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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第19章 GONG
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19-5 RISING FORCE



 何度目かの衝撃と轟音が司令室全体を揺らし、天井から何かのケーブルや構造材の破片が次々に落下してきた。


「くそっ……!! やつらは司令室の場所を知っている!! 君たちは全員避難しろ!!」


 既にすべてのディスプレイがブラックアウトし、非常照明だけになった司令室に、オペレータがいる必要はない。樋潟は、スタッフ全員に避難命令を出し、壁に取り付いている赤いスイッチを、叩きつけるように押した。

 窓際で小さな爆音がいくつか響き、窓をふさいでいた防護シャッターが、外れて落下していく。これで、外の様子が少しは見えるようになった。黒煙に紛れて見えにくいが、機動兵器群の動きが少しは分かるだけマシというものだ。だが、同時に司令室を守るものは何もなくなったわけだ。


「樋潟司令!? どうなさるおつもりですか!? 防護シャッター無しでは……」


 瓦礫を避けながら、加賀谷と鍵倉博士が駆け寄ると、樋潟は苦笑を浮かべて言った。


「通信機器が一切使い物にならない以上、自分の目で見るしかないでしょう? それに、シャッターがあってもどうせ――」


 そう言いかけて、樋潟は絶句した。

 その視線の先……振り向いて大きな窓の外を見た、加賀谷と鍵倉もまた、凍り付いた。


「バ……バサラ……」


 十二神将タイプ。遠距離攻撃型の機動兵器・バサラが、目の前に来ていたのだ。

 背中に負った巨大な二門の電磁砲は、まっすぐこちらを向いている。

 砲口の内側が、薄赤く光り出しているのまでよく見えた。それは、もうあと数秒で発射されるしるしであった。

 バサラの背後には、意外なことに、すでに機動兵器は一機も見当たらない。


(俺達を始末するだけなら、一体で充分というわけか……舐められたものだな。しかも、誤射、という体裁を繕うための遠距離砲……)


 樋潟はそう思ったが、手も足も出ないのは事実である。抵抗どころか脱出すらできる状況ではない。もはや、祈るくらいの時間しか残されていないことに気づいた樋潟が、せめて最後の瞬間まで目は閉じまいと、バサラを睨み付けたその時。


「な!?」


 いきなり。バサラの頭部が横にずれた。いや、それだけではない。バサラの肩にあたる部分に黒い穴が開き、装甲が大きく歪んでいるように見えた。たった今までこちらを向いていた二門の砲も、それぞれあらぬ方向を向いている。


「伏せろ!! 爆発する!!」


 樋潟は、とっさに両手で加賀谷と鍵倉の肩をつかみ、自分のデスクの下に押し込めた。

 その次の瞬間、轟音が響き渡り、黒煙と炎の奔流が司令室に向かってきた。樋潟は、辛うじて隣のテーブルの下に転げ込む。

 炎は、防護シャッターを失った窓をあっさり突き破り、室内にまでなだれ込んできた。

 すんでのところで、樋潟達を焼くまでには至らなかったのは、僥倖であった。


「げ……げほっ……何が……何があったんですか!?」


 加賀谷は激しく咳き込みながら、デスクの下からようやく這い出した。

 外の風が吹き込んできている。残骸を見れば、窓の防弾ガラスは厚さ十センチ以上もあったようだが、ほとんど役に立たなかったようだ。黒煙が外気に吹き散らされ、目の前に東京湾が広がって見えた時、樋潟達は自分たちを救ってくれた者の姿を、ようやく目にすることが出来た。


「あれは……空母?」


 加賀谷には、一見してそれは巨大な船のように見えた。

 まだ十数キロは離れているだろうか。だが、その巨大さのせいでむしろ、波を蹴立ててこちらに迫ってくるのがよく分かる。


「……いや。空母にしても大きすぎる。それにあの形状……いわゆるメガフロートのようだ。だが、それにしては速い」


 その巨大な物体が近づいてくるにつれて、加賀谷達にも細かな形状が分かってきた。妙に平坦な上面に、いくつもの四角い建造物が建っているのが分かる。それは、港の倉庫街そのものが動いているかのように見えた。


