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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第21章 巨獣黙示録
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21-1 苦戦


“いったいどうなったんだよ⁉ 俺たちはこれからどうすりゃいい?”


 狼狽えたような思念波が、アスカたちに届いた。

 アスカの乗るバリオニクス、そして、自衛隊所属の三機の機動兵器は、平たいメガフロートの上に集結している。MCMOの兵器試験場であるメガフロートは、千葉沖から移動してきたものだが、今は動きを止めていた。

 そして、鈍い灰色の巨大蛾・ステュクスと、純白の巨大蛾・アルテミスは、その上空で円を描くように飛んでいる。

 思念波は、その巨大蛾・アルテミスと同化した小林のものであった。


「焦るんじゃないよ!! あのシュラインがここで待てって言ったんだ。出番はあるさ!!」


 アスカは声に出してそう言った。

 すでに、アスカたちもメクラアブを受け取り、自身の肉体に新型のシュライン細胞を植え付けている。よって、生体電磁波は発しているはずなのだが、どうも感覚的に会話を思考するというのはなじめなかった。


“こんなところで待っていてどうなる? 俺たちはもう戦力不足だ、とでも言いたいんじゃないのか?”


 その口惜しげな思念波は、機動兵器・烈火に乗る干田茂朗だ。


“いえ。そうではないでしょう。もし、彼らが倒された場合の保険として、我々の戦力を温存すべき、という意味だと思います”


 答えたのは、日輪に乗る広藤珠夢であった。

 メガフロート上に集結し、シュライン達、擬巨獣群と少女天使たちを追おうとした彼らを、シュラインは強い意志で彼らを止めた。だが、その思念波に軽侮の念は感じられなかった。


“無数の昆虫を味方につけ、擬巨獣と天使の力、そして人間の意志を持つ彼らが、敵わないような相手だとして……我々が勝てるとも思えませんけどね”


 そう言ったのは、迅雷に乗る石瀬北斗であった。


“いや。俺はもともと、このバリオニクス・カーカスだけで、天使と天使恐竜をすべて殲滅するつもりだった。戦力として劣るとは思わん”


 ほぼ骨組みだけの、赤錆びた機動兵器を、羽田はバリオニクス・屍体カーカスと呼んでいた。

 たしかに、外装どころか、兵装も通信装置も、ジェネレータすら無い機体は『屍体カーカス』の名に相応しい。

 長く伸びた尻尾がメガフロートの表面に突き刺さっている。どうやら、この赤錆びたバリオニクスは、そこから供給された電力で動いているようであった。

 羽田たちは、そんな機体バリオニクス一機で、最新の機動兵器群をすべて屠ったのだ。虚勢を張っているだけ、とは思えなかった。


“だけど……俺たちはまだ、一度も天使と直接戦ってねえんだ、もし奴らに物理攻撃が通じなかったら……”


 小林のつぶやくような思念波は、不安そうであった。


“今更そんな心配をしてどうする”


 答えたのは、樋潟総司令であった。

 その「声」は、メガフロートの内部から発している。そして背後に感じる、多くの人々の思念波。バリオニクスの武器庫でありエネルギー源でもあるメガフロートには、まだ何かの秘密が隠されているようであった。


“俺たちは、出来ることを精いっぱいやるだけだ。そのための準備を今、やっている。もうしばらく待て”


“小林。奴らと俺たち、焦ってるのはどっちだと思う?”


 加賀谷の「声」が呼び掛けた。


“……どういう意味だよ?”


“六大天使を乗っ取られ、昆虫群に天使恐竜群を抑え込まれ、せっかく乗っ取った機動兵器群は全滅……ジリ貧なのは、天使の方だぜ。考えても見ろ。そもそも物理攻撃が通じないやつらが、機動兵器を乗っ取ろうとか考えるかよ?”


“そうか……そうだな……”


“勝ち負けは分かんねえ。けど、やる前から臆病風に吹かれるな。お前らしくないぜ?”


 加賀谷の思念波こえは、不思議に落ち着いている。

 このメガフロートの中で、彼らが何を準備しているのか、小林は敢えて聞いていない。

 何故なら、少なからず恐怖心があったからだ。ここまでインフレーションした戦いの場に、人類の科学など、何の役にも立たないのではないかと。

 だがその恐怖は、今は薄れつつある。


(勝てなくても、歯が立たなくても、やれることをやる。そうだった。俺たちはずっとそうしてきたんだもんな……)


 アルテミスの目を通して見る遥かな水平線には、黄金の天使とシュライン達の、戦いの火花が散っていた。



***    ***    ***    ***



“ゆり!! ゆりーーーッ!!”


