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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第18章 最後の女神
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18-8 最後の女神



 金色の光が海を割く。

 煮えたぎるように泡立つ海から静かに現れたのは、黄金の戦女神・ティギエルであった。


“お母さん、お待たせ。もう大丈夫だから”


“咲良? あなたなの?”


 背中の骨状翼を輝かせ、身構えて、今にも粒子熱線を吐こうとしていたGドラゴニックは、その攻撃をやめて立ち尽くした。

 常時つむっていたティギエルのまぶたが開いている。そこにあったのは、懐かしい瞳。

 見まごうことなく、自分の娘、咲良の瞳であった。

 いったん、彼女たちの歌声でつながれた二万人の意識は、そのまま一つに融合してティギエルの意識になっていた。

 今も体内では自分たちの曲が流れ続けているが、ティギエルの主意識となった咲良自身は、それをどこか遠くのことのように感じていた。


“東宮さんに助けてもらったから、今は私が……いえ、私たちがティギエルだよ”


 そう言うとティギエルは、黄金の両刃剣を抜き放ってふわりと前に飛んだ。

 不意を突かれ、思わず身構えたGドラゴニックの脇をすり抜けると、その背後から斬りかかってきていたマクスェルの片刃剣を受け、返す刀でその胴体に痛烈な一撃を叩き込む。

 水面を吹き飛んでいくマクスェルを一瞥もせず、左手を挙げてティギエルが叫ぶ。


告死天使アズラエル!!”


 海中から飛び出してきた、戦闘機型のオプション兵器は、レーザー状の光条をまき散らした。背後に迫って来ていた他の四体の天使は、それを避けて周囲に散る。

 Gドラゴニックを背中に庇って立った咲良=ティギエルは、遙か東の水平線を指さした。


“お母さん、ここは任せて早く行って!! ナノマシンを……グレイ・グーを止められるのは、Gドラゴニックだけなんでしょ!?”


“でも咲良、相手は五体だよ? あなた一人じゃ勝てない!! このまま行けないよ!!”


 そう叫んだ紀久子の生体電磁波に答えたのは、東宮の意識だった。


“心配するな!! こっちにはシュライン様の感応力がある!! あの天使どもの中にも人々が生きている限り、彼らと力を合わせることが出来る!!”


 その言葉が終わらないうちに、ティギエルは水面を滑るように動くと、一番近くにいたゼリエルに抜き手を放った。深々と喉に突き刺さったティギエルの右手を、引き抜こうともがくゼリエル。だが、そうされるより早く東宮は叫んだ。


“君が行け!! 俺の意識と能力を、分割して付けてやる!!”


 その意識に反応したのは、沖夜ゆりだった。


“は……はいっ!?”


 驚いたような思念波こえの後、一瞬、ゼリエルの体が痙攣したように見えた次の瞬間、ゆっくりと見開かれたゼリエルの眼は、きょとんとした少女のそれとなっていた。


“うわー。ゼリエルも仲間になったの? コレってなんか、吸血鬼かゾンビみたい”


“そうそう。悪役っぽい”


 ティギエルの内側で、のんきに会話する二人の少女の意識を、東宮がやはり意識の力で捕まえた。


“文句を言うな。君たちにもやってもらうぞ。これに乗っていけ!!”


 ティギエルは、両手に戦闘機様の兵器・アズラエルを持ち、呆然と立ち尽くすガイエル、コスモエルに投げつける。

 まっすぐに突っ込んできたアズラエルを、二体の天使はその盾状の籠手ガントレットで受け止めた。だが、一瞬火花を散らすかと見えた銀色の兵器は、そのまま何の抵抗もないかのように天使の体に吸収されていく。


“すっごぉい。今度はあたし、ガイエルだよ!?”


 来海瑚夏の意識が、重火器を背負った天使の中で目覚めた。


“これで四対二だね。もう絶対勝てるよ!!”


 コスモエルを乗っ取ったのは、山畑灯里の意識だ。


“たたみ掛けるぞ!!”


 先ほどの斬撃からようやく立ち直ったマクスェルに、東宮の意識で斬りかかるティギエル。

 その剣をかろうじて受け止めたところへ、後ろからガイエルが手刀を振り下ろした。


“あたしだって、やる時はやるんだから!!”


 ガイエルの意識を伝ってマクスェルを乗っ取ったのは、にのまえ悠であった。


“知ってるよ。あんたは、いつもしっかりしてるって”


 そう言って微笑むダイニエルの眼は、いつの間にか長月メイのものとなっていた。

 その背に刺さっているのは、コスモエルの短剣である。

 灯里とともにコスモエルの中へ飛んでいたメイが、武器とともにダイニエルへと移動したのであろう。


「……ふう……」


 紀久子の大きなため息と同時に、Gドラゴニックがその場に膝を突いた。

 巨大な地響きが、湘南の砂浜を揺らす。どうやら、五体の天使と戦ったダメージは、思いの外、大きいようだ。

 いくつかの武器は使い果たし、動作不良を示すアラートも複数出ている。再生力のある生体部分に直接接していない、完全に隔離された機械部分が損傷した場合、Gドラゴニックの売りである自己再生は容易に始まらないらしい。

 それは実戦を経なくては分からない、設計時には気づきようのない誤算であった。

 だが、それでも誰も死なせずに済んだことに、紀久子は心からホッとしていた。


“あれ? 告死天使アズラエルが……?”


 その時、ティギエル=咲良の意識が呟いた。

 いったん、ガイエルとコスモエルの体内に吸収されたように見えた二機のアズラエルは、二体の天使から飛び出してくると、その姿を変じ始めたのだ。


“また天使……これってもしかして、ヨッコ?”