「あの形……まさか、あれはMCMOの兵器試験システムそのものではないかね?」


 鍵倉博士の言う通りだった。

 MCMOの兵器試験場は、木更津沖の海上にあるメガフロートだ。侵入しにくくするため、また、国内に超兵器を持ち込ませないという、日本政府の意向によるものだ。

 だが、いくら本来の姿はメガフロートだといっても、試験場そのものには推進するための動力など付いていなかったはずだ。いくつものアンカーで海底に固定されてもいたはずである。

 一体どういうことなのか。目をこらしているうちに、フロートの上面に爆炎が上がった。樋潟達の視界に、何体かの機動兵器が映る。

 飛行型の機動兵器が、周囲を旋回しつつメガフロートに砲撃を加えているのだ。

 どうやら、いったんここを離れようとした機動兵器群の一部が、バサラ撃破を感知して戻ってきたようであった。


「見ろ!! あれは機動兵器だ!! 動くぞ!!」


 樋潟の言う通りだった。

 フロート上面に錆び付いた塔のようなモノが立っている。

 その塔が、ふいにゆらっと動いたのだ。それでようやく、それが長年風雨にさらされた機動兵器だと分かった。

 その機動兵器は、右腕に当たる部分を近くの建造物に突っ込んだように見えた。そして、再び建造物から引き抜いた時には、右腕には四角い金属の箱が装着されている。

 機動兵器が、右腕を真っ直ぐ正面に突き出すと、金属の箱の表面がスライドして開いた。


「ランチャーポッド……だが、アレはまさか?」


 樋潟は思わず呟いた。確かにあれはミサイル発射用のランチャーだ。樋潟は、その形状に見覚えがあったのだ。

 白い尾を引いて飛ぶミサイル群を、上空で旋回していた飛行型機動兵器・シンダラが鮮やかにかわした、と見えた瞬間。ミサイル群は炸裂した。

 シンダラは、その爆炎さえも辛うじてかわしたように見えたが、急にバランスを崩すとまるで石のように海へ落下していく。


「な……何スか? ありゃあ……避けたのに、落ちていく……」


 呆気にとられて見上げている加賀谷に、樋潟が答えた。


「対巨獣用……スプリングワイヤー弾頭だ。押し込めてあったワイヤーが、爆発と同時にはじけ飛んで、目標に襲いかかる……つまりあのポッドは……間違いなくMCMOのものだ」


「アレはやっぱり、MCMOの兵器だってことですか?」


「む? あの光……モールス信号か!?」


 それに気づいたのは、鍵倉博士であった。

 錆び付いた塔のような機動兵器の頂部で、強い光が明滅している。どうやら発信者は、通信システムが危険であることを理解しているらしい。


「何と……言っているのですか?」


「こ・ち・ら・は――チ・ー・ム・エ・ン・シェ・ン・ト」


「チーム・エンシェント!? まさか!? じゃあ、アレは羽田司令!?」


 加賀谷が目を剥いた。


「どうやらそうらしい。『ご・う・りゅ・う・さ・れ・た・し』と繰り返している」


 樋潟にもモールス信号は読み取れた。間違いない。どうやって脱獄したのかは分からないが、あの機動兵器には、羽田が乗っているに違いなかった。


「わかった!! アレは……バリオニクスだ!!」


 樋潟は思わず叫んでいた。

 更に近づいてきて、ようやくそれが分かった。錆び付いた塔、と見えたのは、数年前に廃棄処分にされたはずの、バリオニクスに違いない。

 メガフロート上に立つバリオニクスは、基礎構造体を組み立てただけの姿であった。つまり、兵装はもちろん、装甲材もジェネレータすら取り外され、ほとんど骨組みだけの状態だ。

