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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第19章 GONG
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19-6 The Brave



“えーと……何これ?”


 ゼリエル=ゆりが、手のひらを見て不思議そうに呟く。

 手の色が黒っぽく変わり始めているのだ。周囲に下りてきた黒い竜巻の尻尾は、思ったより薄く、ちょっと黒い霧が掛かったように見えただけだ。

 シュラインは脅すようなことを言ったが、色が変わるくらいどうということはない……そう思った瞬間、ゆりのとなりにいたガイエル=瑚夏が悲鳴を上げた


“きゃああああああ!! コレ虫だよ!! 虫ッ!!”


 ガイエルは他の天使よりも、周囲の探査能力に秀でているらしい。

 周囲を覆った黒っぽい霧が、無数の昆虫の群であることに、いち早く気づいたのだ。

 天使達の身長は、四十メートルから六十メートルくらいと差があったが、昆虫が認識できないくらいの大きさであることに変わりはない。

 ちょうど、人間にとってのゾウリムシくらいのサイズであろうか。目を凝らしたからといって見えるものではないが、もともと特殊能力を付加されてでもいるのか、少女天使達は、それをリアルに認識することが出来た。


“ひゃあああ!! やだやだやだ!!”


“どんどんまとわりついてくるよッ!!”


“何かむずがゆい!! 中にまで入ってきてる感じ!!”


“バカ。潰すな!! そいつらは、君たちを守るために集まってるんだぞ!! 『さわるくらいなら大丈夫』だ、とお前達も言ったはずだ!!”


 しきりに体をこすって虫を落とそうとし始めた天使達を、シュラインが叱り飛ばした。


“こんなん、さわるとかってレベルじゃないよ!!”


 ティギエル=咲良は口を尖らせたが、シュラインはにべもない。


“命が掛かっていると教えたろ!! それに、もうすぐ形になる。それまで我慢しろ。そうすれば、むずがゆくも無くなるはずだ”


 シュラインの言う通りであった。

 天使達の体表面に黒くわだかまった昆虫群は、菓子細工のチョコが凝り固まるように、その形を顕しつつあった。

 もともと身につけている鎧や衣服、それらの表面に陣取った昆虫群は、お互いに結びつき強固な装甲へと変化していく。滑らかに変化した表面は、昆虫の体表そのもののように陽光を反射して輝いた。

 まずネクサセル=ヨッコが青い金属光沢を持つ体表に変化し、半透明の二枚の羽を背中から生やして飛んだ。


“飛べる!! 凄いよコレ!!”


“バカ!! 油断するな!!”


 シュラインの叱責が届く間もなく、ネクサセルに襲いかかった影があった。

 上空で待機していたのだろうか、それは他個体の数倍はあろうかという翼を持つ翼竜であった。細く骨張った小さな体に不釣り合いな、巨大な革状の翼を広げ、ネクサセルを包み込んでしまったのだ。

 だが、ネクサセルの動きは、それよりも数段速かった。

 いつの間に抜け出したのか、メタリックブルーに輝く天使は、翼で包み込んだ何かを必死で襲っている巨大翼竜の上に平然と立っていたのだ。


“大丈夫だよ。これならッ!!”


 いつの間にか手にしていたハンマーを、ネクサセルは翼竜の頭に叩きつける。そのたった一撃で、巨大翼竜は声も上げずに地面へ落ちた。


“まだよ!! こいつら、焼き尽くさなくちゃ斃せないんだから!!”


 もう一人のヨッコ=ノエルはそう叫ぶと、手にした槍状の武器を、斃れた巨大翼竜に突き立てた。

 ノエルの鎧は、黄色と黒褐色の縞模様に変化している。特徴的なのは、兜の両側に丸いドーム状の複眼が形作られていることだ。虹色に輝く複眼が赤い光を放つと、槍状の武器も同じ色に輝き、翼竜の遺体が見る見るうちに萎びていく。


“え? え? え? 違うよ。あたしこんなつもりじゃ……”


 ノエルは、手元に熱いエネルギーを感じてうろたえた。どうやら、槍状の武器は巨大翼竜の残ったエネルギーを吸い取っているらしい。


“ま、なんでもいいじゃない。あたし達、また強くなったみたいだし!!”