 エンマコオロギの鎧を身に付けた、咲良=ティギエルが、必死で『穴』に攻撃している。

 穴を守っているのは、黄金の鎧をまとったティギエルと、天使のデコレーションを施されたGだ。 

 その二体に従うのは、数十体の巨大化した天使恐竜群である。

 天使恐竜は、数こそ減ったが、その強さは何倍にもなったようであった。神々しい光を放ちながら、穴を守る黄金の異形たち。

 それに対して咲良=ティギエルの振るう両刃剣は、輝きを失い、黒く煤けて見えた。

 剣だけではない。昆虫が集合して形成されたその装甲も、今やあちこちが削れ、ボロボロになっている。それは、他の少女天使たちも、またシュライン=ビノドゥロサス率いる擬巨獣群も同様であった。


“彼らが『穴』に飛び込んで、すでに三分……やはり無理だったか――”


 シュラインが、呟くような思念波を漏らす。もともと確証あっての作戦ではなかった。未知の敵、エネルギー切れ、戦力不足。八方ふさがりの状況下で、他に事態打開の方策を思いつかなかっただけだ。ダメだったからといって、次善策も逃げ先もない。


“何言ってんの!! ゆりを見捨てるつもり⁉ あの子はあんたを信じて突っ込んでったんだよ⁉”


 灯里=コスモエルが怒りの思念波こえをぶつけてきた。


“そもそも、この作戦がダメだったからといって、プランBがあるわけでもなかろう? なら、とことん沖夜ゆりとチーム・カイワンの三人を信じて、覚悟を決めろ!!”


ライヒ=タイタヌスが、二体の天使恐竜を組み伏せつつ言う。


“それに、こいつら最初よりずいぶん弱くなってるよ!! もしかしたら勝てるかも……”


 瑚夏=ガイエルは、少し離れた場所から砲撃をかけている。

 顔面から腹部にかけて数十発が着弾し、天使化したGは高い声を上げてのけ反った。

 たしかに敵の動きが鈍い。

 最初の数分、『穴』を守るティギエルと天使化したGは、こちらの動きをすべて予測しているかのようであった。すべての攻撃を防ぎ切り、的確に反撃してくるため、まるで勝てる気がしなかったのだ。しかし、少し前から急にこちらの攻撃が当たり始めている。


“……いや、それでも奴らの方が強いか……”


 シュライン=ビノドゥロサスは、呻いた。

 攻撃はヒットしている。だが、あまり効果は見られないのだ。瑚夏=ガイエルの長距離砲は、派手に炸裂して見えるが、それで斃れる天使恐竜はいないようだ。むろん、接近戦を続ける他の少女天使たちも、苦戦している。

 天使化したGは、何度も剣や衝撃波を食らっているが、そのたびに平気な顔で立ち上がる。その体表は白と金に輝き、まったくダメージなど受けていないように見える。その上、背ビレから伸びた触手のようなものを『穴』に突き刺し、そこからエネルギーを供給されているようだ。

 黄金のティギエルは、何体かの少女天使を一度に相手しているが、悠=マクスェル渾身の超振動を受けても、咲良=ティギエルの音響斬撃の直撃を食らっても、その黄金の鎧には傷一つついていなかった。

 このままでは、遠からず力尽きるのはこちらの方である。

 シュラインの読みが正しければ、この『穴』は、天使どもが過去に呑み込んだ無数の世界と、今の地球の現実をつなぐ装置だ。そこに蓄えられたエネルギーも、データも、無限に近いに違いない。つまり、敵は何度斃しても再生されてくる可能性がある。

 北アメリカを飲み込んだナノマシン=グレイ・グーも、何らかの形で『穴』とつながっているとみて間違いないだろう。だとすると、いくら紀久子がGドラゴニックで制御したとしても、この『穴』を何とかしなくては、こちらに勝ちはない。


(『穴』に飛び込んだ、沖夜ってあの子と、三体の擬巨獣が唯一の希望だな。彼らがネットワークの内側にバグを発生させてくれれば、『穴』をふさぐチャンスもある……そう思ったんだが……)


 これは博打だ。しかも、分の良い賭けではない。

 だが、この『穴』を無力化するために出来ることはもうなかった。


(たぶん、天使やつらは恒星間を渡り歩く情報生命体だね。見つけた生命体をすべてナノマシン化し、バイオネットワークのチップとして使って、仮想現実を作り出す……さらにその生命体のデータも『穴』のデータとして取り込み、侵略完了って流れか)


 そんなことをして何になるのか、とは思わなかった。連中の意図は理解できる。できてしまう。過去、シュライン自身にも、同じような野望があったからだ。


(完全にコントロールできる、何度でもやり直しのきく、永遠不滅の平和な世界の創造……と考えることもできるんだろうな。以前の僕なら、魅力を感じてしまったかもしれない……)


