかもしれなかった。


“こっちは勝ったよ!! それどころか突然、グレイ・グーの抵抗が無くなったんだけど……あんたたち、何かやったの?”


 紀久子の思念波は、咲良によって中継され、全員に届いた。

 少女天使たちから歓声が上がる。悠=マクスェルとヨッコ=ネクサセル、ノエルは三人でハイタッチし、巨大ダンゴムシに乗ったメイ=ダイニエルに灯里=コスモエルと瑚夏=ガイエルが抱きついた。

 しかし、その様子を横目で見ながら、ライヒ=タイタヌスと守里=ルカヌスは、攻撃姿勢を崩さないでいた。


“やはり子供だな。まだ、こいつらの始末が残っているというのに……”


 見据える先には、たった今まで戦っていた相手、黄金のティギエルと天使化した恐竜たち、そして天使化したGがいる。

 だが、それらは体表の輝きを失い、互いに身を守るかのように固まって動かない。

 彼等のエネルギー源となっていた『穴』が、この不定形生物・ゼイラニカによって無力化されたのだとすれば、戦いの趨勢は決したと見てよさそうであった。


“あれ? そういえばジーランたちは? 鬼王はこの世界に戻ってないの?”


 ゆり=ゼリエルが、ふと気づいて言った。

 そういえば、『穴』の中ではずっと隣にいたはずの、芹沢の姿もない。


“ああ……そのことだけど……”


 笠椎=ゼイラニカが何か言おうとしたその時。


“全員、伏せろ!!”


 強力な思念波が響き、一条の光が迸った。

 光はうずくまる黄金のティギエルに、まっすぐ向かい、直撃、と見えた次の瞬間、寸前で激しい光を発した。

 爆発、と見えた光は、爆風も熱も発しなかった。その代わりに、黄金のティギエルと天使化したGを包み込み、二体を輝かせ始めた。

 光はドーム状にその領域を広げていく。その領域が、横たわる天使恐竜に至ると、その遺体を強い光に変えて、ティギエルと天使化したGに送っているようだ。


“このエネルギー……やはり、バックアップを取っていたってことか……”


 目もくらむような光の中で、ただ一体、まっすぐ睨みつけているのは、シュライン=ビノドゥロサスである。さっきの強烈な思念波も、シュラインのそれであった。


“シュラインさん……どういうこと? あたしたち、勝ったんじゃなかったの?”


 咲良=ティギエルがふわりと飛んで、シュラインの横に並ぶ。


“勝ったさ。たぶん、奴らが想像もしなかった方法……生体兵器による物理的侵蝕でね。でも、例えば君は、自分のパソコンをバックアップデータもとらないで、ネットに接続するのかい?”


“え……えーと……あたし取ってないけど……”


“うん。あたしも”


“あ、あたし一応、宿題のデータは別にしてる”


 口々に間抜けな感想を言い出した少女天使たちに、シュラインは大げさにため息をついて見せた。


“ふうう……まあ、端末を使う際の鉄則だから、今後は気を付けるんだね。今後ってヤツがあれば……だけど“


 シュラインがそう言う間に、まばゆい光は急速に収まり、あの『穴』が再びそこに現れていた。


“ていうか、つまりもう一回、あの『穴』を塞がなくちゃいけないってこと⁉”


 もはやうんざり、といった様子で声を上げた、ゆり=ゼリエルをちらっと振り向いたシュラインは、頭を振った。


“いや……それで済むならまだ――”


 言いかけたその時、その脇をすり抜けるように、伸びていったものがあった。

 ゼイラニカの触手である。


“何度でもやりますよ!! そうしなくちゃ、僕たちの世界は消されてしまうんでしょう⁉”


“ダメだ!! 退け!!”


 笠椎=ゼイラニカの思念波に、シュラインが被せるように叫び、信じられない速さで大顎を振るった。

 ゼイラニカの触手が、ぷっつりと切られる。だが、その時にはもう、触手は新しい『穴』に達していた。


”シュラインさん⁉ どうして邪魔をするんです?“


 食って掛かる笠椎=ゼイラニカに、シュラインが『穴』を見るように促す。


“バカ。見てみろ!!”


“ひっ……”


 息をのんだのは、悠=マクスェルであった。

 『穴』に触れたゼイラニカの触手が、一瞬で枯れ枝のように乾き、海面に落下したからである。シュラインの切断が、もう一瞬遅かったら、本体も無事で済まなかったかも知れない。


“一度システムをやられたんだ。もう一度送り込んでくるからには、対抗策くらいあると思ったが……ワクチンプログラム、なんてレベルではなさそうだな……”


 シュライン=ビノドゥロサスが後退りする。

 完全に輝きを取り戻したティギエルの横に、他の五天使が空中から顕現する。

 天使化したGの周囲には、大型の天使恐竜たちが数体揃い、天に向かって鈴の音のような金属質の咆哮をあげた。



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