 ガイエル=瑚夏は、そう叫ぶと背中の大型砲をセットし、いきなり手近な恐竜群に向けて放った。


“コ……コラ!! そういう武器を使用する時はッ……!!”


 シュラインが慌てて昆虫群を呼び集める。

 強い生体電磁波に導かれ、黒い壁が擬巨獣・天使連合軍の前に現れると同時に、白煙と強烈な熱気が恐竜群を押し包んだ。

 天使恐竜たちは、のたうち回って苦しみ始めるが、致命傷には至らない様子だ。


“あれえ? 何コレ? 前の炸裂弾じゃないよ???”


“ふむ。これは爆発的な酸化還元反応だ。どうやら、君のインセクトアーマーは、ゴミムシか何かがメインとなっているようだな”


“ゴッ!? ……ゴミムシって……?”


 ショックを受けた表情で振り向いたガイエルを、今度はイーウェン=バトセラが叱りつけた。


“敵から目を離すな!! 来るぞ!!”


 白煙の中から、大きく口を開けた長い首が現れたのだ。真っ赤な口腔と幾重にも重なった無数の白い牙を見せ、首を左右に打ち振って襲いかかってくる。

 ガイエルを守ろうと立ちふさがったバトセラは、その頭部の一振りではじき飛ばされた。


“瑚夏ちゃん、退いて!! ”


 迫り来る巨大な頭部を受け止めたのは、ゆり=ゼリエルであった。

 ゼリエルの両腕は奇妙な形に伸び、いくつもの節が出来て、それぞれから一対の爪が生えている。装甲は全体に赤褐色に変わり、纏っていた白い薄布は、赤と緑の不規則なグラディエーションになっていた。髪飾りは消え失せ、代わりに何重にも重なった爪か牙のようなものが重なり合った兜をかぶっている。

 ゼリエルは受け止めた首を脇にいなすと、その首筋に手刀を叩き込んだ。


“えええっ!?”


 驚愕の声を発したのはゼリエル自身であった。そう力を込めたつもりはなかったのに、巨大な首があっさりと断ち切れてしまったからだ。


“なるほど……ムカデか”


 シュラインが感心したように頷いた。

 ムカデは素早さと柔軟性、そして多足類の中でも最強のパワーを誇る。

 ゼリエルが元々持っていた、重力と風を操る能力がそのパワーと組み合わさり、無類の攻撃力を得たようであった。


“シュラインさん? あんた、私たちになんか恨みでもあんの!? ゴミムシだのムカデだの、女子の嫌いな生き物ばっかしあたし達に着せてさ!!”


 食ってかかったのは、艶やかな茶褐色に変化した戦女神、ティギエル=咲良である。


“あたしのコレは何よ!? もしかして、ゴキブリとかって言うんじゃないでしょうね!!”


 言いながら、頭から生えた細長い二本の触覚をつまんでしごく。体表の様子といい、たしかにゴキブリと似た特徴だ。


“とんだ言いがかりだな。君たちのインセクトアーマー、そのモチーフを決めたのは君達自身だ。君のソレも、何であるかは君自身が一番よく分かっているはずだよ”


“わ……私たち? 自身?”


“そうだ。最初に聞いただろう? 『虫はさわれるか?』と。その一瞬で君たちが各々連想した『虫』の概念にもっとも近いものをモチーフにして、昆虫群はそのアーマーを作ったのさ。ま、少々僕の聞き方も悪かったかも知れないが……”


“な……何にしてもさ、今は戦えるようになっただけいいじゃない。ね?”


 そう言ったメイ=ダイニエルの姿は、濃い青緑色に変わり、全体に丸みを帯びた鎧で隙間無く身を固めている。それだけでは何のモチーフか不明だが、跨がっている丸っこい使い魔が、完全にダンゴムシの姿になっていることでそれと分かる。


“……メイ……あんたはそうやって割と可愛げな虫になれたから、そんなこと言えんのよ。あたしのコレ、どう見ても……悪名高いアレじゃない!!”