 骨組みだけのバリオニクスは、その名の元になった恐竜の姿とよく似ていた。

 以前は、リニアキャノンと推進補助のバーニアで隠れていた背ビレ状の突起も見える。何度かの改造を経て、下半身は履帯式キャタピラから二足歩行に変わっている。

 そして、その左右の腕には、不釣り合いなサイズの武器が携えられていた。

 右腕には、先ほどのランチャーポッド。

 そして左腕には、異常に長い砲身らしきものが装備されている。それは長さも、太さも規格外であった。バリオニクス本来の標準装備・二十インチ電磁キャノンの倍はあろうかという巨砲である。

 錆び付いたバリオニクスは、その巨大な砲を支えにして立っているように見えた。


「どうされるのですか?」


 加賀谷がおずおずと聞く。

 たしかに今の状態では、本部機能を果たすどころか、自分たちの身を守ることすら出来るかどうか危うい。しかし目の前の友軍は、そのまま動き出しただけの兵器実験場と、錆び付いた旧世代の機動兵器が一体。すでに敵に回った、最新鋭の機動兵器群との戦力差は歴然としていた。

 先ほどはバサラとシンダラを撃退したとはいえ、あれは不意打ちに近い。今度は相手も警戒するだろう。はたして、真正面から複数の敵と戦った場合、あのような装備で立ち向かえるものだろうか。

 だがこうなった以上、天使は自分たちを決して許さないだろう。やるべきことは一つしかなかった。


「行きましょう。この場にいても、何も始まらない」


 そう言うと、樋潟はデスクから取り出した非常用ハンドライトを、バリオニクスに向けて点灯させ始めた。

 比較的大きめのライトだったせいか、バリオニクスはすぐに答えた。

 そして、今度は違うパターンで光を明滅させ始めたのだ。


「あ……あれは、何と?」


「こちらの伝言を、発信してくれているんだ。『戦う意思ある者は、港湾部格納庫へ』と。こちらの基地であれを見ていれば、集まってくれるだろう」


 樋潟はそう言ってにやりと笑った。


「なるほど港か。あそこなら輸送船ランチがある」


 鍵倉が深く頷いた。


「では、下へ」


 樋潟たちは、階下へと走り出した。



***    ***    ***    ***    ***



「こちら広藤。目標地点到達。各機、ウェポンズフリー。友軍との交信は困難。十一時の方向に見える翼竜群に、誘導弾を撃ち込んで支援します」


『干田、了解』


『石瀬、了解』


 横浜基地から出撃して数秒と経たないうちに、珠夢たちは戦場にいた。周囲を翼竜タイプの天使恐竜が飛び交い、眼下には白と黄金に彩られた、神々しい天使恐竜の群が見える。

 どうやらまだ、三機の機動兵器は彼らに敵と認識されていないようだ。

 その時、右後方を飛ぶ迅雷の石瀬から、通信が入った。


『珠夢さん、ちょっと待って下さい。誘導弾発射口の調子がおかしい。それに、今、翼竜群に攻撃を加えるのは得策じゃありません』


 珠夢は、一瞬きょとん、とした表情をしたが、何事も無かったように話し始めた。


「いきなりでしたね。やはり、外部からでしょうか?」


 話が通じていない、と思ったのか、モニターに映った石瀬は首をかしげた。


『何を言ってるんです。珠夢さん? 武器の調子がおかしいと言ってるんです。聞こえていますか?』


「へえ。そちらにも? はい。分かっています。では、当初の打合せ通り」


 言い様、珠夢は急上昇を開始した。その時にはすでに、両腕に当たる部分に大きな円形の刃が輝いていた。一瞬で天使翼竜の数体を屠った日輪は、その場で急制動をかけると、四方に小型誘導弾ミサイルを放つ。

 空の一角を白と金に染めつつあった翼竜群は、突っ込んできた機動兵器・日輪の攻撃展開について行けず、算を乱して逃げ惑った。

 その群へ向けて、烈火と迅雷から発射されたミサイル群が叩き込まれ、ほとんどの翼竜は地上に落下していった。


「何か……言うことある?」


 ここで初めて、珠夢はモニター内の石瀬の目を見て、言葉を掛けた。


『…………何故、私がニセの通信だと分かった?』


 モニターの中の石瀬の表情が変わった。冷たい、というよりも、まるで仮面のような無表情に変わり、どこにも視線の合っていない目でこちらを見る。その無表情と裏腹に、口調は明らかに挑発していたが、珠夢は艶やかな微笑みを返すと、にべもなく言い放った。


