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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第19章 GONG
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19-1 Break Out


「豊川君……っつったっけ? 新宿へ行けってどういうこと!?」


 怪訝そうな表情で口にしながらも、珠夢はすでに部下に指示を与えている。一七式装輪装甲車(改)は、自衛隊横浜基地への帰還を急遽取りやめ、東京都心部に向かっていた。

 ちょうど、Gドラゴニックが、ティギエルと戦闘を始めた頃のことだ。

 国道を疾駆する装甲車。茶白の巨獣犬・キングと黒茶の巨獣犬・シーザーの姿はない。

 生体電磁波で意思疎通していた豊川が、咲良のために戦おうとしていることは理解していたはずだ。だが、二体は豊川達と行動を共にせず、どこへともなく姿を消した。おそらく、本能のままに咲良たちを探して走り出したのであろう。

 当の豊川は、後方の座席に腰を下ろし、思い詰めたような目で宙を睨んでいる。


「新宿に、森があるはずッス。俺が行かなきゃならない森が……アイツの役に立つために、どうしても必要な力を得る為に。でも、たぶん俺はそこで、死ぬ……」


 明らかに普通ではない。そんな状態の豊川の言うことを聞いて進路変更したのは、珠夢達が、すぐ基地に帰還するわけにはいかなくなったからだ。

 Gドラゴニックが飛び立った直後。本部から、天使からの『指令』が世界中の国家に送られたことが伝わっていた。

 『指令』の内容は「Gドラゴニックへの攻撃要請」だった。

 対巨獣用の機動兵器だけではない。通常兵器、核も含めてのあらゆる戦力を持って、Gドラゴニックを撃滅すること。一時間以内にそれが実行されない場合は、恐竜を世界中に出現させる、という一方的な通告だった。

 おそらく、人間に対しては紀久子が反撃できない、と踏んでのことだろう。

 このまま基地へ帰投すれば、対巨獣部隊である珠夢たちは、Gドラゴニック攻撃のために出撃することになる。珠夢は車輌トラブルを理由に、帰投を遅らせることにしたのだ。

 だが、装甲車は目立ちすぎる。そのへんで時間を潰すわけにもいかない。都心方面への寄り道は願ってもないことであった。


「死ぬ……って? 豊川君……あなたいったい何者なの?」


 いつの間にか、問い詰めるような口調に変わっている珠夢に、広藤がなだめるように言った。


「珠夢さん。彼は……豊川はたしかに普通の人間じゃない。超人的な身体能力を持ち、キングやシーザーと心を通じ、僕たちのよく知るあの森で、力を得ると言っている……僕には、彼の正体が少し分かってきた気がするよ」


 車窓の景色が変わる。彼らの乗る装甲車は、首都高速3号渋谷線に乗り換えていた。

 市民の外出は制限されているせいか、一般車はまったく走っていないようだ。

 都心部に近くなるにつれ、周囲は緑が濃くなってきている。高架道の両脇は数十メートル規模の緑の壁に覆われ、空も見えないほど枝が繁茂し始めた。

 これが今の東京都心の普通の姿なのだ。

 木漏れ日の下を疾駆する装甲車の小さな窓から外を見やり、珠夢はため息をついた。


「新宿の森……って明治神宮のことでしょ? これほどまでに樹木に覆い尽くされた東京で、ただ一カ所、二十年前の大戦以前の生態系を保っている森……豊川君、あなたあの場所の何を知ってるっていうの?」


 その問いには答えず、豊川はふらりと立ち上がった。


「広藤主任は、俺が何者か、知ってるんスか? 知ってるんなら、教えてください。どうして俺は……自分から命を捨てに行こうとしてるんスか? ……どうして、こんなにもあいつを……咲良を助けたいんスか!?」