 だが、今のシュラインは、人間たちが、そしてそれを取り巻く無数の生物たちが紡ぎ出していくこの世界の流れを、現実の世界で見守りたいと思っている。

 たとえ、滅びが約束されていようとも、悠久の時の果て、いずれは虚無に還る運命だとしても、それが、彼ら自身が選び目指した結果なら、ともに従う覚悟であった。


“きゃあっ⁉”


 先頭で戦っていた咲良=ティギエルが、天使化したGの尻尾を背後から食らって吹き飛んだのだ。

 その一撃をきっかけに、一気に形勢が傾いた。

 手薄になった途端。黄金のティギエルが、悠=マクスェルの右腕を斬り落とす。

 天使化したGの発射した熱線が、ネクサセルとノエルをとらえ、二人はかばい合いながら海面を転がった。

 彼女たちを助けようと割って入ったライヒ=タイタヌスは、黄金のティギエルの斬撃を真横から受け、体液を噴き出した。


“この!!”


 瑚夏=ガイエルが、両腕から機銃に似た兵器を出して乱射する。

 銃弾の雨が、天使化したGを正面から襲った。だがGは、まったく意に介する様子もなく、倒れた咲良=ティギエルに向かって歩を進めていく。とどめを刺すつもりなのだ。

 メイ=ダイニエルも、横合いから自分の乗る巨大ダンゴムシごとぶつかっていくが、軽くいなされて転倒した。


“だめぇっ!! 逃げて咲良!!”


 天使化したGの牙は、口からはみ出すほど長い。首筋まで裂けたかと思うほど大きく開いた口が、咲良=ティギエルの喉元をとらえようとしたその時。

 凄まじい衝撃音とともに、天使化したGは横向きに倒れ、巨大な水しぶきを上げた。何かがGの横っ面に攻撃を加えたのだ。


“何? 何? 何があったの⁉”


 灯里=コスモエルが、周囲をキョロキョロ見回して声を上げた。

 ティギエルの背後に浮かぶ真っ黒な『穴』。そこから何か強い力が発射されたのだ。

 天使化したGは、立ち上がろうともがいているが、なかなか果たせずにいる。よく見ると側頭部がそれとわかるほど大きくへこみ、透明な体液が滴っていた。

 全員があっけにとられた表情で『穴』を見る。


“見て!! 『穴』の色が……っ⁉”


 瑚夏=ガイエルが叫んだ。

 明らかに『穴』の色が変わっている。闇のような黒から、次第に灰色が差し、どんどん薄くなっていく。

 そしてそれに呼応するように、黄金のティギエルと天使化したGの動きが、目に見えて鈍くなった。


“どうしたんだ? こいつら、再生が遅いぞ!!”


 守里=ルカヌスが、Gの側頭部の傷を指す。確かに遅い。回復が始まっていないわけではないが、これまでのようなスピードで修復されたりはしていないのは明白だ。

 天使化したGは、ようやく立ち上がり、『穴』から離れて身構えた。そこへ横からライヒ=タイタヌスの体当たりを受け、巨大な飛沫を上げて海中に没する。

 『穴』の周囲を守っていた天使恐竜たちも、怯えたように後退っていく。心なしか体表の輝きも鈍くなったようであった。


“勝てる……だが、何が起こった?”


 とうとう、全体が薄い灰白色に変化してしまった『穴』は、質感もただの球のようになった。そして、全体が灰白色に変わったと思われた次の瞬間、何の前触れもなく落下した。


“う……わ……キモッ!!”


 一番『穴』の近くにいた悠=マクスェルが、何を見たのか慌てて飛び退る。

 斬られた腕のダメージを忘れるほどに、衝撃的なものを見てしまったようだ。

 『穴』そのものが、ウネウネと波打っている。いや、正確には『穴』の表面をうねるその波は、一つ一つが蠕動運動しているようであった。まるで、灰白色をした無数の小さな何かに『穴』が食いつくされていくように。


“コレ何……? ゆりはどうしたのよ⁉”


 メイ=ダイニエルが、自分の操る巨大なダンゴムシの上に立って、『穴』の方を見る。

 力を失った様子の敵は、攻撃してくる様子はない。全員の注意が『穴』に向けられた。


“どういうことだ⁉ 予定通り『穴』は、無力化できたのか?”


 傷口から白い煙を上げながら問う、ライヒ=タイタヌスに、初めて聞く『声』が答えた。


“『穴』は……いや、『穴』の中に存在した世界は、すべて僕が同化しました”


“同化……だと? 貴様は一体何だ? 味方なのか⁉”


“……僕はゼイラニカ……人類の創り出した生体兵器です”


 その思念波こえを発するモノは、まるで『穴』の表面から湧き出すように、ずるずるとこの世界に顕現してきた。



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