 咲良は、いつの間にかティギエルの中から、二人のヨッコが消えていることに気づいた。


“うん。あたしたちだよ。絆の天使、ネクサセルと……”


“……聖天使、ノエル、とでも名乗っておくね”


“やったね!! 作戦通りどころか、それ以上だよ!! あたしたちで天使を全部乗っ取っちゃった!!”


 巨大な八体の天使たちが、互いの無事と作戦の成功を喜び合い始めるのを、東宮の意識が強く諫めた。


“喜んでる場合じゃない!! 耳を澄ませてみろ!! やつら、とうとう正体を現したみたいだぞ!!”


 彼の言う通りだった。

 生体電磁波能力を身につけた咲良たちには、あらゆる電磁波が手に取るように理解できる。その一つ、報道関係の通信波が、日本、中国、ドイツで暴れていた恐竜たちが変貌を始めたことを伝えていた。


“何コレ……ッ!?”


“凄い数……それに、強そうだよ!?”


 コスモエル=灯里の意識が、恐怖に震えている。

 恐竜たちは、黄金色に輝いていた。

 内側から発するように見えるその光は、先ほどまでティギエルたち六天使が放っていたものとよく似ている。

 そして、本来無かったはずのトゲやツノとともに、恐竜たちの背中には、天使のそれと同じような黄金の翼が生えていたのだ。

 まだ変身中の恐竜がほとんどのようだったが、すでに変貌を遂げたものたちは、あるものは超高空を高速で、あるものは波を蹴立てて水面を、あるものは地上をジャンプしながら、移動を開始している。

 恐竜によって移動速度はまちまちだが、どれもが咲良=ティギエルたちのいるこの場所を目指していることはハッキリしていた。


“え!? 屍体まで変化してるって、言ってるよ!!”


 ダイニエル=長月メイが驚きの声を上げた。

 キングとシーザーだけでなく、自衛隊や中国軍、ドイツ軍の防衛行動で、多数の恐竜が死亡していたが、その恐竜の死体もまた黄金の光を放ち始めているらしかった。


“でも!! あたし達は人類のために戦うつもりなんだよ!? どうしてMCMOや自衛隊は、出動してくれないの!?”


“人類は天使に膝を屈したんだもの。仕方ないよ……”


 嘆くマクスェル=悠の肩を抱いて、ガイエル=瑚夏が首を振った。


“やっぱり、あなたたちだけを置いて行けない。もし、あなたたちが斃されたり、また洗脳されてヤツらの手先にされたりしたら……”


 紀久子は、よろめくGドラゴニックを再び立ち上がらせた。

 敵でなくなっただけで、もう充分だ。これ以上、少女達を危険な目に遭わせるわけにはいかない。傷ついた巨竜は、天使化した恐竜たちの迫り来る空に向かって、傲然と胸を張る。

 だが、遮るようにその前に立ったのは、ティギエル=咲良であった。


“お母さん。心配してくれるのは嬉しいよ。でも、こうしている間にもグレイ・グーは、たくさんの命を消していってるんでしょ? 一刻も早く、止めなきゃ!!”


“ダメだよ……あなた達は私が守る”


 紀久子の思念波こえは弱々しい。

 一度失ってしまったと思った咲良の命である。やっとこちら側に来てくれた娘達である。

 それを、再び失うかも知れない恐怖を抱えたまま、地球の裏側まで飛ぶなど、もう出来ないと紀久子は思った。

 だが、だからといってここに残って戦えば、咲良たちは守れるかも知れないが、ナノマシン群はその間に生命を消し去っていく。紀久子は立ち尽くすしかなかった。


“わかった……お母さんが出来ないなら、あたしがやる”


 ふいに、咲良の思念波こえが言った。


“え?”


 驚いて聞き返した紀久子を無視して、咲良が叫んだ。


“行っけええ!! あたし!!”


 声と同時に、ティギエルは前に飛んだ。

 呆然と立つGドラゴニックの喉元に、その右拳が深々と突き刺さった。


“何をしたの咲良!? あなたまさか……”


 紀久子がそう言う間もなく、モニターに異常信号が点った。それは、Gドラゴニックの生体部分に、何者かが侵入したことを示すアラートであった。


“咲良!! あたしはコピーだから、こっちに残る!! あなたはお母さんと行って!!”


“分かったよ咲良!! 死んじゃダメだからね!!”


 叫び返したもう一人の咲良の生体電磁波こえは、なんとGドラゴニックの中から発せられていた。


“あったりまえでしょ!! 二人とも生き残って、どっちが『咲良』の名前を持つか。決めなきゃね!!”


“『咲良』じゃない方はどう名乗るのよ!?”


“あたしには案があるけど、どうせ同じこと思いついてんでしょ!?”


“うん。それはね――”


“『桃華』!!”


 同時にその名を叫んだ二人の咲良は、満足そうに笑った。


“だよね。お父さんが、どちらにしようか迷ったって教えてくれた、もう一つの名前!!”


“うん!!”


“そっちの名前の方が良かったって、あたしが泣いた時、お父さん、すごく困ってたもんね!!”


 Gドラゴニックは、紀久子の操縦を待たずに、黄金の骨翼を広げて東の空へと飛び立つ。


「なんてこと……」


 コクピット内で頭を抱え、嘆息する紀久子に東宮の意識が言った。


“さすが君の娘だ。と言っておこうかな。まさかG細胞が、天使の侵食を受け付けるとは俺も思わなかったが……”


「のんきなこと言わないで。こんなことになって……咲良たちは元に戻れるの?」


“そこは俺がなんとかするさ。それに、戦うのはこの子達だけじゃない。忘れたのか? この子達を守る力があるってこと”


“それって……まさか……”


 聞き返そうとした時。

 数十キロ離れた東京都心部から、なにものかの脈動が伝わってきた。



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