 戸惑い、疲れ果てた瞳。眉間に寄せられた皺。果てしない苦しみの表情。

 しかしその口元には、わずかな笑みが浮かんでいるように見える。やるべきことを見つけた者の覚悟の表情。そのように、広藤には思えた。


「その答えは、お前自身がすでに知っているんじゃないか? 今、俺に言えるのはひとつだけ……」


「それは……? 何ッスか?」


 豊川は、すがるような目で広藤を見上げた。


「君が咲良ちゃんを助けたいのは、当たり前の感情だってことだ。不思議なことでも何でもない。そしてそれは、君が何者であるかということとは、全く無関係だ」


「意味が……わかんないッス。俺……これまで色んな女に恋をして、付き合って……愛してもきたッスけど、こんな気持ちになったことなんて、ただの一度も――――」


「君は、彼女に会って初めて、今まで知らなかった感情を得た。それを何と名付けるかは、君が自分で決めればいい」


 突き放すような言葉を口にしながらも、広藤の口調は優しい。荒れ果てた街を疾駆する装甲車の車内に、不思議な沈黙が流れた。

 ややあって、次に口を開いたのは珠夢だった。


「命を捨てて……ううん。命以上に大事な何かを捨てて、愛する一人の為に戦った人を、私たちは知ってる。あなたはその人に、少し似てるよ」


 広藤も頷いた。


「ああ、そうだね。だけど、豊川は彼じゃない。そんな気がする」


「……それ、誰のことッスか?」


 俯いていた豊川が顔を上げる。その目にはもう、迷いの影はなかった。


「……ああ、それは――――」


 広藤が言いかけた時、


「着きました」


 制動が掛かり、操縦席から運転していた隊員の声が聞こえた。

 珠夢が振り向いて声を掛けようとした時、すでに豊川は、勝手にハッチを開けて外に飛び出していた。


「おい待て!! 一人で先走るな!!」


「あなたもよ!! 落ち着いて!!」


 豊川の後を追って飛び出そうとする自分の夫を、珠夢が引き留める。

 東京には恐竜群は出現していないはずだが、今や天使に支配されたこの国で、自分たちは反逆者だ。どんな脅威が待ち受けているか分かったものではない。

 広藤と珠夢、そして部下の隊員達が周囲の安全を確認して降車した時には、豊川はすでに姿を消していた。

 陽はもう傾きかけている。広場の向こうにわだかまる黒い森は、鬱蒼としてはいるものの、どれも普通の木々であり、背後にそびえる樹海のような異常さはない。足元には一面の芝生があり、周囲の公園施設もそのままに残されていた。

 代々木公園は、まさに二十年前の第二次巨獣大以前の状態を保っているのだ。


「豊川ぁ――っ!!」


 広藤の声が、空しく吸い込まれていく。

 芝生広場は百メートル四方を見渡せたが、やはり豊川の姿はない。


「見て」


 珠夢が森を指さした。

 黒い神宮の森が、ぼんやりと光ったように見えたからだ。

 夕暮れの空を背景に、森の輪郭が薄明るく浮かび上がる。その光は、まるで脈動するように強弱を繰り返しながら、次第に明るく、強くなり始めた。


「な……なんだ? あの光は……」


「隊長!! 足元も光っています!!」


「し……芝生が……っ!?」


 隊員に言われて足元を見た珠夢は、歩み出そうとしていた足を、思わず引っ込めた。

 光っていたのは森だけではなかったのだ。芝生そのもの、そして周囲の植栽樹までもが淡い光を放ち、次第にその光を強めていく。


「これは……ホタルだ!!」


 しゃがみ込んでつまみ上げた広藤の指先には、一センチにも満たない細長い芋虫が蠢いていた。


「ホ……ホタル? それが?」


「ホタルといっても、幼虫だよ。それも陸生のヒメボタルの幼虫だ。でも、こんなに大発生してるなんて……聞いたことがない」


「豊川君と、何か関係あるのかな?」


「いや。豊川というよりは、関係があるのはきっと……あの人だ」


 そう言うと、広藤は明治神宮の森へ向けて真っ直ぐ歩き始めた。


「あ!! 待ってよ!!」


 あわてて後を追う珠夢。自衛隊員達も、警戒しながらその後を歩き出した。

 


***    ***    ***    ***



 森の底に堆積した枯れ葉が、体重を受け止めて音を立てる。

 豊川は一人、森の奥へと歩を進めていた。

 少しずつ、脳の奥底に封印されていた記憶が呼び起こされてきているのを感じながら。


『イヤだ!! お母さんを置いてなんて行けない!!』


 ふいに目の前を、幻影が通り過ぎた。

 金髪の少年と、彼をかばうように抱きしめる美しい母。

 会話は英語でなされている。


『マーク走って!! 逃げるの!! あなただけでも!!』


 迫り来る何かから必死で逃げる親子。その記憶は、豊川が体験したものでないはずだ。


(だけど……覚えてる。これは俺が俺になる前の出来事だ……それに、この記憶……俺にも似たようなことが……そうだ。俺はあの時……)


