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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第19章 GONG
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19-3 MONSTERS



『どうして…………? なんでお父さんが巨獣になって、ここにいるの?』


『長い間、留守にしてすまない……父さんたちは、お前を……いや、お前達を助けるために、ここへ来た』


 咲良=ティギエルの目には、涙が溢れている。ルカヌスの無表情な複眼にも、優しい光が点ったようであった。


『高千穂守里、感動の再会は後回しだ』


 黒光りする巨大な甲虫、ビノドゥロサスが、少年の思念波こえで言った。


『陣を崩すな。まずはこの状況を切り抜けないと、ゆっくり話をすることも出来ないからね』


『偉そうだなシュライン。あんたがこの場のリーダーかよ?』


 そう言って上空から鈍い羽音を響かせたのは、巨大スズメバチ・ベスパである。どうやらベスパには、元チーム・カイワンのフォンジェン=ジーランの意識が宿っているらしい。


『まあ、そういうことでいいんじゃないか? 彼は、昆虫群を操った経験があるのだからな。要は敵を撃滅できればいいんだ』


 樋潟司令の思念波こえは黄褐色の巨大な甲虫、メガソーマから聞こえてきた。


『樋潟指令……俺はあんたが適任かと思っていたんだが、そう言うなら従おう』


 チーム・カイワンの元隊長、イーウェン=ズースンレンの思念波こえを発したのは、シロスジカミキリの姿をしたバトセラだ。


『隊長がそう言うなら、私もそれでいいわ』


 そう言って上空を旋回する巨大カマキリ=ハイメノパスには、やはり元チーム・カイワンのジェチオン=ジャネアの意識が宿っているようだ。


『了解した。シュライン、ここからの戦闘指揮は、あんたに頼む』


 ずい、と前に出たのはヒラタクワガタ=タイタヌス。その意識は、元チーム・ビーストのミヴィーノ=ライヒであった。


『………』


 ダイナスティスは無言のまま、しかし皆の決定に従うように円陣に加わった。


『じゃあ、指示は僕に任せてくれ。全員、意識をこちらに』


 シュライン=ビノドゥロサスの思念波こえを受けて、八体の擬巨獣たちが身構える。


『いくよ!!』


 シュラインの掛け声が全員の意識を直接叩くと同時に、突然バトセラの前翅が開き、禍々しい形の生体ミサイルが無数に飛び出した。

 生体ミサイルは天使恐竜の群のすぐ手前で次々と炸裂し、周囲に黒い炎の壁を作り出していく。奇声を発して逃げ惑う翼竜型の天使恐竜たちを、飛翔するハイメノパスの超震動鎌が襲った。

 ミサイルと鎌をかろうじてかいくぐった天使恐竜は、円陣を組んでいるティギエル=咲良たちに上空から襲いかかる。そこへ立ちふさがったのは、黒とオレンジの縞を持つ巨大スズメバチ・ベスパだった。ベスパは尾部から無数の黒い針を発射した。髪の毛のように細く、強靱で真っ黒な毒針は、天使翼竜たちの群を正確に捉えていた。強酸性の猛毒を含む針に貫かれた天使翼竜たちは一瞬で動きを止め、苦しむヒマも与えられずに落下していった。

 すでに地上でも、別の戦いが始まっていた。

 雷竜タイプの大型天使恐竜が数体、その体格にまかせて突っ込んできたのだ。恐竜の中でも最大級とされる雷竜であるが、本来は体長五十メートルに満たず、体重も百トンといったところだ。だが、天使化した雷竜は体長二百メートル以上、体重数千トンはあると見られる。

 また、その体型も原形をとどめないほどに肥大化し、ぶよぶよとした胴体を、はち切れんばかりに筋肉を盛り上げた、小さな四肢が支えている。彼らの頭部には、あるはずのないツノや牙がゴテゴテと生えていた。その異形の群の前に、ただ一体、ふらりと進み出たのはゾウカブトの擬巨獣・メガソーマであった。

