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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第20章 フラグメント
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20-6 フローズン・アイズ



鬼王カイワン……おまえ、鬼王なんだろ? いや、ネモっつった方がいいのか? こんなとこで会うなんてなあ……」


 ジーランはそう言いながら、懐かし気に黄金竜の頬に触れた。

 黄金竜の方もおとなしく目を細め、されるがままになっている。その不思議な光景に、思わずゆりは聞いた。


「ジーラン……その竜……カイワンっていうの? もしかして、知り合い?」


「まあな。俺は、仲間とともにコイツに乗って戦ったことがある……ま、そん時ゃあ竜じゃなかったがな。『鬼王』は腔腸動物ベースの生体サイボーグだったから……」


「ちょっと何言ってるか分かんない。サイボーグってどうゆうこと? それにコーチョー動物って……?」


「腔腸動物ってのは、まあ、平たく言えばクラゲの仲間ってことさ。俺もスズメバチだったのが、この世界じゃ人間だろ? ありようが違うってだけさ。本質は同じなんだ」


「ますます分かりませんよ。乗って戦ったって……クラゲに? それ、いったいどこで、何とです? 僕たちの世界には、こんな怪物、出現したことはなかったはずです」


「僕たちの世界……か……本当にそう思うか?」


 ジーランは笠椎をじっと見つめると、意味深な聞き方をした。


「ど……どういう意味です?」


 笠椎は、ジーランの視線に少し怯んだように、一歩下がる。

 ジーランは片頬に皮肉な笑みを浮かべたると、笠椎から目をそらした。


「まあいい。今は、コイツを助けて、あのふざけた王様に一発食らわせてやるのが先だ」


「助ける?」


 ゆりが聞いた。先ほどの戦闘で、黄金竜にダメージがあったようには見えなかったが、どこかケガでもしたのだろうか。

 その怪訝そうな表情に、ジーランは少し悲しげに目を伏せ、長剣を一閃させた。


「見ろ」


 周囲の草むらが一瞬で斬り払われ、隠れていた竜の後半身が露になる。ゆるくとぐろを巻いている、と思っていたその足元を見た時、ゆりは思わず声を上げた。


「何これ……酷い……」


 二つの後足、そしてしっぽの根元と思われる部分には、金属製の杭が打ち込まれていたのだ。周囲の地面には、傷口から流れ出た血液が、まだ固まりきらずに溜まっている。

 腐りかけた血肉の臭いに惹かれて集まったであろう無数のハエが、周囲を一斉に飛び回り始めた。

 いったい、どのくらいこの場所に打ち付けられていたのだろうか。暴れて脱出しようとしたのか、傷口は痛々しく広がり、壊死した白い肉には無数のウジが群がっている。


「何でこんなこと……」


「こいつが逃げないように、だろうな。異界からの『勇者』が殺してくれるまで」


 目を逸らしつつ言ったジーランに、笠椎が質問した。


「こんなことが出来るなら、どうして僕たちに依頼したんです? 自分たちで殺せばいいじゃないですか」


「それはまだ分からんが……異世界人にやらせることそのものに、意味があるのかも知れんな……」


「そっか。つまり……生贄みたいなもの?」


 そう言ったゆりには答えず、ジーランは黄金竜の後足を縫い留めている金属の杭に手をかけた。


「少し痛むだろうが……我慢してくれよ?」


 杭は直径二十センチはある。ジーランはそれを、前後にゆすり始めた。最初は微動だにしなかった杭だが、真っ赤な顔で数回体当たりするうちに、ようやく杭はグラグラと動き出す。


「て……手伝います」


 笠椎は背の高い草をかき分けるように進み、もう片方の杭を押し始めたが、杭はびくともしなかった。それもそうであろう。数十メートルクラスの黄金竜が暴れても抜けなかった杭だ。

 ジーランが苦労しつつも動かせたのは、その人間離れしたパワーのなせる業なのだろう。何度か体当たりした笠椎だったが、ついに足を滑らせて転倒した。

 苦笑いしつつ立ち上がろうとした笠椎は、自分のいた空間を何かが横切ったのを見て表情を凍らせた。振り向くと、一本の白い矢が地面に突き刺さっていて、矢の刺さった泥のあたりから、一筋の煙が出ている。


「ちっ!! 伏せろ!!」


 次の瞬間、ジーランは笠椎の首根っこをつかんで引きずり寄せた。それと同時に、矢が刺さっていた地面が爆発する。


「な……ななな何???」


「伏せろっつってんだろ!!」


 何が起きたか分からず右往左往するゆりを、ジーランは容赦なく足払いで転倒させ、そのまま窪地を囲む岩山の麓へと跳躍した。その間にも、何本もの矢がジーランを狙って飛来する。