『たすけてママ!! かいじゅうがパパを!! パパを食べちゃった!!』


 泣き叫んでいる自分。

 言葉は日本語。三~四歳だろうか。

 しかし、振り向いた先では、母が別の巨獣のあぎとに捕らえられていた。


『逃げて蓮!! あなただけでも生きて!!』


『あなただけでも』


『アナタダケ』


『あなただけがよければ、それでいいっていうの?』


 なじるような目で自分を睨み付ける、長い髪の女性。

 覚えている。こいつは三人目の元カノだ。俺が――――だった時の……。


『悪いかよ。人間はみんな自分のために生きてるんだ。そうだろ?』


『寂しい人……人は、一人だけじゃ幸せになんかなれないってこと、知らないんだね』


『ああ、知らないね。これまで幸せだったことなんて、ないしな』


 頬で平手が鳴る。


(そうだ。これもたしかに俺の記憶…………)


 では、あの金髪の少年は自分ではないのか?

 瓦礫の谷間を、巨獣から逃げ惑っていた子供は何だったのか?

 そしてあの後、その子はどうなった?

 枯れ葉を踏みしめながら、更に森の奥へと進んでいく。この闇の向こうに答えがある。

 その答えを持ち、自分を待っている者の存在を、豊川は確かに感じていた。


『先輩のこと、大好きだよ』


『…………!!』


 いきなり言われて絶句したあの日。

 紀久子の言葉は、まったく他愛もない掛け合いから出てきたものだった。普通に考えれば、ただの社交辞令、よく言っても友人として認めてくれた程度のニュアンスだったはずだ。

 だが、紀久子の凜とした性格に、密かに惹かれていた自分には、頭を殴られた以上の衝撃だったのだ。

 その言葉がきっかけで、好きになったのではない。

 その言葉がきっかけで、好きだと気づいたのでもない。

 その言葉がきっかけで、ようやく自分は人を好きになるということの、本当の意味に気づかされたのだと思う。

 つきあっていたのか?