 雷竜たちの体表は、天使の鎧と同じような材質に硬化している。だが、昆虫界でも有数の重量を誇るゾウカブトの巨体は、それを見事に受け止めた。自分の数倍はあろう重量を支えてなお、一歩も引かないメガソーマ。だが、天使雷竜も進撃を諦めてはいない。

 大きく首を振り、威嚇の吠え声を上げて、じりじりと前に進み始めた。このまま押し切られるか、と見えたそこへ、左右からルカヌスとビノドゥロサスが、超震動する大顎を叩きつけた。大顎は天使恐竜の黄金の鎧をあっさりと叩き割り、その下の真っ白な皮膚を深くえぐる。二体の巨大雷竜が、傷口から半透明の奇妙な体液を噴き出して横倒しになった。

 じたばたと足掻く天使雷竜と地面との間へ、メガソーマの短いツノが押し込まれ、空中高く放り投げられる。為す術もなく宙を舞った天使雷竜を、バトセラの生体ミサイルが粉砕した。

 一方、円陣の反対側からは、肉食恐竜が次々と襲いかかってきていた。

 白と金色の羽毛を全身に生やし、神々しい鎧までまとったそいつらのフォルムは、小型肉食恐竜のヴェロキラプトルのようであったが、サイズはスピノサウルスをしのぐほど巨大化している。彼らは影のように素早く動き、立ちすくむ少女天使たちに向かって爪と牙を繰り出す。

 そいつらを迎え撃ったのは豊川=ダイナスティスであった。ヴェロキラプトルたちを凌ぐ速さで前に出たダイナスティスは、以前より遙かに太く強靱になった二本の腕を、まるで空手か功夫のように自在に使いこなし、一体あたり一撃ずつで屠っていった。

 巨大ヒラタクワガタ=タイタヌスは、ダイナスティスをサポートするように横に立ち、敵わぬとみて逃げ出そうとしたラプトルを大顎ではさみ、放り投げる。

 地面に叩きつけられたラプトルは、断末魔の痙攣を始めた。



***    ***    ***    ***



 複製の咲良=ティギエルと、守里の意識を持つ擬巨獣ルカヌスが、感動の再会を果たしていた頃。低空を超音速で飛行するGドラゴニックは、すでに日本から六千キロの地点まで来ていた。

 日本を出発してから約一時間。オリジナル咲良の意識を得たGドラゴニックの傷は、いつの間にか修復している。どうやら、咲良の意識とともに移ってきた天使のエネルギーが、G幹細胞の元々持つ再生力を増幅しているようだった。

 傍受した米軍の通信によれば、暴走したナノマシン『グレイ・グー』の勢力圏は、ハワイ沖二百キロまで達しているらしい。このままの速度で飛べば、あと数分で到着するはずだった。


“お母さん……怒ってる?”


 紀久子の頭に、おずおずと伝わってきたのは咲良の思念波こえだ。


「怒ってなんかいないよ。あなたが……ううん、あなたたちが心配なだけ」


 それは、紀久子の本心である。Gドラゴニックと一つになってしまったオリジナルの咲良、そして天使ティギエルと融合してしまったもう一人の咲良も、これからどうなるのか、心配で仕方が無かったのだ。

 咲良は、母の心の糸口を探るように言葉を続けた。


“し……心配なんていらないよ。だって、このGドラゴニック? ものすごく強いって分かるもん。さすがお母さんが作っただけある―――”


「やめて!! そんな言い方!! そんなつもりで作ったんじゃない……」


 紀久子は、思わず厳しい声を出していた。

 こんなはずではなかったのだ。自分一人が、天使どもと差し違えれば済むことだと思ったから、Gドラゴニックで発進することができた。まさか、咲良がGドラゴニックそのものになってしまうなど、夢にも思わなかったのだ。

 そもそもG幹細胞を開発したのも、明とまどかの魂を解放するためだった。

 何もかもが裏目に出てしまった様に思えて、紀久子は自分がどうしたらいいのか分からなくなっていた。


“……あたし、分かるよ? 分かってるつもりだよ? お母さんが、兵器を作りたくなかったことも、それでも作らなきゃならなかったこのGドラゴニックに、込めた願いも……”