 灯里=コスモエルの体表はピッタリとした飴色の装甲が張り付いている。そして、その細い体に不釣り合いな大きな尾部が付加され、それがアリのシルエットだと誰にでも分かった。だが、灯里が怒っているのはただのアリではないと知っているからだ。


“危険な外来生物じゃなきゃさわれるかな……なんて連想したあたしがバカだった!! ヒアリなんて思い浮かべるんじゃなかった!!”


“うう……あたしはなんとかセーフ? なのかな……”


 そう言って唸る悠=マクスウェルの変貌は、しかし他の誰よりも激しかった。

 体を覆っていた銀のライトメイルは、褐色の下地に緑のラインが複雑に入り組んだ模様の重装甲に変わっている。鎧の上から纏っていた真紅の衣は、半透明の昆虫の翅そのものの見た目となって、肩から腰に掛けてまとわりついていた。


“あんたそれ……何?”


“たぶん…………セミ”


 すまなそうに目を逸らしたマクスウェルを、コスモエルは少し羨ましそうに見ている。


“灯里、悠、ショック受けてる場合じゃないよ!! エネルギーは手に入ったんでしょ!? 戦わなきゃ!!“


 ティギエル=咲良は、二人の肩を叩くと、両刃剣をかまえて前に踏み出した。


“よくもこれまで追い詰めてくれたわねッ!! もう負けないんだから!!”


 ティギエルは大きく剣を振りかぶると、鋭い噴気音で威嚇してくる派手な模様の竜盤類の頭上に正面から斬りつけた。


『リィイイイインンンン!!』


 その瞬間、強く激しい鈴のような音が響き渡った。

 それが、打ち振られた両刃剣から発したものだということを、ティギエル=咲良自身も一瞬、理解できなかった。

 すんでのところで剣を避けた竜盤類は、宙を一回転して飛び退った。そして仁王立ちになると、再び威嚇しようと口を開けた。


「……ぎい」


 しかし、竜盤類から発せられたのは、威嚇音ではなかった。仁王立ちのまま凝固した竜盤類の口元からは、半透明の体液が滴り、目が白く裏返る。

 そして、顔の正中線に定規で引いたような直線が現れ、そこを境に左右の顔がゆっくりとズレた。


“あ……あれ? 当たってた?”


 間抜けな声を上げるティギエルの目の前で、左右半分ずつが互い違いに倒れていく竜盤類。


“それどころじゃない。何てパワーだ”


 樋潟=メガソーマが驚きの声を上げた。

 そう言われて目を上げたティギエルは、息を呑んだ。真っ二つになった竜盤類の背後、そこに群れていた天使恐竜たちが、放射状に切り裂かれて吹き飛んでいたのだ。

 ぽっかりと空いた群の隙間が、その威力のすさまじさを物語っている。


“超振動波による広範囲攻撃……どうやらその姿は、ゴキブリなんかじゃないようだな。おそらく、コオロギか何かか……”


“何でもいいよ!! とにかくコイツら、やっつけちゃおう!!”


 ティギエルの声を合図に、大乱戦が始まった。

 もはや、擬巨獣達が少女天使たちを庇って陣形を保つ必要はない。それどころか、使い慣れていないこともあってか、彼女たちの武器はどれも、とばっちりが怖いものばかりであった。


『ギィイイイイインンン!!』


 衝撃音が響くと同時に、マクスウェル=悠を中心に、半径数百メートルの天使恐竜が肉片と化して吹き飛ぶ。

 元々持っていた超震動剣に、セミの能力を手に入れたマクスウェルは、ティギエル同様、超震動波を放てるようになっていた。その範囲はティギエルより狭いが、一瞬の破壊力は数倍ありそうだった。


“きゃあああ!! 来ないで来ないで!!”