「あんたなんかにネタばらしするワケないでしょ? じゃ、バイバイ」


 通信機のスイッチをさっさと切られ、ニセモノの石瀬は、悔しげに変わった無表情を凍り付かせたまま消えた。


「ふふっ。まさか、コレを使ってるとは、天使達は思いもつかないんじゃないかしらね」


 珠夢がそう言って目の前にかざした指先には、ガラスの試験管が挟まれていた。

 その中には、黒っぽい虫が一匹、羽音を立てている。

 『メクラアブ』である。吸血性のこの昆虫は、かつてシュラインに操られた紀久子が、大量培養したことがある。シュライン細胞の運び屋ベクターとして。

 広藤弥美也は、シュライン細胞の持つ危険な要素、すなわち、より強い生体電磁波を持つ者に操られてしまう、という性質を極力抑えた細胞を独自に開発していた。

 シュライン細胞の感染者は、生体電磁波の発信と受信を行えるようになる。もちろん、外に出して良い技術ではなかった。人体に対する試験も行われていない以上、安全性も確保されてはいないのだ。

 だが、それを珠夢が、自分たち自身に使う決断をしたのは、それ以外に天使を出し抜く手段がなかったからである。情報機器を一切信用出来ない状況で、作戦行動をとるために。

 メクラアブに新型のシュライン細胞を感染させ、自分たちに刺させることで、珠夢たちは通信機の必要ない状態となっていたのだ。

 なのに、わざわざ通信機を使って交信していたのは、天使の出方を見るためであった。

 これで自衛隊所属の三機については、通信以外の機能は乗っ取られていないことが分かったわけだ。

 前方に円陣を組んで奮戦する八体の昆虫型擬巨獣と、それに守られる八人の天使の姿が見えてきた。珠夢は、生体電磁波での交信を試みる。


“MCMO所属の擬巨獣群。聞こえるか。こちら、自衛隊横浜基地所属、東部方面第二大隊の広藤二等陸佐。これより、支援攻撃を行う”


“助かった。駒が足りなくて困っていたんだ”


 すぐに返ってきた返事は、幼い少年のように感じられた。珠夢にとっては、聞き覚えのある思念波こえである。


“シュラインさん!? 戦況は?”


 珠夢は、眼下に見えてきた漆黒の擬巨獣・オオクワガタのビノドゥロサスを見つめた。

 不思議な感覚である。生体電磁波を使うと、発しているのが何者なのか、視認しなくてもイメージで伝わるようだった。


“よくない。僕たち擬巨獣の攻撃は天使恐竜ヤツらに届く。だが、ヤツらには再生力があるらしい。せめて、この少女達が戦えれば……”


 見ると、八人の天使は、何も出来ずにうずくまっているだけだ。

 鎧や衣服の輝きも失せ、白黒アニメのように色あせて見えるのは、エネルギー切れを起こしている、ということなのだろうか。

 たまに手にした武器を振るい、一体、二体の天使恐竜を屠ることはあるが、萎縮している。どう見ても足手まといでしかなかった。だが、多少の攻撃を受けても、中に取り込んだ数万人の人々を犠牲にする可能性がある、とすれば、無理からぬことかも知れない。

 天使恐竜たちは、擬巨獣たちの放つ昆虫弾を受け、あるいは頭部を吹き飛ばされ、または超震動するツノで切り裂かれようと、すぐに立ち上がって襲ってくる。

 たしかに肉塊となって転がったはずの天使恐竜が、見る見るうちに治癒し、互いにくっつき合って、再生するのだ。しかもバイオマスが足りていないせいか、再生力が追いついていないせいか分からないが、蘇った恐竜のほとんどは、まともな姿ではない。