「咲良……あなた……?」


 紀久子は意外だった。咲良はもっと無邪気に、自分の母が正しいことのために研究していることを信じている、そう思っていたのだ。


“今は、あたしがGドラゴニックなんだもん。だから、分かるの。この体には、人を無差別に殺戮するような兵器は一つも付いていない。あくまで対機動兵器、対巨獣用の兵器ばかり。アンチ・ナノマシン・システムも、本来は機動兵器を無力化するためのものなんでしょ?”


「そうだよ。でも、私があなたに黙って兵器を作っていたことに変わりはない。お母さんのこと、見損なったでしょ?」


“ううん。そんなこと、ない”


「嘘。きっと軽蔑したよね。それに、このシステムが天使のつくり出したナノマシンに対抗できるっていう保証もないんだよ? こんな無謀な戦いで、もし、あなたを死なせるようなことがあったら……」


 悲しげな声を振り絞る紀久子に、咲良はあっさりと答えた。


“何言ってんのお母さん。もし、通用しなかったら、地球上のすべての生命が終わっちゃうんだから、あたしがどこにいても同じだよ”


「でも……」


 紀久子は口籠もった。

 実際、咲良の言う通りではある。だが、そうあっさりと割り切れるものでもない。あっけらかんと言い放つ咲良に呆れつつ、必死で咲良を助ける方法を考える紀久子に、突然、咲良が問いかけた。


“お母さん……命って、何なのかな?”


「え……?」


 紀久子は言葉を失った。いきなり、何を言い出すのだろう? そんなこと、分かりきったことではないか、そう思ったのだ。

 しかし、咲良は紀久子の答えを待たずに言葉を継いだ。


“あたしは、お母さんが産んでくれたんだよね? でも、コピーのあたしの命は、どこから来たんだろう? やっぱり天使が言うように、記憶やDNAとかの『情報』が命そのものなのかな? それとも、今、こうしているあたしが死んだら、命はどこかへ行くのかな?”


「私は科学者だから……そんな風に考えたことはないよ。科学では、命は肉体の活動そのもの。だから肉体が滅んだら終わり。それ以上、どこにも行きようがない……」


“そうかな? あたしも、脳が心を作っているって信じてた時もある。でも、今のあたしは何? Gドラゴニックの器を借りているだけなのに、自分が自分だってことを自覚してるのは、何故? たぶん、『脳』はあたしじゃない。『情報』が命でもない。情報と肉体がそろえば命は生まれるけど、肉体を消しても命は消せないよ。きっと”


「それじゃあ、命って何? 魂みたいなものが、存在するってあなたは思うの?」


 それは、科学者である紀久子にとっては、理解できない考え方であった。


“魂ってものかどうかは、わかんない。けど……天使なんかに『情報化』してもらわなくったって、始めっから命は永遠なんじゃないかな……って思う”


「命は……永遠?」


“うん。命は、その人の中だけにあるものじゃない。その人を知る、すべての命の中にも、同時に存在するものだから。人だけじゃない。鳥も、獣も、虫も、花も……たぶん、風も、雲も、大地も、海も。だから、すべての命が消えない限り、きっと、命は永遠なんだよ”


 紀久子ははっとした。何かの答えが、自分が探し求めていた答えが、咲良の言葉の中にあるような気がしたのだ。


「でも…………死んだ人たちには、二度と会えないでしょ?」


“何言ってんの。逆でしょ? いつでも会えるんだよ。自分がその人を忘れちゃったり、自分らしくなくなっちゃったりしなければ”


「あ……!!」


 紀久子は、頭を強く殴られたように思った。たしかにそうだ。明も、まどかも、そして守里も、自分の中に生きている。

 そして、理解していた。自分などより、咲良の方がよほど命を理解していることを。


“だから、こうなっちゃったことを、そんなに悲しまないで。それに、負けることやあたしが傷つくことを恐れないで。あたしは……ううん、あたし達は今、この星の命のためにお母さんと一緒に戦えることを、誇りに思っているんだから”