 と聞かれれば、違う、としか言えない。

 少年のようにおどおどと告白してから数日間、紀久子はYesともNoとも答えないままだったのだから。

 会おう、といえば姿を見せてはくれたが、ずっと悲しげな顔をしていた。


『ある人の言葉……知ってる? 愛し合うっていうのは、お互いを見つめることじゃなく、同じ方向を向くことなんだって』


 そう言って悲しげに微笑む瞳には、もはや自分の姿は映っていなかった。


『見つめ合っちゃ、いけないってのか?』


『そうは言わないよ。ただ、私は見つめ合うよりも、同じ方向を見られる人を愛したい……そう思うだけ』


 それが、別れの言葉だと悟ったのは、ふらふらと自宅に帰り着いてからだった。

 傷心のまま、隣室に住む親友だったアイツに怒りをぶつけたのだ。

 知っていたからだ。紀久子の心が、彼にあることを。

 そうだ。アイツの名前は……


「高千穂……守里……」


『覚えていたか。久しぶりだな』


 倒木に腰掛け、向こうを向いて座っていた人影が、すっと立ち上がり、こちらを向いた。

 暗闇のはずなのに、くっきりと姿が見える。周囲を飛び交うホタルの数は、数千、数万となっていたが、周囲を照らし出すほどの明るさではないにもかかわらず……


「おまえ……今までどこにいたんだ? いや、紀久子……松尾所長の旦那さんは、亡くなったって……」


『ああ。六年前にな。少し、不養生が過ぎたよ』


 照れくさそうに微笑む守里。


「どうして、ここにいる? どうして、俺と話せるんだ? お前は、俺が誰だか知ってるのか?」


 口を突いて出た言葉の矛盾。

 豊川は、自分が何者なのか知らない。知らないまま、相手が高千穂守里であると認識しているのだ。


『知っているとも。だが、その答えを教えるわけにはいかない。お前という存在が、消えてしまう危険があるからだ。お前はここに来るべきじゃなかった』


「分かる。俺が俺でいられるのは……豊川蓮でいられるのは、もう一つの心を、封じているから……」


『わかったら、さっさと帰れ。お前がお前をやめる義務はないんだ。お前はもう、充分に苦しんだ』


「守里おまえ……今、世界がどうなっているか、知っているのか?」


『ああ。おおよそはな』


「じゃあ、そこをどいてくれ。紀久子やお前の娘……咲良とその友人達が、戦っているんだ。俺は、あいつらの……いや、アイツの力になりたい」


『うぬぼれるな。お前一人が行ったところで、どうにもできはしない』


「分かっている。だから、この場所の力を借りに来たんだ。この場所で、紀久子はダイナスティスになった。あの力があれば……アイツを庇う盾くらいにはなれるはずだ」


 守里を押しのけ、進もうとする豊川の前に、別の人影が立ちはだかった。


『同じことだ。そんな考えならば、行かせることは出来ん』


「あんた…………たしかMCMOの……?」


『樋潟だ。君のしようとしていることは、単騎での特攻にすぎない。そんなことをしても、戦局は変えられない』


 厳しい表情で豊川を睨む樋潟。


『そうだ。好きな女の盾になって死ねば満足だ、なんてのは、単なる自己満足だ。お前の戦いは、負けてもいい戦いなのか?』


 腕組みをしてそう言ったのは、チーム・ビーストの元隊長、ミヴィーノ=ライヒである。


『行かせろよそんなヤツ。バカは死ななきゃ治らねえってね』


 ケラケラと笑って言うのは、チーム・カイワンにいたフォンジェン=ジーランだ。


『あんたのバカは、死んでも治ってないじゃない』


 同じチーム・カイワンの、ジェチォン=ジャネアが呆れ顔で言う。


『ふう……そうだな。彼を、みすみす死なせるわけにはいかない』


 大きくため息をついて言ったのは、チーム・カイワン隊長のイーウェン=ズースンレンである。


『豊川蓮。君は、君自身が思っているよりも、ずっとたくさんの人の命を……希望を背負っているんだ』


 そう言って、茂みの奥から歩み出してきたのは、目の覚めるような金髪を風になびかせた、肌の白い美少年であった。

 気づけば、林の奥は無数の人影で溢れている。

 遠くの影は陽炎のように揺らいで見えたが、近くの顔はよく見える。どの顔も寂しげに微笑んで見えた。


「シュライン……様?」


『もう『様』はいらないなあ。それに、もうシュラインでもない。今の僕は、マーク=エメリー。ここにいる皆と同じ、ただの亡霊だ』


「ぼ…………亡霊?」


『ああ。ここにいるのはすべて、巨獣と深く関わり、そして死んだ者だ。そのパーソナリティ情報が、森に保存されているのさ。僕は以前、この場所で巨獣植物クェルクスを利用して、擬巨獣ダイナスティスを操り、生体電磁波の力ですべての生命体の意思を一つにしようとした。たぶん、その名残じゃないかな……』


「それじゃ、今のあんたらは情報生命体……? だとしたら、天使どもがやろうとしていることと……同じなのか?」


『いや。似て非なるものだ。彼らは、生命情報とその活動を電子ネットワーク内で保存し続け、永遠不滅のものとしようとしている。だけど僕たちは永遠じゃない。記憶も情報も融け合い、生態系ネットワークの中で代謝され、少しずつ新しい命として生まれていく。その過程に過ぎないからだ』


「生まれ変わる……ってことか? それも別人として……?」


『生まれ先が人間とは限らないけどね。今やもう、個人パーソナリティの境目も普段は希薄になっている。こうして姿を見せられるのは、君という増幅器が来てくれたからに他ならない』


「あんた達が亡霊なら、頼むから邪魔しないでくれよ。俺は……ッ」


『さっきも言ったよね? 君という存在に、ここにいるすべての人々は希望を託している。君が人として、幸せに生きていくことが、僕たちの望みなんだ。なぜだか分かるか?』


「……? わからねえ。俺なんか、ただの……」


『そう……ただの人間だ。あの巨獣大戦の中、最も激しかった戦場で、ただ一人生き延びた、ただの子供……だからこそ、僕たちは願う。君に幸せになって欲しいと』


「そんな……勝手だぜ、そんなの……俺の人生なんて、そんな大層なもんじゃない……」


『豊川蓮。君に問う。どうしても、高千穂咲良を助けたいか? 彼女という存在を、自分自身を犠牲にしてでも、守りたいか?』


 シュラインの問いに、豊川は深く頷いた。


「覚悟している。そのためになら……俺はすべてを捨ててもいい。俺の未来も、人生も、命も」


「分かった。では、僕たちが力を貸そう。いいな? みんな?」


 シュラインが振り向いて声を掛けると、無数の人影から一斉に声が上がった。


「おう」


「了解」


「行くぜ」


 シュラインは満足そうに頷いて、豊川を見た。


「僕たちの意思が君に力を貸す。君は、この森の力のすべてを使える。行け。大切な者を、守れ」


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