 頭部や尻尾、手足が複数ある程度は珍しくもない。中には、頭部から直接脚や翼が生えたようなもの、真っ二つになった左半身から奇妙にも前半分の体が再生されているもの、下半身が二つくっついたような姿で再生したもの、中には、体に空いた無数の弾痕のすべてから、異種の恐竜のものとおぼしき小さな手足を生やしているものまでいる。


“ひどい……こんなの、命に対する冒涜だよ……”


 珠夢は、こみ上げてくる吐き気を押さえながら呻いた。

 もはや生物としての姿を維持できていない奇怪な恐竜たちは、それでも白と金の輝きに包まれている。まるで、無理矢理に神々しさを演出しているかのように。


“よく来てくれた。久しぶりだな”


 ふいに、思念波こえが聞こえた。発しているのは、薄茶色の巨大なヒラタクワガタ・タイタヌスであった。敏感に反応したのは干田である。


“ミヴィーノ隊長!? あなたは死んだはずでは……!?”


“それは、シュラインも同じだろう? どうやら巨獣に関わった者は、その意識をあの森で保存されるらしい。まあ、時間が経つと消える幻のような存在だがな”


“ライヒ隊長の言う通りだ。俺達は今、意識体となって擬巨獣の核となっている”


 続けたのは、ゾウカブトの擬巨獣・メガソーマだ。


“この声は樋潟司令!? ですが……あなたはまだ生きておられるはず……”


“いや、本来オリジナルの私は死んだのだ。専用機に乗っている時に、王龍に襲われて、な”


“では……奇跡の生還を果たしたというのは……?”


“あれは、私のコピー。すなわち複製人間、というわけだ”


“なるほど。しかし助かる。あなたがいて下されば、我々が出撃したことの正当性が裏付けられる”


 干田は、ホッとしたように深く頷いた。


“そ……そんなことより!! 今、この場に勝利しなくては、正当性も何もありませんよ!!”


 石瀬の思念波は、ほとんど悲鳴に近い。

 それもそのはずで、石瀬の乗る竜型機動兵器・迅雷は、数百もの天使翼竜に追い回されていた。いったんは逃げ散った様に見えた天使翼竜どもは、今度は機動兵器を完全に敵と認識したのだろう。編隊を組み直し、口から火球を吐く新手を投入して、巻き返しに来ていたのだ。

 一体一体の戦闘力は、大したことはない。だが、金色の渦を巻きながら群がってくる天使翼竜は、さながら一体の巨大な竜のようであった。石瀬は重機銃を撃ちまくっているが、いくら撃ち落としても全体にはまったく変化は無い。


“そのまま飛べッ!!”


“いい動きよぉ”


 ベスパ=ジーランとハイメノパス=ジャネアが、石瀬の迅雷とすれ違った。ベスパの尾部から放たれた無数の毒針が、群の表面に突き立ち、埋め尽くしていく。そこをハイメノパスの鎌状の前脚が、鈍い振動音を放ちながら、巨大竜を縦横に切り刻んだ。

 翼竜の集合体である巨大竜は、二体の連携攻撃によってほとんど一瞬で消滅した。

 無数の天使恐竜に対するほんの数体の擬巨獣。一見、多勢に無勢どころか、圧倒的戦力差に見えたが、八体の擬巨獣を構成しているのは、周囲から集まってくる昆虫群そのものだ。疲れもエネルギー切れも実質的には無い。

 そこへ参戦した、たった三体の機動兵器。だが、それによって、明らかに戦いの均衡は擬巨獣群に有利に傾きつつあった。


“……俺、行きます”


 それまで黙っていた、異形のダイナスティス=豊川が言った。ぼそりと呟いたような、その弱い思念波に、シュラインが強く応える。


“行け。蓮。必ず守れよ、高千穂咲良を”


“任せていいんだな? 俺の娘と……妻を”


 ルカヌス=守里も言った。

 ダイナスティスは深く頷くと、背部の黒い甲を広げ、その下から半透明の翅を伸ばして飛び立った。ほんの半秒、その場に滞空したダイナスティスは、ふいに加速に転じて飛び立った。進行方向に浮いていた数十体の天使翼竜が、翅の振動余波を食らって肉塊に変わる。

 飛び去っていくダイナスティスをぽかんと見つめたまま、戸惑ったように珠夢が聞いた。


“ど……どういうこと? 咲良ちゃんは、その女神ティギエルじゃないの?”