 いつの間に、これほど成長したのか。

 紀久子は、胸にこみ上げてきた熱いものを押し殺し、努めて明るい声で言った。


「ありがとう咲良。それにごめん。ホントは、こんなこと……私があなたに教えなきゃいけないことなのに……」


“いいよ。それよりおかあさん……どうやら着いたみたい”


 ようやく、目的の海域に到着したようだ。ハワイ島から東へ数キロ。高度を一千メートルまで上げ、米大陸の方向を睨む。

 伝わってくる咲良の思念波は堅い。強く緊張しているのだ。天使の放出したグレイ・グーの全貌が、Gドラゴニックのセンサーに知覚されているからだろう。

 見渡す限りの水平線は、文字通り暗い灰色グレーに霞んでいる。途方も無い量のナノマシンがその正体だ。

 それが雲でないことは、灰色のエリアそのものが風の流れに従わず、生き物の触手のようにゆっくりとうねる様子で分かる。

 海面近くを飛ぶカツオドリが一羽、空中で灰となって消えた。

 海上では無数の魚たちが、一瞬白い腹を見せてから、暗い色の海へと同化していく。

 獲物を探し、捕らえていく生きた霧、グレイ・グーの触手は地上の生物のすべてを、次々とナノマシンそのものに変えているのだ。


「咲良。ウィングジェネレータ起動するよ。両肩のナノマシンポッドから発射する」


“わかった”


 両肩を保護する甲冑様の装甲の下に、その装置はあった。

 ナノマシンを制御するナノマシン、『ディクテーター』が、すでに数百億単位で蓄えられている。G幹細胞を素体とし、やはりG細胞由来のオルガネラをジョインターとして、希少金属製の部品を組み込み、複雑な制御系を構成したものだ。

 ナノマシンとしては大型の部類に入るディクテーターは、あらゆるナノマシンに対して物理的改造を施し、その支配下に置いていくようプログラムされている。改造されたナノマシンは、周囲の仲間に動作不良を起こさせるようになる。

 対ナノマシン兵器としては、現在の人類が考え得る最強のシステムであった。

 背中の骨翼が、これまでと違う紫を帯びた光を放つ。ディクテーターを弾頭に積み込んだ小型ミサイル群が、白い煙の尾を引いて発射された。

 十数発のミサイルが、渦巻く灰色の壁に到達しようとしたその時。

 突然。その壁を割って何者かが姿を現した。


“何アレ!? でっかいオッサンだよ!?”


 咲良の意識が素っ頓狂な声を上げる。

たしかにそれは、身長八十メートルにも達しようかという、巨大な白人男性であった。

金髪、碧眼、年齢は六十~七十代であろうか。細く鋭い目を光らせたその顔に、紀久子も咲良も見覚えがあった。


「タロット大統領ッ!?」


“塵になって、消えたんじゃ無かったの!?”


タロットの服装はいつものスーツではない。ギリシャ神話の神々にも似た、布を巻き付けただけのものに見える。むき出しの手足には、彫刻のように引き締まった筋肉が盛り上がり、その手には先端に宝玉のようなモノの付いた杖が握られていた。


『ふんぬッ!!』


 杖が一閃すると、Gドラゴニックの放ったミサイルは、光に包まれて消えた。

 爆発したわけではない。消滅したのだ。


「どうやら……この人を斃さないと、ディクテーターを起動させられないみたいね……戦える?」


“当然。あたしこのオッサン、大っ嫌いだもん”


 Gドラゴニックの骨翼が、緑の光を放つ。

 両腕に三本ずつ並んでいた突起が弧を描くように伸び、鋭い刃となった。

 

“飛び道具は、お母さん担当してね!!”


 そう言うと咲良=Gドラゴニックは、身を投げ出すように加速し、タロットの頭上から斬りかかっていった。


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