 相手との距離は百メートル程度。だが、ゴロゴロと岩が積み重なってできた地面に、直径数メートルはある岩がいくつも行く手を遮っている。ジーランはその跳躍力で岩の上を跳び、常人であれば、数十秒はかかるであろう距離を、一瞬で詰めた。そして一番大きな岩に飛び乗ると、その陰にいた連中に襲い掛かった。



 数十秒後、ジーランは地面に転がった男たちを見下ろしていた。


けてきてやがったか。用心深い王様だぜ」


 襲ってきたのは、防具も身に着けていない、普通の村人といった風情の数人の男たちであった。ジーランは銀色のスーツを器用に上半身だけ脱ぎ、その布で彼らを縛り上げた。銀色のスーツはかなり伸縮性に富んでいるようで、素手はもちろん刃物を用いても切れそうにない。


「王様? だってこの人たち、兵士っぽくないよ?」


 ゆりが不思議そうに眉根を寄せて聞く。


「こうなった場合に言い訳ができるように、村人の格好させてんだ。な? そうだろ?」


 リーダーと思しき恰幅の良い男は、ジーランに小突かれながらも、目を逸らしたまま黙っている。黙秘を貫くつもりらしいが、その態度で、むしろゆりはジーランの言葉が正しいことを理解した。


「何で俺たちに、コイツを殺させようとした?」


 ジーランは黄金竜を指して問い詰めた。

 だが、男たちはますます頑なに口をつぐみ、目を合わせようともしない。


「だんまりか。じゃあ、こんなのはどうだ?」


 ジーランはポケットから何かを取り出した。それを見た瞬間、男たちの顔色が変わる。


「やめろ!! 貴様、異世界人のくせに、何でそんなものを持っている!?」


「昨夜、城の中を探検させてもらったんでね。使い方も分かるぜ?」


「ジーラン……何それ?」


「ああ、これ? 爆弾」


「ば……爆弾って……」


 こともなげに言い放たれて、ゆりは絶句した。


「心配すんな。あくまで拷問用で、威力は大したことない。中身は激辛香辛料が入ってるだけだ。近寄るだけでも、数日は目を開けられなくなるレベルらしいけどな。時限式になってて、ここをこうして……」


 ジーランは、その小さなカプセル状の爆弾を、器用にいじると、襲ってきた男たちの足元に置いた。


「やめろ!! わ……わかった!! 言う。言うからそいつを止めてくれ!! そ、その竜は、荒れ地を森に戻す力を持ってるんだ……だが、森が回復した今、いつまでも生きていられては……困るのだ……」


「それで始末しようとしたってわけか。後ろ足を杭で止めてあったのも、ウロウロされないためだな? 動物殺されてあんだけ怒るんじゃ、せっかくの森の恵みを利用できないもんな」


「……やむを得んのだ。この世界では、木々のある森は貴重だから……」


「どうせ、お前らが伐採したからじゃねえのか!? じゃあ、どうして自分らで殺さなかった⁉ 異世界から召喚してまで俺たちにやらせようとした⁉」


「聖なる竜を殺せば祟りがある!! その者だけでなく、家族……縁者……じわじわと犠牲者は増え、国が亡ぶ!!」


 怒気をはらんだ声で叫び返した男に、ジーランは呆れ顔で返した。


「馬鹿かお前ら? そんな迷信のために、わざわざ異世界から人間を呼んだってのか?」


「迷信ではない!! 隣国ルカイスはそれで滅んだ!! そのクランケン・シュヴェステルは最後の一頭……三頭目なんだ」


 男はそう言ってうなだれた。表情から察するに、決してその行為が正しいとは思っていないようだ。

 手を縛られたもう一人の若者が、おずおずと口を開く。


「二十年前、この国はモンスターが跋扈する、見渡す限りの荒野だった。三頭の黄金竜がやって来るまでは……竜のおかげで森が復活し、草が生え始め、作物も勢いを増した。だが、竜は飼い馴らせない。森を人間が利用することも許さない。そのためには……」


「……殺すのも仕方ないってか? 反吐が出るぜ。じゃあ最後の質問だ。なんで俺たちがコイツと戦う前にモンスターをけしかけた?」


 それを聞いて、男たちは口々に声を上げ、首を振って否定した。


「違う!! あれは俺たちじゃない!!」


「そうだ!! あんな化け物、初めて見る!! そもそもこの山のモンスターは、クランケン・シュヴェステルが、全部斃したはず……っ⁉」


 そこまで言って、男は絶句した。

 その顔には恐怖が張り付き、視線はジーランの肩越しに、背後にそびえる岩山を見つめている。

 同じ方角を見た、他の男たちも、同様に凝固した。


「ったく……他にも敵がいるってことか」


 軽くため息をついて立ち上がったジーランは、背中の長剣を抜き放つと、男の向けた視線の先を眺めた。


「予想通り……いや。ちょっと数が多いかな……」


 岩山の頂上あたりに、蠢く影があった。

 見覚えのあるシルエットは、先ほど斃したハサミムシである。それ以外にもダンゴムシ、ナメクジ、そしてサソリやヤスデのような、地を這う巨大生物、数十頭の群が、雪崩のごとく押し寄せてきていたのだ。