 メイ=ダイニエルが叫ぶたびに、巨大ダンゴムシと化したアンゲロスの口からは、ぽんぽんと小さなダンゴムシが飛び出している。それはゴムボールのように弾み、天使恐竜に触れると大爆発を起こした。

 灯里=コスモエルは、辺り構わず小型ナイフを投げている。冷凍能力は失われたようであったが、ナイフが刺さった恐竜は、白い煙を上げて溶けていく。

 八体の少女天使達のおかげで、あっという間に形勢は彼らに傾いていった。



***     ***    ***    ***



『ふんぬっ!!』


 巨大な白人男性・タロットが両腕を交互に打ち振った。ごうっという音と共に、凄まじい圧力が風となって、何度もGドラゴニック=咲良を襲う。

 ギシギシと外殻がきしみ、黄金の骨翼が一瞬だが輝きを失った。バランスを崩したGドラゴニックは、海面近くまで高度を落とし、ようやく踏みとどまったが、断続的に放たれる風は収まる気配が無い。


「咲良!! あいつの放ってきているのは、ただの風じゃない!! このまま食らい続けたらまずいよ。両腕のヴァイブロソードを展開するから、あの振動を相殺して!!」


『え? え?』


 咲良は母の言う意味が理解できない。自分の体の使い方を、まだよく分かっていないのだ。


「いいから!! 体の前で腕をクロスさせる!!」


 その声でようやく、咲良は両腕から飛び出した銀に輝く刃を、体の正面でクロスさせた。

 その次の瞬間、耳をつんざくような衝撃音が放たれ、タロットの放った見えないエネルギーを掻き消した。


『こしゃくな怪物め!! ではこれならどうだ!!』


 タロットは、右手の中指と人差し指でピストルのような指先を作ると、それをGドラゴニックに向けて鋭く振った。

 その瞬間、爆発的な光が周囲を包む。さらに、その真っ白な光の塊を突き破るようにして、同じ色の光線が伸びてきた。避けられないタイミング。しかし、それを予測していたかのように、Gドラゴニックは半身になって躱すと、右腕に装着したリニアキャノンを発射した。


『こんなものが、神の使徒に効くと思ったか!! 正義は我と我が国にあるのだ!!』


 カウンターになったはずの砲撃を、いとも簡単に手のひらで受け止めたタロットは、鋼鉄の弾を粉々にして振りまくと、いつもの演説後のように両手を広げ、見得を切ってみせる。

 タロットの能力は厄介だが、もともと実戦向きの性格ではなさそうだ。勝手に作ってくれたこの隙を、逃す手は無い。紀久子は背部スラスターを全開にして、距離をとった。


「構えて!! ブラスター発射!!」


『うん!!』


 Gドラゴニックの背中から、肩に担ぐようにして砲身が伸びてくる。咲良はそれをタロットに向けると、即座に発射した。

 プラズマ化した粒子の奔流が、蒼白い炎となってタロットの顔面を包み込む。


『うぐあっ……な……何と無礼なッ!!』


 唸り声を上げ、タロットは手で顔面を覆って後退した。


「たたみ掛けるッ!!」


『うんッ!!』


 両腕に銀の刃を煌めかせ、Gドラゴニックはタロットの後を追う。

 そして、体勢を立て直そうと踏みとどまったタロットの懐に飛び込むと、すれ違いざまに斬りつけた。


『kkkkkiiiii!!』


 人間ではあり得ない悲鳴を上げ、仰け反るタロットの胴体には、大きな十文字の斬り痕が残った。傷口からは体液も何も出てこないが、硬直したタロットは、全身を痙攣させながらゆっくりと落ちていく。


『やった!?』


「違う!! 油断しないで!!」


 紀久子の言う通りであった。

 タロットの体に刻まれた十文字の斬り痕は、内側から不思議な光を放ち始めたのだ。

そして、落下スピードも次第にゆっくりになり、海面近くで止まった。そして空中に仰向けで横たわったタロットの傷口が、大きく広がり始めた。


『何コレ……何が起こってるの?』


「分からない……」


 傷口が広がるにつれて、タロットの体からは凹凸が消えていく。そして、丸い風船のように膨らんだかと思った直後、タロットの体は、カバンを裏返すかのようにくるりと逆転した。裏が表に。表が裏に。

 そして、そこに現れた姿を見て、咲良と紀久子は息を呑んだ。


「黒い……Gドラゴニック……」


 やっと絞り出した紀久子の声はかすれていた。



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