“ティギエルは、複製の咲良が主意識となっている。オリジナルの咲良は、松尾紀久子の乗るGサイバネティクスに同化したんだ”


“で……でも、行かせちゃって良かったの?”


 珠夢の疑問ももっともだった。

 ようやく拮抗したかに見えた戦力だが、ダイナスティスが抜けたことにより、再び天使恐竜たちが勢いを取り戻しつつある。


“もともと、蓮のために始めた戦いだ。仕方ない…………とはいえ、このまま負けるわけにもいかないな。おい、お前達、そうやってうずくまったまま死ぬか、戦うか、どうする?”


 シュラインの挑発するような思念波は、複製の咲良たちに向けたものだった。


“戦う……って、言われても、あたし達にはもう、何の力も残ってないんです……”


 複製の咲良=ティギエルがおずおずと言う。


“まあ、このままならね。でも、君たち次第で、力を貸してやれなくも無い”


“私たち次第?? どういうことよ?”


 降り注いでくる翼竜の光弾を、腕の鎧で防ぎつつガイエル=瑚夏が、聞き返す。


“うん。そこで質問だ。君たちの中に、虫が苦手な者はいるか?“


“それ……全員でしょ……虫が苦手じゃない女子なんて、相当レアだと思うけど……”


 コスモエル=灯里が言う。嫌な予感がしたのだろう、その思考波には、もうわずかに恐怖を含んでいる。


“聞き方が悪かったようだな。お前達、虫に触らなければ死ぬ、となったら、さわれるか?”


“それ…………究極の選択っ”


 ダイニエル=メイは、自分の置かれた状況を忘れ、思わず両手を広げて頭を振った。


“ま……まあ、死んじゃうくらいなら、さわるくらいは”


 マクスェル=悠は、意外にも気丈にそう言った。


“でも、食べろって言われたら、あたしは死ぬ方を選ぶよ”


 ノエル=オリジナルのヨッコがそう言うと、ネクサセル=コピーのヨッコが続ける。


“でもでも、あとで思いっきり手を洗うのが条件ね”


“ふむ。だいたいのところは分かったよ。まずまず大丈夫そうだから、君らの総意ってことにして、やらせてもらう”


 ぐるりと見渡すように、黒い体を揺すったビノドゥロサス=シュラインは、そう言うと黒い前翅を広げた。


“あの……やるって……何を?”


 それまで、勢いに押されたように黙っていた、ゼリエル=ゆりが聞く。


“君たちが……いや、僕たちが生き延びるための、方策だ”


“いやちょっと待って!!”


 シュラインの思念波が、悪戯っぽく笑ったように感じたのは、叫んだ咲良だけではなかったはずだ。

 シュライン=ビノドゥロサスは、黒い前翅と半透明の後翅を広げ、それを細かく震わせ始めた。

 後ろの二脚で立ち上がり、空を仰ぐと、さらに翅が強く動き出し、ついには肉眼では見えなくなる。空気を震わせる振動が、甲高い音に変わり、それが聞こえなくなると同時に、強い衝撃が空気の津波となって周囲に発せられた。

 超音波の塊が、そこにいたすべての者の感覚を叩く。それは、圧縮された情報であったが、ほとんどの者には何を意味するか分からなかった。

 だが、ほぼ同時に上空で天使翼竜と戦っていた昆虫群には、明確な変化が現れた。

 いくつかの黒い渦となって、その渦の中心に集まり始めたのだ。黒い渦は、さながら竜巻のように、その先端を地面に向かって伸ばし始めた。



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