「だが、これで確信できたぜ。お前が操ってんだな? あいつらを」


 やりとりを呆然と見ていたゆりは、ジーランが剣を突き付けた相手を見て仰天した。

 それは、いまだ尻もちをついた状態のまま、無言でジーランたちのやりとりを見ていた笠椎だったのだ。


「な……何でそんなこと……」


 突然剣を向けられて、笠椎は口元をゆがめて笑おうとした。しかし、その表情はどうしても笑顔にはなってくれない。


「ちょ……ちょっとジーラン。そんなわけないじゃない。だって、笠椎君は私のクラスメイトで……」


「ゆり、悪いがあの世界での記憶は、当てにならねえんだ。こいつはな、俺がこの世界の仕組みについて説明した時、理解が早すぎたんだ……よっ!!」


 長剣が一閃する。笠椎の喉元を狙って水平に振られた剣は、まるで笠椎の喉をすり抜けたように空を切った。外したのではない。笠椎が必要最低限の動きで、襲ってきた刃を避けたのだ。


「いい反応だ。やっぱりお前、天使の手先か?」


「いやだなあ……今のは偶然ですよ。仲間に斬りかかるなんて、ジーランさんの方がおかしいんじゃないです?」


「ままま……待ってよ!! あたし、何が何だか分かんないよっ!!」


 ゆりが二人の間に割って入る。

 王様の裏切りに、迫りくるモンスター群。さらに突然の仲間割れである。展開を理解していないわけではなかったが、気持ちがついていかないのだ。


「あいつらを止めろ」


 ジーランは笠椎を睨みつけたまま、くいっとモンスター群をあごで指す。


「知らないって言ってるで……しょおおっ!!」


 声が裏返った。笠椎の表情が一変し、ジーランが突き付けている長剣の刀身を素手で無造作に握り、驚くべき力で押し返す。

 凍りついたような冷たい目と、動かない笑みを張り付けた口元。ついさっきまでの、優し気な面影は一片もない。


「くっ……この力……やっぱ貴様、普通じゃねえな?」


 常人離れしたパワーを持つジーランが力を込めても、剣はびくともしない。


「あんたに言われたくないね。だけど、そうさ。僕はもともとは人間じゃない。あの世界に転生させてもらえたから、人間になれたんだ」


 凶悪な表情に、ほんの僅か、悲しみの影が差す。

 巨大生物たちの立てる地響きは、ますます近づいてきていた。


「何で、ここまで正体を隠してた? ゆりを殺すだけならいつでも出来ただろ?」


「そういう担当なのさ。僕は、沖夜ゆりの正体を見極める役。予想通り、彼女には天使が『混ざって』いたからね。それに、同時に入り込んだ分身六体と、君のようなイレギュラーもあぶりだす必要がある。単純に殺せばいいってもんじゃないんだ」


「ぐうッ!! こんちくしょうッ!!」


 ジーランは唸り声をあげた。むき出しの上腕の筋肉が盛り上がる。さらに力を込めたようだが、笠椎は涼しい顔で立っているだけだ。


「あんたのパワーは見せてもらったからね。大体、たった一人でどうする気だったんだい? ていうか、何度死ねば学習するのかな?」


「……何だと?」


「君を最初に殺してあげたのは僕なんだよ。忘れちゃった? ていうか、あん時は人間じゃなかったし、一個体でもなかったから分かんなくて当然か」


「てめえ……まさか……」


「笠椎君……な……何それ?」


 おろおろしながら二人のやり取りを見ていたゆりは、思わず声を上げていた。笠椎の口元から、ぬるりと透明な液体が滲みだしてきたのだ。

 その時、黄金竜が、何かに気づいたように顔を上げた。激しく甲高い噴気音が顔のあたりから聞こえ、長い尻尾の先端が小刻みに震えて泥をはね飛ばす。

 ジーランも、鋭い目で竜と同じ方角にらんだ。


「あいつまで来たってか」


 黄金竜の見つめていたのは、森の端。先ほどイノシシの親子が叩き潰された、大きく地面の抉られた場所である。

 そこに佇んでいたのは、見覚えのある黒ずくめの人影であった。




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